2016年09月15日

本能の上書きは可能か?(2)

昔、『キツイ奴ら』というドラマがあった(小林薫、玉置浩二が主演)

私の記憶にある限り元金庫破りの小林薫演じる主人公は、いつも『地道』と書かれた札を身につけていて横縞な心が芽生えた時にはそっとその札を握りしめていたように思う。

そんなある日、少年院で同じ時を過ごした玉置浩二演じる登場人物が現れお金のトラブルに巻き込まれた末に再び金庫破りを決心するとの流れだったかと。

口癖が「キッツぃなぁ」だったからか冒頭のタイトルになったようだが、ドラマでなくとも誰しもキツイと言いたくなる時はある(以下ですます口調なしで)

金庫破りが『本能』によるもの(生きて行くための手段)で、それを上書きするために『地道札』を握りしめるのであれば『地道』に生きること自体が高いハードルになる。

私の知人に「アル中が夜な夜な飲み歩いて貯金がゼロなのをどう思う?」と質問したら 「それを納得済みで好きな酒を飲み続けているなら何も悪くない」との返答だった。

では、納得するとはどういうことか?

例の高畑裕太容疑者が示談金を支払い起訴を免れた問題にしても、母親に金があるから納得の行動だったのだろうか。
それとも逮捕は納得行かないものだったのか。

芸能人の妻を持ちながら浮気をした歌舞伎役者やあのベッキーなども納得の行動だったのだろうか。
更に清原や高知東生などはどうだったのか。

日々街を歩くと道行く人々が何事もないかのように先を急いで歩いているが、本当に何事もないのだろうか。
数時間後に数百万の決済をしないとたち行かなくなる人が含まれていてもおかしくない気もする。

私のようにギャンブル場に通う人間の中には、勝負を終えたその足で消息が不明になる者がいたっておかしくない。

一方、私は連日ベビメタベビメタと連呼して周囲から引かれ気味だが、誰が何と言おうとチームベビーメタルの音作りには賛美の気持ちしかない。
固定観念は捨てて良質なヘッドフォンなどでベビーメタルの音に触れると国内の他のアーティストとの差が鮮明になる。
メギツネやカラテなどに関わった(実際はアルファベット表記)ゆよゆっぺ氏やギミチョコ・泡だまフィーバーに関わった上田氏などの作曲スタッフは世界基準での仕事をこなしている。

納得し誇りを持ちエンタメの世界で成し遂げることと納得感が曖昧なままで本能に流されるのとの差は大きい。
そして誰かの心を動かすことは本能に負けない偉業に思う。続く…


posted by tetsukazu at 16:18| Comment(78) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
テスト
Posted by tetsukazu at 2017年06月20日 15:22
運営の制度が変更になったりして書き込みが出来なくなり随分時間が経過しました。
今日はたまたまコメント欄に文字を入れて投稿したら投稿出来たので、少しまとまった文章を入れてみます。

子供達はすっかり経済的に独立したため私は将来の年金生活に向けて自分自身のことを考えれば良い身分になりました。

元妻も何とか社会復帰したので何周かしての平穏を取り戻したいですね。

競馬などもやったりやらなかったりですが、日曜日の東京第6レースの新馬戦には参りました。
発走直前に一番人気の馬が騎手に負傷させて鞍上は大野から津村になりました。
私は大野前提で多額の複勝馬券を買っていたためその時点で負けを確信しました。
横山典や田辺が空いていたはずなのに一番人気馬を鞍上弱化でそのまま出走させる運営には相変わらずがっかりです。
レースは案の定直線で入れる必要のない左鞭を入れて落馬となりました。
そのまま走らせていれば2着はあったと推測されます。

結論から言えば賭けた私が悪いのですが、後味は悪かったですね。

そんな中で長男はパチスロまどマギで約10万分の1のロングフリーズを引き7万円勝ったのは運命のイタズラでしたね、

では機会があればまたコメント欄に投稿します。

Posted by tetsukazu at 2017年06月20日 15:59
書き込みが出来るかが不明ですが、コメントを入れてチャレンジしてみます。
このブログを始めた動機のひとつにやがて自分自身の考え方を限りなく短い表現で示したいとの思いがありました。

それから10年以上が経過した今、そのような方向に行けたのかを証明したいのですが、最近ふとしたきっかけで短い言葉に集約することが出来ました。
それは  たまたま  との言葉です。
自分の人生の局面局面で発生する出来事を、必然でもなく偶然でもなく、  たまたま  との言葉で捉えることで、物事が裏表でもあり光と影でありそれが紙一重の関係であることを自覚することにもつながります。

この書き込みがアップ出来たら続きも書き込みたいと思います。
Posted by tetsukazu at 2018年03月25日 23:47
あの泰葉さんが再び芸能界に復帰しました。
彼女のようなタイプは彼女だけを常に見つめている人間がいないと心の安定が保てないように見えます。
ただ現実はそのようには行きません。

人間は40才を過ぎて変わることはないと言われますが、良い意味でミーイズムを貫くことで良い方向に向かうことは可能に思います。
Posted by tetsukazu at 2018年07月30日 12:45
書き込みが出来たらそのままコメント欄を利用します。
毎回言っていますが、日々生きて行くには出来る限り物事をシンプルに理解したいものですね。

そこで今日時点でのキーワードを記します。

「時間は不可逆だから恐い。そして面白い」

いかがでしょうか。とてつもない時間の流れのなかでほんの一瞬だけ存在する我々にはふさわしい理解ではないでしょうか。

Posted by tetsukazu at 2019年05月06日 00:15
例によって書き込めたらコメント欄にあがると思います。
だいぶ前に、終わりなき日常との表現だったと思いますが、社会学者の宮台真司さんが考察してした記憶があります。
そこでいつもの議論相手に日常は好き?と聞くと、好きとの回答がありました。

私はギャンブル三昧の人生のため無論非日常好き人間ですが、以前にブログ記事にした通り、あの開高健さんでさえ、牛や豚をまるごと食べたり結婚したりしても快感が続くのは1週間程度と語っており彼の行き着いた結論は、釣りは一生楽しめるとのこと。

勿論、仕事と食事と睡眠と異性の知り合いとのふれあい全部が快感であれば、毎日20時間程度は快感に浸れますよね。
ある意味太く短くなのか細く長くなのかの人生観にも繋がりますが、一つ間違うと細く短くになりかねません。
生き物動物との意味では人間もセミも同じです。
セミ達は一生をどう捉えているのか一度聞いてみたくはなる。
Posted by tetsukazu at 2019年08月21日 21:34
コメント欄に連投です。
ある意味自分のことを一番わからないのが自分かも知れないのでさっきコメント欄に書いたことを含め次男にLINEで相談してみました。
そしてアドバイスとして「健全な肉体に健全な精神が宿るとの言葉は真実に近い気がする」でした。

肉体の中には脳も含まれるとの解釈で息子のアドバイスを咀嚼してみます。
ギャンブルなどで腐敗した脳の再建なくして健全な精神など望めないのでしょうね。
老いては子に従えと言います。

しばらくは日中の仕事を手始めに日常に目を向け雑念と対峙する気概を持ちたいと思います。

そしてその思考と行為こそが意味じくも私のブログサブタイトルでもある[明日に向かって走れ]につながるのでは…
Posted by tetsukazu at 2019年08月22日 00:36
何十何回目かの誕生日がやってくる。
毎年のように誓いを立てるのだが毎年のようにその誓いを破る。
多くの依存性は本質的な快感でなく、繰り返すとその先に大きな喜びや幸せが生まれるはずとの擬似快感だろう。
例えは悪いがスナックやガールズバーなどで得る擬似恋愛も擬似恋愛依存だろう。

では本質的な快感の得方だが、答えを最初に言うとそれは自己満足状態をキープすることではないか。
己の歩いた後に道が出来るとの考え方は正解に近いとの印象を持つが、地球レベルだと太陽の燃え尽きと同時に地球そのものが消滅し、歴史も思い出も全てが無になる。
孫正義などは、究極の自己満足は他者の喜びに貢献することだと明言している。

スナックの女性に同伴に誘われる時、それは自分のためなのか相手のためなのか?
息子のうち確実にひとりは私と年に二回会っての親子三人で過ごす時間は喜びだと明言してくれる。
明日からも自分の命が続く限り生きがいと無縁ではいられない。
依存を超える喜びや幸せや快感は日々生まれるのだろうかと自問自答は続いて行く。
Posted by tetsukazu at 2019年09月04日 01:28
さっき日本テレビのドラマ [あなたの番です]の最終回を見終えた。
西野七瀬の台詞に 他者を深く愛する気持ちと他者を殺めることに執着する気持ちは同じじゃないですか があったけれど、ドラマとは言えパワーワードのひとつかなと思う。
人を強く動かす原動力はどこから来るのだろう?
まず私個人を例にとると、今この瞬間全財産が1000万あったとして、カジノに行き一晩で無くすことが容易に想像出来る。
それは明日の飯も食えない状況になる覚悟とは別次元での行動に違いない。
私のそんな衝動は間違いなく人生を一瞬一瞬の連続と捉えているからこそ。
ただ、一文無しになった翌日に泥棒行為に走るわけでもない自分がいるのも事実で、家中の小銭を集めて半額になった食パン一斤で2日しのぐのが定番。

1000万は言い過ぎだけど、10万や20万を一晩で失うのは現在進行形で日常的な風景。
金曜日深夜に元妻の母親が亡くなり昨日日曜日に葬儀があり、長男次男が参列した。
そんな中、私は今年に入りギャンブルで財産の全てを溶かした。
実は土曜日にひっそりと元妻の母親の遺体に手を合わせて来た。
元妻の親戚が不在の時間を確認した上での数分間の出来事だったが、私の中では こいつが〇〇〇ちゃんを幸せに出来なかった奴かと思われているのだろうなとの感情があるためとても親戚の人達と顔を合わせる勇気はなかった。
それでも亡くなられた元妻の母親が死ぬ前に私と会いたいと言っていると聞いていたので亡骸になる前に顔を出そうとは思い仕事を終え出向いた。
長くなりそうなので一旦投稿します。



Posted by tetsukazu at 2019年09月09日 00:21
それにしても自分ながら昔から体調が良ければ良いほど暴走してしまう!
今年に入ってからの大暴走は並行世界的に言うと、もしも欲望を全解放する世界線に存在しているとすれば?状態。
さて、別の世界線に移る手段があるとするなら果たしてどんなアイテムと共に時空をまたぐのだろうか?

ミクロの目とマクロの目が両端についている全能と全知のソードがあれば賢者勇者ロードに移れるように思えるが、そのためには懐にある欲望の実を捨てる必要があるかも。
とんでもない話をしているようだか、ある意味時空を超えることは可能だしそれは象とアリの体感時間にも通じるはず。
アインシュタインでさえ体感時間を肯定しているだろうし目標の地点まで精神的にワープすることは概念的に可能と解釈する。

結論だが直近の全能と全知の発露として今月19日までの一週間はショートカットしてたどり着き20日の時点で別の世界線にいようと考える。
とんでも理論かどうかは自ら証明するしかない。

芥川賞作家の平野氏の提唱する 分人 との概念と合わせ私なりの仮概念である分世界を融合させてひとまずは私と私の周囲の幸せを獲得する目的の地へたどり着きたい。
Posted by tetsukazu at 2019年09月12日 21:54
連投です。
例えば両親が健在とした場合、両親を温泉にでも連れて行きたいなと日頃語っていたとしても結局言うだけで終わるならそれは本気で考えていなかったこととも言える。
つまり人生において達成出来ることやたどり着ける場所は、本気で取り組んだ場合のみ達成可能だしたどり着けると言うことになる。

本気のふり 変わるふり だけでは何も叶わないし何も変わらない。
Posted by tetsukazu at 2019年09月12日 22:39
今年も誕生日間近だ。
そしてこの数日は脳内で処理しきれないような複数のトピックスがあった。
過去に仲良くしていた女性からのこのブログへのコメントに「変わるふりは誰でも出来るけど本当に変わる気があるならそれは本気さが重要」と書いてくれた。
それと話がつながるかどうかはわからないが、実はこの半年間で行き付けのお店の女性三人とLINE交換をした。
そして面白いことに、三人それぞれとのやりとりが全く違うものになっている。
それはきっと相性が合うかどうかの指標になっているのだろうし、一方ではケンドーコバヤシのように女性が好きなのでなく女体が好きなだけと豪語する者もいるだろう。

最近、きゃりーぱみゅぱみゅのラジオでの発言がちょっとした炎上騒ぎになっている。
彼女が男の人は大体チャラいと言ったことに対してリスナーなどが、お前がチャラいからチャラい男が寄って来るのだと突っ込まれているのがその内容。

その話題も前述の三人にして出してみたけれど、ひとりからは類は友を呼ぶと言いますもんねとの返事があった。
私のように呑気に若い女性達とコンタクトをとっている正にチャラい男 笑 とは対照的に先日話をした男性などは自営で学習塾をやっておりその内容は一年の仕事日が約363日。朝は9時半頃に家を出て帰宅は深夜12時半を超える。
奥さんとお子さん二人がいる中でのそんな毎日は私から見たら異次元。
果たして私は誕生日を境に本気で変わる気があるのだろうか?そして変わった私に寄って来てくれる女性とは果たして?
ひとまず一ヶ月後に前述の女性のひとりとは食事の約束は済ませた。
自分と完璧に相性が合う異性などこの世には存在しないだろうし人間関係はやはり相手に寄り添う気持ちが大切だろう。
地に足をつけて心身共に大怪我に気をつけて時間やお金を大切に生きる毎日はそうたやすいものではないが、任務を果たせたそのあかつきにはちょっとしたご褒美があるかもしれない。

能書きを連ねたが、少なくとも本気で能書きを連ねた自負はある。
そしてその本気の連鎖がどこまでつながったかは早くて一ヶ月後に判明するだろう。
もし私がただの面倒くさいやってならもっと面倒くさい人間が周囲に寄って来るのだろうし、自分の人生は所詮自分の行為や行動がはねかえって来るのだろうしおそれず落ち込まず堂々と走り続けるしかない。
Posted by tetsukazu at 2019年09月21日 23:31
今年も二人の女性から誕生日のプレゼントとメッセージをもらった。
ここ数年は同じ女性からだ。
勿論?夜のお店のお姉さん達ではない。
毎年、誕生日を機に今回こそは誓いを守ると心に秘すのだが当日に挫折することもあるほど自分自身への信頼感が薄い。
ただ、今年は一味違う展開になる予感もする。

とにかく誕生日当日を無事に終えられたのは好展開。
今月に入り、元妻の母親が亡くなったことや自営で学習塾をやっている方の過酷な日々を知ったことも一つの刺激になっているのだろう。
この機会に元妻と会った際に31才のスナックの女性とのツーショット写メを見せたら、元嫁から交際相手疑惑を持たれたこともある意味現役感を持てて自信になった笑
この前語ったようにギャンブルに溺れていない世界線に存在する自分を見たい気もするしひとまずは来月の女性との会食に向けて身なりと財布?を整える準備を進めるとするか[キリッ!]
Posted by tetsukazu at 2019年09月26日 23:09

禁バクチから約1週間。
やらない日々が続くとやりたくなる動機も自覚出来る。
禁ではないがスナック通いも中10日くらいにはなる。
最近はスナックに行くと必ずシャンパンを空けるので会計が16000円から20000円強になるのでトータルで5万程度の節約だろうか?
ただ、その反動もあり明らかに自宅での飲酒やバカ喰いの日々となりかけている。
バカ喰いと言ってもせめて食べたいもの位は食べようとのセーフネット笑が働いているだけなのでカでカロリーベースで1.3倍ほどのボリューム。
トレーニング量もそれに合わせて増やしているため急激な体型体重変化はないが、食欲以外の欲のバリエーションを持たせないと不味いかも?
そんな中、テレビ画面では落語家が宝くじの宣伝をして、買わない選択はないと言いながら踊っている。
日本は本当にバクチ関係の権益を政府や自治体が独占しているなとの思いが強くなるばかり。
パチンコは換金出来てゲームセンターがやると即摘発のダブスタはあまりにも露骨。

運の良いことに昨日から麻雀のMリーグ2019が始まり週に4日は気がまぎれるのがありがたい。
ましてMリーグの理念はカネを賭けない競技麻雀や健康麻雀の普及であり私の親族が私の改心を願う思いと一致する。
私も今回は私がギャンブルに狂わなかったバラレルワールドにワープするぞと宣言して家族LINEに健全な生活アピールを繰り返している。
このまま何事もなく過ごせたら今月予定の会食に無事にたどり着けそうだが、気を緩めたらアクシデントが起こりかねないので更なる対策も考えなければいけないかも知れない。

とにかく元気な状態で健全に過ごせた覚えがない私にとっては正念場。
そろそろスナックのお姉さんから連絡が来そうな気配もあり、欲望との闘いは続く‥
Posted by tetsukazu at 2019年10月02日 10:16
禁バクチを続けているかは名言しないが、いつもの議論相手とは相変わらず激論をたたかわせている。
先日のテーマは愛と金。
経済論理に終始する議論相手なのに何故か時々愛というワードが出てくる。
資本論を解読しつくし歴代の哲学者も知りつくした彼によると男と女という異質な存在間に深い関係が生じる根拠は、異質なもの同士においても統合があり得るとの見解。
私は共存や融合や触媒との用語で理解しようとして、お金や愛は男女が深い関係になるための触媒になるよね問うと、それは間違っていないよとの返答。
ただ、愛も金もその他の要素の全てが男女がある空間に同時に存在するその場に含まれているといった方が本質に近いだろうとのこと。

そこで私なりのまとめだが、人間にとって一番と言って良い要素は 関係性 である。だ。
自分にとっても相手にとってもしっくりくる関係性を感じられる相手と接点を持つ機会はごく限られたものだろうけれど、その瞬間は自分自身で完結する夢や目標と並ぶだけの大きなものと位置付けて間違いはないように思える。
そんな相手の笑顔を見て自分も同じかそれ以上の笑顔になることが出来てその時間が明日への活力になるのならその対象がアイドルであってもオッケーではないか。

人は幸せになるために生きているが、そのしあわせの中身を決めるのは自分自身だし、それは生きて行くための必要条件でも絶対条件でもなく十分条件だろう。

そろそろ凱旋門賞だ。
Posted by tetsukazu at 2019年10月06日 23:08
初めて語るが、私は小さな頃几帳面だったがある時期から真逆に近い生き方になった。
エピソードとしては、同級生に教科書を貸して返って来た時に折り目がばりばりついていた。
それ以来、他者との間で自分の価値観を共有するのは諦めた。

で、この年齢になりその時の判断がどうだったかを評価しかけたが、正しかったとも言えるし間違っていたとも言えるとの結論しかでないことを想像するのは容易かった。

大哲学者でもあるカントでさえ「結局わからない」が思考に思考を重ねた据えの結論なのだから私の思考程度でそれ以上の結論が出るわけもない。

元妻によく言われた台詞に「世界のことより目の前のことを考えろ」がある。
確かに目の前にも楽しいことはたくさんあるし、生きるとは何か?など考えるよりシンプルだろう。

私の持論のひとつに「人はどこからともなく現れてどろにともなく消えて行く」があり、持ち歌のひとつも吉田拓郎の流星。
流れる星は今がきれいでただそれだけに悲しくて流れる星はかすかに消える思い出なんかの思い出なんか残さないで~~

実は、今月20日から来年の1月3日頃にかけての1ヶ月強の期間を人生最大のエンタメとして過ごそうと考えている。
それはギャンブルを超える快感がこの世に存在するかのテストでもあるしお金のちからがどう及ぶのかのチャレンジでもある。
ブログ仲間のけんさんが言っていた「人生に意味はないが影響は生じる」との言葉を借り、私の今の心境がこれからの1ヶ月強にどう影響し他者にもどう影響を及ぼすかを楽しみにしたい。

議論仲間の口癖である「お金がないし腹も減ったでは愛も発生しようがない」を頭の片隅に置きつつ財布と共にエンタメ期間を突っ走りたい。
Posted by tetsukazu at 2019年11月17日 23:33
必要条件、絶対条件、十分条件について以前に考えをまとめたが改めて論じてみまたいと思う。

以前例に出したのはテストの答案用紙だったと記憶するが、0点でも良いのなら答案用紙に名前を書きさえすれば十分条件となる。
しかし答えが満点だとしてもそれは必要条件は満たすが十分条件とはならない。
一方で試験会場に行き着くのは絶対条件となり総合すると何を目標とするかで条件要素が異なって来る。

では、生きて行く上で何を目的目標とし何を満たせばそれが叶うのだろうか?

人は幸せになるために生きる。人は子孫を残すために生きる。人は生存本能にかられてひたすら突っ走る。
人生は暇潰しだ。人生に意味などない。限られた生存期間なのだから誰が何と言おうが好きなことをやり続ければ良い。生きて来た以上何らかの足跡を残したい。等々人それぞれ異なる考えを持つのが当然。

幸せの尺度は主観的でも良いし、ある程度の経済力がなければ何も始まらないといった客観論も良いだろう。
今日は珍しく元妻から電話がありその動機は何となく寂しいからだった。
ついこの前元妻は母親が亡くなりストレスと過労で外科手術を受けたばかりのタイミングでの電話。
母親の生前は毎日電話で会話していたようだがそれもなくなりこんな博打狂い男でも話し相手になるということなのだろうか?

必要条件を満たなさなくなって私の下を去った彼女が再び少しばかりの必要性を感じたのかどうなのやら。
私がスナックに行くのは恐らく行く店やスタッフに必要性をかんじているからだろうが、かといってそこに行くことで私の満たされない要素を全て充足されるわけでなく、逆に財布の中は充足と真逆の方向に向かう笑

沢尻エリカが薬物所持で逮捕されたがどうやら薬物フルコース経験者[覚醒剤とヘロイン除く]だったよう。
彼女は結婚も経験しているが子どもはいない。そこは酒井法子と違うところだが、守るべきものや失ってはいけないものがあるかどうかと自分自身の欲望の兼ね合いは本当に困難だと思う。
仕事や信用やお金や家族などを結果として失うのだがと
当事者が熱くなっている時に周囲の言葉は届かない。
わたしが博打に狂っているさいちが正にその状態なのだが、人間誰しもしっくり来て親和性の高い事柄に出会うとどこまでも引きづられる可能性がある。

自分自身の喜びや幸せや充足感を満たすため、また周囲の出したのそれらを満たすために何が絶対条件で何が必要条件で何が十分条件なのか探り続けなければならないのだろう
長くなりそうなので後で追記コメントを入れようと思う。

Posted by tetsukazu at 2019年11月18日 15:47
前のコメントの訂正です。
最初の方の論じてみまたいは論じてみたいの間違いで、最後の方の周囲の出したのは周囲の他者のと書こうとしたものです
Posted by tetsukazu at 2019年11月18日 15:55
先日、コメント欄に今月20日以降に人生最大のエンタメ期間にすると書き込んだが、ある意味たった一日で最大のパフォーマンスを発揮した。
私の人生において約9年から10年に一度の割合で大きな節目が来るのだが、正に昨日20日が前回の離婚という節目に次ぐ節目だった。
節目の中身の全ては差し控えるとして、きっかけのうち私名義の借入金[ほぼ子供達の教育ローンしたことと沢尻エリカさんの逮捕はそれにあたるかな。

ブログ仲間の方から以前にそろそろ自分自身のことを中心に生きてみたらどうですか?とアドバイスをいただいたことを、ようやく実現出来るとも思っている。
そして前記の沢尻エリカさんの逮捕に関しては、奔放に映る彼女が実は多くの人間に支えられて生きているのだと強く感じたこと。
彼女は周囲の様々な人間から計り知れない期待を受けて仕事をして稼ぎ日常を過ごして来たはずなのだが彼女はそれに甘えそれらの期待に応えることは出来なかったとの印象。

ものすごいものは実は目と鼻の先にあると言ったのはオリラジの中田さんだが、私のように非日常に終始して生きて来た者にとって日常に終始する者の凄さをほ体感する瞬間が来たのかもしれない。
非日常を体感し尽くした私自身こそが裏がえっての日常の凄さを体感出来ると今この瞬間感じている。

本当の快楽は違法ドラッグやギャンブルでは味わえないのだろうが沢尻エリカさんも私もショートカットして疑似快楽を得て来たのだろう。
せっかく快楽主義者として生きて来たのだからこの作業に本当の快楽を体験しないのももったいないとの自覚を持って前に進もうと考えている。

それにあたりひとまずは年内一杯はスマホの電源を切り続ける予定。
必要最小限は電源も入れるしこのコメント欄に書き込む場合も電源を入れるが、外部の情報をほぼシャットアウトして良い意味で自分ファーストを貫くことが周囲の期待に応えることにつながる集中力を保てるように思う。

長くなったが考えるより感じろマインドで年内を突っ走る。

Posted by tetsukazu at 2019年11月21日 04:28
前コメントも誤字だらけだが借入金の下りは完済したとの表現が抜けたのはひどいので訂正します。
Posted by tetsukazu at 2019年11月21日 04:39
フィギュアスケートのペア競技を見ていると私の年末に向けてのマインドである考えるより感じろとの言葉がしっくりと来る。

お互いがお互いの良さを引き出す演技や男性が女性をリフトした後に柔らかくリンクに接地させる配慮などを見るとこれこそが男女のあり方に思えることを

男を成長させるのは女だし女を成長させるのもまた男だろう。

誰しもが異性から[〇〇さんはモテますもんね]と言われるわけではなく、もし言われた経験があるならばそれだけで生きて行く糧になるし意味もあるし役割もあると思う。

メンタリストのダイゴさんが言う通り、マイノリティとして生きて来た人間は自尊心が育ちにくいのかもしれないが、自分自身がほめられて伸びると自覚するならウソでも良いからほめ言葉にのせられてみれば前に進めると思う。

私が前のコメントに書いたように本当の快楽は非日常にあるのでなく日常にあるはず。
私が夜のお店に行く大きな理由は現役の男として緊張感を保てるからだし色気がなくなった時点で人生終了位の単純な理屈。

考えるより感じろ。その言葉を心底から体に染み込ませるためにバカなことをした自分を受け入れる感受性が大切だしありのまま生きることを実践する上で自分自身の未来に恋をする気ちが大事に思える。
そしてその未来に寄り添え合い励まし合い成長し合える誰かがいれば最高だ。
そして俺の人生は最低だけど最高と言えて、お前は最低な奴だけど最高の奴と言ってやりたい。

書き残したことは次のコメント欄に書き込む予定。
Posted by tetsukazu at 2019年11月23日 16:33
私は酒を嗜むので幸福感や高揚感を語れるが、人はどの程度の頻度とどの程度の持続時間で満足出来るのだろう?

ブログを始めて以来私の過去の悪事について断片的に語って来たが、頭が正常に働くうちに事実を語ろうと思う。

今回の沢尻エリカさんの問題について私には語る資格があるはず。
今まで散々ギャンブルについて語って来た私だがついに薬物について言及しようと思う。

あまりにも知名度が高いドラッグのKについての実体験に基づいて語ると回数で言えば一回限りである。
私は自己分析で、やる意思もやめる意思も強い人間と評価している。
薬物を巡る議論は、薬やめますか?人間やめますか?との論調になりがちだが、自己コントロール可能な人間とドラッグの関係についての議論はあまり見かけない。

私がギャンブルになぜはまりなぜ人生が、破綻寸前まで行ったのだろうかと考えるとそれは他者他物が占める要素が強すぎて自力が、介入する余地が無さすぎるからでもある。
パチンコパチスロ釘調整や設定もそうだし馬が走ったりモーターで動いたりするものに命運を預けるのも他力本願要素。

一方私が薬物ではなぜ一回限りで断ち切れたのかを考えると、それは手を出すか出さないかは自分自身の意思と決断がほぼ全てであり避妊や自殺なども意思と決断がほぼ全て。

ただ、それならギャンブルだって自分自身の意思と決断次第だろうとなるが、違いは副作用の大きさと重さではないだろうか。
基本的には日本で合法的に実施されているギャンブルで負けても命のやりとりはない。

それに対して薬物は人間性を失うし命さえも落とし兼ねない。
避妊についても性欲に任せて性行為を行うと望まぬ妊娠もある。
自殺については賛否はあるが、自由意思の範疇に入ると考えても良いし悪い意味では望まぬ死が待っている。

以上からギャンブルを抑制するためにお金を命と同等の価値と考えるべきだろう。


話がテーマから少しずれたが、薬物摂取時の話に戻したい。
私が摂取したのは大阪のどや街であるあいりん地区のある一室。
左手に注射針が入り目の前にはエロ写真。その写真が3D画像のように浮き出て衝撃を受けた。
20才過ぎの私の目の前には薬中のおっさん。
襲われる寸前で走って逃げ出して電車に乗り込んだ。
全く寝ていないのに眠たくなく、電車内の乗客に刃物で襲いかける勇気が普通に芽生えていた。
つまり無敵状態だ。
自分で言うのもおかしいが、若い頃はやたらおじさんに誘われていて、大阪でバーテンをしているいる時も四国在住の社長から無理やりお手当て的なものをもらっていた。
薬物だけでなく私はそうして買われていた時期があったのだ。

というわけで人生で私が未経験なのは殺人や自殺や堕胎。
リアルタイムではおばさまたちからです連日差し入れの連発。
まあおじさんに狙われるよりは健全なのだが、私がギャンブルにのめり込んだのもそんな状況から逃げたかったのかもしれない。

今までここまで生々しく形たことはなかったのでまんいちこのコメント欄を目にした方はがっかりされだろうが一人の人生なんで生々しいエピソードのてんこ盛りが当然。

お金を命を同等に位置付け出来るかどうかはカイジの原作者に聞いてみるか。

さてクリスマスに4℃のぬいぐるみ付きネックレスをだれにプレゼントするかでも考えながら後一ヶ月を突っ走ってみるか‼️








Posted by tetsukazu at 2019年11月23日 19:01
コメント欄に[自分自身の未来に恋する]と書いたが、1分後も1週間頃も1年後も未来。
1時間後に馬券を買う自分に恋など出来るわけがないと考えれば瞬間瞬間の一挙手一投足に強い思いを込めないととても恋するに値する未来に巡り合うことなど不可能。

ただ個としての人間の未来は有限。
現実的な目安としては1ヶ月後の未来に恋はしたい。
方法論としては予め1ヶ月の予定を立ててそれに沿って生活するのがベターに思えるが10分後の未来に至るまで予定を立てるのかどうかは考えるところ。
そしてそれらの短期未来の局面局面は面白おかしくが良いのか淡々とこなすのが良いのぎ悩ましいが、時間を追いかけるのか時間に追いかけられるのか時間に寄り添うのかが分岐点になりそうだ。

もし人物が大がかりなジグソーパズルとして瞬間瞬間一日一日がピースを置く作業ならば根気なしで完成は望めない。
一日と名のつくパズルを地道に完成し続けない限り人生に型など出来ない。

横綱は土俵入りの型を自分自身の戦う型により選択する。
私の人生はさしずめ自在流で自在型になるのかもしれないが、それは何者でもないのと紙一重。
取り急ぎ渋すぎる大人の男でも意識するか笑

Posted by tetsukazu at 2019年11月23日 22:55
人生は紙一重

変わることなく麻雀のエムリーグを視聴し続けているが、相変わらず滝沢プロは外見も中身もイケメンだ。
25日にトップをとり個人順位は4位にまで上がって来た。

イケメンは正義だとは言わないが、男にも支持されている滝沢プロこそ本当の美しい男と言える。
私が以前からこの男ろこそ本当のプロと評価する荒正義プロは以前、滝沢プロに対して[生活が乱れた状態で麻雀が強くなるわけない]と諭した。
滝沢プロはそれを受けてかどうかは不明だが、朝方まで飲み歩くような行動はつつしみ出したように見える。

イケメンが努力し出したら非イケメンはどう対抗すれば良いのだろうか?
天は二物を与えずと言うが、三物も四物も与えられる人間が存在するのも事実。

人は強くなりたいからなるのではなく、強くなるしかないから強くなるのだ。
同じく、生まれながらに才能を与えられたからそれで満足するのでなく、才能を磨かない奴は才能はないけど努力する奴にも抜かれるので、才能の有無によらず日々成長する必要があるのだ。

気が付けば良い男になっていた もしくは気が付けば良い女になっていた位の自然体でない限り本物にはなれないだろう。

さてクリスマスプレゼントはどんな良い女に渡すとするか。
Posted by tetsukazu at 2019年11月26日 01:17
今日は行き付けのスナックの10周年のお祝いに営業前のお店の扉前に花を置いて来たら、ママが出勤するときにはとられてしまっていたようで、ママから連絡がありその事実を聞きがっくり来た。
花泥棒には驚きだがお店の名前も私の名前も入っているものを拝借したわけで同じ日本人として道義的にどうかと思うし少しだけ人間という生き物ににがっかりした。

で、ベビーメタルの主力ギタリストで国内でも屈指のギタリストである大村孝義さんのユーチューブ映像を見て気を取り直した。

画面の中で大村さんは、癖付けが何より大切だとギター上達のキモを語っていた。
確かに良い習慣も悪い習慣も一度身に付いてしまえば修正は大変だ。
花泥棒の泥棒習慣もちょっとやそっとでは治らないだろうから次回からこちらが気を付けて営業時間内に届けるしかない。

かく言うわたしも結婚生活中は、博打習慣が抜けない男やなと呆れられていたのだろう。
マイナスをプラスに転じさせるためにも私自身の悪癖や悪習慣を改善するきっかけとしたい。
Posted by tetsukazu at 2019年11月27日 23:08
話し方でIQがわかる。と言う者がいて楽天イーグルスの石井GMのワンマン運営を揶揄する時にもその言葉が使われた。
ただ、そう指摘する者の生涯獲得収入は石井氏より少ないだろうこと位は推察出来る。

確かにそれなりに実績を積んだ監督を解雇したり2年目の若手有望選手を育成枠に格下げして挙げ句にはロッテにさらわれた現状をみると、??マークがついてもおかしくない。

その構図は少し前に関大アイススケート部で監督である織田氏が部下である浜田コーチに無視されたケースと真逆だ。

それは権力は使い過ぎても使いなさすぎても問題があるということの証左でもあるが、現実は常に理想に優先するのが世の常。

これは私の持論だが、人間の値打ちは緊急時にこそ露呈すると考えている。
大きな失態を未然に防ぐために小さな失態に目をつぶることも必要だし、大きな成果をあげるために交渉相手のグレーな部分を飲み込むのも自己の器の大きさの指標となるだろう。

麻雀プロの前原氏が語る通り、どんな液体もどんな量も収まる器を持っていることがナンバーワンやオンリーワンにつながるし、前述のどちら側でもないお金にかえられることない人間としての魅力になって行くと信じたい。

随分前に私が語ったプロの定義に、自分ブランドを持つ者が真のプロとあるが、自分自身で語った責任もあり実践していかねば。


そしてひとまず自分色のクリスマスプレゼントを自分色を持つ女性に渡したい笑
Posted by tetsukazu at 2019年12月02日 18:56
松田聖子さんの娘のさやかさん[漢字省略]が離婚した。
夫は子供が欲しかったが妻は逆の考えだったとの説明が建前の理由。

私のヘビーローテーションである麻雀界の女流プロにも離婚経験者は多く、有名どころでは二階堂プロや和泉プロがそれにあたる。

近代ではなくリアル現代は、俺のこと私のことはほっといてくれと主張する者に対して、それならどうぞとの返事がくる構造になっている。
資本主義の原理も儲けたかったらいくらでも儲けてねとの一方で、でも儲け損なって借金まみれになってもそれは自己責任でね❤️となる。

前記に戻るが、勿論女流プロの中にも離婚しないケースの方が多いが、夫と子供と共に生活する瑞原プロなどを見るにつけ結婚生活の維持は知性と無関係でないと断じるしかない。

カトリックの戒律で最も重いのは中絶と自殺を禁じていること。
次に離婚、婚前交渉、同性愛。
浮気については古今東西やりたい放題の宗教などなく省略する。

冒頭の話に戻ると、離婚を決意した私達のことはほっといてくれという理屈だろう。
YouTubeで和泉プロが突撃訪問されていたが、無邪気に遊ぶ実の息子の前で過去に付き合った男に住居内の壁をぶち破られたと彼女は語っていた。
それが元の旦那なのか元の男なのから不明だが、およそ品性とはかけ離れた発言。
私見で語れば、彼女の人生の中でものを言わぬそして世間をこれから学ぶであろう我が子の立場など自分自身の決意決断の構成要素の割合では小さなものだったのだろう。

ただ、正にリアル現代では私の私見などは大きなおせっかいだろうし意味じくも最近の私が連発する[考えるな感じろ❗]の世界。

リアル現代において際限なき自由を与えられた私達は何を考え何を選択し何を決断し何処へ向かうのだろう。

全て自分自身の全能力を持って自分自身の責任で進むしかない。
それが我々の選んだ道なのだから‥
Posted by tetsukazu at 2019年12月04日 19:43
前コメントで麻雀の和泉プロについて語ったが、実際はシングルマザーであり結婚はされていないようで、つまり離婚もしていないよう。
彼女の名誉のためにもお詫びして訂正します。
しかもお子さんはいつ発病してもおかしくない難病をかかえているらしいので軽率だった。

ただ、やはり今時はネット上に映像が残り続けるので赤裸々な発言は少し慎むべきに思う。
Posted by tetsukazu at 2019年12月04日 23:36
私の持ち歌でもあり爆笑問題の太田[以下人物名は敬称省略]の持ち歌でもある吉田拓郎の流星の歌詞はいつになっても共感する。
太田とはパートナーとの距離感もきっと似たようなものなのだろうとも想像出来る→私の場合は元パートナーだが。

流れる星は今がきれいで🎶
流れる星はかすかに消える🎶 
思い出なんか残さないで🎶
君の欲しいものは何ですか🎵
僕の欲しかったものは何ですか🎵

吉田拓郎は徹底して恋愛ソングを作り作ってもらいそして歌って来た。

それが彼にとってのフィールドワークであり人生そのものの反映だったし現在進行形。

沢尻エリカの起訴が決定し保釈も実行されたが、世間の声は→口では偉そうなこと言ってたけど、やっていることはカッコ悪くてなかなかガッカリする人との意見もある。

彼女が今後、最低な女だけど最高の女と言ってくれるパートナーがそばにいるかが問題だが、恐らく母親はこんな可愛く生まれたのだから人生イージーモードだと考えて社会人としての一般的な良識や常識を教えて来なかったのだろうなと推察出来る。

確かに彼女は輝いていた。
過去の映像を心に刻み人生の励みにして来た者も存在するだろう。
だが、本人も観察者もきれいな輝きのままフェードアウトしたかったしして欲しかったはず。
人は一瞬に生きるからこそ一瞬の価値をもっとかみしめるべき。

最後の最後にカッコ悪かったなやガッカリしたなで終わるのは才能があればあるほどもったいない。

たまにで良いから少し立ち止まり、輝けているかや自分自身が何を求めているか、そして周囲から少しでも期待されているなら自分自身を客観視しつつその期待に応えることが聡明で美しく輝けることにもつながるだろう。

私がこうして書き連ねるのは正に自分自身に言い聞かせるためでもあり、最低だったけど同時に最高の人生だったなといつの日かかみしめたい。
Posted by tetsukazu at 2019年12月07日 11:31
今日は嫌なことと良いことの両極端な出来事があった。
嫌な方は、お前なんかやめてしまえとかええ加減な奴やな。と暴言をはかれたこと。
良い方は、あなたほど読書欲と知識欲が旺盛な人は私の周囲にはいないと言われたこと。

後者に至ってはほぼ女性への口説き文句笑
そして前者については私は暴言元に、涙が出そうですと言葉を発したが涙は出なかった。

さすがの私もこれ程も感情の振り幅が大きいと精神の安定が保ち難い。

対処法としては本能や煩悩全開でリカバリーするしかないのだが、それは同時にハイリスクを伴うため若干ブレイクタイム中となっている。

こんな時のためにもパートナーが必要なのだが世の中そんな都合良くは出来ていない。
自分自身が困ったな時だけ励ましてくれるのなんて夜の世界のお姉様達位か。

取り急ぎ対策を考える。

後に続く。

Posted by tetsukazu at 2019年12月11日 21:41
世の中は孤独出来ている。
と言ったら誰かのパクりになりかねないが、私のリアルタイムの感情は孤独とのワード抜きには説明がつきそうにない。
イケメンで名の通る麻雀の滝沢プロでさえ歴代の彼女にキャバ嬢がいたりする。

落ち込んだって何の問題もない。
だって人間なんだもん ん??
Posted by tetsukazu at 2019年12月11日 22:04
世界は全力で出来ている。

元サッカー日本代表監督のオシム氏の名言で、ライオンに追いかけられているウサギが肉離れ起こしますか?がある。

仕事に恋に全力投球というけど、生きていると突然目の前の相手から豪速球が飛んで来る場合がある。
なんとかうけることが出来てもそれを超えるスピードでの返球が必要な時もあるのは事実。
そんな時のためにも肩を鍛えておいて損はない。
出し惜しみしてもしなくても一度限りの人生。
綺麗だねと声をかけた量だけ女性は更に綺麗になる。
きっと自分自身に俺はやれるんだと言い聞かせれば何かが変わるのは必然だと思う。

人は人により成長し人の成長のサポートをすることできっとその成長は加速するだろう。
Posted by tetsukazu at 2019年12月12日 08:20
世界はリアルが支配し妄想と物語に満ちている。

離婚後10年。
知識量と経験量を増やす旅は一旦休止して新たなステージに移行しようと思う。

今日の夜songsは尾崎豊特集のようだが、今の人達から見れば社会に負け薬物に負け自分勝手に生きの垂れ死んだ奴になるようだ。

私のステージ話でいえばとっくの昔にステージから落ちてどのステージにもいない状態。
日本は空気が支配し第二次世界対戦時も召集礼状に対して、地域も家族もこぞって若者を戦地に送り出し、実は本人が断れるシステムであったことさえ歴史から抹殺されている。

無論、本人が断る場合は国家総動員法や治安維持法その他の法令違反となりお上にしょっぴかれるのだが。

前述の今に生きる奴らはそんな状況時に、召集礼状に負けた負け組とでも揶揄するのだろうか。
ほぼ公文書を簡単に破棄し実際の公文書を改ざんした現国家体制を容認追認する国民だから常識や良識が判断基準でないのは確かだろう。

みんな自分勝手だなぁと感じる人間は自分自身も自分勝手に生きるしかない。
それは国家間においても顕著にあらわれる。

10年前の私はリアルを突き付けられた。
そして屈折した物語を構成し誤魔化しながら10年を過ごした。
一旦コメントを終え後で追記します。
Posted by tetsukazu at 2019年12月14日 19:35
世界には可能性と不可能性しかない

私は先のコメントの通り自分の人生において大きく舵を切った。

尾崎豊的に言えば、博打からの卒業🎶
飲み屋からの卒業🎶みたいなものか
当たり前だが人はいつか死ぬ。
あーしたいこーしたいあーしとけば良かったこーしとけば良かったらと言ったところで命が尽きた時点での評価がその人間の評価になる。

可能性と不可能性。
相対性理論を持ち出すまでもなく、AとBとの関係や観察者や被観察者の関係、そして裏と面光と影、酸化還元だかどうだか忘れたが、人間の体も所詮たんぱく質と鉄分と電気信号と水などでできており、思考回路も物質の成せるわざでしかない。

私は以前に意志は遺伝子情報の網をすり抜ける極少の砂つぶと表現したが、私がリアルに次のステージに移行出来るかは砂つぶの質と量次第。

ステージ移行に際しての可能性と不可能性は?
とりあえず食べる。とりあえず寝る。とりあえず性欲を満たす。とりあえず働く。
それらをこなした後の時間は定量的な有限の世界。

基本的には私達の生は一方向へ直線的に進んで行き成長と死がほぼ同時に存在し共存する。

若者のLINEのやりとりがなぜ2行や3行なのか?

世界は3行で出来ていると同時に無限大でもある。
3行の孤独と歓喜。無限大の中での無限大の孤独と無限大の歓喜。
それはコインの裏と表であり短文も長文も意味や意義は同じで、あるとしたら短文の方が時間効率に優れている位か。

私にとってのリアルは年齢であり貯金であり肩書きであり家族構成であり身体状況であり周辺状況。

それらを変えることの出来る可能性と不可能性とは?
年齢は不可能性領域であるがその他については可能性領域になるだろう。

人は何のために生きるのか?

生と死がほぼ同時に存在する我々にとって、生を考えることイコール死を考えること。
エロスとタナトス。10年前からの私は無意識に破壊破滅願望がありそれによる快感を創成や創造の代用としてきた。

破壊破滅から創成創造へ‥

やはり意志は物質であり体内でのリアルとしか思えない。
私の決意はリアル方向に確実に向かう‥
パトラッシュ 何だか変わりたくなって来たんだ。お早う。


Posted by tetsukazu at 2019年12月14日 21:41
神目線。

アフガニスタンで長年支援活動を続けた中村哲医師が殺害された。
道で倒れている人が倒れたら助けるのは当然のことと語る彼の言葉が、物があふれている日本人の何割に伝わるのだろうか?

世界には水や医療に恵まれない国が多くある。
私は活字中毒なので、理屈では理解するがリアルに目撃することはなくかろうじて映像に触れる程度。
それでも個人的には腕時計はしないしブランド服も着ないし旅行などもしない。
贅沢と言えばベビーメタル関連か。
ただし、それは物欲の話でありギャンブルや夜の飲み屋に使うお金を考えたらバチがあたって不思議ない。

相殺出来るわけではないが、20年間は清掃ボランティア活動や夏祭りや餅つきのボランティア活動は続けてはいる。

話を日本人の贅沢心に戻すが、私が行き付けの何軒かの夜の女性にクリスマスプレゼントの話をすると、私の頭の中では2万円から3万円の間位でいると、返ってくる答えは、私物はグッチが好きだけどそれでも5万円とか10万円位の手頃な値段ですよ笑 だ😵

は??

やはり行き付けのお店から帰る時に見送りしてくれる女性に必ずタクシー代として千円か二千円おねだりされるのだが、ある日は今日は私がたこ焼きをおごりますよと500円分出してくれて驚いたがその日も結局二千円おねだりされて1500円の私の持ち出しの日になった😥
私の認識不足かもしれないがさすがにその日位は気持ちよくおごられたとの感謝気分で帰れると思っていた。
ちなみに彼女の自宅は自転車で約5分の距離。

何が言いたいかと言えば、私はその千円や二千円が惜しいのでなく気持ちの問題。
その女性は夏に沖縄旅行に行って帰ってきた直後に同伴もしたが、飴のひとつももらってない💣

今年の私の誕生日も毎年プレゼントをくれる主婦の女性からそこそこするだろう服をいただいたが、先日お礼の意味でランチをご馳走したら感謝してもらえた。

比べるわけではないが、元妻も結婚前の私の体調不良時に京都の山奥の奇跡の水を真冬にとりに行ってくれた。
つまり気持ちの問題が人にとっていかに大事かのエピソードを上から目線かもしれないが羅列してみた次第。

よく どんな神目線や!と突っ込み突っ込まれるが、本来の神は人間のどんな行為も一旦許して本人の懺悔の気持ちを引き出すもの。
それに比べて法律は悪事を見逃さず、俗物グループに存在するお金の神も無駄づかいの補てんはしない。

生きて行く上での本当に価値のある神目線とは?

それはもうひとりの自分からの心配目線であり応援目線であり辛口目線だろう。

自分自身の最大の応援団は自分自身。
そして自分自身の値打ちの量と質の分だけ良質な応援団が現れるだろう‼️



Posted by tetsukazu at 2019年12月15日 11:49
11月17日にコメント欄に書き込んだ内容である人生最大のエンタメ期間が終わろうとしている。

と言っても金額的には1ヶ月で50万円程度の散財なので今までの人生の中では可愛いものだ。
19才にして100万円を懐に競馬場で一日で使いきった私にとっては常人の非日常とはかけ離れた価値観になる。

今までは既婚者の時期にブログを始めた手前女性遍歴は語らなかったしブログ小説上も冴えないキャラとなっていた。

ただ、一部のブログ交遊仲間からはその片鱗位は悟られていた可能性はある。

モテるかモテないなんて無謀さを含む積極性と過度の冒険心による影響が大。

このエンタメ期間中は飲み屋とギャンブルに約半分ずつ費やしたが、どちらも馬鹿ほどはしゃいだ。

あげマン伝説も久々に作れたかもしれないし、過去に大勝寸前でゴール前数メートルでの落馬による逆転負けのような場面にも久々に遭遇した。

私の過去の教え子達に語っできた、人生という物語の主人公は自分自身でありそのプロデューサーもまた自分自身だ。スケールの大きい物語を自らのちからで演出しようとの言葉に嘘がなかったことは胸を張って言える。

ただ、うらやましがられる物語でなく真似したくない物語だっただろうな位の客観性は持っている。

そして隠れエンタメとしては、自身の肉体の細胞活性化をテーマにしていた。
それはあえて欲望全開にすることが肉体への負荷となり本質的な欲望に回帰させる目的。
その点については60%程度の成果は出たので後3ヶ月程度先に向けて90%程度まで底上げしたい。
そのためにはブロッコリーを中心とした〇〇男優食が必須になるが笑
Posted by tetsukazu at 2019年12月16日 11:27
自分のことと他者のこと

結果が大事とのブログ表題にしている私としては名実共にでないと説得力は生まない。
結果を伴わない過程も過程を伴わない結果も完全とは言えない。
私の議論仲間によると資本主義そして日本の国内統治に対してはベストに近いベターとの評価。
それに対して私はベターに近いワーストとの見解。

あのデビ夫人が、好きでも嫌いでもない年収一億の男と好きだけど年収二百万の男のどちらと結婚するのが幸せかとの問いを世間に投げかけデビ夫人本人は一億円の男の一択との私見を述べたことを受けネット上で議論が白熱している。

世間の意見は7割位が一億円派で1割位が一億円の男とまず結婚して数年で別れて慰謝料をもらって好きな男と一緒になるで残り2割が共働きや将来性込みとの前提で好きな男を選ぶとの割合。

私の意見は、もし一億男と結婚してその男の容姿が御世辞にも普通程度とさえ言えない場合は産まれて来る子供の将来[特に女の子]を考えると年収基準の自分だけの判断にごう慢さを感じる→勿論問いかけが空論前提。

つまり人間は本質的に自分中心だし自分勝手でないと弱肉強食の地球上で生き抜けない。
したがって自分勝手な選択は否定しないが、あびる優さん夫婦の離婚劇を例に出すまでもなくそのタイプの夫婦間に産まれて来た子供達が不憫でならない。

私の周囲にも離婚して子供も含め旧姓の名字に戻り再婚後に新しい追夫の名字になった例がある。
私もその男の子と仲が良いが、実家に出戻ってしばらくたったある日、母親にとっての父親つまり子供にとっての祖父に対してお父さんと言ってしまったことがあり、その瞬間わたしは切なくて切なくてどうしようもなかった。
その男の子は先日の餅つき大会のおりに僕に対していつか身長が同じ位になりたいな。なれるかな?とじゃれて来たので、いつも背筋を伸ばしていたら絶対なれるよと声をかけた。

脱博打脱飲み屋とアピールし出している私としては自分自身のためにもクリスマスに誰にも装飾品をプレゼントしないぞと固い決意をしているが、その前の目の前の課題はボートレースの賞金王シリーズが始まる今日に日刊スポーツを買うかどうかであり、それが自分自身の幸せとどう関係するのかを想像することだ。


それにしても我ながらブログタイトルのハードル設定を高くし過ぎた笑
Posted by tetsukazu at 2019年12月17日 11:30
飛び抜けた能力

私はブラックジャックもゴルゴ13もトランスポーターの主人公も大好きだ。

あらゆる面で能力が上の女性が主導でない人間社会がどうして形成されたか?

トップAV男優のしみけんさんは酒もタバコもやらず牛肉、ブロッコリー、くるみ、青魚など仕事に有用な食物しかとらず睡眠もたっぷりとり筋トレも続け翌日の仕事に備える。

汗水血を流して獲得した稼ぎは無駄に使う気にならないはず。

ただ努力の方向性が株や公営ギャンブルやパチンコパチスロや毎夜の飲み歩きの方に向かうようなら話は違う。

確かにスーパーヒーローになる道は険しいがストイックさがなしではスタートラインにも立てないし、前述のヒーロー達がやたらモテる理由も一生理解不能。

何を語ったかではなく何をしたかに価値は生じる。
男に世界の舵取りが委ねられた理由。
それはスーパーマンやスーパーヒーローになり得る可能性が僅かでもあるからに違いない‥
Posted by tetsukazu at 2019年12月17日 14:13
いつの日かの幸福論

有言実行とは言うが、漢字4文字ながら実際に文字通りとなるとこれがなかなか難しい。
私ひとりをとっても有言不実行の数々。

そこで一周回って過去に語ったことの中で今でも変わらないモットーを再確認してみる。

幸福論を題名にした書物は古今東西数々あるが、その中のあるひとつの幸福論の一節に

今ある自分自身の有り様は自分自身が望んで来た幸せの具現化だ。的な表現があった。

しっくりくる言葉は数々あれどこれ程核心をつく言葉はないしぐうの音も出ない。

努力したふり頑張ったふり変わったふりをいくら積み重ねても自分自身の今ある現実にうそはつけない。

つまり深層意識の働きも含め結局は自分自身と折り合いをつけ続けた結果、例えぬるま湯状態であっても例え貯蓄ゼロ状態であっても例え気の合うパートナーがそばに居なくてもそれが自分自身が望んだ幸福の具現化状態でありそれ以上でもそれ以下でもない。

例えば今日博打でバカ負けしたり飲み屋で大散財したりしてもそれはそうすることが無意識に自分の幸せにつながる行為だから。
負け足らないから負け、使いたらないから使うだけの話。

もし明日から読書三昧だったり掃除三昧だったりしてもそれもまた幸福行動となる。

もし人生なんてシンプルなものなのよ。とアドバイスをくれる人がいたら そうですよね 人は常に望んでいた状態になっているだけですもんね。と答えれば話は終わる。

幸せの定義はシンプル

幸せは今ここにある


Posted by tetsukazu at 2019年12月19日 01:01
良いことが何もないと言う人へ‥

何度も言うが私なりの幸福論は、今ある自分自身の状態こそが自分自身が望んでいたことだ。になる。

最近、あの中森明菜さんが 何も良いことがない とファンクラブの人達につぶやいたそうだ。

聞けばファンクラブの会費だけで一般人の何倍もの収入があるそうで、今の彼女を支えてくれているファンへの感謝の気持ちはどこに行ったのだろう。

良いことがないとつぶやく以上、良いことのイメージはあるだろうが、彼女はそれに対してどんなアプローチをしたのだろう。

確かに彼女はデビューしてから親族からたかられていたと聞くし恋愛が成就しなかった事実もあり大人が信用出来なくなったのだろうとの推測は成り立つ。

が、それにしても彼女が世界一不幸には思えないしフィリピンのストリートチルドレンはそこに産まれただけで今の現実に直面してしまっている。
それが何を示唆するのか?
やはり運の要素を完全に排除して人間は語れない。

もし幸せロードがお金で出来ていたなら現在の中森さんはそのロードの上にいるはず。
そして真心がポケットにあれば真っ直ぐに進んで行けるだろう。

目的は幸せで手段がお金などになるのだが、資本主義社会では目的と手段が紙一重。
お金がある時点で既に目的を達成している可能性がある。
ストリートチルドレンにとっては三食にありつけて教育が受けられる環境が幸せでなくて何なんだ!となるに違いない。

机の上で幸せを語る人間は信用出来ない。
工事現場でアホほど重い足場資材を肩で持ち続けるものなどにしか語る資格はないだろう。
Posted by tetsukazu at 2019年12月21日 09:41
ドラマアンドファンタジー

つい最近数十万の散財での個人的エンタメ期間を過ごしたが、その影響が早くも出た。

実は昨日、もうやってられないです。あなたの娘になりたいとの20才過ぎの夜の女性からLINEが来た。
エンタメ期間でのパパ活選手権笑参加者のひとりなのだが、あなたの娘になりたいと言われたのはさすがに私の歴史上初の出来事((ノ∀`)・゚・。 アヒャヒャヒャヒャ

私としては冷静に私にとっての幸福論を語り返信した。
楽したいと思って来たならその結果が今だし努力し足りないと思ってそうして来たならそれも今。
つまり深層上は今の状態こそが自分自身が望んで来た幸福状態だと。

彼女は予想外の真面目な返信に戸惑ったようだが、最後にグッドラック!とメッセージを入れ、何かを継続することもその人間の立派な能力だよと伝えて昨日のやりとりを終えた。

勿論、決して上から目線でなく自分自身にも言い聞かせてもいるので私自身も彼女に感謝する立場。

パパ活が本当のパパに転化するとは😅
Posted by tetsukazu at 2019年12月23日 10:40
そろそろラストスパートかけるか

夜の世界で働く女性もある意味アイドル
昼の世界で接客の仕事をこなす男女もやはりアイドル活動

夫婦や結婚前のカップルもパートナーの前ではお互いがアイドルの振る舞いを続けてこそ緊張感も持続するし魅力も保てる。

私の娘になりたいと言っている平成二桁生まれの女性が俗にいうメンタルヘルス状態でなることを祈るが、男女関係で難しいのは、どちらかが勝手に相手に良いイメージを持った場合に持たれた方は気が抜けなくなること。

良い意味での緊張感は良いが悪い意味での緊張感は問題。

誰かのために何かをしたいと思える🎵

常に目指すは幸せな状態
その答えは今目の前の鏡に映る自分自身

今年作り上げて来た自分自身の顔

そして来年どんな顔になるか?

その答えも今この瞬間の想いの中にあるだろう
Posted by tetsukazu at 2019年12月25日 10:06
永遠のテトリス

古今東西ほぼ無限数の人間達が生きるとは何か?幸せとは何か?と自問自答してきたはずだが、何万年経とうが明快な結論など出るはずもなく、個々人が一定程度の仮の結論を出すのが関の山。

人は知らず知らずにどこからともなく来る設問に知らず知らず回答しているはず。
それはアウシュビツ収容所を題材にした世界的名著にも示されている。

そのさまは、まさに半永久的に落ちてくるテトリス群をこれもまた半永久的に対応するプレイヤー状態。

知らぬ間に答案用紙が0点だったり知らぬ間に99点だったりすることもあるだろう。

現時点での自身の環境は自分自身の能力発揮の積み重ねの歴史の具現。

そして幸せ状態にあるかどうかは鏡の中の自分に答えがある。
誰とふれあいどんな表情を重ねたかにより笑顔の評価点は大きく変わるだろう。

Posted by tetsukazu at 2019年12月25日 17:02
想いとは 言葉とは 個人とは 仲間とは

相変わらず芸能界の結婚や離婚のニュースが定期的に流れてくる。

女優の木村文乃さんが2年ほどの結婚生活の末に今年4月に離婚していたとのニュースが直近のトピック。
結婚の方はお笑い芸人のバカリズムさんがでんぱ組?の元人気メンバーとのカップル。
それらの話は無理私の半分ファンタジーの世界のパパ活選手権とつながる気がしてくる。

このコメント欄で最近登場するパパ活選手権参加者の平成二桁生まれの夜のお仕事の女性については火傷する前に距離を置いた方が賢明に思えて来た。
つまりいつか来た道。

お店関係なしに会って欲しいとわざわざ言って来た僅か2日後にお店でのミニスカサンタルックの下半身のみ写した写真を添えてのLINEが。
なんだかんだでお店に来てね❗️のメッセージ。
ヾ(・ω・ヾ)はいヾ(・ω・ヾ)はいわかりましたわかりました。いつか来た道ね👍お約束の展開ですね。

実は長男が音信不通状態で次男からのLINEさえ既読がつかない。
既に大人になった息子の捜索願いを出すわけにもいかないし、本妻も次男も今のところ様子見だ。

こんな時、息子の心配に終始すると自分自身のその他の日常や非日常の世界が徐々に消えて行く。
私の親もまた私が音信不通の20才前後の時に心配で私のアパートに来た時があった。

そう、例え肉親であれ別人格であり心配してどうなるものでない。

少し眠たいので一旦書き込みポタンを押してまた次のタイミングで続きを書き込むことにする
Posted by tetsukazu at 2019年12月26日 01:30
訂正

前コメントで、本妻と表現したが 元妻が正しい表現でした。
漢字ひと文字違いで大きな違い。

私も長男にLINEしてみたがやはり既読はつかなかった。
自由を求め続けて来た私の極身近な者が自由を行使していることに複雑な気分ではある。
個人にとっての自由は他者にとっては不自由なことになるのだろうか?

どちらにしても親族でさえ行動のコントロールが不可能なのだからそれ以外の他者へ私の影響力が及ぶことを期待するのは無い物ねだり。

ひとまず出来ることは彼を信じ続けて祈ることだけだ。
Posted by tetsukazu at 2019年12月26日 08:21
ネクストタイムイズアナザータイム

読売グループの総師とも言える渡辺さんは若い頃共産党員だった。

マルクスからレーニンに至る系譜の原点はヘーゲル哲学であり唯物論ともつながる。
存在するはずの一部の有能な指導者がいれば大多数の庶民はそれについて行けば社会は上手く行くとの絵にかいた餅のような思想に若かりし渡辺さんは疑念を持ち、主体性に重きをおくカント哲学に傾倒していったらしい。

カント哲学は観念論的であり形而上学的ではあるが、世界的には日本やドイツが弁証法的な考え方でイギリスやアメリカ合衆国などキリスト教の影響下にある国々が形而上学的立ち位置。

今までこの場で何度となく繰り返して来た通り、水がやがて氷になるのが弁証法で水は水、氷は氷とするのが形而上学。

この一年間私が特に感じて来たことは、人は誰しも寂しい。そしてその寂しさを埋める手段は?だった。

結論から行くと、男女関係なくその手段はお金と異性であり寂しさの約8割は満たすとの推測。

主体性との言葉は曖昧で抽象的だが、そこに才能や努力や忍耐力や能力を加えることでより明確になる。
主体性はある意味自己決定権のこと。

自分自身の未来は自分自身の主体性により決定されるとの仮定を真実と考えられるまで昇華させるとおのずと結果につながるのではないか。

やはりどう考えても、明日から頑張るでなく、今この瞬間から未来の望むべき自分像に向けて頑張るべきだろう。

昭和時代ならトゥモローイズアナザーデイだが、これだけ変化や進歩が早い時代には、ネクストタイムイズアナザータイムがしっくり来る。

さあ、自分自身を信じ主体性を持ち望む自分に一歩ずつ近づくしかない。

脱ギャンブル脱飲み屋へのアプローチはこれからも続く‥
Posted by tetsukazu at 2019年12月27日 16:15
多重人格

昨夜、たまたま日本映画専門チャンネルを見ていたら多重人格を扱った内容の映画がやっていた。

昼は真面目なOL。夜はエロさ満開の女との設定で描いているのだが、その主人公が昼の自分と夜の自分との間で交換日記をするとの内容。

平野啓一郎[漢字が間違っているかも]さんも分
人との表現でひとりの人間には色々な仮面が用意されているとしている。

そして人格が変わる瞬間
続く。
Posted by tetsukazu at 2019年12月28日 19:27
ブラック・ジャック

手塚プロダクション公式チャンネルでブラック・ジャックの第一話を見た。
今まで何回も見たがやはり私はこの物語が好きだ。

私が大好きなベビーメタルと共通する魅力があるからなのは偶然ではない。
そして私自身の考え方にも通じる。

ブラック・ジャックもベビーメタルも生物学的な性を売りにするわけでもなく品がありどこまでもクール。

脱博打脱飲み屋と言い続けて数十年の私もクールな生き方だけは貫いているとの自負はある。
博打で唯一勝てるのはコマの上げ下げと勝ち逃げだが、それはクールな振る舞いなしでは成し遂げられない。
となると私の自称するクールは、クールもどきと言える。

少なくともベビーメタルは実在するユニット。
メインギタリストが急逝したりメインダンサーのひとりが脱退してもクールに世界を飛び回っている。

先日、10年振りに実妹と一時間以上会話した。
このエピソードも私の自称クールとつながる。
そこで感じたのは実は私は既に40年以上前に何かが壊れていたのだと。

つまり、壊れたまま走り続けているのだからだれよりも慎重に進まないといけないし、ここぞという時には大胆にも振る舞わないとならないはずだ。

過去に謙虚で現在に自信をそして未来に希望を持って来年に臨もうと思う。
そしてブラック・ジャックにとってのピノコのような存在がいれば更に味わい深い人生になるだろう。

一年間が過ぎる瞬間、半歩でも成長出来たと言えるかは後二日間の振る舞いにかかっている。


Posted by tetsukazu at 2019年12月29日 22:42
今年も後少し。
年末年始だけは父親らしく息子のご飯を作りお雑煮を作りゲームの相手をする。

離婚後10年、この繰り返しだがこの繰り返しが何とも言えない味わいがあるとも言えるし、世話をしたくてもする相手がいない人間より幸せと言える。

大晦日は何とか脱博打脱飲み屋で終われて良かった。
Posted by tetsukazu at 2019年12月31日 23:59
名言更新

明けましておめでとうございます。
自分プログながら記事としての更新方法がわからなくなりこうしてコメント欄に書き込みしている。

相変わらずの活字中毒の私は名言にも日々触れ続けている。

夫婦になればお互い見つめ合うのでなく、お互いが同じ方向を見つめるべきbyサンテグジュペリ

金が全てではないが、全てに金は必要byウシジマ

正月はいつも通り家族と元家族らと合流してあわただしく過ごした。

自分を見つめ直す期間でもあり、改めて微調整を繰り返しながら自分だけの幸福論を念頭に前に進むしかない。
Posted by tetsukazuう at 2020年01月04日 13:36
ゼロから始まる異世界

一回死んだつもりでと言うがほとんどは死んだつもりのふりやなんちゃって死んだふり。

私だけの幸福論が正しいならば、たった今決意した死んだつもりは必ず私の望む世界に私を連れて行くだろう。

ゼロの世界とは何も定まらず何が楽しくて何が生きがいでありやりがいであるかを自分自身で作り上げる世界。
ネットやテレビや酒や博打や飲み屋がない世界に放り出された北斗の拳の世界。

アドベンチャーは自分自身で作り与えられた喜びでない喜びを自分自身で作り上げることこそが本来の生物性な気がする。

さて明日の朝、世界はどう見えるのだろう?
Posted by tetsukazu at 2020年01月05日 17:57
朝になり世界は変わらないが自分自身は少しだけ変化したように思える。

それはお金の呪縛からの少しずつの解放。

思えば中二位まではお金より大切なものがいくつもあった。
それは休み時間であり放課後であり晩御飯までの時間であり運動会であり広域陸上大会出場での優勝など。

その頃は自分が全国レベルで速いはずとの自信があったしバスケットをしていた頃は練習風景を他校の女子生徒が見学に来たこともあった。
だからといってその女子生徒と会話することもなく、同じ学校の女子バスケ部員と話をすることもなかった。

自分で語るのもおこがましいが、正に中二病そのもので女子生徒からの交際の申し出は一切断りスポーツや男友達との交流やプロレスなどが私の生活全てだった。

そして何十年の時を経て、お金と女性からの呪縛を解いて自分らしさを取り戻せたらと考えている。
と言うより頭でっかちでなく自然にそうなれば良いなと感じている。

ひとまず今日から20日までの間、依存事項からどれだけ遠ざかれるかが問われる。
先人が語った、人生とはどこからともなく来る問いに答え続けるようなもの との言葉通り。

人生に無駄な時間はなくその時々に選択した自分自身の判断をほぼ正しいと考えることで未来は開けるはずだ。


Posted by tetsukazu at 2020年01月06日 09:24
カウントダウン

私だけの本気、私だけの異世界、私だけの幸福論。

待ったなしの残り約80日間。

今まで数知れずの変わったふりや明日から頑張る宣言。はたまた自宅の壁に貼る目標などなど。

今回ばかりはデッドラインを設けられてのラスト80日。

ネタで始めたパパ活プロジェクト。
それが違う形で具体化しそうな状況となっている。

果たして自分自身を裏切ることなく3月末を迎え予定通り自由空間の確保を4月中にも成し遂げるか?

このブログやコメント欄を通じてひとり語りを散々して来たが、百聞は一見に‥の例えのように百の能書きよりひとつの実績となるかどうかが試されるし自分自身の本当のポテンシャルを自己確認するためにもある意味楽しみである。

苦しみさえ喜びに変えるのは正にベビーメタルの絶望さえも光になる🎵のフレーズの通り。

藤岡さん、ゆいちゃん、見ていて下さい。
恩返しの時が来ました🙆
Posted by tetsukazu at 2020年01月08日 22:37
こんなはずじゃ
 
よく 俺は私はこんなはずじゃなかったとかこんなものは本当の私の姿ではないとか言う人間がいるが、ではどん姿が本来の自分自身の姿だとなるのか?

多くの人間はこんなはずじゃないまま時がどんどん過ぎて行く。

最近私はよく眠る。
悪い奴ほどよく眠ると言うが、私もようやく悪人の仲間入りが出来たのかと感慨ふかい。

自分勝手でいいんだよ だって人間なんだもん。

                                             
                                                                                                                
Posted by tetsukazu at 2020年01月09日 14:40
結局人間て。

自分の書いた記事を色々と見返してみた。

三行にまとめろタイプの人間にはおよそ読み進めてもらえそうにない内容ばかりだった。

今回発生したイラクと米国との衝突の中で民間機が墜落したが、ここに来てようやくイラク政府がイラク領土からの誤射によるものと認めた。

故西部すすむ[漢字変換出来ず]氏も呉智英氏も人間なんて大した代物でないと言い続けていたが、今回の誤射は正に人間が大した動物でないことを証明したし、搭乗していた犠牲者のあまりに小さい存在にぞっとする。

それぞれの国やそれぞれの個人が様々な宗教を信奉するが、もし神が存在するなら今回の犠牲者は一体何の裁きを受けたと言うのか?

まさか飛行機に乗れるような恵まれた人への天罰?
いやそんなはずはない。

それではもし神がいないとするならば、生きて行くための指針は?

一旦書き込みを終えます。
Posted by tetsukazu at 2020年01月11日 15:49
書き込みてすと
Posted by tetsukazu at 2020年01月21日 20:44
人生のピークと日々を精一杯生きる意味と意義


何百もの記事にして何十と自分のブログのコメント欄に書き込みしているが、果たして意味や意義があったのだろうか?
行き付けのスナックのスタッフに読書はするの?と聞いても一般書は読まないとの答えが大半。

言いたいことを三行にまとめるのがデフォの世界線では私は浮いた存在になりそうだ。

今日という日を行きられなかった死者にとっては今日は何ひとつ面白いことがないと言っている生者がとんでもなくうらやましい存在だろう。

実は昨日の私は7割位は本気で今日で人生が終わっても悔いがなかったと言えると言いながら過ごした。

果たしてそんな風に思える瞬間が万人にとって起こるのだろうか?

ただ、とんでもなく犠牲を払ったがそれは覚悟の上。

私には元家族がいる。私には仕事がある。私には住居がある。私のことをうそでも好きと言ってくれる女がいる。私には活字がある。私には音楽がある。私には心の自由がある。私にはベビメタやBiSHや真性かまってちゃんやあいみょんがいる。
私には今がある。

一旦書き込みを終えて昨日を過ごした人に連絡を入れてみる。
Posted by tetsukazu at 2020年01月21日 23:58
前コメントの訂正です

行きられなかったではなく生きられなかったです
真性かまってちゃんでなく神聖かまってちゃんです
Posted by tetsukazu at 2020年01月22日 01:12
依存レベル

ここに来て依存関係がシャレにならない状況なので危険レベルを自分自身で評価し対策をとらないと手遅れになる。

一旦書き込みを終える。
Posted by tetsukazuぬ at 2020年01月23日 22:34
自分だけの問題ではない

香川県でゲーム依存やネット依存の対策が具体化しているとの報道があり、杏の旦那は浮気依存。平手依存だった欅坂46も平手電撃脱退のニュース。
インバウンド依存の日本も新型ウィルスの驚異にさらされ自民党依存の政治の世界も危険レベルが最高値近い状況だ。

勿論、私自身のGの依存レベルは10段階の
9.5は固い。
正に崖っぷちだし土俵際だ。
解決策はただひとつ。



やめる



ただそれだけ


この崖っぷちで短期目標など意味はない。
この場でそろっと書き込みをして結果を出すだけ

そう


このブログタイトルは






結果が大事



平手の電撃脱退の日にGから電撃脱退するのも覚えやすくでちょうどよい。


やり続けた快感がコインの表ならきっとやめ続けたコインの裏の世界線にも同量の快感が存在するはず。

それが私が今まで能書きをたれてきたことの意義の証明になるだろう。




私が今こうして書き込みしているのが必然ならば、明日からも必然の結果が待っているはずだ。


依存症治療の主治医は他でもない自分自身。


人生というロープレの必要アイテムコンプリートと姫の救出までやり残したことは山積している。


自分自身にグッドラック❗
Posted by tetsukazu at 2020年01月23日 23:18
歴史は勝者がつくる

競走馬で牝馬のリスグラシューが最強馬のまま引退した。
クラブ所有馬のため規定によりそうなったのだが、このように惜しまれながら引退しその後も安定した余生を過ごせるのは限られた馬だけ。

特に牡馬に至ってはあのディープインパクトでさえ種付け労働の過酷さは想像を超えるものだったろうし、名もない馬達は人知れず馬肉になっているはずだ。

我々はスポットが当たるものしか見せられないし見ようとはしない。
ガールズちゃんねるをチラッと見ると杏と東出昌大の浮気問題について、杏が慰謝料をふんだくるべきとの意見が大勢で閉口する。

結局愛情のもつれを金で解決しようとしているし出来るとの発想。
東出昌大や浮気相手を批判する自分自身がそれらの人間を思いやれない思いやりのない自分であることの自覚がない。
つまり杏を思いやる自分自身に酔うだけで万人に対する思いやりでなく、自分基準による都合のよい欺瞞に満ちた善人気取りだ。

それは、ディープインパクトやリスグラシューを称賛し競馬はロマンだと語り、競馬場にある亡き馬達の安息を祈る神社に手も合わせない奴らだろう。

歴史は勝者がつくって来たのは事実。
米国による東京大空襲を始めとする民間人殺害や広島長崎の原爆投下を戦争を終わらすためだったと言われてもそれこそが勝者の論理だ。

ただ、私はそんな世界を否定しているわけではなく動物の世界は弱肉強食であり、ながいものに巻かれるのが楽なのも事実。

マリファナは規制するが酒類を規制しないのは国家の都合でしかなく、明らかなギャンブルであるパチンコパチスロを娯楽と言い張る警察官僚はクズ。
桜を見る会関連の官僚答弁もクズ答弁。
ただ、そんな官僚達は俗に言う勝ち組だし、前述の浮気カップル糾弾女子達も金が勝者のアイテムだと自覚しているのだろう。

リアルタイムで淡路島5人殺害の一審死刑判決が無期懲役に判断が変更になった。
憲法の悪用と言うか心身耗弱や心身喪失者達が犯罪者の中の勝者なのか?

一般人に出来ることは貯金ゼロ組から抜け出しで貯金あり組に入って勝者気分を味わうこと位なのだろうか。
Posted by tetsukazu at 2020年01月27日 10:42
ついさっき日本映画専門チャンネルで、平手友梨奈主演の「響」を視聴した。

作中の平手友梨奈の台詞で「太宰治は、作家なら傑作を世に出してから死ぬべきだ」があったが、私にもやり残したことがひとつある。

それは、「日々を本気で過ごす」だ。
そのためにはストイックさも必要だが、パートナーも養う子供もいない今はその想いを実践するための絶好のチャンスでもある。
そして最大の障害は孤独や寂しさと肉体的容量になる。

手前味噌だが、本気でトレーニングに励んだ時の自分の顔が私は大好きだ。
つい先日、身近な既婚女性からわざわざ私のために買いに行ったと思われる白米2キロをいただいた。
何気ないエピソードながら私のストイックさの一面を評価されてのことのような気もする。

私のことを評価してくれる夜のお店の女性に対しても感謝の気持ちもあるが、誉めてもらい料もバカにならない。
あんなショボい奴に差し入れした私って格好悪いと思わせないためにも緊張感を持って生きないと。

集中力をマックスに高めることで寂しいと感じる暇もなくなるだろう。
中身の濃い1分1秒を過ごして行きたい。
Posted by tetsukazu at 2020年03月01日 23:50
いつの間にか

最近、テレビ東京の新人アナ数人がYouTubeの中でも欅坂46の曲などをガチで踊り歌っている。
藤森慎吾もYouTubeデビューして早速プリテンダーを歌う動画をアップしていた。

俳優の竹内涼真(漢字違ってるかたも)もかなり歌が上手いし、天は二物を与えずとの言葉は最早形骸化している。

私の最近のマイブームは対人関係を海外ドラマやネットドラマなどに見立てて今日はファーストシーズン第2話かな?的なことを言いながら盛り上がっている。

色々な意味で人生を最大限楽しむためにはこれからの半年かなと考えている私としてみれば、日常も非日常もポイントを絞る必要がある。

たまたまのタイミングでコロナウイルスが蔓延してギャンブルをする機会が奪われ、これもまたたまたまのタイミングで夜の街に繰り出す資金が尽きた。

相も変わらす脱ギャンブル脱飲み屋を完結出来ない私にとって追い風かもしれない。

とは言え、その二つ抜きに人生を謳歌出来るかだが、そこは冒頭のマルチな才能が当然のの時代背景に助けてもらおう。

そう私にとってやるべきなのは、過去の私との戦いでありまずは私の内部の才能の確認だ。

ドーキンスが語る通りにんは所詮遺伝子の乗り物でしかない。

たかが人間だしされど人間。

過去に決別し今に寄り添い未来を描く。

真っ白のキャンバスに何を描くかは本当の意味で自分次第な世界線が突然万人に現れた。

24時間やることだらけで寂しさが登場する隙間がしばらくはないだろう。

違う意味でのリア充の日々が始まる。

Posted by tetsukazu at 2020年03月05日 03:55
一瞬を永遠に‥

俺は女が好きなのでなく、女体が好きなんだ!
と名言を残したのはケンドーコバヤシ。

最近「努力 2.0」とのタイトルで超一流ゲーマーのときどさんが著作を世に出したようだ。

努力にも次世代や新世代があることに目からウロコだが、インプット→アウトプット→フィードバックの繰り返しが成果につながるとの基本理念で、それは昔の剣豪の思考にもつながるように思える。

つまり、自分の型を完成させその後にあえてその型を壊しバージョンアップさせて行くさまと言える。

あらゆる情報が世界の隅々まで行き渡った現代においては、長く続く必勝理論などは存在しにくい。

ケンドーコバヤシの理論だって、女体が好きなのでなく女体が好きな自分が好きなんだとバージョンアップしていても不思議でない。

時間を埋めるのか、時間が埋めるのか、それとも時間と寄り添うのか?
時空間に存在する我々は、常にそんな葛藤やジレンマがある。

仮に一瞬を永遠と捉えるならば、我々は作る永遠の存在であり、輝きが消えることはないだろう。
Posted by tetsukazu at 2020年03月12日 11:50
モテるとは?

億を稼ぐ広島カープの菊地選手が結婚前に割りきり交際していた女性と金銭トラブルを起こしている。

どうやら手切れ金を数千万要求されてのことらしいが、結局いくら男振りが良くても男の値打ちは金に尽きるとの切ない結末にしか映らない。

一方で新垣結衣さんは30才を迎えてもインドア生活が続いていそうで選び放題の立場をほとんど生かせていない。

ひょっとしたら世にいる本当に良い男振りと良い女はむやみに異性とチャラチャラしていないのかもしれない。

私自身と言えば、良い男かどうかは別として、4月半ば位までには江頭2:50ばりにトレーニングの質を上げて行きたいしその先の目的はこの場では差し控えたい。
予測としては自分自身のフォルムの向上の分だけじしがつくだろうし、その時点で金銭的な余裕があればその時の欲望と素直に向き合うことになるだろう。

それにしてもYoutuberのヒカルの最新動画のひとつ星寿司店への来店の映像は衝撃であり運命さえ感じた。

シャリの温度とネタの温度をメニューごとにそれぞれ表示するさまにはプロの凄さを見せつけられた。

私が毎度強調する通り、成長するのに遅すぎるということはないとの考え方に間違いはないと確信した。

ひとまずは思い描く肉体メイクに向けて集中を続ける。る
Posted by tetsukazu at 2020年03月14日 23:41
モテるとは?

億を稼ぐ広島カープの菊地選手が結婚前に割りきり交際していた女性と金銭トラブルを起こしている。

どうやら手切れ金を数千万要求されてのことらしいが、結局いくら男振りが良くても男の値打ちは金に尽きるとの切ない結末にしか映らない。

一方で新垣結衣さんは30才を迎えてもインドア生活が続いていそうで選び放題の立場をほとんど生かせていない。

ひょっとしたら世にいる本当に良い男振りと良い女はむやみに異性とチャラチャラしていないのかもしれない。

私自身と言えば、良い男かどうかは別として、4月半ば位までには江頭2:50ばりにトレーニングの質を上げて行きたいしその先の目的はこの場では差し控えたい。
予測としては自分自身のフォルムの向上の分だけじしがつくだろうし、その時点で金銭的な余裕があればその時の欲望と素直に向き合うことになるだろう。

それにしてもYoutuberのヒカルの最新動画のひとつ星寿司店への来店の映像は衝撃であり運命さえ感じた。

シャリの温度とネタの温度をメニューごとにそれぞれ表示するさまにはプロの凄さを見せつけられた。

私が毎度強調する通り、成長するのに遅すぎるということはないとの考え方に間違いはないと確信した。

ひとまずは思い描く肉体メイクに向けて集中を続ける。
Posted by tetsukazu at 2020年03月14日 23:41
文句なし。


YouTubeのあらゆるコンテンツの中で私の中でのほぼベストワンは、900万回再生の乃木坂46の制服のマネキンだ。

生駒さんがセンターで両脇に生田さんと星野さんのフォーメーション。

生駒さんのライブでのオーラはちょっと表現に困る位の凄さがある。
この点だけは秋元康の見る目に脱帽する。

欅坂46の平手さんといい後から考えても彼女達しかいないと言える人選。

上記の映像は今日だけで20回以上はリピートしたが全く飽きることなく延々見ることが出来る。

そんな生駒さんはとっくに卒業して、平手さんも離脱した。

時代は令和になり果たして今後カリスマ性を持つアイドルは現れるのだろうか。

麻雀のMリーグのトッププロの多井選手は常々、一番強いのは人間力のある人だと語るし、先日コメント欄に記した努力2.0の著者も論理は結局情熱には勝てないと語る。

人間力の高い人間が情熱を持って物事に取り組むのが最強だと言って間違いはないし、ゴルゴ30やブラックジャックなどの2次元キャラだってそれプラス知性と冷静さを兼ね備えてことに臨む。

ピンチこそがチャンス。
離婚後10年を過ぎ、根を伸ばし続けた冬の日をそろそろ終えてひと花咲かせるか😊
Posted by tetsukazu at 2020年03月15日 01:08
人類の歴史上延べ100億人以上いたとしても私ひとりで真理を語りたい。

人生に意味のないことなどない。

私はひとりの人生はそんなたった一行で十分説明可能ではないかと考える。
いや、そう考えないと人生はあまりにも過酷で理不尽で切ない。

Posted by tetsukazu at 2020年06月19日 05:08
人間は遺伝子の乗り物でしかないとドーキンスは語ったが、未だに人間の本質を万人が納得する一行で語れる天才は現れない。

競馬の世界では輝かしい成績を残した牡馬が血統的背景があり自身もそれなりの能力を秘めた牝馬に種付けする。
馬の命を経済的活動のために人工的にコントロールしそこには馬の恋愛事情など一切考慮されない。

競走馬達もそんな遺伝子の乗り物になっている皮肉であり人間の真理から来る派生現象とも言える。
一旦アップして続きを書き込みます。
Posted by tetsukazu at 2020年06月30日 09:47
太宰治などの言葉を武器にする歴代作家でさえ人生にどん詰まり自死してきたことを考えると、やはり頭で物事の全てを理解しようとすることに無理がある。
三島由紀夫もまた自身の肉体との葛藤に疲れ果てたように映る。
音楽の世界でも加藤和夫(間違っていたらごめんなさい)フォーククルセイダーズやサディスティックミカバンドのメンバーであり作曲家)も自死し尾崎豊も薬物まみれの末に不審死した。

お笑い芸人の千原ジュニアは中学校はほぼ不登校で人生を絶望して不思議でなかったが、兄が芸能界に引っ張り出した。

私は人生に意味のない出来事は起きないと無理やり一行にまとめたが、その出来事を解釈して行動に繋げる過程においては自由意思によるものなのか運命に導かれてのものなのかまでは解明が困難。


意味のある行為か意味のない行為か?
そこは間違いなく生殖行動のみ意味のある行為。
ま、ドーキンスに確認する必要もないだろう。
男にとっては60万時間を生きる中で10秒ほどが意味ある時間(発射前時間を入れると1時間ほどか)
再度一旦アップします。
Posted by tetsukazu at 2020年06月30日 10:09
コメント欄に記した加藤和夫との個人名は加藤和彦の間違いでした。

さて、意味ある行為をひとことにまとめたが、実際は準意味ある行為、準準意味ある行為‥‥と続いて行き、それを優先順位の名のもとに人は選択を繰り返すのだろう。 
そしてその順位がバラバラになった時に一種の破綻状態になるが。人間にはエロスの衝動とタナトスの衝動があり、積み上げた積み木を破壊する快感を知っているし格闘技などもその代償行為の可能性がある。
私が長年はまるギャンブルもお金を失うとわかっていてもやるドM行為。


広く浅くか狭く深くか?
人間関係においては特にそうだが、一度も浅く深くを経験していない人間はどこか人間的魅力の上で不足が生じる気がする。

マツコデラックスが本田翼に対して彼女は過不足がなくちょうど良い感じを醸し出していると語ったが彼女は独身。
ゲームに関してはどうやらディープに接しているようだが、三次元の男性にはまる日はやって来るのだろうか?

最後に、私には今週そんな浅くや深くや優先順位や意味のあるなしに関わる選択が待っている。
迷っている原因はお金とのバランス。
女性とまともなデートをするとなると3万や4万や5万はかかる。
デートもしないお金みも減らない選択とデートをしてお金が多く減る選択。
結論から言うと悩むことに意味はないだろうしどちらを選択しても大した差はないはず。

それでも悩むのが人間だろうけれど、実はこの悩みには相手の立場が全く考慮されていないことに気が付く。
やはり人間は自由選択なのか運命に導かれての選択なのか、その程度の答え位は知りたいものだ。

Posted by tetsukazu at 2020年06月30日 10:43
前回までのコメントで目の前に起きること全てに意味があると語りながら70万時間中学校10秒にしか意味がないと言っていり私は頭のおかしい奴かも知れないが、全てに意味があると解釈しないと人生そのものが絶望の固まりになる危惧があることに自分自身で歯止めをかけるとの正に 意味がある解釈。

とは言え、賢者達の知恵を借りるのも賢明な手段なので、改めて決定論と自由意思(志)について考察してみたい。

まず、文献を参考にすると最近は自由意思を掘り下げるのは一旦保留として、志向性をキーワードにしているようだ。

山羊の左と右に同量のエサを置いた場合、山羊はどちらのエサから手をつけたら良いのか判断がつかないまま餓死するとの寓話的例え。
人間なら何らかの思考回路の末に餓死の前向きに選択するだろうから一般的な動物とは意思に柔軟さがあるということなのか?

そしてリアルタイムでの私の懸案事項である個人には真の意味での自由選択権があるかとの問題については、過去から未来に渡る全事象が事実として与えられているならば、例え物理的意味でのな因果法則が成立していない場合でも大きな流れの事実の連続の前にでは人間が自己の未来を選びとる権利を与えられてはいないとの絶望的な結論になるが、確かに自由意思を行使しても他者の思惑など他動要素が絡み合い理想の未来を実現させるのは困難。

そこそこの自由の行使によるそこそこの結果以上のものが望めないならば吟味しないでさっさと右でも左でものエサをとれば良い。
一旦アップします。
Posted by tetsukazu at 2020年06月30日 14:52
事実的決定論に言及した手前、自分自身でも理解可能な言葉に置き換える必要がある。

事実現実の範囲を超える未来はないとすると、日本人である現実事実、男である現実事実、今の年齢職業資産を背景とした現実事実。

その制約の中で自由意思を発露したところで果たしてそれは自分自身の望む未来を自分自身の意思により実現させたと言えるのか?
もし実現したとて20歳年下のおねえちゃんと仲良くしていた自分が30歳年下のおねえちゃんと仲良くなれた程度のものかもしれない。

元妻の今も元妻の母親が健在だった頃の母親も現在も健在の元妻のおばさんの今も睡眠導入剤がないと眠れないらしい。

ぐっすり眠れた数時間後の未来も自ら獲得出来ない我々ってどれだけ脆弱なんだろう。

実現可能且つ努力や工夫が可能なちょっといた快感を味わえる近未来を妄想しつつ現実と折れ合いをつけるのが賢明と言えるかもしれない。
自由意思から志向性への内的感性のパラダイムシフトに乗り遅れるわけにはいかない。
Posted by tetsukazu at 2020年06月30日 15:16
改めてゴルゴ13の名言を

プロの資質と必要な要素についてと問われると

10%の才能、20%の努力、30%の臆病さ

後の40%は運だな‥

皆さん、土日のギャンブルの結果はいかがでした?
Posted by tetsukazu at 2020年07月06日 01:03
世の中には2種類の人間しかいない。
藤井聡太とそれ以外。

とにかく日本に藤井聡太7段が存在してくれていて本当に良かった。

大人になればなるほど良くも悪くも俗人化するが、かれはただ誰よりも将棋においては強くなりたいとのピュアの精神で日々を生きているように映る。

博打で爆勝ちしたいとかお姉さん達とエッチなことしたいなどの横縞な汚れた大人達 えっ?呼びました?笑を尻目にひたすら達人への歩みを進めている。

そんな彼も良い意味で大人の世界を知る時が来るのだろうが、ある意味汚れきった我々に置き忘れて来た何かを思い出させてくれる存在に違いない。

YouTubeで声が魅力のアユムさんあたりが明日の決戦の後の素敵な解説を聞くのもまた楽しみだ。
そう、明日の棋聖戦第3戦に勝利すれば史上最年少の8大タイトル獲得者となる。

私が誰かに対して影響力を持つ日が来ることが私の生きて来たひとつの証。
そして私は既に藤井7段に勝ることがある。
一旦は家庭を築き二人の子供を育てたこと。

心配しなくても私は既に大きな偉業を成し遂げたのかもしれないが果たして‥
Posted by tetsukazu at 2020年07月08日 17:05
さて、あれほど楽しみにしていて世界には藤井聡太とそれ以外の人間しかいないと言い切った私にとっての藤井聡太リスペクトの1日が終わろうとしている。

8大タイトルのひとつにリーチして一発で積もるかどうかね彼の大事な1日にほぼまるごと寄り添った。

私にとっては藤井聡太に丸1日寄り添う前にと寄り添った後で自分自身の生き方に変化がないとなると彼にも失礼だし自分自身にウソをつくことに成りかねない。

欅坂46の二人セゾンの歌詞にも 生きるとは変わることとなっている。

世界はおそらく奇跡的な均衡によって成立している。
当然我々人間ひとりひとりも奇跡的な均衡を保つからこそ存在を続けているはずだ。
奇跡的だからこそ80年も生きる訳だし、せみの一週間の命に比べると奇跡の大きさに雲泥の差がある。

とは言え、地球本体や太陽本体の寿命に比べるとショボいが、それでも奇跡とのワードが圧倒的にふさわしい。

私は画面の向こうの藤井聡太ともテレビ東京の森香澄アナウンサーとも同じ空間で接することが出来ないが、画面の向こうの彼や彼女から大きな何かを貰えている。
それはきっと彼や彼女が命の炎を燃やし続けるすがたに興奮や勇気や元気などの感情を覚えるからだろう。

奇跡的に長い人生をどう生きるか?
確かに私は何らかな均衡を保ってきたからこそ今も生きているのは間違いない。

藤井聡太と寄り添う前と後。
相手の渡辺棋王も敵ながらアッパレだったし負けた藤井聡太も更に強くなるだろう。

生きるとは変わること。

明日から、いやこの瞬間からわたしの命の炎はどれだけ激しく燃えるのか?
そしてそんな熱い心と均衡しながら生活するためには、燃える炎に水を差さないことに尽きる。

Posted by tetsukazu at 2020年07月09日 22:08
三島由紀夫約束アインシュタインは時間軸や空間軸の探究により我々の立ち位置を認識しようとしていた。
そして私はギャンブルを通じて一年中リスクとリターンについて探究している。

一方、思想については左翼と右翼とのレッテル張りでなくドリーマーとリアリストとの呼びわけ。

世間では並行世界や異世界ものの物語があふれていて、結婚制度の欺瞞性もあらわになってきた。

次の書き込みに続く
Posted by tetsukazu at 2020年07月26日 23:24
あれだけ衝撃的な出来事だった三浦春馬さんの死も慌ただしい日々の中で消費され忘れられようとしている。
そんな私も数年前に不運の死を迎えた新人女子オートレーサーの坂井選手のことに言及しなくなっている。
それは私の亡き両親についても大きな変わりはなく、仏壇に祈ることはあっても両親の分まで長生きしなくてはとの崇高な精神までは持ち合わせていない。

これを書き込みしている深夜は、たまにとてつもなく寂しい時がある。
私の元妻もそうだが、繊細な心の持ち主は自分の肉体と精神を保つのが精一杯の時は、メールやLINEの返信をする気力も会話をするエネルギーも残っていないとされる。

前述の三浦春馬さんも死ぬ前に誰かとコンタクトをとる余裕もなかっただろうし韓国のアイドルが日本でやり直そうとした矢先に命を絶った時も中の良かった男兄弟とさえ相談する状況になかったようだ。 

一旦書き込みを終えて次ぎに続く。
Posted by tetsukazu at 2020年08月04日 00:44
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