運良く5日間休みましたが、休みに入る前の約3週間はほぼ一日13時間労働の昼ご飯抜き休憩抜きで休日も返上でした。
職場のコンクリートの上に座布団を2枚並べて仮眠をとる毎日で腰はボロボロで最後の数日は身体が悲鳴をあげていました。
何故そんな毎日になったのかと言うと、私が関わるその仕事の取引業者のスタッフも同様の状況だったことと(さすがに業者は会社の寮などで宿泊)私が長年お世話になっていた顧客への恩返しの気持ちがあったことが主な理由です。
ここ十数年は独身時代の一時期のようにギャンブルに溺れていたことや離婚後の自堕落な生活を考えると、久々に一つの物事に集中した期間になりました。
基本的に個々の人間は他者のことに対して心から親身になることはありません。
それは当然のことであり周囲に100人いても本当の味方は2人か3人程度でしょう。
自分自身が周囲の100人側になったと仮定したならその推測が間違いでないこと位理解出来ます。
夏休み前のこの3週間の私の振る舞いを見て「あの人ってこんなに集中して仕事するんや」と驚いた方もいるかもしれないし「今回は皆な君のことを誉めてるよ」と声をかけてくれた方もいました。
しかし誉めて欲しいからとのモチベーションでやるにはあまりにもキツい毎日だったので、気持ちとしては『自分の持つ能力や体力や精神力の出し惜しみはしない』でした。
幸いこの仕事をやり遂げる(約5千万が動く)ことが出来てホッとしましたが、最終日の夜に街中温泉に行き、今の今まで体力回復につとめていました。
明日からもまだ関連の仕事は残りますが私の身体と心が覚醒した今、私生活でも先延ばしにしていたことを順番に片付けようとの気持ちになり始めています。
前記事での「時間の存在は錯覚でしかなく人生は一枚一枚の断片的な写真の連続でしかない」との一物理学者の見解を尊重するならば、覚醒前のワンショットとその後のショットの中身が大きく異なっていて不思議でありません。
「あの人ってこんなに…」と思ったであろう人と同様に「俺ってこんなに…」となることが人生のプラスにそして転機になるならば自分自身の再構築には良いチャンスだしもしかしたら最後のチャンスかもしれません。
元妻が今気にいっている歌手の林部さんの新聞記事の切り抜きを彼女に送ろうと行動に起こせたのもギャンブル三昧の生活ではあり得なかったかもですね。
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