2016年08月14日

テレビ番組からの問いかけ。

先日、Eテレで時間に関する番組がやっていたので興味深く見ました。

ある物理学者の見解では、時間は錯覚に過ぎないとのことで具体例も上げていました。

一人の人格として子供時代と大人になってからの共通点はあまりに少なく、それよりも現在の自分と近くにいる大人の他者との方が共通点が多いと…

写真で瞬間瞬間を撮った一枚一枚の連続がこの世界の姿であり、あらゆる要素の集合がその瞬間の様相を表すのであって、自分自身もそんな外部要因に影響され瞬間の自分自身が存在すると…

例えは悪いかもしれませんが、原爆が落とされた当日とその前日とを時間の連鎖だけで語るのは難しく思います。

当時の米国の状況を精査した資料を参考にすると、軍部の思惑により米国の大統領さえ翻弄されていた様子が伺えます。
その事実だけでも個人や組織の運命の支配者が時間でないことがわかります。


そして今日、戦時中に日本から満州に開拓にかり出された農村部の人々の当時の現実を扱った特集番組を目にしました。

ソ連の参戦に備えて防衛ラインを南に下げていた事実を防衛ライン外に住む開拓民に伝えていなかった事実を知るにつけ、当時の国家と国民の関係に憤りを覚えます。

今も昔も国家は『国体』を死守することを第一と捉えています。
つまりそれは国土を守ることであり日本民族以外が司る国家による支配を阻止するためでしょう。

例えば急に隣のおっさんが自分の住む自宅に来て「今日からワシがこの家の主だ」との状況など考えたくもないでしょう。

小さな単位である家庭を守る手段は『経済的自立』であり、『基本的人権』であり、『職業選択の自由や転居の自由や財産形成の自由などのあらゆる自由を自分及び自分の家族のプラスになる方向に活用する』ことだろう。

明日は終戦記念日。

こうしてブログに書き込みしている目の前では五輪の女子マラソンが佳境に入っている。

彼女らは勝つためにどうしてそこまで頑張れるのか?

まとまりない今回の記事の視点については次の記事以降に落ち着いて語りたいと思います。


posted by tetsukazu at 23:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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