2015年10月24日

真実・事実・選択

私は物事を掘り下げる性格のようで、シンプル思考に難があるのですが、今までのエントリーを白紙にして人生をあえて三つの要素に集約すれば、『真実・事実・選択』になると思います。

現肉体の人生が有限であるのは真実だし、どの場所でどのような状況で産まれ落ちるかは客観的事実と言えます。

そんな制約の中でも個々として一定の選択の余地があります。

しかしその選択が正しいか間違いかは一概には言えず、納得するかしないかで心象は変わります。

この前のエントリーで人生クソゲー説の立場で記事を書きましたが、スクエアエニックスの元社員は、独立後の著者で、5500円のドラクエソフトに自分の人生が面白さで負けてはたまらないと主張します。

ゲーム上なら対戦相手に負けたら経験値はそのままだが、実人生は負けても経験値はアップするのだからそのメリットを最大限生かすべきとも語ります。


読まずに死ねるかとか観ずに死ねるかと言って死ぬ直前まで小説や映画と関わっていた人間もいます。

さしずめ私の場合は、『金の価値に代わる真実を自信を持って語れるまで死ねるか』ですね。

以前にも語りましたが私の父親の口癖は『世間をなめるな』でした。

そんな父親ですから私がどんなに苦労をかけても私を尊重し続けてくれました。

金より価値のあるものに気付くまで、更に気付いてからもお金との葛藤は続くでしょう。


posted by tetsukazu at 13:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。