2015年08月02日

徒然に(5)

『国益』という言葉がありますが、私が感じる限りその言葉が具体性を持った言葉には思えません。

日本は中央官僚が支配する国と言われますが、俗に言う『無謬性』信仰がひとり歩きしているとの印象です。
それは、日本人が根底に持つ『性善説』なしでは語れません。

知識も何もない一般人に国を任すより学力に優る霞ヶ関の官僚に行政を任せる方が間違った方向に行かないとの漠然とした思いの結果なのでしょう。

勿論、建前としては政治家(稀に民間人)が各行政機関のトップなのですが、本当の意味で国益を考えたのは岸信介や吉田茂までさかのぼらないとならないかもしれません。
日米安保は当時の学生を中心にかなりの非難を浴びましたが、現在の状況を考えると他に選択があったのかと思うしかありません。
それほど『負けた』事実は重かったと言うことです。

第二次世界大戦(日本にとっては太平洋戦争)の時、スウェーデン駐在の武官だった小野寺信が大本営に対して送った密電を大本営の幹部だった瀬島龍三らに握り潰されたとの話(ソ連が電撃的に参戦とのヤルタ密約暴露話)を聞くにつれ国民を道連れにした罪の重さを感じます。

暴言覚悟で言えば昭和天皇も敗戦(終戦ではない)後に責任はとっていません。
日本での今に至る責任者不在(新国立競技場問題など)の件も当時の日本の有り様とどこかで繋がっているのかもしれません。


話は変わり、芸能人の(元)ほっしゃんがネット上で騒動を起こしていますが、私は自分自身のことを思い出してしまいました。

彼は自分に対して批判的な発言に対して「下の下の下の[奇]太郎 」との言葉で応戦するのですが、私が冒頭で語った真に『国益』を考えている者などいるのか?との話を当てはめると、(元)ほっしゃんは何に向かって怒りをぶつけているのかわからなくなります。

『私益』がどの範囲に及ぶのから曖昧ですが、(元)ほっしゃんは何を守りたくて現在の心境になっているのか理解出来ません。
彼が国益を考える人間なら批判的な人間も含めての日本だし、ただの内輪もめです。
家族を守るためならば過去の女性問題との辻褄が合いません。
となると彼も多分に漏れず『私益・私欲・私心』の侵害に憤っているのでしょう。
仮に、自身の立場を擁護する者との連帯を考えているならそこにも『裏切り』はあるでしょう。

携帯からの投稿なのでエントリーの長さに制限があるので徒然に(6)として連投します。


posted by tetsukazu at 04:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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