2015年03月29日

徒然に(2)

昨日と今日と明日は違う日。

川栄李奈さんにとって襲撃事件以前と以後では外部も内部も全く違うものになったはず。

それは、第二次世界大戦以前と以後の日本もそうだろうし、大震災以前と以後も違うだろう。

震災後の補償で高級車を購入する人間がいるとの記事も目にしたが、それは物事の一面でしかなく、各々における心の闇のことは他者には計りしれない。

ここ数年飲み歩いて多くの人間の闇を見たし私自身に深い闇があることも自覚した。

平野啓一郎氏が小説『ドーン』を通じて語っていた『分人』との造語(概念)を深く理解するためには自分自身が一旦心闇の中心に行く必要がある。

そして闇と直面することで死ぬほどの心の傷を負うが、その傷を癒していく過程こそが『分人』のパワーバランスを見直す旅にもつながるように思える。

私は知らず知らず心の闇の中で巨大なモンスターを飼ってしまいそのモンスターに様々な『分人』部分を喰い尽くされて来た。

それでも、私なりの戦い方の結果、モンスターが『過食』となり自滅する日が近づいているようにも思う。

人生が三章に分かれているならば、モンスターとの決着が第二章の終わりになるだろう。

独身時代が第一章。結婚生活の始まりから離婚後に次男が大学卒業する今月までが第二章。

そして第三章は、再生。

これからの一日一日は、常に「今日が人生の最後の日だったら…」とのジョブズの至言のように、生きる必要がある。

そのように生きようではなく『必要がある』だ。

川栄さんほどではないが、私にも一日で人生・世界の風景が変わった時がある。

ただ、今度こそは自発的に風景を変える必要がある。

モンスターとの戦いに残された時間は2日半。

次男の卒業をもって私は私の人生を歩んで行く。

そしてこのブログも「今回が人生で最後の更新だったら…」との思いで書き込む必要があるだろう。

自分自身が変わらない限り見える世界は変わらない…


posted by tetsukazu at 14:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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