2015年03月17日

デジャヴ(既視感)

昨夜は結局一本目のワインを飲み干したところで記事を更新するどころかコタツのそばで寝てしまいました。

そして朝方にベッドに移り一時間ほどした後にメール着信のバイブ音がして起きました。

6時過ぎにメールが来る相手は限られているので大体想像はつきましたが、その内容が既視感そのものでした。

一年半前のKちゃん、半年前のMちゃん、そして今朝のYちゃん。

それぞれが昼に本業を持ち、夜にバイトをしていた女性です。

店に在籍中は、彼女達にすれば私の思わせ振りで距離を詰めない態度に疑問を感じていたでしょうが、辞めた後ではそんなドライな私の対応に納得してくれているように思います。

もし私が彼女達の出勤日の度に同伴するほど距離を詰めていたら、「私、お店辞めたんです」のような連絡に対して冷静には対応出来ないでしょう。

だからと言って私は直ぐに次のお気に入りに乗り換えるわけでもなく、誰に対しても同様のスタンスです。
それは、自分のペースで行きたい時にその時会いたい人に会いに行くということ。
そして、定期的に自分の自堕落な生活を振り返り遊びを自粛する。
そんな繰り返しでやって来ました、

偶然ながら昨日の夕方にそんなMちゃんからメールが来て今朝のYちゃんからのメール。

Yちゃんにも「さよならは言いません」と返信しましたが、どんなきっかけの出会いにせよ出会いは出会い。
またいつかどこかで再会するかもしれないし、爽やかに挨拶して一旦離れるというのが私の考え方です。

デジャヴとは言いましたが、今朝のメールも実に簡潔なものでした。
事務的とまでは言いませんが、在籍中の浮かれたやりとりとは全く違うものでしたね。

でも私はそれこそが人間らしいし誰しもが自分自身の生活が中心です。
「あのお客さんのことを思うと絶対に辞められない」とはなりません」
人間なんて時には実の子供と生活をしていても「ゴメンネ、出て行くね」と言いつつ自分で築き上げた家庭を去って行く生き物なのですから。

息子が戻って来ることが発端になった最近の心境が、今朝のメールにより更なるカオスとなる予感もしますが、それでも一日は始まるし日常は続きます。

日常と非日常を繰り返しながら日々は続き、喜怒哀楽の感情や自信と不安の葛藤が続く中生きて行くしかありません。

前エントリーで意味じくも「運命に身を委ねる」と語りましたが、一日も経たないうちのこの事態は何を示唆するのだろう?


posted by tetsukazu at 07:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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