2015年01月17日

自分らしく(笑)

自分らしく生きるなどの台詞は安易に使用したくありません。
例えば戦争が起きて戦地に駆り出されそうな時に「自分らしく生きたいのでやめときま〜す」など言ってたら張り倒されます。

実際、先の戦争では15〜16才で戦地に行かされ、12〜15才だと軍需工場などで働いていたようですね。
11〜12才の男は町や村を守る中心だし、やることは大人の代わりの仕事なので、その年齢(11〜12才)でタバコを吸い酒を飲むのも珍しくなかったようですね。

高橋ジョージの自分らしさは嫁を籠の鳥にしておくことだったかもしれないし、オタキングにとってはサブカル好き女を洗脳することが自分らしさだったかもしれません。

ただ、これだけ情報化が進むと、自分らしさ(笑)のような感覚の方が時代と共にしなやかに歩めるような気もします。

自分らしさの主張は置いたとして、結婚も離婚も経験した私は思いますが、ひとりで生きて行くか、二人三人四人で生きて行くかや、自分がS気質なのかM気質なのか、そして気になる相手の気質は? 程度は意識していても良い気がします。

寂しさなんて相対的な感覚であり、体を壊した時は誰しも誰かがそばにいて欲しいと思うはずです。
女の子からのメールや息子達からのメールでやたら短い文章があるということを以前語りましたが、その傾向は変わりません。

ネット上で、「三行で宜しく」と人に依頼したりするなどの例を多く見ますが、以前にも語ったように、女の子や息子からのメールでの「今暇?」とか「今どこ?」とかの内容は短くまとめたと言うより、思っていることの1%も伝える気がないようにしか感じないし、返信がなければないで別にええわ程度の淡白さが漂って来ます。

コミュ障との用語が一般的に使用される時代ですが、徒弟制度がほぼ崩壊した現在、意思疎通の王道は残存しているんですかね。

守破離と言われる師匠と弟子との技術伝承関係なしに現代人はどう人格を築くのだろうか。

一周目で技術を学び、二周目で技術を編み出し、三周目で無心になる。
そんな過程で人は成長して行くはずだったし例えばひとつの成長の形が結婚だったように映ります。

実際、無心でなければ全くの他人と同居生活など送れませんよね。

さっき「今日もスーパーフライ 笑」とメールが来ましたが、無心の境地になり1%の情報から残り99%の真意を汲みとることが「デフォ」な時代について行くしかありません(^_^)v


posted by tetsukazu at 18:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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