2014年12月13日

クソゲーを生きる。

多大なる楽観論者の方はこのエントリーはスルーして下さい。




私の長い人生で3つだけ印象に残った言葉を挙げるとしたら次の3つになります。


☆人生なんてクソゲーや

☆世間をなめるな

☆自分の立場を逸脱しないこと



ひとつ目の言葉は長男。
ふたつ目は父親。
みっつ目は私が関与した労働組合の委員長。


どの言葉も私が生きる上で常に念頭に置いていますが、長男の発した言葉はどんな名言よりも本質をついています。

「あいつはクソみたいな奴やな」と言ってる奴だって毎日クソをします。

結局はクソがクソに毒づくだけの話。

どんな綺麗事を言ったって60年関わりのある親を一瞬で失うのと60年かけて貯めた一億円を一瞬で失うのとどちらが悲しいですか?の問いに対して、悲しさのレベルも含めて即答出来る人間は少ないでしょう。

『幸せになるために生きる』という考え方に共感する人間も多いと思いますが、「今を楽しみますか?苦労の末の未来に楽しみをとっておきますか?」の質問に対しての一番多い回答は恐らく「今も未来も楽しみたい」でしょう。

人生の中で時間は有限です。
また今度食事に行こうねと語りかけていたはずの相手が不慮の事故で死ぬ場合もあるでしょう。

私のように、子供達が成人したらやっと夫婦でゆっくり出来ると考えていたら突然「我慢の器があふれました」と通告され取り残される場合もあるでしょう。

絶対がないのが絶対と言ったのは私の討論相手ですが、太陽の膨張現象により20億年後から40億年後位までの間に地球は灼熱地獄になり100%その存在はなくなり残るのはガスと塵(ちり)のみになります。


もう私が何を言いたいかお分かりでしょう。

「人生に夢を持て」と言いますが、私が地球に言葉を投げかけるなら「君は自分がいつか朽ち果てることを知っているの?」
「もし知っているのなら持っている能力を余すところなく発揮して今を精一杯輝やかせて下さい」
「もし知らないのなら何も考えずありのままに活動して下さい」


のようなものになると思います。

私達は幸か不幸か自分達が死ぬことを知ってしまった状態で生きています。
長男が言った「人生はクソゲー」も頑張ろうが頑張るまいが、不確定要素に支配(どこに生まれるか含め)されてしまうこともを指します。
そんな私達の人生ですが、私はこれからも誰かを愛し誰かに愛されることの尊さに幸せの基準を置きたい。



posted by tetsukazu at 18:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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