2014年11月25日

究極の個人問題(2)

エリザベス女王杯、マイルチャンピオンシップと予想が大外れでしたが、良いように考えれば変な全能感に満たされず実人生を歩めると思って前に進みます。

とは言え、ホウライアキコの断トツの最下位には??ですね。
思い切って逃げてラスト100m位まで粘るのなら納得ですが、結果的にはミッキーアイル潰しの役回りでした。
勿論、ミッキーアイルの好走を期待していた私が結果論的に語る資格はありませんし10年近くブログを続ける中では、レースが終わってしまえば予想が当たろうが外れようが私はそのことに言及しません。
何せメインタイトルが『結果が大事』なので(笑)


で本題です。
先日、生きて行くこと自体が究極の個人問題と語りましたが、あの高倉健さんも死ぬまで葛藤があったようです。

食べて行くために俳優になり稼ぐことは幸せに直結するとも思いながら生きて来たようです。

幸せとは?との質問に対しては、「仕事が順調に行き、一緒に暮らしたいと思える女性と巡り合うことかな」と語っていたようです。

江利チエミさんが妊娠した時にはチエミさんの健康上の理由で出産は断念するしかなかったようですが、健さんが生前に建てた墓の横には生まれることが叶わなかったお子さんの墓石があると聞きます。
その後、再婚することはなかったようですが、彼の心の中に秘めた思いは察するに余りあります。
彼もまた人生を『究極の個人問題』と捉え生きざまを日々模索していたのだと思います。

一方では、AKB48の十代のメンバーに対して握手会の時にプロポーズした男が、その後に運営側を訴えた件では、地裁は「未成年者に対する限度を越えた行為である」との観点から訴えを棄却しました。
それに対して男の方は、「アイドル本人に結婚の意思がないとの証明が成されていない」として控訴するようですが、この問題をオタクの暴走と捉えるのは簡単ですし、アイドルが可哀想だと言うのも簡単です。

ただ、私にしてみれば十代のアイドルとは言え、ある意味最大の顧客と言えるオタク男(あえて言えばキモオタ)との対峙の仕方や振る舞い方に最大限の知恵を絞ることは当然のことです。

酷なようですが今回ターゲットにされたメンバーは、運営の知恵だけに頼るのでなく自分自身の超個人的問題(課題)として逃げずに取り組んで欲しいと思います。
そしてまた私も現在進行形で、セカンドバッグ+ネックレスの量産型オラオラ系男と戦います(他人事でない)



posted by tetsukazu at 16:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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