2014年11月17日

映画の力(1)

メイショウマンボが直線でズルズル下がって行く姿を見ながら「マンボちゃんは何かのタイミングで機嫌を損ねてやる気をなくしてるんやろな」と感じながら外れ馬券を眺めていると長男から「500円しか買ってないけど馬連一点で当てた」とメールが来ました。
「えっ?」マジかよ!
と複雑な思いでいると今度はYちゃんから「今から美容院に行ってきまーす」との明るいテンションのメールが来たので、負けを取り返すぞとの熱い思いは現場に置いたまま帰宅しました。
とは言え帰ってから飲み物と食べ物をバカ買いしたりしたので結局は早く帰った意味があったのかどうか(笑)

夜は日本映画専門チャンネルで石井裕也監督(舟を編むが代表作)特集を見続けた後に松尾スズキ監督の映画まで見たので徹夜になりました。
石井監督作品は『ガール・スパーク』『ばけもの模様』の二作品でしたが、それにしても石井監督は女優さんの撮り方が上手いですね。
満島ひかりさんが石井監督に惚れこんだのも納得します(主演映画後に二人は結婚)。

ガール・スパークスの井川あゆこさんも魅力的でしたし井川さんは、ばけもの模様でも出演しています。

今回見た二作品はほぼ自主制作映画だった時代のものですが端々に才能を感じます。
ばけもの模様は井原西鶴に影響されて作ったもののようですが、普通の感性で平成の世をに生きていたらそこに引っ掛かって表現活動は行いません。

ばけもの模様では「私、埼玉のカルメンなのよ⇒埼玉でなければ記憶違いです」との台詞が多用されますが、埼玉という言葉の響きとカルメンという言葉の響きが合成されることである種言葉の『意味性』を消す役割を果たしています。

「私のこと好きと言うのなら態度で示してよ」との理不尽な要求をする女に対して童貞男が何とかしようとあがくシーンも出て来ますが、一見童貞男が自分自身で発した言葉の重さと向き合うことで言葉に意味を感じさせるシーンながら実は女が発した「好きなら態度で示しなさいよ」は、相手に結論を委ねているだけでありその言葉自体に意味性があるわけではありません。
前述の埼玉のカルメンの話にしても精神的に問題を抱える女の台詞として出たものですが、正常な人間が同じ言葉を発しても違和感があります。
つまり誰が言ったかでなく何を言ったかです。
となると、言葉の意味性がなくなるどころか正常と非正常の意味性も超える力を持っていることになります。

(2)に続く。


posted by tetsukazu at 07:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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