2014年10月22日

賢者・愚者・ただのバカ。

「賢者は歴史から学び愚者は経験から学ぶがただのバカは何からも学ばない」

よく言われる教訓をまとめるとこんな感じですかね。

マルチタスクとはコンピュータ(ー)用語で同時に複数の作業をこなす的な意味合いのようですが、実際には優先順位をつけた上で優先度が劣る事項はスタンバイモードになったりするようです。

では人間の脳は?となると、車の運転などはマルチタスク的な要素なしでは事故の連続になるでしょう。

ただ、人間がマルチタスクに適応出来るのかについてはネット上や識者の中でも議論されているようなので、参考になる意見をこの場に示してみたいと思います。


☆脳で使われる物質やエネルギー等は、環境から与えられる資源が元になっているのは当然だが、その上限は遺伝的に決まっている。だから最大限の資源が与えられている時、脳の特定の領域を複雑化するなら別の領域を単純化する必要がある。つまりトレードオフの関係が成立する。従ってマルチタスクによって脳の領域を複雑化すると脳の前体状皮質が単純化しその結果、感情のコントロールや意思決定・共感・報酬への反応が弱まる。
つまり、現代社会の生活に適応すればするほど自分で思考することが少なくなり他者への思いやりが薄い利己的な歯車人間になってしまう。
ただ、それが良いことなのか悪いことなのかはわからない。しかし、もしそれが悪いことであるなら今後の社会に様々な齟齬(そご)が来されるだろう。



以上が私が「なるほどな」と感じた意見です。
私のようにギャンブルをする人間は時にして我を忘れる場合がありますが、それは脳の特定の領域を使い過ぎた際の反動かもしれないし人間として己の脳を利用する限り常に限界との闘いが続くのでしょうね。

株の取引でもアルゴリズムなどを利用して機械的に売買を繰り返す方法がありますが、それは正に人間の脳の限界を熟知した上での知恵なのでしょう。

アメリカのカリスマ投資家は「絶好球であるど真ん中のストライクが来るまでバットは振らない」と言い切ります。
多くの一般人はギリギリのストライクどころかバットの届かないようなくそボールを大根切りして空振りの三振になります。

「冷静かつ大胆に」とか「慎重でありながらも積極的に」とか言われていますが、もし脳の機能的に同時処理が無理ならばタスク(仕事・目的事項)前の準備の重要度は計りしれないですね。



posted by tetsukazu at 11:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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