2014年10月19日

生きてることが辛いなら…

森山直太朗の歌に『生きてることが辛いなら』がありますが、この歌の歌詞には私がこのブログで再三語って来た言葉が含まれています。


何にもないところから

何にもないところへと

何にもなかったかのように

巡る生命だから

生きてることが辛いなら

嫌になるまで生きるがいい

歴史は小さなブランコで

宇宙は小さな水飲み場

生きてることが辛いなら

くたばる喜びとっておけ


『何にもないところから…』の部分は私が語って来た言葉の内容とほぼ一致するし古今東西の思想家・哲学家も似たようなことを言っています。

人間は自分自身のあまりの小ささにがく然とすると同時に、自分自身に降りかかる苦悩の大きさにつぶされそうになります。

そんな状況の中、人間は日々、矛盾や理不尽さと葛藤しやり過ごしながら生きて行くしかありません。

あんなに好調だったドイツ経済も永遠の右肩上がりではなくなって来そうだし新社会主義的なフランス経済は破綻寸前です。
シングルマザーへの手厚い補助政策を日本も学ぶべきとされていましたが、結果的にはそういった社会政策が国の経済を追い込んだとも言えます。

そうなると世界はアメリカに代表される純粋資本主義だけが唯一の経済体制になるのですが、アメリカは民間の力が強すぎて貧富の差を容認する状況を作ることになるので、弱肉強食で自存自衛の生活を受任するしかありません。

「幸せになるのは自由だけど、そうなれなくても文句言いっこなしね」みたいな社会ですね。

オバマ政権で保険制度改革はしたものの実際には「皆さん民間の保険に入りましょうね」と呼び掛けたにすぎません。

日本の国の今後の社会保障制度も『フードチケット』や『ベーシック・インカム⇒一切の社会保障を廃止して国民全員に月々一定金額を支給する』など真剣に検討する時期が来るかもしれません。

前置きが長くなりましたが、今回私が言いたかったのは「今後、人々が死にたいと思うほどの理由になるのはお金の問題しかない」ということ。
言い方を変えれば、「金以外の悩みを聞いてくれる暇な奴などいなくなる」となるし「金の悩みも自分で解決しろ」でしょう。

『優しさに包まれて』などの歌詞が共感を呼ぶ時代はもう来ないかもしれないですね。

元妻は今この瞬間も人生への絶望と葛藤しています。
私は「最大のピンチとの表現は子供達のピンチの時までとっておいて下さい」と声をかけるのが精一杯です。


posted by tetsukazu at 22:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。