2014年08月18日

一円を笑う者は。

知り合いの男性がある時に「なんで女って大事なことを忘れても、うっかりしてたで済ますんかな。給食費の引き落とし口座に入金し忘れたなんて俺には信じられん」

この話は奥さんのうっかりミスを語ってのことなのですが、これをいつもの知人に話すと「そんなもん自分名義の口座だったなら奥さんのせいにしたらあかんやろ。手形に例えたら自分の会社の存続問題やで」との反応でした。
知人は食費等一部を除き全て自分自身で金銭管理しているし「旅行や遊園地やブランド物やグルメやらに主な興味がある女に金銭管理なんか出来るわけない」と言い切る男です。

資本主義社会の恐ろしさにも熟知していてコーヒー単価200円以上の店にも入店しないしギャンブルやスナックなどもってのほかだし女性へ奢る行為も「利益供与もしくは贈与にあたるのに大した見返りも示さずよくも平気で奢ってもらうよな」です。
離婚して親元に帰りその実家にお金を入れない娘さんに対しても「贈与を受けている意識はあるんやろか。ただ飯をよく平気で食べられるよな」です。


知人は続けて、「本来であれば理性を武器に欲望をコントロールするべきだけど、強欲と化した資本主義のメインプレイヤー(大手企業や国民の幸せや命などお構いなしに税金をぶんどる国家権力等)の圧力に対抗するには個人の理性など竹槍と同じ」


では理性に変わる武器って?と聞くと、「稼ぐ金までは規制されへんのやから一旦入った金を一円でも多く手元に置いとくことや。それは理性とかいう高尚なもんやなく、金をなめたらあかんという気持ちを心の奥底まで叩き込むことや。それは理性とかやなく執念やし自己防御に徹すると言うことや」

やっぱり一円を笑う者は一円に泣くとの格言は今の時代も生きてるんかな。
と私が問うと


「そうや」


私は以前この場で、「欲望を喚起して来る勢力に屈する奴はやっぱりドMなんやろな」と語りました。

自分発信では決してないあらゆる快楽を通じて一円残らずむしりとられてもへらへらしているのは客観的に見て意思さえ削がれた奴隷状態。

奴隷が奴隷でなくなったのは自分自身の意思により自由を行使出来るようになったから。

それが、誰のために虎の子のお金を捧げるかが自由の行使になっているのなら自由の無駄使いです。
父親からは「世間をなめるな!」との言葉を引き継いだけれど、私は子供達に「一円をなめるな!」と言えるだけの説得力を持てるだろうか?


posted by tetsukazu at 23:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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