2014年07月25日

存在意義・利用価値。

『レゾンデートル』との言葉を用いて人間の存在について今までも何回か語って来ましたが、掘り下げた内容が生きざまに直結したとの手応えがあったわけではありません。
それでもこうして繰り返し脳内からアウトプットすることに意味がないとは思っていません。
レゾンデートルとは、[存在意義・存在理由]を表す言葉ですが、テレビドラマなどによく見られる「全ての人間には存在する意味があるんだよ」的な台詞などはそれを意識したものでしょうね。

以前にも語りましたが、国家にとって存在価値のある人間とは、『仕事をしっかりこなして税金をきっちり納める者』だと思います。
公的扶助の支えがないと生活が成立しない国民に対する国の本音は「頼むから自立してよ」でしょう。

このように、誰かにとって誰かの存在価値(意義・理由)は?と考えてしまうと生きている価値のない人間が大量に出てしまうので、少なくとも自分自身で自分自身の存在意義を見出だす必要がありますね。

私が最初に出した税金の例はあくまでもマクロレベルの話です。
ただ、個人としてミクロレベルで考えると、「子孫を残すことこそ唯一の存在理由」「知的生命体として自由を謳歌する事にに価値がある」「自分自身が納得する人生こそに存在価値がある」「長いものに巻かれることこそが長期的に見ての正しい処世術だ」「資本主義社会の中で個人の存在意義を問うなど無意味。一円でも多く稼ぎ一円でも多く残すこと以外に使命はない」などなど個人によりレゾンデートルの捉え方は異なりますが、「修正力こそが全てを征(制)する」との理念の持ち主などはかなりの確率で世の中に適応出来るでしょうね。

また、人間関係においては恋愛関係や家族間でさえ役立ち度合いや利用価値との概念がついて回ります。
悲しいですが無意識に利用価値のある異性や役立つ度合いが高い家族を重要視している気がします。
ただしあえて念押ししますが、私だからこのような言葉を使うだけで、ほとんどの人間はこんな殺伐とした言葉で人間関係を語りません。
勿論、私だって異性や家族を前にして「利用価値のあるそんなあなたに頼みごとがあります」とは言いません。

と、こんなことを言いながらも私だって理想は持っています。『互いを必要とし、かけ替えのない存在』となり『存在意義を超えた魂の交換』にまで関係性が深まれば人生のシーンごとに輝きが生まれるように思います。
(^O^)


posted by tetsukazu at 18:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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