2013年12月21日

雑感-74

ボートレースの賞金女王決定戦でデビュー時から応援を続けている平山智加さんが優勝したことについて遅くなりましたが「おめでとうございます」と言わせてもらいます。
17才年上で同じボートレーサーの福田選手と結婚した後での快挙なので私生活も順調に行っているのでしょうね。
優勝のコメントでは「今まで大きなレースの優勝戦で期待に応えられなかった経験も無駄ではなかったと思います」と語っていたのが印象的でした。
私は昔も今もアスリートが大好きですし私自身もスポーツに関わり続けています。
喜びは一瞬だけかもしれませんがその一瞬の喜びを味わえるのは一握りの選ばれし者だけです。
どんな分野であれ人間同士がやることなんて紙一重の差でしかなく、その僅かの差をつけるには日夜努力を続けるしか方法はありません。
仮に恋愛であってもライバルとの差は100と95位の差でしかないだろうしその5の差をつけることが大変です。
やはり応援を続けている卓球の平野さんもメダルをとったし応援している選手が活躍するのは素直に嬉しく思いますし私自身も刺激を受けて何らかの結果を残したいと思います(今日のエントリーはですます調です)。

12月に入り何かとバタバタしていて20日の夜もこたつでついウトウトしてしまいました。
すると、元妻から電話があり正月に息子達と食事をしたいのでそっちに連絡があれば予定を聞いておいて下さいとのことでした。
どうやら元妻の母親が喜寿を迎えるとのことで息子達にも祝って欲しいとのことのようです。
電話があるのも珍しいので「体調はどうなん?」と聞いたら「心臓の精密検査を年明けにやる予定」と言われ少し複雑な気持ちのなりました。
「原因は?」と聞けば「ストレスと肥満」とのこと。とにかく私のところを出て行ってからは膝の靭帯の損傷等々心身共に病気のオンパレードになっています。
一緒に居た時には大病を患うこともなかったし心のバランスが極端に崩れることはなかったのに…
用件以外のことで会話が長引くことは避けたいとの気配を感じたので「父親が頼りないのだから母親だけでも元気でしっかりしてよ」とだけ告げて電話を切りました。
「幸せを願うなら同意して下さい」との経緯だっただけにこのような現状にはやはりやり切れないものがあります。
元々は私がしっかりしていれば良かったのですが今更言っても始まりません。
20日に昼にいつもの知人と話をしていて「お金に困っていると言って人に話しても人が代わりに支払いを済ませてくれるわけでもないし、病気になっても誰も変わってはくれない-と言うか代われないよな(たとえ肉親でも)」との結論となり、「結局自分自身が頑張る以外にないよな」で会話は終わりました。

小学校で子供達を殺害した宅間死刑囚は生前「身分や収入や肩書や容姿で差別される理不尽な世の中なんて無茶苦茶にしてやる」と言っていました。
彼を非難するのは簡単ですが、無茶苦茶にしてやる以外の言葉はそれほど的外れでもない気もします。
本当の勝負はそんな理不尽さに気付いた後から始まるのではないだろうか。
「俺は(私は)こんなに頑張ってるのに周囲や世間から評価されない」と言っている奴の声をそのまま受け取るほど世の中は甘くない。
書き始めに語ったように人間同士の差なんてほんの僅かなものでしかない。
全員が福山雅治や石原さとみのようになれない以上、自分なりに日々努力を続けるしかない。
私のことで言えばつい最近4年前からの知り合いのところに会いに行って「最近朝起きるたびに俺老けたよな〜と思うんや」と伝えたら「全然老けてないし逆にスケールアップしてるよ」と言われ少し自信になりました。
なんやかんやでチューブトレーニング+ランニング+腹筋+ストレッチのコンボも丸一年になりました。
今日はさぼっても良いかなと思ったことは度々ありましたが何とかさぼらずにやれました。
そろそろ更なる負荷をかけようと考えていた矢先に浴室であばら骨を痛打してしまい現在様子を見ている最中です。
このように災難はいつやってくるかわからないので元気に体が動く間はこれからも手抜きせずに続けようと思います。
ネット喫茶から更新していますが自宅に戻れば長男が帰って来ているはずです。
私自身、去年の今頃と今年の今を比べるとほんの少し成長出来たとの実感があります。長男にもその『ほんの少し』のマインドを伝えたいと思います。


posted by tetsukazu at 02:06| Comment(9) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ネットカフェで今回のエントリー本文の誤字部分を直せないまま店を後にしたので後日訂正します。
で当日は自宅に帰るとやはり長男がいて、31日の夜から1日の昼までは仕事のシフトから外れたと報告がありました。
「64やらプレステやらを持って来るので弟も含めて今年も桃鉄大会が出来そうやな」と言っているので10数年連続でのバトルになりそうです。
過去にはスマッシュブラザース大会やいただきストリート大会も合わせてやっていましたがここ数年は桃鉄単独ですね。
クリスマスもどうやら4年連続でひとりクリスマスになりそうなのでせめてサンタの役割だけでもと昨日はお菓子の詰め合わせを12個作り早速マスターズ陸上の応援団の年上女性に渡しました。
後の11個を配りきれるかは不安ですが老若男女問わず25日までに渡したいと思います。
ただ、致命的なミスとして生もののなめらかシュークリームまで入れてしまったので明日に至るまで私の口はカスタード色に染まるでしょうね。

それにしてもクリスマスに誰かを誘うのは難しいですね。
1ヶ月前だと早いし3日前だと先約があるだろうし…
それに気合いを入れて誘っても「ちょっとその日は…」と言われたならショックは大きい。
大人が付き合っている状態とは当然心身共の交流ですよね。
そこ基準ならこの4年は誰ともお付き合いしていないのでクリスマスマスをひとりで過ごすのは当たり前です。
それを考えると来年の11月までを目標に思いきって「お付き合いしてくれませんか?」と勇気を出して言ってみようかとも思います。
少し(と言うかかなり)下ネタになりますが彼女いない男の必須アイテムであるテ○ガを売っている会社が女性向けの○ーターも販売していて結構売れているらしいですね。
そしてネタでそんなプレゼントをしてもどん引きしないような未来の彼女の姿を妄想しながら来年を迎えたいと思います。

最後に有馬記念ですが、馬券というのは狙い時があります。
ウインバリアシオンやトーセンジョーダンは前走が最大の狙い目でしたね。
今回だとぎりぎり狙い目と言えるのは鞍上込みでアドマイヤラクティかダノンバラードと思いますが買うなら真ん中の偶数枠のアドマイヤラクティの複かと思います。
私の知人のそのまた知人はバブル経済の頃、ひと月の飲み代が600万。私も10代からひとレースに50〜60万賭けていたので、今年散財したそこの「アナタ」それ位全く気にしなくていいですよ手(チョキ)

Posted by tetsukazu at 2013年12月22日 12:17
それにしても有馬記念の三番人気馬はどこに消えたんですかね(泣)
結果として格で決まったレースでしたが馬場がボコボコしていたとの騎手コメントが多かったように馬場適性が出たレースでもあったかもしれません。
有馬記念でのステイゴールド産駒の適性も改めて思い知りました。

日曜日の夜はひかりTVの日本映画専門チャンネルで「まほろ駅前番外地」のTVシリーズの第11話と第12話(最終話)を観ています。
三浦しをん原作で平成18年の直木賞受賞作の「まほろ駅前多田便利軒」の続編ですが、監督はTVシリーズと映画「モテキ」で知られる大根仁です(以下人物敬称略)
主演は瑛太と松田龍平ですが、このシリーズを通しての世界観に二人の脱力振りがぴったりはまってます。
第11話と第12話は真木よう子も出ていますが彼女もまた脱力系であり大根仁と真木よう子はセットと言ってよいほど一緒に仕事をします。
画面上の瑛太は明らかに格好良いのですが便利屋との職業柄イイ男オーラは出さないし役柄上の本人は女性に対しても常にクールです。
クールと言えば「ルパン三世 カリオストロの城」でルパンがクラリス姫を救った後、クラリス姫から抱擁を求められたのにルパンがクールに去っていた場面を思い出します。
ハリウッド映画の「ボディーガード」でもそうでしたが、スーパーな能力と魅力を持つ女性を守れるのはその上を行く更にスーパーな男なんですよね。
そしてそんな男は普段は決して目立とうとはしないし心は熱くても頭は常に冷静。
女が女らしく男が男らしくという言葉は死語になりつつあるし女子会で「昨日彼があの時、お前はどこが感じるの?と何回も聞いてきて超ウザかったのよ」など男のミスを酒の肴にする時代。
クラリス姫が女子会で「ルパンさんて女に恥をかかせるサイテーな男よね」なんて言うような女性ならルパンも救うことをためらったかもしれませんね。
イイ男やイイ女は少ないからこそ貴重なわけであり昨日の全日本の男子のフィギュアであの高橋大輔が「スケートに対する僕の向き合い方に問題があった」と語った言葉にもそれが反映されていますね。
町田樹のこの一年間の台頭は特筆ものです。
目に見える努力や競争心や反発心や向上心などが短期間にこれほど凝縮された例はあまり見ません。
あの高橋をあそこまで追い詰めた彼の姿は日本のアスリートの歴史にとどまり続けるはず。
天才達のそばで格闘する背中を私もまた追いたいと思う。
Posted by tetsukazu at 2013年12月23日 12:09
いよいよ今年もあと僅か。今年の最後に食事でもとKちゃんに声をかけましたが、予定が詰まっているようで実現はしませんでした。
この分は来年に持ち越しということで…

東京大賞典はローマンレジェンドの巻き返しに期待。
ホッコータルマエとのワイド一点。
ワンダーアキュートはコーナリングが巧いのが特徴なので大井のようなゆったりとした周回のコースでは勝ちきれないですね。

ボートレース尼崎は準優日。
10Rの2連単1‐2 1‐311Rの2連単1‐2 1‐412Rの3連単1‐3‐2 1‐3‐5 1‐2‐3 1‐5‐3

日刊スポーツ映画大賞の主演女優賞に真木よう子さんが選ばれましたが、受賞対象になった『さよなら渓谷』の撮影時に「一生女優をやめたくないと思いました」と思ったそうでが、彼女をそこまでの気持ちにさせた監督はじめスタッフの情熱が紙面からも伝わります。
信じられるのは自分自身だけとの思いで完結してしまえば話が終わってしまいます。
自分と同じだけの熱量を持った人間との出会いの分だけ人生に深みが増すように思います。
Posted by tetsukazu at 2013年12月29日 14:18
年末の打つは超絶大惨敗。そしてその後にのむでも大散財
(>_<)
元々2013年は「頭と体の理解を一致させることが出来たら…」との思いで始まりました。
色恋分野では「今が幸せですよ」と語る女性との接点が多く、嫁彼女いない歴4年で付き合い方をすっかり忘れた私の出る幕はありませんでした。
ショットバーで「よばれていいですか?」と言いながら次から次へとワインを飲み干す女性に「彼氏でもないのに容赦なく飲むよね」と声をかけたら「彼氏だったらこんなわがまま言いません(笑)」と言われました。
「ん?」どういうこっちゃ。難しく考えなくていいんですよと言いながらワインを飲み続けるその女性の心理を簡単に理解出来るほど私はスタイリッシュに生きていません。
好きな人にはわがまま言わず通りすがりの男にはわがままでいるって訳わからん。
たまたま結婚出来た私ですが女心を理解するのはやはり無理かもですね。
仕事上で知り合った24才の男性が「飲みに行っても彼女とデートしても1日3万は飛びますね」と言っていました。
24才で3万飛ぶなら私は1日10万はかけないと相手に関心を持ってはもらえなさそうです。
早い話が色恋分野での私は「オワコン」なのかも。
やはり私が20代で結婚したのは大正解でしたね。
2013年中に素敵な女性に会いに行く機会が何度かありましたが、会いに行く前の孤独感と会った後に発生する喪失感を比較すると後者の思いがより心に残ります。
結局のところそれを解決するのは結婚だと思うのですが、釣った魚にエサはやらない理論が正しいならば結婚後の上半身と下半身の別人格さに悩まされるだけで本質的な心の不足感は充足されないでしょう。
親交のあるブログ仲間は「家族が何よりも一番です」と言い切ります。
怒られるのを覚悟でバラすと、彼は複数回の告白の末に付き合いそして結婚したそうです。
一途な恋は実在するんですよね。
コメントを書く直前にテレビで『あまちゃん』総集編をやっているのに気付き見ています。
イベント前のアキの軽い気持ちに「真剣にやってくれないと困るんだ」とのユイの言葉が心から消えないアキですが、そのユイもまた水口の「本気の姿を見たい」との言葉が心に残ります。
あまちゃんの見どころは何と言ってもアキの澄み切った眼差しですね。
周囲の指摘通り?難しく考えずに年末に『本気』で遊んだ私だからこそマスターズ陸上出場を含めた本気の来年にしたいと思います顔1(うれしいカオ)
Posted by tetsukazu at 2013年12月30日 11:58
コメント欄にてのご挨拶になりますが、明けましておめでとうございます。

年末年始恒例の桃鉄大会も終わりました。
長男も次男も31日が仕事(次男はアルバイト)だったので私を含め3人が揃った深夜12時の年またぎの時間位から始めました。
全国遊び好き大人ランキングがあればベスト1000位内に入るであろう私も12月31日から1月2日までの3日間だけは子煩悩ベスト100位内の人間になります。
買い出しや掃除は勿論のこと一応プロの端くれである調理の技術を駆使して手料理も用意します。

ゲームについては長男がWiiを持って来ましたが、スマブラとマリオカートしか持って来なかったため私が自腹でWii版桃鉄16(中古2480円)を買いに行くことに…
まーちょっとしたパシリですね(笑)
アルコールは長男がロゼワインとあんずリキュールを持って来たので美味しく飲みながらゲームを始めました。
結果の方は言うまでもなく長男がトップで次男が2位で私が最下位でした(T_T)
15年設定で7時間プレイして長男が200億、次男が70億、私が35億でした。
終了後はこれもお約束ながら長男がダウン。
今さっきようやく落ち着きましたが、薬箱から数種類の薬の封を開けました。
長男の後ろを追いかけてもっと服を着ろと追いかけたりトイレ洗面所などを行ったり来たりする横で付き添っていました。
このホスピタル作業も桃鉄大会とセットで約15年連続です。
我が家の遊びはある意味体を張った本気のものなんですよ(キリッ!)
他人はどうであれこれが私の子育てですしいつまで経っても親子は親子です。
長男が年二回しか帰省しない次男に対して「親父は俺が帰る度に女に振り回されるとぼやいてくるんや」 と半笑いで言葉を発していました。
それを聞いた私は「今年こそは息子を聞かせ役にはせんぞ」と誓いましたがその前に振りまわされることと決別するのが先なので「新年は2日からやってるので宜しくねハート(トランプ)」的なメールは見なかったことにします(疑)
話を戻すと次男がゲーム中に「来年は俺がソフトを持って来るわ」と言っていました。
ふたり共20才を超えた大人なのに小学生の頃のノリと何ひとつ変わりません。
当たり前のように来年もまた同じノリで集まれることに何の疑問も持っていません。
AIさんが世に出る前から私は子供達に「自分だけのストーリーを作れよ」と言い続けています。
「倒れた時にはそばにいるから…」

Posted by tetsukazu at 2014年01月01日 15:40
去年は「難しく考えなくていいですよ」と声を揃えてアドバイスをくれる周囲の方々の真意について目一杯想像力を働かせた一年でした。

人の持つ最大の行動原理は『好き嫌い』だと考えてきましたがその根底にあるのは『根源的な欲望』であることを否定しません。
ではその欲望にどう対処するかとなると成すがままでも戦うでもなく『寄り添う』のがベストでしょうね。
難しく考えないの話に戻りますが年初に村上春樹(以下人物名に敬称略)にスポットをあてた番組をやっていたのがひとつの参考になりました。
彼は、ドーナツの真ん中の空洞を概念としてどう捉えるべきかを考えた末に、哲学的に考えるとドーナツの空洞部も『存在』の対象になるかもしれないけれど、空洞部分の意味付けが成されたところでドーナツの味に違いが出るわけでないとの思いに達したようです。
そのような概念を基礎として国境を越えて出版される著作はエンタメ部分も意識した『読みたくなる本』になっているのでしょうね。

確かに見えないものや形のないものについてあれこれ考えても現実や現象に直接的な変化をもらたすわけでないですしね。
私は村上は村上でも「パワーとスピードが重要」との表現を多用する龍の方ばかり読んでいるので彼の立脚点がより新鮮に映りました。
『美味しそうなドーナツが目の前にあり食べてみても美味しかった』
これほどシンプルなことはないですよね。
とは言え毎日美味しいドーナツばかり食べてばかりいられないし飽きもきます。生きて行く上では欠かせない重要な要素が複数ありそれぞれのバランスをとりながら人は生活します。
しかし合理性だけを基準に判断・選択を繰り返しても幸福に繋がるとは限りません。
羽生善治は「序盤の駒をあまり動かしていない局面ならばプラスの手段は多くあるが、その後プラスの手を重ねるが故に選択の中にマイナスの手が増えて行く。最も効率的な手だけを打ち続けるのは原則として不可能です」と語っています。
恐らくですが最終局面での彼の依りどころは『信じる力』な気がします。
それは決して神頼みなどでなく自分自身の能力を信じることかと。
『努力出来る能力』も立派な能力。言い方を変えれば努力しないで能力など身にはつきません。
「今日どう考えどう過ごしたか」が明日以降に繋がるのは明白です。
私の今年の目標は「難しく考えないで」と言われないことと同時に自分自身の資質・能力を一部の欲望の犠牲にしないことですね顔1(うれしいカオ)
Posted by tetsukazu at 2014年01月06日 14:29
まずはやしきたかじんさんのご冥福をお祈りいたします。ラジオ番組全盛時に鶴瓶さんと絶妙なやりとりをしていたことを思い出します。
当時から笑いのセンスは独特のものがありましたね。
歌えるし笑いもとれる点では元祖と言ってもいい人だったので早逝が惜しまれます。
さて、「絶対が無いことが絶対」と去年の暮れに言ったのが知人。
そして同じ月に「偶然など無い」と言った私。
二つの意見を合わせると「実現の可能性のあった現象が絶対でも偶然でも無く発生した」になるのかな。
と、いつものようにそんなことを考えていると日本映画専門チャンネルで定番の番組のTHE☆BEST(テーマ:旅)をやっていたので観ていました。
ベスト作品に選ばれたのは『「リアリズムの宿』でしたが、選ばれなかった『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』の中での「世の中には2種類の人間がいて、人生を自分を選べる人間と選べない人間がいる」との台詞の方が印象に残りました。
そして人生を自分で選べない者達が力を合わせて行く中でやがて自立して行く…
私は、エンタメの世界で仕事をする人間が娯楽を自ら徹底的に楽しみ高いレベルで互いを認め合う姿勢を眩しく思います。
あらゆる動物の中で飛び抜けた頭脳を持ったことと同時に生きて行くのが辛いことでもあると知ってしまった人間の中のひとりである私は、自己防御のため好きなことを中心に生活しやり過ごし流されているうちに「遠慮せずに本音をぶつけて生きて来れたのか?ただの自己犠牲を思いやりや自己確認行為だと美化して来なかったか?」
と才能溢れる者達が作る映画を見ながら思ってしまいます。
「カワイイは正義」と言いますが、元キャバ譲でガールズバーの店長に転身した女性から「今日赤字ならクビになるので助けて」とメールが来たことがあります。
「どこかで聞いたフレーズやな」と思ったら若い時に「この掃除機を売らないと家に帰れないんです」と言われたのと似ています。
違いと言えば掃除機は買ったけど店長の誘いにはのらなかったことです(えっ!?)。
「可愛さや強引さも正義なら優しさという名の気の弱さをぐっとこらえて自分の意向を貫く姿勢も正義」
ただ、普通はこんな葛藤は持たず即座に自身の立場を優先するでしょうね。
店長には「クビになってもその愛想があれば心配ないよ」と返しました。
『顔』が多くを物語ると言い続け来た私も「人生を自分自身で選べているか?」となると課題山積ですね。
Posted by tetsukazu at 2014年01月10日 14:22
今、スペースシャワーTVで頑張る受験生に捧げる応援ソング!を観ていましたが、ラスト2曲はファンモンの『あとひとつ』とAKB48の『GIVE ME FIVE』でした。

ブログでは精一杯強がりを言ってきた私ですが、年始になりポッカリ穴が空いたようになり息子達が去った後は誰に合うわけでもなく過ごしていました。
でも昨日の深夜に突然人恋しくなりショットバーに行くと、行きつけのスナックのママも自分のお店が終わった後に、最後までいたお客様と一緒にきていました。
ダーツもあるお店は満席で、ひとつだけ空いていた席に座った私ですがひとりの客は私だけのためうまく時間がつぶせずカクテルを二杯飲んで45分ほど滞在して帰りました。
結局、滞在中は前述のママと二言ほどとマスターと一言話しただけでした。

で、今日になり人恋しさ脱出どころか逆にひとり暮らしを更に実感するはめに…
恐らく冬の寒さが人肌を求めているのでしょうが、妻がいる時でも積極的にスキンシップを求めなかった私の思いなどただの我がままです。

この前にも触れましたが、12月にカラオケ仲間の母娘親子とカラオケに行った時「『月のあかり』が一番合ってますよ」と言われたのに気をよくして、年末にある場所の精密採点で歌ったら92点台が出て、その店で歌われた1ヶ月間の全曲中最高得点だったそうです(1ヶ月間の客数が10人位とかかも??)
でもホンマに実力なのだろうかと念のため別の店で歌ったらやはり90点以上出たので、今後はどこで歌う機会があろうと選曲は迷わずに済みそうです。

4年強の間、彼女も作らずウフフな関係にも一度もならず風俗にさえ行かず過ごしてきた集大成がカラオケの92点だとしたらそれもよしですね。
恐らくこれからの4年もウフフなこととは縁が薄そうなのでマスターズ陸上での大会優勝を私の足跡としたいですね。

偶然ですが話の冒頭の『あとひとつ』を前述の母娘の母親の方が歌っていて「あと一粒の涙と一言の勇気で…何度でもこの両手をあの空へ♪」のフレーズと共に三人は天に向かって両手を突き上げていました。

「友よ 思い出より 輝いている明日を信じよう♪」
「つらいことはまだまだある
慣れておこうぜ♪」→GIVE ME FIVEより
この寂しさは冬限定と理解しつつ全国数百万人の彼女彼氏いない仲間と勝手に「ハイタッチしよう」
by今年に入って自分発信のメールがゼロの男より
Posted by tetsukazu at 2014年01月11日 18:24
直近の情熱大陸は海外で活躍するダンスパフォーマーの蛯名健一さん(1974年生まれ)だったのですが、日本で暮らす奥さんと娘さんと一緒に外で食事をしている時のシーンで奥さんの口から「幸せの味がするね」との言葉が出ました。

そして私が「そうか、これが俺がいつも言われる〔難しく考えなくていいですよ〕の意味なのか」と思った瞬間でもありましたた。

『人生の意義』でネット検索してWikipediaを見ると、古今東西・新旧の哲学者や心理学者や文学者や劇作家や宗教家の名前が出て来ます。
その中でも私が共感するのは、ニーチェ、ヴィクトール・E・フランクルになりますね。
ゲーテ「ファウスト」の描く世界での「自分の命を懸命に燃やす」との表現もなるほどと思いますが、馴染みの点では薄いかなとの印象です。
このブログでもニーチェとフランクルの名前を何度か出していますが、ニーチェは「解釈」との表現を使い、フランクルは「態度価値」との表現を使っています。
ちなみに五木寛之は「物語を自分で作るか偉大な物語を信じるか(信仰)」と語っています。

ニーチェにとって『価値』とはニヒリズムでもなく禁欲主義でもなく『世界』に対しての解釈の問題であり、解釈の根底にはその人間の『特定の立場』により決定されるとなります。
そしてこの考え方は、与えられた環境や状況に対してどういう「態度」をとるかは100%自分自身による選択であり、どのような態度をとったかでその人間の『真価』が問われると語るフランクルの主張と重なります。

冒頭に書いた『幸せの味』は人により感じる瞬間が異なるだろうし『幸せの時』と言い直せば人生のあらゆる場面・局面でも感じることが可能でしょう。
日々目の前に発生する出来事をどう捉えどう解釈しどんな選択で自己決定し結果を含めてどんな態度をとるか。
それらをワクワクすることだと感じることが出来るなら人生は素晴らしいものに映るだろうし子孫や後輩達にも楽しそうな後ろ姿をみせることが出来るのでしょうね。

『態度価値』については日々試されるわけですし明日からでも態度を見直せるはずです。
自分自身の想いが形になるのも事実ですが想いとは全く関係なく形が目の前に現れることもあります。
こうして先人の言葉の手助けを得ながらせめてコントロール可能な部分は賢く対処して行きたいですね。
Posted by tetsukazu at 2014年01月16日 16:17
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