2013年10月18日

雑感-71

「劇場版 魔法少女まどか☆マギカ」4時間一挙放送スペシャルがMBSで10月26日(日付は土曜日-実際は25日深夜)にあるが、噂では大人が観ても人生観が変わる位の内容なそうなので起きていられれば観ようと思う(エエおっさんが何言ってるの?とのツッコミは御遠慮下さい)

それにしても時代は猛スピードで様々なものを消費して行く。
三鷹女子高生ストーカー殺人のニュースももう少しすれば忘れ去られるのだろう。
我々は、衣食住を通じて大量且つ猛スピードで自然界の動植物を消費している。
しかし我々もまた一個体としてあっという間に消費されるのが真実。

ある武道の師範は、「他者に対して減点法で評価するべきでない。100点満点の人間なんていないのだから100点がどういったものかなど理解出来る奴などいない」
また、「鍛えるとの考え方はよくない。常に自分が弱い存在だとの意識が伴うからだ。そう考えるより体を動かすことで気持ちいいと感じ結果として強くなるとのイメージの方がよい」
そして「相手が弱さを見せることで相対的に自分が優位に立てるとの考えも好ましくない。強い相手であるからこそ自分も強くなる」と。

ある意味自然体のすすめのように聞こえるが、見方を変えれば師範自体が減点法で他者に接する人間に対してマイナス点を与えているようにも思える。
100点を理解出来る人間がいないとの前提であるなら、他者に対してアドバイスが出来る人間もいないとの認識が真っ当だろう。
したがって、師範が言いたいことの本質は「私の見解も評価する必要がない」となる気がするが恐らく師範自体が意識しているわけではないだろう。
つまり私が何を言いたいかというと、言葉により誰かに何かを伝えきるのは困難だということ。

それよりもきゃりーぱみゅぱみゅのバックダンサーを見て「凄いダンスやな。キレキレやん」と感心・感動することが「伝わる」ことの本質に思う。
もちろんファッションも含めてきゃりーさんのパフォーマンスも人を魅了するが、やがて彼女も消費されて行くだろう。
浜崎あゆみさんなども消費のされ方に加速がついてしまっている印象。
私自身も危うく肉体が賞味期限を迎えそうだったが、ここ数年の鍛錬(師範的に言うと、楽しく体を動かした)の成果で何とかまだ最低10年位はやりたいことをやって、行きたいところへも行けそうだ。

そんなことを考える中、相変わらず知人の大学講師と議論を交わすのだが先日も「人間なんかたんぱく質のかたまりなだけで、男と女やら大人と子どもの違いなんて些細なことや」と言葉が返ってきた。
私が「俺は思うけど、子どもから大人になると言うけど大人になりきってない奴があまりにも多い気がする」と言ったことに対しての答え。
確かに子どもと大人の違いにしても男と女の違いにしても声高に言うほどの差はない気もする。

その知人は毎度毎度「寂しさの本質はお金がないこと」と言うので、私は何とか「お金とは関係なしに俺は意識を高めることでいくつになっても成長出来ると考えているし、思考することや努力することが重要やと思う」と反論する。
するとこれも毎回、「意識って言うても抽象的な表現やし俺にはわからんな。時間とかお金とかもっと具体的な表現で示してくれ」となる。

三鷹の事件に戻るが、恋愛の本質を履き違えると地獄になるとの例となってしまった。
「愛情」とは家族間でもあることであり、本来は近親相姦的な側面があり仲良くなればなるほど攻撃性や破壊性を秘めた性行為とは遠い存在になるはず。
つまり、他者を対象とした異性間においては、家族間で発生するような愛情も培って行かなければならないし、一方ではエロスの対象としての他者として性行為に及ぶことになる。
それを考えるとあまりに安易な交際では、そのような愛情の劇的な裏返りもなく底の浅い恋愛になる気がする。
そしてこのような事件の当事者に残る感情は「攻撃性」だけになり「愛情」には裏返らないのだ。
これほどまでに人が恋愛に熱を上げるのは単に子孫繁栄だけのためでなく、人間のあらゆる感情が凝縮するからだろう(家族間では通常攻撃性がスポイルされる)。
ギャンブルなども感情の凝縮という意味では恋愛に近いものがありそうだ。

今日の話の結論が見えなくなってきたが、人生の中では自己主張すればするほど他者からの意見(反論含め)も出るし、かかわる人数の多さだけアンチも出てくるもの。
タフな精神を養うためには経験を積まなければならないが、自分の思うようになる時ばかりでないことを学ぶ機会を出来るだけ早期に持つことで少しは養えるし、優しくもなれるはず。

アナログ人間と言われようが私は原稿用紙にすれば10枚以上の走り書きを毎日している。
活字中毒なのはほぼ確実で起きてから寝るまで何らかな文字と向き合っている。
世の中の仕組みも知りたいし恋愛の本質も知りたいし寂しさの本質も知りたい。
そしてそれらを知るためにはいくら時間があっても足りない。
運動もしないとだめだし気がつけば誰かしらの誕生日も毎月のようにやってくる。
土日になれば競馬もある(笑)。
とてもでないが攻撃性だけの感情で他者に対峙するような暇はない。

「たかがたんぱく質でも意識を高く持ちたい」との気持ちに変わりはない。






posted by tetsukazu at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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