2013年04月22日

器の大きさとは?

字数制限があるもののケータイからでも投稿出来そうなのでしばらくはこのまま続けます。

ここ二週に渡り観月ありささん主演の「ご縁ハンター」というドラマを観ています。

それを観ていて感じたのですが、男女共にパートナーを求める際はどこかで相手に対して「器の大きさ」を求めているように思えました。

「器の大きさ」の定義ですが、大胆に言うと「相手のゴミのような部分を余裕でキャッチするゴミ箱でいられるか」ではないかと…

そうであるなら相手がゴミばかり投げ捨ててくるならこちらの器もやがて満杯になるのは当然。
もちろんそれは自分が相手に対してゴミを投げる場合も構図は同じ。

心の病にかかる人間はきっと誰かのゴミ箱にされたか自分自身のゴミの捨て場を見誤った人なのだろう。
うつ病などだけでなく、広い意味で言えば様々な依存症も心の病の範疇かと。
そう考えると人間の器なんて大きければ大きいほど利用され兼ねない気もする。

依存症の場合は有料のゴミ箱を利用しているからまだいい(例えばギャンブル場、例えば飲み屋、例えばブランドショップ)。
しかし親子関係や夫婦関係や恋人関係などにおいてはパンパンのゴミ箱に対して更に容赦なく投げ捨てる場合があるのでは?

どちらにしても個人として何故そんなに多くのゴミが発生するのかも考えた方がいい。
お金を大切にしない心、健康を大切にしない心、時間を大切にしない心、人の気持ちを大切にしない心、世間や未来をなめた態度などが自分自身のゴミの素となりどこかに向けて発散されるのだろう。

器の大きな人間を目指すのも良いが、まず小さくても壊れない器作りを目指しその器には自分自身のものも含めて愛情が注がれるべきだ(うまいこと言い過ぎた)。


posted by tetsukazu at 04:10| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
はじめまして
kと申します。
器の大きさの定義について面白く拝読させて
いただきました。
最後の提言、まずは壊れない小さな器を作るべきというのは
私も大賛成です。自分自身、小さな器なのに大きすぎる目標(もとい夢想)を描きすぎてしまい、散々な目によくあいました。自分の小さな器をまず見据えて、そこから自分にできる事を次々と積むことって大切ですよね。私の器の定義はブログ主さんのそれとは異なったものに一見見えますが、「相手のごみのような部分も受け入れる」というのも、ある意味で能力の一部分かな……と考えています。
Posted by k at 2013年05月19日 04:13
>kさん
コメントありがとうございます。

本来、「器」との概念を人間に当てはめると抽象論に成りやすいですが、極力具体的イメージになるよう工夫して記事にしました。

kさんが仰る積み重ねるとのイメージは、単に器を大きくするとのイメージより多重的・多層的ですね。

懐が広い人間と表現される場合、他者の感情と冷静に対峙する余裕を持っている状態を指すのでしょう。

東大を首席で卒業するような人物は、他者の勉強方法を否定することもないしある意味比べるレベルを超越した存在となるようですね(例外はあると思いますが)。

私は常日頃から尊敬する人物に言われた言葉を胸に置いています。

それは、「本当に頭が良いというのは、説得力ある話が出来ることと自分自身の現在の立場に応じて日々立ち振る舞いが出来ているかだ」との言葉です。
立場を理解するとは、己の現在の器の在りようを認識するということでもあり、いくら器が大きくても己の立場を履き違えるなら予期せぬ事態を招き兼ねないかと。

最後に、やはり器は磨かないと錆びますよね。
少なくとも周囲から当然期待されるレベル位は日々こなして行きたいものです。

こうして訪問して下さる方々のご意見ひとつひとつが私自身の成長になります。
またお時間がある時にはお寄り下さい。

Posted by tetsukazu at 2013年05月20日 20:42
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