2013年02月06日

雑感−55

先日、弱肉強食とのエントリーで色々と書いたが、実際は肉食獣が草食動物を食べ尽くしてしまうと自分達もやがて絶滅するんですよね。
そのため肉食獣は無意識に共存共栄を考えている可能性はありますね。
ところが、人間はバカなのかもしれないが行き過ぎるところがある。
森林伐採なども限度を越えているし砂漠化の大きな原因も水資源の循環を考慮しないことによるものだろう。
果たして今後人類は叡智を持って諸問題を解決出来るのだろうか。それとも恐竜と同じ道を辿るのか。

尖閣を巡り一触即発のムードが高まっているが、AKB48のメンバーの男性問題の方に関心がある者も多いだろう。

アイドルグループを管理する者達にとっては週刊文春などの雑誌媒体は迷惑な存在に違いない。
とは言え、裁判にでもならない限り記事を出す段階では一応合法なプロセスを経て世に出ている。
それでも橋下氏に対する週刊朝日の記事はあまりにレベルが低すぎて訴訟されることを承知で確信犯的に記事を出したわけでもないことが後に判明した。

人類の最大の発明は 『自由』 であると個人的意見を述べたのは他でもない私。

アイドルグループが建前を言いながら純真なファンの応援を受けながら歌手という職業を続ける自由と、
スキャンダルをネタに読者の興味を引く記事を作り出版する自由を駆使する出版社と、二つの自由がぶつかり合いせめぎ合う。

そもそもAKB48は 『制服が邪魔をする』 という楽曲中に、
「制服を脱ぎ捨てて もっと不埒な遊びをしたいの 何をされてもいいわ 大人の愉しみ知りたい」
と元気に歌っていたグループだ。
今更彼女らに処女性を求めるのもいかがなものか?
週刊文春側が雑誌を売りたい気持はわかるが、誰に対して何を訴えたいのだろう。
もし、恋愛禁止の掟を破って男性と会っていることに問題提起をしたいのならそんな記事を書いている側こそ問題があるのでないか。
この関係をどっちもどっちと呼んでしまえば話は終わってしまうが、自由を謳歌することがこの程度の開放感でしかないのなら自由も底が知れている。

ただ、根底に流れているのは間違いなく経済の問題。 アイドルだって出版社だって飯を喰って行かなければならないのは同じ。
最初に述べた共存共栄の論理はここでも働いていそうにない。

今回ターゲットとなったアイドルは、ファン向けには7000円程度のバッグを使っていますと言いながら40万円以上のバッグを持ち歩いていたようだ。
つまり週刊誌側は、稼いでいる人間が悪で偽善も悪と言いたいのかな。
AKB48のファンには小学生もいるだろう。
自由を謳歌するのは良いが、双方に道徳感や倫理感の欠片でもあればぎりぎりのところでエンターテインメントに徹することが出来る気がするが…

本質的に芸術と言われるものは、人を元気にさせるもの。もしくは人に良い意味で何かを感じさせるもの。
決してあきれさせるものではない。
エンタメと芸術は一部で繋がりがある。
私はこんな記事を見ても元気にはならないし良い意味との面では何も感じない。
悪い意味で感じることがあったのでこうして書いている。

先日、ある中年女性に質問してみた。
「私の周囲には女はバカだと言う男がいるんですがホントにバカなんですか?」 と。
聞いた直後にえらいこと言ってしまったと後悔しかけたが、時すでに遅し。猛烈な反論が返ってきた。
「だから男はバカなのよ。女はみんな女優なのよ。バカなふりなんていつでも出来るのよ」
[でも、女性は結婚後も装飾品や旅行や美味しい食べ物に強い興味があるんで物欲が強いように思えるんですが」 と更に失礼な質問をぶつけた。
すると 「それは旦那がそれらの事柄以上の魅力に欠けるからよ。おとといおいで」

私は、「承知しました。二度とバカ呼ばわりしません」 と心を込めて言葉を返して会話は終わった。

演じることがエンタメ精神ならば、出版社はどんな役割りを演じているのかを明らかにして欲しい。
ピエロであるならば笑えないし、トリックスターと言うならば悪意を持った行動が良い結果につながらなければ賞賛を浴びることはないだろう。


私はいつもブログの記事を書きながら自分自身にも言い聞かせているのだが、今日の記事で何か教訓となるものは見出せるのだろうか?
『自由』 をほぼ万人が享受する時代に我々は生きている。
アイドルが仕事を終えて男性と合コンするのも自由だし週刊誌が著名人の私生活を暴露するのも自由に違いないがそれを良しとして済ませる世の中はどうなのか。


私の今の楽しみは肉体を鍛えることだ。
何のため誰のためにそんなに鍛えるの? と聞かれても答えは出し難い。 ただし「成果の確認をすることが生きている実感になるから」とは言える。
肉体が日々変化して行く過程を確認するのは楽しいし、この3年間やたらスナック通いをしたので確実に以前より声が出るようになったことも楽しい。
忘れかけていた恋愛らしき感情も持てたしこれも生きていて元気に活動出来るからこそ。
こうして人間は、変化を実感することで生きていることも実感出来るのだろう。


尖閣付近で仕事をする方々は日本の領土の防衛のため日々戦っている。
私達がボーッとしていて良いわけがない。 変化し成長し続けなければ戦いの場に立ち続けるのは難しい。


自由な社会を維持するために自由な毎日を過ごすためにそれぞれがそれぞれの立場で戦い続けなければならない。
戦いを放棄した人間には不自由な日々が待っているとしか思えない…

























posted by tetsukazu at 22:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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