2013年01月17日

雑感−49

期待以上にドラマ 『最高の離婚』 が面白くなってきた。

今日の回で真木よう子が瑛太に言った 「死ねばいいのにと思っていた」 には度肝を抜かれた。

過去に一緒に暮らしていた頃のことについて瑛太が 「最高の思い出」 だったと言ったことに対して返した言葉なので余計にだ。

真木よう子、尾野真千子、綾野剛、といった個性派揃いの出演者なのでこれからも楽しみ。



さて、前々回のエントリーで触れたが、過去の記事で言いっ放しになっていることも多くそろそろ続編のようなものを記して行きたいと思う。


そこで、ジャンルは横断するが今まで書いてきたことを集約出来そうなヒントらしきものが見えてきたのでそのさわりだけ…


「解釈が言葉の意味を決めるのでなく、行為による言葉の裏付けが言葉の解釈を確定させる」 との仮説をまず立ててみたい。

つまり、何を言ったかどうかでもなく、何を行なった(あえて送り仮名に[な]を加えた)かでもなく、ある行為により何が起きたかが重要なのだ。

競馬で儲けると豪語しても馬券を買っても 「勝つこと・儲けること」 の証明にはならない。

馬券を買った上で実際に利益を上げる以外に 「馬券を買えば儲かる」 ことの証明は出来ない。

土曜日の時点でタイムマシンに乗り日曜日のメインレースを観たとしてもそのメインレースを観戦する自分の状況が馬券で負けた状況とすると、
土曜日に戻ってきて日曜日になった時に、メインレースの馬券を買ったとしても外れることになる。
その外れる状況は、タイムマシンを信用出来なくて別の馬券を買ってしまうか、現実の日曜日の結果がタイムマシンで観た結果と異なるケースの2通りになる。
タイムマシンに乗った行為により何が起きるかは何かが起きてからしか説明は出来ない。

「君を一生幸せにする。だから僕と結婚して下さい」 とのプロポーズが正しかったかどうかの証明は50年かかる。


もし言葉そのものに意味があるとするならば、「儲かる可能性がある。幸せにする可能性がある。」 程度だろう。

面接での会話の正しいやりとりがあるとすれば、「私は御社に多大な貢献をする可能性があるので採用して下さい」 に対して、
「我が社は君の将来に対して大きな力になれる可能性があるので是非我が社で活躍して欲しい」 と言うべきだろう。


時間がある時に今までに語ってきた、決定論・自由意思・運命論・時間の概念、等々について更に掘り下げてみたい。


1月17日は忘れもしない関西で大震災があった日。今こうして生きていることに感謝の気持ちを持ち続けたい。











posted by tetsukazu at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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