2012年12月22日

雑感−41

今年は恋愛スキルが激低の私にとって学ばされることが多い年だった。

結局、一緒に居たいと思うから男と女は一緒に居るわけであり、難しい理由などない。
一緒に居たいと思えるならば我慢もするし相手への思いやりも持てる。
ただ、大人の関係であればある程一緒に居たいと思う根拠はひとつでない。
好きだからとのエレメント(要素)は勿論だが、経済的にメリットがあるからとのリアルな内容も含まれるはずだ(あえてどちら側とは言わない)。

そのことに関連してもうひとつ言えることは、相手に惚れたり惚れられたりするということは、心が動くということ。
では、一度動いた心は永遠に元に戻らないかとなるとそうでもなく、「暫くの間は動かない」 との表現が正しそうだ。
3ヶ月かもしれないし30年かもしれない。
私の知識では、太古の昔からの遺伝情報の作用として、女性の体は3年間は目の前にいる男性を引きずるが、
女性の受胎後に相手の男性が戦いなどにより命を落すケースが多かったため次の生殖活動時には別の男性を受け入れる準備が必要なので、
前の男性を忘れることの出来るシステムが脳内(または子宮)に存在するらしい。
男としては少し悔しくもあるが、たとえ3ヶ月間でも相手の心を動かし続けることが出来たのならそれはそれで大満足するべきだろう。
我々は結局女性のお手伝いをそっとするしかない存在なのだ。

とは言え、結婚願望のない女性もいるとは思うがそんな女性でも好きな男性が現れたら女性として本能に目覚める場合があるだろう。
そんな時でも男は慌てることなく、男としての役割に徹して女性に尽くすのが本懐に相違ない。

ある知り合いの年上女性に、理想の男像は?と聞くと、「最初がレッドバトラーで、次にX Japan のyoshiki で、その次がブラックジャック」 だと。
理由は?と聞くと、「人間の器が大きく、経済力もあり、強い者に媚びることなく弱者には優しいからよ」 と。
そして、「全てを兼ね備えているのに謙虚だからよ」 と続け「全てを兼ね備えているけど謙虚でない男も山ほどいるし、謙虚だけの男も星の数ほどいるわよ」 と締めた。

私は思う。「意欲を持って生きるかどうか」

結婚ほど面倒なものはないだろう。しかし困難なことから逃げていても何も進化しない。
相手に惚れられたら自分も誠意を尽くす(逆でも良い)。そんな過程を経てまず一台目のハードルを越えることが出来る。
一台目を越えたからといってハードルがなくなるわけではなく、次から次へとハードルは続く。
しんどいことを一回でもやっている人間と全くやっていない人間とでは社会的評価が違ってくる。
何も結婚だけが困難なことではない。しんどいことから逃げれば逃げるほど身に付くことは少なくなるし人間としての幅や魅力は生まれない。

大多数の庶民が自民党に投票するということは、長いものに巻かれたい願望や権力者のおこぼれにあずかりたい願望がある表れに見えて仕方がない。

中央官僚や経団連の親玉達はきっとこう思っているだろう。

「君たち英語のひとつも話せるの?」 と。


人の世は経験しないとわからないことだらけである。 少しだけ勇気を持って一歩踏み出すしかない。


一緒に居たいと思ってくれる人がそばに居てくれているのならこれに優る幸せは思い付かない。





posted by tetsukazu at 20:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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