2012年12月14日

現象。

意味のあることを繰り返すことで無意味になる。つまり意味からの開放。

これは昨日やっていたテレビ番組で語られた言葉。

言葉は繕えるしある意味笑顔も作れる。
嘘を並べて生きることは可能なのかもしれない。

生きている状態を単に現象と捉えるなら人の行為は全て必然であるとも言える。

もし本当に全ての選択が必然なのであれば過去を恐れることなどない。
そして現在にも未来にも不安など持つ必要がない。

寂しさや空虚感の本質は恐らく脳によるミスリードだろう。
脳による妄想を現象と位置づけしてはならない。

現象とは肉体の動きであり息遣いであり叫びであり表現そのものである。

現象は現象でありそれ以上でも以下でもない。
圧倒的な現象は感動さえ生む。

肉体や精神が寂しいと語るわけがない。語るのは妄想脳。

本物は本物と出会うし真実もまた真実と共鳴する。

動物は求愛のために命をかけて肉体表現を行う。

私達は誰に向かい何に向かって表現するのだろうか。

魂の叫びでないならば誰の心にも届かないだろう。

もし今日、本物と出会えたならばそれは自分自身が本物である証拠。

一瞬一瞬という現象の連続に意味を持たせている暇はない。

意味よりも先に何かが動いて何かが表現されているだろう。

焦る必要はない。何かを表現することで現象となり影響を及ぼし繋がりが生まれる。

技術を磨きエネルギーを放出し表現者となる。

脳内に存在する無用の言葉から決別出来た時に何かが変わり何かが始まるだろう。




posted by tetsukazu at 14:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。