2012年10月15日

意味はあるのか?

生きてる価値が見出せないと唄いながら踊ったのは鈴木奈々の彼氏だが(生きてる価値をの方が文法的には正しい気もするが…)我々が日々生きていることに意味はあるのだろうか?

このブログも記事全削除前の分を含めて7年以上になるが能書きは山ほど言ってきた。
この世に生まれた意味や意義はあるのかないのかについても再三語ってきた。
その中でも比較的私がしっくりくるのは 「人は何事もなかったかのように生まれてきて何事もなかったかのように去って行く」 との感覚。

他者から見れば一人の人生などとるに足りないものだし気にしている暇もなく自分自身の生活に追われるのが普通である。
ただ、そうは言っても全く孤独に生きて行くのも寂しいので人は出会いを求めて彷徨う一面もある。
いつも例に出すが、平原綾香さんのJupiterという楽曲の詩は 「愛を学ぶために孤独があるなら、意味のないことなど起こりはしない…」 となっている。

これも私がよく例に出すが、シーナ・アイエンガー教授は 「人生は、運命・偶然・選択の3つの観点で語ることが出来る」 との前置きの後、『選択』 の重要性を語る。

将棋の羽生善治氏は 『直感』 の重要性を説きそれが単なる思いつきではなく経験に根ざすものだと語る。

麻雀の桜井章一氏は無敗を続けることで生ける伝説となった。

人間は結局遺伝子の乗り物では?との仮説を立て論理を展開したのはリチャード・ドーキンス氏。

キリスト教にしても仏教にしてもあらゆる宗教は人間の生を何らか意味のあるものだとしている。

運命論の捉え方は様々だが、選択の自由と結果の関係性をどう考えるかで運命の捉え方も違う。

幸せの捉え方も人それぞれだ。タモリさんやイチロー選手、古田敦也氏、武豊騎手などはお子さんに恵まれないが、だからと言って離婚するわけでもない。

恐らくだが地球上に存在する生物の中で 「生きる意味ってあるのか?」 などと考えているのは人間だけだろう。
そしてその人間の中でも私は深く物事を掘り下げる方だろう。

荘子の言葉をふくらませた 「井の中の蛙大海を知らず、されど空の広さを知る(または空の青さを知る)」 との言葉もある。 (蛙が井戸の深さを知っていることは前提とする)

蛙にせよ人間にせよ肉体的な制約の中で出来得ることに限りはある。
ハリウッド映画によく出てくる 『崖の上から片手で他者を持ち上げる』  とのような展開は現実では難しいだろう。
自分自身が両手で鉄棒に5分間ぶら下がるのもまず難しい。それどころか3分間両手を上に挙げ続けただけでも手を下ろしたくなるはず。


と、ここまで書き進めたがやはり結論は出そうにない。
ピンチをしのぎチャンスを生かせば成功は約束されるはずだが、ピンチに倒れチャンスを逃すことの方が多いのもまた現実。

AKB48が世に出てきたのは時代背景がそうさせたのかもしれない。
もはや単体で圧倒的な人気を得る時代ではないように思える。
となると、時代はマスメディアからパーソナルメディアへ、そしてマスコミュニケーションからミニマムコミュニケーションへと変貌して行くのか?

しかし、核兵器や原発が当たり前のように存在する時代の別の側面では分散化・細分化がトレンドになるならば人間社会そのものが分裂症状化してもおかしくない。
これは私の私見でしかないが、人間の本質の中に 『外部への探求と同じ量だけ内部への探求欲も生まれる』 との要素があるように思う。
つまり、生きていることの意味を考えずにひたすら好奇心をふくらませて行動につなげている時、ふと気がつけば内面に深い深い闇が広がっていてその闇と向き合うことになってしまったとの状況。

わかり易い例で言えば原発の発展と原発事故の悲惨さ、そして最終処分場所の目処も立っていないままというとんでもない状況がそうだ。

発展や成長は素晴らしいとの前提で進んできた結果がこれである。
人間はこのタイミングで(特に日本人)存在の意味を考える必要があるだろう。
とにかく、国も集団も個人も日々発生する出来事全てに 『意味』 を感じるべきに思う。
意味など考えなくても日々は過ぎて行くのだが 「意味のないことなど起こりはしない」 との姿勢でいたいもの。

私は今、これでもかと言うほど身体を鍛えているが 『意味』 を感じている。
気になる女性に会うとなれば、身にも構うし常にイイ男でありたいと思うのでこれにも 『意味』 を感じる。
そして相変わらず横道に逸れることが多いがそれも 「成長せんか!」 とどこかからメーセージをくれているのだろうからやはり 『意味』 がある。

日々の選択は確かに自由度の高い中で行うのだが、結果に対して意味を感じている限り 『次』 の選択に大きな影響をもたらすことに違いない。



☆プレゼントしたものをいつも身に付けてくれているって嬉しいもんやな〜わーい(嬉しい顔)










posted by tetsukazu at 23:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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