2012年07月11日

絆って何やろ。

アシ夢

最近一番感銘を受けた言葉が次のもの。

「感じる不幸を嘆くより、確認できる幸せに感謝の気持ちを添えるべき」

過去の歌の歌詞でももうひとつ。

「ここにあなたがいないのが寂しいのじゃなくて ここにあなたがいないと思うことが寂しい」

後者の方はマイブログのサブタイトルとも関連するので今更だが、含蓄がある。


男女の絆って何?

結婚した男女は法律上では絆を結んだ関係と呼べるはずだが、中には自らその絆を切る者もいる。

まして恋人までの関係でしかなければ明日お付き合いを解消したって何の違反にもあたらないしモラルを破ることでもないかもしれない。
あるとすれば相手の感情を尊重しないことになる可能性位。それは感情の問題であり個人差もある。


最近、ボランティア仲間が集団を離脱した。

私とは古くからの飲み仲間であり良き先輩でありある意味師匠的存在。

理由は色々あるとは思うが、笛吹けど踊らず的な想いがあり自爆に近い印象。

誰よりも奉仕精神があり、見返りなど求めないはずの人間だったが最後は力尽きたのかもしれない。

私が不在の中での離脱宣言だったのだが、強く引き止めたのはひとりだけだったと聞く。

人間の集団が長く円滑にやって行くのは難しい。

私達のボランティア精神の向かう先の大きな柱は未来を背負う子供達に対して大人が汗をかく姿を見せること。

離脱した先輩がその気持ちを失ったと思いたくはないが、子供達はこの冬も来年の夏も楽しみにしてくれているはずだとの強い気持ちは彼と共に持ち続けたかった。

つい最近も5歳の子供が親による虐待により命を落とした。

彼女は、「あなたがいないと思うことが寂しい」 との気持ちになっていくのだろうか。

結局、母親が子供よりお付き合いする男性を優先することによる悲しい結末に映ってしまうが、そんな女性ばかりだとは思いたくない。

お付き合いする男性より遥かに強い絆を子供と結べるかもしれなかったのにあまりにも切ない。

単にそばにいるからだけで絆が生まれるわけではなく、どこかに存在してくれていると思える気持ちが絆を結ぶことだってあるだろう。

物理的にはひとりでも気持ちが繋がる人間同士が同じ空を見て同じ空気を吸って地に咲く花を互いに美しいと感じ共に共通する唄を口ずさむなら深い孤独や絶望とは無縁でいられるはず。

絶望は死に至る病であると言ったのはキルケゴールだが、絆を自らの手で断ち切らない限り常に希望の光は差してくることだろう。


昨日、行きつけのショットバーのマスターと偶然遭遇しその時彼から 「格好いいですね」 と声を掛けられた。

その言葉だけであと10年は格好よくいられそうだ(^_^)v




posted by tetsukazu at 23:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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