2012年07月08日

雑感−3

アシ夢

しかし時代はあっと言う間に変化したよな。

インターネットが世界中に浸透して以来、基本的に隠し事が通用しなくなっている。
滋賀県の中学2年生の自殺問題にしても関係者の個人情報がどんどん出てくるしフジテレビのテレビ番組での加害者側生徒の個人情報黒塗り画像が処理され内容が識別されネット上に流されたなどの事態を考えると何が善で何が悪なのか混沌としているとの印象を受ける。

では、今の時代に必要なスキルとは?

このブログでは再三語っているが、まず大事なのは家の中を安全に通行し外に出てもケガなく歩き過ごすこと。
次に、食べるべき量はしっかり食べ、寝るべき時間はしっかりと眠り、出すものはしっかり出す。
そして仕事をして生活費を稼ぐ。

簡単では無いが難しくもない。とにかくそんな淡々とした毎日からしか何も始まらない。

パンダに子供が生まれたようだが、母親のシンシンは突然育児をしなくなったようだ。
飼育担当者によると、元々動物の母親は自分の生活を中心にするので時に子育てを意識しなくなることがあり極普通の出来事だそう。
人間の母親が同じような行為に及べば大バッシングに合いそう。
人間も基本は自分の利益に繋がることを中心に考えるのが重要な気がする。

私は今まで綺麗事として、恋愛においては互いが互いの幸せを望むことが理想の形と言ってきた。
その思いは変わらないのだがそれ以前に相手の気持ちや都合ばかり考えていては一歩も前に進めないようにも思えてきた。

例えば一週間後にデートの約束をしたとして、その一週間の間には予期せぬ出来事もあるだろう。
あんなにも楽しみにしていたデートのためにとっておいたお金を別のことに使ってしまった場合(ん?俺のことか?)、自分をろくでもない男として落ち込む。
そんな時、こんな男のことを相手は本当に気にいってくれるのかと心配しても仕方がない。
そこは何事もなかったように相手の前に現れればよい。

昨日の七夕祭りの打ち上げでは例により私が酒の肴の中心になってしまった。
俗に言うバツイチの私は突っ込み相手として適当なのだろう。
珍しく参加者の娘さん(ブログに登場する私のカラオケ仲間の母娘の娘)が打ち上げの場に参加したためいつになくお父さん連中がにやけることになった。
29才の彼女はコンパニオンのようにお酒を注いで回り、注がれるおじさん達も嬉しさを隠せない様子だった(えっ?お前が一番喜んでたやろ。ですか?)。

その29才の娘さん曰く、「〇〇さんが私を見る目はいやらしくないんだけど△△さんの私を見る目はそうでないのよ」
△の正体はご想像にお任せします(笑)。
えらいもので、私はこの集まりでは10数年ピエロ的な役割を演じてきたつもりだったが、世間の人達は想像以上に純粋なため、ちゃらいイメージが定着してしまった。
そうは言ってもちゃらい面が全くないのにそんな役回りは出来ないので完全否定はしないがそろそろ軌道修正をしないとただのエロいおっさんになってしまう。
正直に言うと私にだって選ぶ権利はあるはずだが世間の女性はアンタに選ぶ権利はないと思うらしい。

私の妄想になるが、波長の合う女性と毎日デートが出来ればその他の楽しみなんていらないはずだが、私の経験上、波長の合う女性と出会うこと自体が10年に一度レベル。
そしてその女性と親密になれる確率を考えると30年に一度レベル。

えっ?ちょ待てよ。 一生に2回しかチャンスが無いやん。
そのうちのワンチャンを逃したのだから私にはもうワンチャンしかないのか?
そこはプラス思考で考えて、波長の合う女性と出会うことを5年に一度とし親密になれる確率を10年に一度程度に短縮して希望を持つことにする。
確率論から言ってもそろそろ私の前にそんな女性が現れて不思議でない(というか既に現れているかも)。

私が浮気症だとすればその理由は、ひとりの人に絞って振られてしまうと傷付いてしまうから。
ギャンブルなんかでも事前予想と違う買い目で買うのは信用し心中する気がないから。

本当に自分がしたいことや自分が欲しいものは何なのかはっきりした方が良い気がする。

この前行きつけのお店で唄った 吉田拓郎の 『流星』 の最後のフレーズのところが、僕の欲しかったものは何ですか? なのだが、
私はそこを 僕の欲しかったものは 『♪男らしさ♪』 と言いかえて唄った。

『男らしく』 なれたかどうかは今年中には報告出来るかもです。
少し前にブログで宣言したように 人生の間に一度でも一定期間において 気になる女性>ギャンブルその他でありたい(結婚生活の全部がそうであったなら今の状態にはなっていない)。

今年始めに放送された小泉今日子と中井喜一主演の 『最後から二番目の恋』 という連続ドラマを最後まで観たが、常に最後から二番目の恋と思えば勇気を持って相手に飛び込めるかも…(ホンマに俺のエントリーか?)

私は昔から 「お前は何がしたいんや」 と言われ続けてきた。
東証一部上場企業に勤めていた頃は、外食部門の部署でどんな肩書きが欲しいんだと創業者社長に言われ、「わからないんです」 と言ったら、とりあえず係長でいいだろうと言われ翌月には名刺を貰った。
その社長からは、「お前は〇〇組の構成メンバーだから自覚しろよ…〇〇は社長の名前」
銀行系から役員が送り込まれた際も私は社長を守るために頑張った。
連日のように上野の夜を一緒に過ごしたのだが、「お前は色で言ったら真っ白だ。真っ白な奴は真っ白な故に足を引っ張られる。俺を近くで見て学べるところは学べ」 と言われた。

その〇〇組のメンバーの一部を紹介すると、
1年間休みは一日もなく、顔が土色になり私と社長室に呼ばれた席上で社長にお前顔色悪いんと違うか?と言われ、やってられるかよと捨て台詞を残し社長室を出て行った若頭(いやいや例えればですよ)。
その姿を見て私に笑いながら 「あいつ何であんなに切れているのだ」 と言った天然の親分(だから例えればです)。

仕事は8時半〜17時のはずなのに、社員全員が帰ってからが仕事だと言って午後8時頃から集中しだして12時過ぎまで働く設計室の子分(繰り返しますが例えです)。

そして、職場が神田(本社ビル)なのに電車が走らなくなる深夜まで仕事をして連日タクシーで鎌ヶ谷まで帰る私(強制でないので3回に2回は自腹)。
土曜日と日曜日はビルが閉まっているので警備の人に事情を話して毎週のように土日も仕事をした私。
そんな行動を知っていたのは社長とあとは社長に極近い1〜2名の人間だけ。

たった数人で立ち上げた会社から東証一部上場企業まで登り詰めた社長を見て勉強になる部分が多くあった。
社長が心配していた通り、銀行系の役員が送り込む年棒契約の超エリート軍団と全面衝突してしまった(最初の刺客との戦いには勝ったが最後は数の力に屈した)私だが、それでも社長は最後まで私をかばい、震災後に妻の親族のいる関西に帰りたいとの希望もかなえてくれ暖簾分けのような形で関西に職場も用意してくれた。

元妻からは数年前に、当時もっと上手く立ち回っていれば今頃役員にはなってただろうにと言われたが、関西に帰ってきてからも嫁子供を喰わせるだけの仕事はして来たので後悔はしていない。



ただ、もし今親分(訂正、社長)に 「お前は何がしたいの?」 と言われたらはっきりと答える準備はしていたい。
真っ白な自分を貫いてきたことに後悔はない(自分で真っ白と言う奴もきしょいが)。


どうしても答えないといけない時は、「ひとりの女を愛し続けたいです」 と言えれば最高だ。


結局、昔も今もひとりの異性を愛し続けることが出来ることこそ必要なスキルに思う。


自分語りのため5割引き位で読んで下さい。






posted by tetsukazu at 19:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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