2012年02月15日

自覚。

14日はチョコレートを一個もらえました。
昨年も下さった年配の方で、ご夫婦で長年保護司をおやりになられている方です(実際には御主人が任命されていると思います)。

毎回、丁寧にメッセージカードも添えていただき本当に有難いことです。
この二年は誰からもチョコなどもらえなくても当然の立場なので、必要以上に感激しました。
保護司という立場は、犯罪や非行に陥った人の更生を支援するという大きな役割を担っています。
私がどう見てもご夫婦共人格者です。 また人格者でないと保護司など務まりません。
ご主人にはいつも 「君はいい男やな」 とお褒めの言葉をいただきます。
ご主人とは夏祭りや餅つきや地域の清掃のボランティアでもご一緒させていただいており、私の様々な面を観察してのことなので掛け値なしの言葉として受け取っています。
今回、奥様からいただいたメッセージカードに書いてある 「感謝」 という言葉が常に頭にある人間はそう多くないと思います。人間同士を感謝し合う関係として日頃から捉えているからこそ自然に出てくる言葉なのだと思います。

そんなご夫婦と接する度に私の心は洗われるのですが、ご訪問して下さる方はご存知の通り私は俗人なので何とか少しでも近付ける存在にならねばと思います。
昔は、聖職という言葉が生きていたと思います。教師・宗教家などがそれに当てはまるように思いますが(医者もそれに近い)、特に教師の不祥事は後を絶ちません。
警察官などの不祥事も多いですし政治家や公務員も入れればきりがありません。
だからといって自分自身が俗人のまま人生を終える必要もありません(人に良い影響を与える俗人なら別)。

人間同士の関係って意外に腹の中を明かして会話したり表情を作ったりしていないように思えます。
しかしメッセージカードに書かれている言葉は表も裏もない澄み渡った心から出てくるものに思います。
私はそれに対してどう応えればよいのか考えてしまいます。
ご夫婦を見ていると生き様が顔にも表情にも出ています。私はどんな顔をしてチョコを受け取り奥様の目にはどう映ったのかなぁ。

昨年から今年にかけて私はほんの少しだけど成長した気もしますが、文字通りほんの少しの歩みです。
三日前位から突然、ダウンタウンブギウギバンドのボーカルの宇崎竜童が唄う [身も心も] を唄いこなせないかと頑張っていますが、たった一曲の楽曲が思うように唄えない(骨のある男っぽさがどうしても出ないということは骨がないからかも)。
今まで何百という曲をカラオケなどで唄ってきたはずなのだが、ひょっとしてただの一曲も満足に唄えていなかったのではないかと思い始めています。

歌だけでなく、人生全般において本当の意味で真剣に向き合って来たのだろうかと考えると心が寒くなる。
私は人に感謝されるような生き方をして来たんだろうか?
この年齢で何から手をつけてよいのかわからないが、一曲の歌と真剣に向き合えないようならば何をやっても中途半端になる。
何が大切なのかを自覚した上でひとつひとつ手を抜かずやって行くことしか道はないのだろう…

心。











posted by tetsukazu at 02:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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