2012年02月10日

リスクと脳。

脳について色々と研究しようとの思いで動き出してはいるが、正に脳がついていけていないとの皮肉な現象が起きている(汗)。

そのため現時点においては、直感で何らかの推論を示すしかなく、 「優秀な脳を持つ者ほどリスクを意識する」 との仮説を主張したい。

わかり易い例だと、犯罪に染まる者・依存症傾向にある者・忍耐力が欠如する者・継続力に欠ける者・金銭関係にルーズな者 などが良くない方に挙げられる。

「えーい、成るようにしか成らんから思い切ってやろう」 との気持ちは紙一重と言える。
やるだけの事をやった者の台詞か思いつきによる浅はかなだけの台詞かにより結果は大きく違って来るだろう。

脳はいくつかの葉に分かれており、各葉が認知や感覚処理や運動神経など特定機能を担っている。
これらの葉は、何十億もの特殊化した細胞間の直接連結に関与する回路(サーキット)と呼ばれる非常に複雑な単位によって形成されている。
複雑な環境や薬物の乱用や様々な依存により、個体内にあるこれらの特殊化した細胞に影響を及ぼしている側面は否めないだろう。

人間の脳というのは、何万年も続いて来た遺伝情報の記憶伝達による影響が大きいのだが、脳の健全な活動による人間の健全な行動というものが存在すると見て間違いはないだろう。
漠然と考える限り、世の中に正しいことなどあるのか?と思いがちだが、私という個体の主体と言える脳にとっては、常に正しい選択をしようとしているはずだ。

私という個体が脳の正しい選択を無視して暴走した時、食物や衣類や住居や性行為といった生きて行くのに不可欠なニーズを全て無視してしまう局面もあるだろう。

快楽(陶酔感や満足感)の調節を助ける神経伝達物質であるドーパミンの放出が必要以上にあったり、不自然な形で放出されたりした場合には、肉体的・精神的・生活的に悪影響を及ぼすことになる。

パレート効率性(最適性)との用語があるが、最大多数の最大幸福など現実にはない。それと同じで個人として快感が持続し続け幸福感や全能感が際限なく続くのもどこか不自然さを感じる。

脳が判断する最大のリスクは,『死』 になる。
そう考えると、資源の奪い合いへのエントリーが生きるための最大目的であり最適手段になる。
人は当たり前のように仕事をするが、脳にとっては個体維持のための当然の選択である。
何かを得るために何かを費やしているのだから、脳の正しい判断に従い、手段と目的を誤らないように心掛けるべきだろう。

脳は常に正常な判断・選択をしようとしているが、現代社会に次々と登場する人工的・人為的な要素については、脳内で一定の混乱が起きていると推測出来る。
物質の分子が脳に侵入するためには強固な化学防御システムを通過しなければならない。
しかし合成麻薬などの電気的に中立な低分子は容易に脳に入り込むらしい。
脳について興味を持てば持つほどその優秀さや精密さに驚かされる。
こんな優れたものが人間のてっぺんに付いているのは奇跡的だと言える。
どんな大金を積まれたところで、自分の脳の値打ちと比べ物にならない。

とにかくそんな優秀な脳の邪魔をするのでなく最大限に活用するのが個人に与えられた使命と言える。


『リスク』 を常に意識出来るか。それが私が自分の脳に返すメッセージになる。





posted by tetsukazu at 01:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。