2012年01月29日

理想<現実

下の写真は今日の昼間に路上で撮ったもの。
20代の自転車に乗る男が、走行中に投げ捨てた飲み残しのコーラだ。
捨てられたコーラは歩道のど真ん中に転がっていた。
私はあっけにとられたが、「これが現実やもんな」 との想いで一杯となった。

私は日頃から物事を奇麗事や理想や理屈で片付けがちである。
他者にはその点を指摘されることが多いが、自分の世界観で生きてきたし新たな世界観にならない限り大きくは変われないと思う。
今、世界はプラグマティズムで覆われている。つまり実用主義である。
実用主義とは、物事の真理を、実際の経験の結果により判断し効果のあるものを真理とするとの考え。

例えば、新薬の開発をするにあたり成功の可能性の、より高い対象に対して何十億・何百億もの投資をするわけで、儲かることに先行投資をする構図。
当然、リスクは伴うのだがチャレンジしないことには競争に勝ち残れないので、そのチャレンジ精神が結果として自己防衛にも通じる。
欧米先進国はほぼプラグマティズムを標榜しており、中国にしても実用的な観点から政策を進めてる。
最早、世界は理想を求める集団ではなく、効果や成果を出すための利益共同体が競い合っている状態。

そもそも人間が集団を作る目的は個人が生きて行くための道具であり、ひとりぼっちでは何も出来ないからだ。
それぞれが利用価値を感じるから共同体の中に存在するのだ。
婚姻関係もほぼ9割方は経済共同体と言える。
最近では、女が男のものになるのが結婚なのではなく、男が女のものになるとの理解の方がしっくりくるとの説が支持を集めている。


話を冒頭に戻すと、コーラを投げ捨てた若者に憤りを持つ私の思想は実用的かどうかの観点から見れば全く意味を持ち得ない。
そんなことに目くじら立てる暇があればせっせと仕事に励み一円でも貯蓄に励めば良い。

人間社会は長い期間をかけて物事の本質を表面上見え難いものに変えてきた。
その中で唯一女性達は男の作り上げてきた社会や文化を醒めた目で見ていて本質を見失わないまま生きてきた(ように見える)。
「人生の最大の目的が婚活です」 と言う女性がいたとすれば、私は、「大正解」 と声を掛けるだろう。

その点、男の人生の目的は曖昧過ぎる。あまりにも社会を複雑化し過ぎたために日本での義務教育は企業戦士予備軍育成状態になっている。
つまり、為政者や支配層達は愚民は何も考えずにだまって就職しろとの暗黙のメッセージ。
本来、教えるべきことは、「大企業が大量の広告で宣伝してものせられて無駄遣いするな」 とか 「ローンでは絶対に家を買うな」 とか 「結婚を前提にしない異性とのお付き合いはするな」 とか 「生きるとは食べること、食べるとは働くこと、働くこととは生きることであり遊ぶことではない」 とか教えるべきであり、小中学校の授業の半分位の時間をお金との付き合い方に費やしても良い位だ。


婚姻関係に例えると、基本的には自分の言うことを聞いてくれる異性を求めるのであり相手の言うことを聞いてあげることを優先する人間は稀だろう。
それと同じで、企業や国家も会社や国の言うことに従順な社員や国民を求めているのであり、企業は会社の宣伝に洗脳される消費者が多くなることをを望んでいる。


ミスチルの楽曲に『しるし』があるが、その一節に、「どんな言葉を選んでもどこか嘘っぽいんだ。左脳に書いた手紙 ぐちゃぐちゃに丸めて捨てる。心の声は君に届くのかな?沈黙の歌に乗って…」 とある。
私が何年も続けてこのブログで言葉を選び書き続けて何が自分自身の身になり何が変わったのだろう。
そんなことをするより、耳を澄まして世界の声を聞くほうが心に響くのかもしれない。
世界や社会は私に対して沈黙のメッセージを届けてきている。私はそのメッセージを上手く受け取れたのだろうか?
恐らくキリスト教を始めとする宗教を信仰する人達は神からのメッセージがあると信じて耳を澄ませているのだろう。
そしてそれが自律心を養う大きな手助けになっていることだろう。


私が最近目指しているのは、魅力ある人間になること。そして人間的に大きくなることだ。
しかし本当に魅力ある人間や本当に大きな人間は自分でそんなことを語らない。
例えば、「男らしさとは何ですか?」 との問いに 「男らしさとは何かなど質問しない奴こそが男らしい男」 と答える男が男らしい奴なのだろう。
ただ、そうは言っても自分に対して具体的に言い聞かせないと頭に残らないのも事実。
そこで、今日語ってきた結論として、『緊張感』 を大きなキーワードとしたい。

緊張感は、はかなさや美しさや強さに繋がる大きな要素に思える。
私自身、いつの頃からか緊張感に欠ける日々を過ごしてきた気がする。
現実は現実としてどうしてもコーラを捨てた人間を美しいとは思えない。
現実に対応すると同時に美しさも失いたくはない。

緊張感が無い人間には、沈黙の歌は聞こえてこないだろう…

ひとつの現実






posted by tetsukazu at 19:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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