2012年01月27日

主要なこと。

テニスの錦織選手の活躍があったり小島貞博調教師の自殺があったりと考えさせられることの多い日々である。
錦織選手の活躍や日立製作所がテレビの自社生産の撤退を決めたことなどは、ボーダレス時代の象徴に見える。
ガラパゴスと言われる国内の携帯電話事業も転換点に来ている。
消費税論議も必然的に海外の国との比較が成されることになり幅広い視点で物事を捉えないと本筋を見誤る。

物事には主要なこととそうでないことがあり、当然主要なことを優先するべきなのだがどこかで方向性がおかしくなると修正がきかなくなる場合も生じる。
真面目な男だったとの評判であった上記の小島調教師が最後に自ら命を絶つしかなかったことには心が痛む。

私とて他人事ではなく、常に主要なことを念頭に置き日々過ごすことを心掛けてはいるが感情に流されることが多い。
最近はモチベーションをどう保つかに重点を置きかけていたのだが、モチベーションを保てないと仕事が出来ない奴は本質的には能力がない奴との説もあり物事は何でも限度というものがあるようだ。

男にとっての幸せとは妻や子供に尽くすことであり、女にとっての幸せとは男に養ってもらうことだとのひとつの定説については異論も多いが、私も最近では「そうなんかな」と思う時がある。
最近結婚が決まった数々の女性芸能人のあの嬉しそうな顔を見ていると妙に納得してしまう。

毎回毎回、同じことばかり繰り返して恐縮だが、外見は内面の一番外側だとの考えが正しいのなら年齢と共に容姿は衰えても人間的な魅力が言動や表情や物腰に出ても不思議でない。
もし年齢を経ても人間としての成長がないのなら年齢を重ねる楽しみなどないに等しい。
勘違いでも私はその一点に賭けたい。これからの私の楽しみは今後どれだけ自分自身が人間的に大きくなれるかだ。
誰しも過去の栄光があるし過去の素敵な思い出のひとつもあるだろう。
しかし今この瞬間、そして明日以降の未来が素敵である保証はない。どんな華やかな過去を生きた人もどんなつらい過去を生きた人もこの瞬間は対等に思える。
何を持って自分自身が幸せと言えるのかは自分自身で決めてよいはず。
今までが間違ったなどと思う必要はなく今までがあったから今があるのだし、自分自身のことを気にかけてくれる人はきっといる。

これもいつも言うことだが、今この瞬間を精一杯楽しむことは大事だけど同時に明日からのことを考えるのも同じ位大事なのだ。
何事もバランスが崩れると良くない方向に向かう。偶然なのかどうなのか錦織選手もサッカーの長友選手も体幹トレーニングに力を入れている。
それはまさしく肉体の中心部分の強化でありそれが肉体のバランスを保つ重要な要素となる。

目的のある人間には正解が存在するが、そうでない人間にとっては正解とか間違いとかの概念さえも持てないように思える。

今現在、従事する仕事が本来目指していた仕事でない人も多くいるだろう。
先に述べたことではないが、そんな人達の多くはそれこそモチベーションを保つことに四苦八苦するはず。
抽象的表現かもしれないがそれでも成長出来ているとの何らかの実感を持てれば前に進める気がする。
昨日より今日の方が、人の話を5秒だけ長く聞き続けられたなどでもよい。それもひとつの成長だと思う。
人の話が終わるか終わらないかのうちに自分の話をし出す人間は多い。たった5秒でも長く人の話を聞けたなら明日に向かって自信を持ってよいと思う。
成長なんてほんの少しずつしか無理なんだから焦る必要はない。
ただ、そんなほんの少しを積み重ねて行くことが重要に思う。

主要なことは何なのか? 常に念頭に置きながら前に進みたい。




posted by tetsukazu at 03:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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