2012年01月20日

好きなことと向いていること。

久々に(そうでもないか?いつもか[笑])長文になるのでお急ぎの方はまたの機会にゆっくりと…


米長邦雄永世棋聖VSボンクラーズ というプロ棋士対コンピュータの将棋対決⇒電王戦が1月14日に開催されボンクラーズが勝利した。
ボンクラーズは昨年開催された『第21回世界コンピュータ選手権』で優勝した強者。
今回は公式戦として行なわれたので、歴史的な決着になったと言える。

そこで私の感想だが…
う〜ん。 人間って大した知能は持ち合わせてないんかなぁ。今回の例だと記憶容量や演算速度なので相当の差があったのだろうとの印象。
まぁでもボンクラーズは人間が作ったものなのでやっぱり人間は優秀なんかなぁ。
どちらにしてもコンピュータ相手に心理戦は通用せずアルゴリズムに呑み込まれた結果に。
米長氏は対戦後、「人間が作った自動車にスピードで負けたとしても陸上競技の値打ちは下がらないでしょ」 とのやや苦しいコメントを出したようだ。


私が小さい頃になりたかった職業は、体育の教師とアナウンサーと書店の経営者である。
結局はどれにもなれていないのだが、それ以外に棋士を目指していたとして今回のような事態に直面した時、コンピュータと対戦する気になるんだろうか。
どうやら羽生氏は対戦を避けたいようだが渡辺竜王は過去にコンピュータに辛勝した経験がある。
今回の対局でも渡辺竜王はボンクラーズの次の一手をほぼ予測出来た模様。

棋士とコンピュータの関係って人間とお金の関係に置き換えても何かを暗示している気がする。
つまり、勝てさえすればいいのか?金さえあれば勝ちなの? との価値観。

私は自分自身のことを基本的には『真面目』だとは思っているが『努力家』とは思えない。
だだ、そんな私でも人に負けないスキルは持っていると自負している。
それは『対人スキル』だ。 しかしコミュニケーション能力を獲得するまでの過程は、努力という要素がどれほどの影響を及ぼしたのだろうか。
結果としては、その能力が私が金を稼げている大きな要素になっているので人と会話することについて私は、「向いている」と言えるのかもしれない。

一方で、私はギャンブルが好きなのだが(小中学生時はゲームや外での遊び)好きなだけで向いているとはお世辞にも言えない。

先日、テレビを観ていると70才でマスターズ陸上を何連覇もしている男性の特集をしていた。
70才にして毎日腹筋300回、腕立て伏せ100回をこなしているようだ。
その方は現在仕事をされているかどうかは知らないが、仕事をしていたとしてそれが運動分野以外の仕事だったらアフター5に生きがいを見出しているタイプなのだろう。
仕事に生きがいややりがいを見出すのが一石二鳥なはずだが全ての人間がそのように上手くいくわけではない。

私のことばかりで恐縮だが、私の持つもうひとつのスキルは『運命を切り開く力』だった。
「だった」と表現するのは、現在に於いても運命を切り開き続けているとの実感を持てないから。
どちらかと言うと、投げやり気味であるし何かに逃げているようにも思える。
あの女子サッカーの澤選手も言っていたが、「宿命は変えられないが運命は変えられるはず」
女性に生まれたり男性に生まれたり、金持ちの家に生まれたりそうでなかっったり、子煩悩の父親の元で育ったり自分勝手な親父の元で育ったり。

前にも書いたが、私は小学校から中学校にかけての9年間というもの、顔面にかなりの病を抱えたまま過ごした。
それは外見上はっきりと認識出来るものであり、校則を無視してゲゲゲの鬼太郎のような髪型で通した(中学生の一時期に坊主を強制された時は絶望的な心境に陥った)。
両親といえば、失敗することを危惧して手術に踏みきらなかったのかそれとも関心がなかったのかは今となっては不明だが、その時期の9年間は女子生徒と会話した記憶がほぼない。

そこで高校入学寸前の3月に私にしてみれば一大決心で父親に手術をしたいと申し出た。
父親は渋々(私にはそう見えた)私に麻雀仲間の悪徳医師を紹介してくれ(私にはそう見えた)無料で手術を受けることになった。
しかし案の定そんな遊び人の医者の腕が良いわけがなく、3度に渡るオペの末益々症状は悪化して高校一年生の間中運動も満足に出来ない事態になった。
そこで16才の私はもう親を頼るのはやめ、貯めていた貯金と保険証を片手に大阪中の医者巡りをした。
あの松下電器産業(当時)系の病院にも行ったが、難病扱いをされ匙を投げられてしまった。

私はへとへとになりながらもとにかく歩き続け、オペをしてくれる医者を求めて彷徨った。
そして運の良いことにそんなに規模の大きくない病院に名医は存在した。
あんなにもたらい回しにされた私の患部と数時間に渡る格闘の末(何十人と他の患者を待たせてしまった)、見事摘出してもらえた(頭部内の骨や神経を過度に圧迫しておりぎりぎりの状態だった)。

私はその時、「神は存在する」と生まれて初めて思った。その後そこまでの気持ちにはなっていない。
もしその先生に巡りあっていなければどうなっていたのかと…

私は当時から醒めている子供であり、親がそんな私の状況にもかかわらず結構淡々としている様子を見ながら、「人間なんてこんなもんやで」と思っていた。
だから親に何とかしてもらおうなどは思わなかったし、その後も経済的な事や就職に至るまで全部自分でこなした。
正直、高校生活の思い出は病院通いの思い出だけ。 例に漏れずその頃から人生は横道に逸れ出した。
手術に成功したら中学でやっていたバスケットを高校でも続けてスポーツに青春をかけるつもりでいたので、かけるものがなくなった私は博打と夜の世界へ…

20才を迎える前には、すっかり悪事もこなしきったためやり残した学業にも励んだ。
これも以前書いたことだが、通信教育学生・簿記の専門学院通い(独学で珠算も)・運転免許・調理師免許などなどを仕事を続けながら学び習得した。
自慢ではないが、それらの学びに於いては自分でも驚くほどの吸収力を見せ結果も残せた。
20才前からの数年間でそれらのやり残したことをやった貯金でその後の人生は歩めたと言える。
もし何でも親のせい世間のせいなどとのたまい自暴自棄のまま人生を送っていたら今の私はなかった(今の私が素晴らしいかどうかは抜きに社会生活は送れている)。

ブログを通じて知り合った方の中には私の年齢をほぼ知っている方もいるが、年齢も職業もはっきりとは言ったことがない。
それは飲みに行く店でも同じこと。
先程述べた私が考える対人スキルとは自分の情報を包み隠さず伝えることで得たものではない。
そうではなく、逆に他者の個人情報を私の心に留めていることで信用を得てきた積み重ねだ。
自分の情報を隠さないことや隠すことが重要なのではなく、他者のことをどれだけ尊重するかだ。
自分のことを包み隠さず伝えたところで、他者が秘匿して欲しい情報をペラペラと第三者に伝えているようではどうしようもない。


前置き通り長くなってしまったが、坂井宏朱さんのことを考えていると、好きなことと向いていることの区別について想いが及んでしまった結果が今日のエントリー。


好きなことをすることに基準を置くと、時に依存状態から抜け出せなくなる。
恋愛などは逆にその依存があるから結婚まで発展するのかもしれないが、趣味・嗜好については少し考えた方がよい。
「今している仕事はあなたにに向いていますね」 と一度でも言われたことがある人はもっと仕事にやりがいを見い出したらどうだろう。
向いていないのに好きだけで取り組んでいる事柄に振り回されているようなら仕事以外の事柄でも、「自分に向いていること」 に取り組んだらどうだろうか。
コンピュータには出来ない素晴らしくて感動出来ることがきっとあるはず。そしてやがては人に感動を与えることだって…
たったひとりでもいい。誰かに大好きだよと言ってもらえて、たったひとりでいいから大好きだよと言えたらどんなに素晴らしいことだろう。

坂井さんは最後までこの職業は自分に向いているのだろうかと悩んでいたはず。
残念ながらその答えが出る前にコースを走れなくなってしまったが、最後に走った日に良走路の最高上がりタイムを出せたことは確実にスキルを身に付けかけていた証拠。

私の勝手な思い込みだが、『人生を自分の力で切り開く人間』 であり続けたいしそんな人間をこれからも応援したい。









posted by tetsukazu at 21:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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