2012年01月17日

それぞれの想い。

坂井宏朱さんの事故のことについてはまだまだ整理がつかないが、
彼女の所属先である船橋オートレース場の同僚選手や関係者、同期である第31期の選手、
そして勿論のことご家族のお気持ちを考えると悲痛なものがある。

事故があった日曜日もレースであり当日のレースでは彼女としては上がり最高タイムを出していた。
そしてその日の全レースが終了した後の練習走行で悲劇は起きた。

事故直後、師匠(指導員)である永井大介選手らが駆け寄り、
「坂井、戻って来い!聞こえるか?」 と何度も何度も呼びかけたとのこと。
永井選手はオートレース界でもほぼ頂点を極めた男。
それだけに時には妥協を許さぬ指導もして来たことだと思う。
それを受けて彼女はバイクのフレームに師匠の言葉を記して乗っていた。
永井選手の心境を想像すると言葉もない。
彼は、「アイツの頑張りを一生背負って、俺はこれからやって行く」 とのコメントを出した。

少し前に薬物絡みで死者を出すという事件を起こした芸能人の例を出すまでもなく、
人間は自分基準の快楽を中心に生きて行く。
それが正しいか間違っているかなどと考えないからこその快楽でありそれを批判する資格がある者は少ない。
ただ、少数の者は理性を持って煩悩を制し夢に向かって不器用にそして真っ直ぐ進んで行く。
今回のことは運命との側面から見れば誰も責められないし残された者は彼女の死を無駄にしないために何がやれるか考えるしかない。

そんな中、それでもレースは開催され続け、昨日は飯塚オートで優勝戦、今日は船橋オートで優勝戦があった。
飯塚オートの方は第31期の中尾貴志選手(21才)、船橋オートの方も第31期の青山周平選手(27才)が見事優勝した。
表現が適切ではないかもしれないが、同期である坂井選手への最高の贈り物になったのではないだろうか。

船橋オートの方の優勝戦には師匠の永井選手(SG6回制覇)や指導員補助の池田政和選手(SG8回制覇)も出ていた。
こういう事が起きた後に平常心で走れと言うのは酷なこと。夜も寝られない状況のそれぞれの走りだったろう。

知り合いに連れられ川口オートレース場に行きそこでの永井選手の走りに憧れてオートの世界に飛び込んだ彼女。
27年というあまりにも短い人生だったけど、最後の最後まで夢を追い前を向き走り続けた。

そんな彼女のように私も走り続けられるのだろうか…


坂井宏朱さん。貴女の笑顔や勇気や真っ直ぐな心、そして周囲への思いやりの心は忘れません。ありがとう…安らかに眠って下さい。


http://hochi.yomiuri.co.jp/zoomImage/20120116-OHT9I00292.htm


posted by tetsukazu at 23:49| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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