2011年12月08日

3番目。

今日は10年以上付き合いのある10歳年上の男性と久々に話をした。
その人(以下彼と表現)も離婚経験があり(阪神淡路大震災時に妻から私と貴方の親とどっちを取るのと迫られた末)、色々とアドバイスをもらうには貴重な先輩だ。

彼は京都などのお寺参りや美術館巡りを趣味としていることもあり興味ある話が聞けた。

ご存知のようにお寺のお坊さん達は修行を積むのだが目的のひとつは煩悩との葛藤。
私なんかはほとんどのお坊さんが煩悩に打ち克ち悟りを開くものだと考えていたが、
祇園界隈にエロ坊主が多数現れるとの都市伝説に信憑性がないとは言い切れないようだ。

彼曰く、「煩悩と向き合うが故にかえって煩悩が大きくなることがある」 とのこと。

なるほど… 女のことを考えないようにするためにあえて頭の中を女で埋めると逆に鮮明に脳裏に焼き付けてしまうのか。

う〜ん 皮肉なもんやな。


そう考えると、食べることと寝ることは考えなくても自然に湧いてくる事柄。

問題は3番目に何が来るかやな。

意識的に考えることの最初に何が来るかでへたしたら人生の方向性が決まるなぁ。

例えば、学生時代に頭をクリアにして食べることと寝ることといった本能に基づく事柄を別として、
理性の力でその他の優先順位をつけるとしたらつけ方次第で将来に影響するよな。

3番目に、向上心(学ぶべき学問に熱心に取り組むことや教養を身につけようとする姿勢など)が来る場合は安心。

しかしもし3番目に 異性への強い欲情や、整理整頓に対する異常な癖や、他者の行動・行為・存在に対する極度な関心や、旺盛な遊戯心などが来た場合はやや(または大きく)問題が生じる。

では大人の場合はどうなんだろう?

一度頭をクリアにしてから3番目に何が来るかを試してみたい(気になる女性が頭に浮かんだなら話が早いが…)。


話は変わるが、今日は別の男性とも話をした。
その男性は私とほぼ同じ年齢なのだが、自営業でハワイにも支店を持っている。

最近日本では歩道を全速で通行する自転車などの影響で、自転車は原則車道通行との方向になって来た。
しかしそれによる弊害も出始めている(自転車と自動車の共存問題)。

その男性にハワイの道路状況を聞いてみたのだが興味深い話が聞けた。

どうやらハワイでは、自動車・自転車にかかわらず高速で通行して欲しくない道には、バンプ処理(わざと隆起させた部分を作る)をするらしい。
そうすると自動車や自転車はモーグル競技のコブやジャンプ台のようにはねてしまうため必然的に速度を緩めることになるそう。
勿論バンプ処理をしているところの手前には、速度の出し過ぎに注意の看板が立っている。

これも考えさせられるなぁ〜 
日本人は頭が良いと思い込んで来たが、アメリカ人もしくは合衆国の州になる前の現地の人達の方が賢くて知恵があるのでは?

日本の政治家もお家騒動ばかりせずにこうした状況を視察に出掛けた方が国益になると思うがどうだろう。


それにしても内柴さん…バッド(下向き矢印)






posted by tetsukazu at 23:16| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
●鳩山由紀夫首相は、「昨年の衆院選当時は、海兵隊が抑止力として沖縄に存在しなければならないとは思っていなかった。学べば学ぶほど(海兵隊の各部隊が)連携し抑止力を維持していることが分かった」と記者団に述べた。

●菅首相が、統合、陸、海、空、4幕僚長との協議の冒頭で「改めて法律を調べたら自衛隊に対する最高の指揮監督権を有していた」と述べた。

アメリカ側の代表者であったメア氏は、「日本では、識者と呼ばれる教養人、国会議員、更に地方自治体の議員も、安全保障に関して知識がないことはいいことで、説明しないことは賢明な対処法だと考えているように見えます。それは私にとっては本当に驚きの連続です」と語った。

個人の表現がなくては、個人選びは難しい。また、傑出した個人を育成することも難しい。つまり、個性がなくては高等教育がなりたたない。どんぐりの背比べ。政治は三流。

アメリカ側の責任者であるメア氏は語る。「普天間飛行場問題での選択肢は現状の固定化か、辺野古への移転しかありません。東アジア、西太平洋に配備されている米軍で唯一、機動力のある部隊が海兵隊です。機動力ゆえに海兵隊は最大の抑止力なのです。強靭な精神力を持つ彼らは、アメリカの日本防衛に対するコミットの象徴でもあります。海兵隊は航空部隊、陸上部隊、支援部隊が同じ演習場でなければ訓練出来ません。統合性を欠く訓練は無意味です。鳩山内閣は軍事的理論より政治的理論を優先させて県外に移すと宣言しましたが、私は2010年5月、自分が国務省日本部長である限り、日本の国内政治のためにアメリカの若い海兵隊員の命を犠牲にするつもりはないと、鳩山首相に伝えてくれと日本側に言いました」

地政学な内容が頭の中に入っていない県民代表と、国防の議論を何回繰り返してもリーズナブルな結論は得られないであろう。「百年兵を養うは、一日のため」である。
相手の程度を考えて話し合うことも、時と場合によっては必要である。
語る内容が歌詠みであっては、外敵を抑え込む力にはならない。先の沖縄戦の時もそうであった。

意思は、未来時制の内容である。
日本語には時制がない。
だから、日本人には意思がない。
自他ともに、本人の意思の内容を確認しようと真剣になることはない。
意思がないところに責任はない。
国がひっくり返った時にも責任者は出なかった。
死刑執行人が殺人罪に問われないようなものである。
とかくこの世は無責任。

「米軍の訓練や日米安保体制についての深い議論は避けたい。なぜ日米安保や基地や訓練が必要かを議論せず、すべてを米国のせいにする。説明は責任につながるので、責任をとりたくない政治家や外務省は、誰も説明しない。従ってこのままでは安全保障についての日本政府と日本国民の理解は深まりようがない、と私は心配しています」とメア氏は語る。(引用: 「30年、日本を見詰めたメア氏の証言」  桜井よしこ氏)

意思のない人とは議論ができない。
意思のない人は、つかみどころのない人だからである。
実況放送と現状報告の内容のみを語る人は子供のようなものである。
英米人は、12歳の大人の住む国に来て困惑している。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812

Posted by noga at 2011年12月10日 05:17
>nogaさん
いつもありがとうございます。

日本は資本主義体制。
鳩山氏はブリジストンの財を受け継いだ母親から得た富の蓄積を維持することついては才があると思います。

しかし極端に表現すると鳩山氏にとって沖縄問題はどうでもよいのです。
その時になれば考えると日頃から語る者は、いざその時がきても考えないのが普通です。

井上陽水が1971年に作詞して自ら歌唱した「傘がない」については、社会的メッセージが込められていたとの説とただの恋愛の歌との説があります。

詩には [自殺・雨・傘・君] がキーワードとして出て来ますが、今日との歌詞も出てきます。
今日は、{きょう}とも読めるし {こんにち} とも読めます。
きょうならまさにこの瞬間を含む最大で24時間以内。
こんにちなら現代を表すので、1971年当時で言えば最大で10年程度の幅があるかもしれない。

「だけども問題は今日の雨 傘がない いかなくちゃ君に逢いにいかなくちゃ」  との歌詞ですが、
テレビでは難しいニュースをやっているし都会では自殺する若者も増えているけどとにかく今は自分の気持ちが優先すると…

そうして戦後の日本人は個人の欲望を肥大させ公的な精神は廃れてきました。
井上陽水は、前述部分に続く歌詞として 「それはいい事だろう?」と綴っています。
この 「?」 は何を意味するのでしょうか。
国の未来など考えたって結論が出ないのだから個人的な事に終始する毎日でいいんでしょ?との意味なのかどうか。

俗に言う団塊の世代の思考傾向については私は思うところがあります。
それは、都合の悪いことや波風が立ちそうなことは現状維持にして先送りする思考傾向についてです。
パチンコ店の三店方式などもその典型です。明らかに違法な換金システムなのに官民一体で維持している。
問題性は国会で話題にすらならないのが現状です。
彼ら世代の順法精神については疑問を持ち続けています。
また彼らの特徴としては複数の人間がつるむ点です。
そこには試行錯誤の精神はなく、固定観念の継続化だけです。
そのくせ結論を出したがるし、自信を持ち過ぎるし、短絡的で粘りに欠け逆切れ傾向にあるように思います。

かつて国連のジュネーブ特別総会で演説の後に席を立った松岡洋右は、麻雀の時に自分の手しか見ていなかったそうです。
独伊と同盟を結ぶ経緯の中でもイギリスの方からの情報で、ドイツがソ連へ侵攻しそうだの内容を知ったのに日ソ中立条約を結んでしまっています。
偏ったプライドを持った松岡氏のようなメンタリティーがどこか脈々と受け継がれている気がしてなりません。

私は30代の頭の良い女性から 「あなたはのらりくらり系ですね] とか 「自分はこう思うけど人がこう言うから出来ないんですというのが口癖ですよね」 と指摘されます。
わたしもまた日本人の自己主張の曖昧さや先送り体質が染み付いているのかもしれません。

そんなこともあり、最近では極力具体的な方向性を示せるように心がけています。
自分自身の意思ははっきりとわかるように相手に伝える努力をしていますしそれが実を結びかけてもいます。

食べることや寝ることの次に人への関心がきた時、私が変わったと言える瞬間になると思います。






 

Posted by tetsukazu(管理人) at 2011年12月10日 23:25
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