2011年11月12日

向き合ってみた。

今日のエントリーはかなりどうしようか考えた。

ブログを公開するということは全世界の人の目に触れる可能性があるからだ。

でも、人生の中で真剣に自分自身と向き合うことが少なかった私にはどうしても必要なことだと判断した。

プライバシーに関わることなので抜粋でもよかったが、私が一方的に語ってきたこととの整合性の問題もあるのであえて踏み込んだ。

私はこの2年間、元妻からの手紙類には目を通せなかった。

メールや直接の電話はもちろん必要な要件が含まれるため詳細を知ることになるが、手紙類の内容は想像がつくため見ることが出来なかった。

彼女はこの2年間で多くのことを考えたと思う。

自分自身のこと。親のこと。子供のこと。友人・知人のこと。仕事のこと。生活のこと。そして私のことも。

手紙の内容もそろそろ整理された感情で綴られているはずだと考え今回は開いてみた。

書いてあるように、私が自分の好きなことばかりしていたことや元妻のことを大事にしていなかったことが原因なのだが反論する気はない。

そんな出来た夫ならば今でもそばにいただろう。

ただ、私も含めて人間は矛盾だらけで不完全な存在ではないだろうか。

人のことも考えると言いながら結局自分のことが最優先してしまうことが多いのが生の人間の姿な気もする。

私だって落ち込んでないわけではない。正式に離婚が成立したその夜、ブログで知り合った方のところに飛んで行き、涙ながらに朝までご夫婦に話を聞いてもらった(けん♂さんけい♀さん感謝します)。

そして2年。

相変わらず私はギャンブルもするし飲みにも行くし毎日鼻歌も唄いながら明るく過ごしている。

子供達はそんな一見能天気な親父を見てホッとする瞬間もあるだろう。

このような手紙が来たその日の深夜も顧客から呼び出しの連絡があり駆けつけた。

私は2年前も今も日常を過ごしているのだ。

生きて行くとはそんなものなのではないだろうか。

それこそ悩む暇もない位生活に追われることもあるだろう。

30代〜40代の独身女性などは買い物に行くたびに「奥さん安い品物入ってますよ…(今時あまりないかも)」などと言われて傷ついているかもしれない。

外では明るく振舞えても家に帰れば涙している者も少なくはないはず。

人間にはこけて起き上がれる者と起き上がれない者がいるのだろう。自力で起き上がれない者に対しては誰かが手を貸してあげないとならない。

この2年間彼女には300通以上はメールを送ったと思う。

私に対して 「別れた嫁にいつまで関わってるの?あほちゃう」 と声を掛ける者もいる。

私は後悔だけはしたくない。

明るく元気でいることこそ子供達のためになるんだよと言い続けたい。


無題

無題2











posted by tetsukazu at 23:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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