2011年11月04日

自身の幸福・他者の幸福。

「♪愛を学ぶために孤独があるなら 意味のないことなど起こりはしない」

以前から当ブログでの記事を構成するにあたりよく例に出す言葉だが[平原綾香 ジュピターより]
自分自身の幸福追求と他者に対する幸福への想いや願いはどう兼ね合いどうバランスを取り合うのだろう?

仮に私が今、恋愛をしているとして(例に出すにはオッサン過ぎるが)それは自分自身の幸福追求や成長願望が主目的なのか相手の将来の幸福を願い・祈ることが主目的なのかそのどちらなのだろう。

恐らく多くの女性に聞くならば「そんなこと頭で考えるより、感じることが大事なのよ」となるだろう。
個人的な意見になるが、男も女も脳を使い理性的に考えるのは同じだが女の場合はそれプラス子宮感覚というものがあり、情という要素がプラスされるはず。
つまり男という生き物は平面的であり女は立体的なのだ。
私が当ブログでマッチョ的に語るのは女が優秀な生き物であるとの前提で、それに対応するためには頭脳を徹底的に鍛えないとだめだと考えるからだ。

これも以前ブログに書いた話だが、親しくさせてもらっているカラオケ仲間の親子(母と娘)と同席した時にこんな質問をした。

「僕の持っている愛情の総量が100だとすれば妻に30、子供Aに20、子供Bに20.両親に20、兄弟に5、その他の人間に5位の割合になるのかな?」

すると間髪入れずにふたりが口を揃えて、「あんたアホちゃうの。そんなもん誰に対しても接しているその瞬間は100%に決まってるやん」

私の脳内は、「???… 結局、それぞれの数値を足したら1000%を超えるような話やから質問の答えになってない。抽象論・精神論・根性論」


私は、人間が内面を磨くと必然的に外見にも影響すると考えている。
私が女性に対して「素敵な方ですね。輝いてますね」と声を掛けた場合は同時に内面も褒めていることになる。

もちろん、基本的な容姿についてはどうしよもない部分はあるが、目の輝きや『他者から見ての感じの良さ』を醸し出せる人間はやはり内面を磨いているはずだ。
そして内面を引き立たせるためにも最低限は外見にも気を遣う必要がある。


さて、本題でもある 『恋愛の目的』 だが、直感としては「自分自身の満足のため」とは思うが、それだけでは独りよがりなので「相手の満足感も満たす」ことにも考えを及ばすべきだろう。
そしてそのふたつの要素が満たされたと一方的に自覚してこちら側の恋愛感情が形成される。

しかし恋愛は一方的なものでは成立しないため、相手側の内面にも同様の感情のプロセスがあり初めて双方向の恋愛が成立する…   と仮定してみる。

恋にもチャレンジ?

可愛い女性からのお土産



posted by tetsukazu at 14:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 私的本質論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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