2011年10月18日

映画の感想解禁。

公開後4回目の土日を終えたのでそろそろ観た映画を通じての感想を書きたい。

このブログに訪問して下さる方は既にご存知だとは思うが 『モテキ』 を観ての感想。
どうやら興行成績では4週連続2位になったようで密かに拍手したい気持ち。

ネタバレになるかもしれないのでこれから観る方は今回の記事はスルーでOKです(訪問者がいない場合はいらぬお世話ですが[笑])。





ネット上(ブログ・ツイッター等)でもモテキについて男女問わずに感想を述べ合っているようだが、なるほどと思える意見も多い。
比較的共通しているのは、監督や森山君も言っているように「最終兵器彼女」である『美由紀‥長澤まさみ』を登場させることで「サブカル」好きであれ何であれ結局「大メジャーな女性像」を求める結果についての「あ、やっぱりね!感」

「理屈抜きに可愛いのが最強!」との哲学は「単純におーすげぇ〜と感じる商品が最強」と述べたアップル社創始者のジョブズの哲学に相通じる。
物事は俳句のように簡潔に表現しても伝わることが重要なんだと思う。
映画の序盤でダンスを踊る主人公の幸世(森山未來)を観るだけで映画を観た価値はあった。
5歳を起点にジャズダンスやタップダンスやクラシックバレエやヒップポップに親しんだ森山君のパフォーマンスにまず感動。
恐らくだが物語の主人公としてのダンスだったのだろうから、もしガチンコで踊ったならどれほどものなのか…

日頃我々は大手芸能事務所のタレントを目にすることが多いため森山未來のような芸達者な役者の演技を観るにはどうしても舞台などを通じてが多くなる。
ただ今回はメジャー媒体に染まっていない彼の存在が作品にマッチして自然な形で物語に入りこめた要因でもあった。
私は20代の頃から東京ヴォードヴィルショー(主宰=佐藤B作)の関西公演はかかさず観ていたように映画より舞台に触れる機会が多かったのだが、最近はあまり行かなくなった。
一緒に行く相手がいないのもその一因だが、やはりオフの行動を打つ系(博打)にシフトしたのが大きな原因だと思う。

話を戻して、やっぱり長澤まさみの可愛さは「反則スレスレ」に思う。
私と縁があった女性はどちらかと言うと麻生久美子演じる留未子タイプなのだが過去に美由紀タイプがひとりだけいた(元妻や息子がこのブログを見ていないことを祈る)。
とにかく明るくて可愛くて社交性がありさっぱりしていて男にも女にも好かれていた。
結局、私がふられることになるのだが、美由紀が泣きながら幸世に言った「あなたでは〇〇出来ないの」と思われていたのかもしれない(〇〇部分は以下の文章に2〜3回登場)。
当時彼女は私と会っていない時も女友達と頻繁に飲みに行くので今から思えば美由紀的でありそんな彼女に振り回されていた気もする(そう言いながら満更でもなかったが)。

モテキが映画化されるにあたってのコンセプトは「自分が誰かにとってのモテキに対象になる」だったはず。
幸世がもし美由紀にとってのモテキの対象になれたとすれば、美由紀が成長を自覚しない限り美由紀が幸世を選び続けることはない気がする。
その点ではラストシーンの後の展開は観客に結論を委ねたように思える(制作サイドの意図は別として)。

本来、男女の関係は付き合うことにより互いが成長することが在るべき姿なのだろうが、実際はどちらかが既に完成された場合が多いように思える。またその方が関係性が安定する。
完成された側がそうでない側を引っ張って行く構図。その後の互いの成長はある意味『経験』と言い換えた方が適切だろう。
何故ならば、成長というものは自覚的なものではなく気が付いたらそうなっていたと言えるようなものだろう。

この映画を観ても思うし過去の哲学者や偉人が残してきた言葉や行動を見ても感じることだが、

今日で人生が終わっても悔いないように生きると同時に、今日で人生が終わらず明日が来ても困らないように生きる。

そのような心構えが適切ではないかと考える。

成長の仕方は人それぞれだし経験の積み方も人それぞれ。
ただ、二言目には「難しく考えることはない」と言う人によく出会う。
難しく考えないで成長など出来るんだろうか。そんなタイプの人は結婚などもタイミング任せと考えているように見えるし去る者は追わずタイプに思える。

この映画を観た若い女性がネット上で書いていた感想の一部が次のようなもの。
    ↓
この映画が持つ麻薬的で箱庭的で錯綜的で「偶然と脚本のあいだ」且つファンとメンバーが一緒に運営に転がされちゃってるみたいな世界観が好き。

私が先に述べた『俳句』的な簡潔な表現で感想を書けているし私には書けない内容。
この感想を書いた女性が「難しく考えることはないのよ」グループに属すとすれば、女性達の持つポテンシャルってどんだけのもんなんや!
難しく考えなくても限られた言葉で適切に持論を述べ更に他者に意思を伝える能力を持っているとしたら…

美由紀的な可愛さに対抗するためには男としてどのような魅力を持つべきかを少し考えさせられた。
恐らくだが、20kの米を軽々と持つ程度のパフォでは話にならないだろう。
答えは言い古された言葉だし今更の表現だが人間としての 『器』 なんだろうな。
幸世が美由紀以外を選んだ場合、美由紀的な女性が現れた時に自分が一途でいられるか不安だから美由紀にこだわるのかもしれない。
では、美由紀が選ぶ基準って何だろう?男の俺にはわからないが、今までの拙い経験から察すると本当に信頼の置ける男性が現れたならばモテオーラは消すだろう。
つまりイイ女ほど本能的に好きな男以外は寄せ付けない行動や仕草や表情になるのでは?

本当のモテキの始まりはとは、特定の異性から永遠に続く信頼を置かれるようになった時ではないだろうか。
そしてその信頼はやがてふたりを繋ぎ止める必要条件ではなく十分条件になる。

女性の方が男性より脳幹が太く左右の脳の伝達頻度が高く伝達スピードも速いらしい。
従って女性の場合は好きなものはとことん好きで嫌いなものはとことん嫌いになる傾向にあるそうだ。
甘い物を食べた時の喜びなんかも男の数十倍はあるし、快感や欲望全般への感受性も男性より遥かに高いとのこと。

映画評から話がずれるかわからないが、最近人妻とのエピソードで不思議な体験をした。
日頃は基本的に敬語で接しているのだが、その時は何故か向こうが馴れ馴れしく話し掛けてきた。
「今日は会合に行くのしんどいな〜」 と。
それを受けた私は、「ええよ。上手いこと言うとくわ」と言い返した。
すると相手は何と「どうしても私が必要なら来なさいと言ってね!」

え〜〜〜っ!!! 何てこった。 そんな上から目線でいいのかよ〜〜。

ホント、女心は謎である。一日にして男としての自信が湧いてきてしまった。単純としか言いようがない。

来なさいとかホントに言っていいの? えっ? えっ? 正に幸世状態であり調子に乗りそうである。

で、その人妻はどう見ても可愛いしひとりの男の元に置いておくのは勿体無い器。

自信て大事やなぁ〜。

間違ってもその人妻とどうのこうのはないと思うが、何となくイイ女を掴む男のテクを想像してしまった。
俺が思う以上にイイ女ほど男を立てることを知ってるのかもね。

今回の記事は下書きとして保存し公開する予定はなかったけどこの勢いでアップしてやろう。

元妻の祖母が数日前に亡くなり次男が葬儀に参列したのだが、葬儀が無事終わった夜に元妻から電話があった。
その話によると、祖母は死ぬまで私のことをかばってくれていたようだ。
にいちやん(私のこと)はバクチはするけど、人より多く苦労して育っただけで根は悪い人ではないからと言い続けてくれたそう。
だから祖母の冥福を祈ってあげてね。とのお願いの電話。

私はそれを聞き一瞬目頭が熱くなったが、ありがたいわとだけ言葉を返して心の中で冥福を祈った。

映画での美由紀を見ていても女性の感情の起伏の激しさがよくわかる。
元妻も今は冷静になり、祖母の生前の言葉の数々を思い返したのだろう。

嬉しい時は人一倍はしゃぐ女の姿を見て男は魅力を感じるのだろう。
でもその反面、相手が人一倍落ち込んだ時にどれだけの支えになれるかが男を試される時でもある。


イイ男になりたい。そしてイイ女を好きになりたい…


写真は何故か突然撮りたくなった景色。


菊花賞は密かに狙っていたスマートロビンが回避の模様で、現時点ではオルフェーヴルとウインバリアシオンの2頭軸は動かし難い。

青空










posted by tetsukazu at 02:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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