2011年10月12日

自由の代償。

恥ずかしながらこのブログで私生活を赤裸々には語ってはいるが、
私なりに学ぶ姿勢は貫いていると自任している。

言うのもはばかるが、やはり離婚経験者としては女性に対する認識の再考になる。
実はこの数日間の間に、このブログに登場したことのある知人男性と知人女性に数点の疑問をぶつけた。
いつも繰り返すが上から目線的内容に嫌悪感を抱く女性の読み進みはお勧め出来ません(乙)




一人目は例により経済通の知人。
ふたりが会話するといつもマッチョ思想になり女性蔑視論がデフォ(ネット用語で普段通り)なのだが、
今回も私が、「男にとって女とは道端に咲く花一輪や身に着けるアクセサリーみたいなもんかな?」と問うと、
「まぁ〜マスコットみたいなもんやな」 との答え。

知人によれば、女なんてもんは肉体関係を結んだらこっちのペースで進めて何ら問題ないとの考え。
ただし前提があり、自分より能力の劣る女をターゲットにしないと元来、基本的ポテンシャルの高い女にいいようにされてしまうとのこと。

それでモノにした後は、「私のいたらないところは直すから捨てないで…byモテキ」などとも言わせない位上から目線で接すると。

で、もうひとりの知人である女性にも疑問をぶつけてみた。
「僕は最近思うけど、ひとりの女に自分の足りない部分を全て埋めてもらおうなんて所詮無理だと思う] と言ってみたら、
「そうね、私の場合は尊敬出来る人しかパートナーにしたくなかったので今の主人はその点では当てはまる」 と。
彼女は続けて、「孔子にせよ福沢諭吉にせよ結局は自分の生き方は自分で学び自分で考えるべきと言っているに過ぎないわよ」 と。
「今から考えると趣味が一致するパートナーを選べばよかったかもしれないけど、当時はそんなことは考えなかったわ」 

そこで、前出の男性の知人に匿名性を担保した上でそのことを伝えると、「言っとくけど孔子も福沢諭吉も論理的な哲学などなかった」 と断言。
ただ、ある意味そういった抽象的で曖昧なメッセージは当時の女性や子供には受け入れ易かったのでは?とのこと。

では、大人の男が大人の女性を上から目線で見るとの思想の根底には、大人に成りきれなかった男は俗に言う女子供以下ということなのか?
との質問には、「その通り」 との回答。 (知人的にはスカみたいな男)

せっかくなので知人の男性の専門分野(大学講師)である経済視点から現代を語って欲しいとお願いしてみた。
その見解は…
本来、自由と平等は矛盾する概念だ。「旧ソ連崩壊により資本主義の圧勝となった以上、強欲資本主義と言われようがどうであろうが是認するしかない」 と。
つまり、資本主義に足りないものは平等・公平の思想だと言ってみたところで 『自由』 を獲得した代償は支払って当然だとの見解。

大きく言えば自由の獲得とは、契約の自由・営業の自由の獲得であり、生産活動の自由や販売活動の自由や職業選択の自由や引越しの自由に繋がる話になる。と
確かに強欲資本主義とも言われる暴力的な生産調整(過剰生産の作物を廃棄してでも価格安定を図る)に憤っても仕方がない。
一般市民が資本主義を選択したのだから強欲であろうが何であろうが丸ごと受け入れるべきしかないのかもしれないと感じた。

基本的に資本主義社会の中では資本家からみれば一般労働者は生産活動におけるある種の道具であり、いくら土地や資本があっても労働力がなければ生産活動の成立はない。

資本家にとってみれば、家庭も労働力再生産の活動基地であり、学校教育も精神的再生産の基地であると言える。と
日本においても江戸時代までは、非経済的な側面が強かった…例えば道徳や人の繋がりなど。
しかし近年は経済的な側面抜きには社会は成立はせず、同い歳同士の結婚など望めなくなるだろうとの推測。男の方が女より10歳前後年上などは極自然な姿になるだろう。と

私もだまって聞いているだけでは芸がないので、
「結局男は集金マシーンと化して、お金を使うのは女の専売特許との認識で間違いないの?」 と質問してみた。
すると、「基本的にはその通りやな」
「だだし、稼ぎのある男には結婚するかしないかの選択権はある。稼ぎのある女も同じやけど女の場合は30代でも子供が欲しい気持ちに変わりないので積極的選択権とまでは言えない」


まぁ〜結論としては、大人の男の目的はたったひとつ 『一円でも多く稼ぐこと』 になるわけだ。
なんとシンプルな結論なのだろう。
海外でデモなどを起こしている若者達も、一刻も早く一円でも稼ぐ方向に行く方が建設的でありその稼ぎをせっせと女性の下へ届けてはどうか。


最後に、「何か女に関わると金がかかりそうやな」 と質問してみた。
すると、「家事労働等の負担が軽減され欲望が商品化された時代なら特定の女に関わらなくても人生を楽しむ手段はあると思うで」 とのちょっとせつない答えが返ってきた。


これで良いの? 資本主義とやら。

とにかく5歩後退して6歩進む私の生き方をこれからも貫くしかないのかもしれない(結構パワーはいるが…)


リアル女神はいるのか?


Ps ある女性から一年半前に比べてイイ男になったね!と声を掛けてもらえた。多分これで3ヶ月は頑張れる(まだまだ上から目線にはなれそうもないわ)

女神求む。





posted by tetsukazu at 20:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 私的本質論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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