2011年07月18日

本当の事は誰も教えない。

簡潔に語る練習の第2弾。

日本は第二次世界大戦に負けて、アメリカ合衆国から(GHQ)
「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」 という洗脳教育の洗礼を受けた。
内容は省くが日本人に対して戦争の罪悪感を植えつけ自立自尊の精神を削ぐ憲法も併せて計画を実行した。


そして

ながーーーい戦後を経て  我々現代日本人が育った。

人は時代条件と気分の中にしか存在しない。

それぞれが時代に恵まれ時代に見放されながらぎりぎりの選択を行い生きてきた。


=お金=

それ以外の価値を個人は見出せたのだろうか。

自分のため 自分のため…

女は言った。

頭の良い男が好きなのよ。

男は言った。

抱きたくなる女が好きだ。

離婚した男の一部には

あの体が忘れられないといつまでも言っている奴がいるらしい。

男と女は所詮動物なのか。

難しく考えないでいいのよと人は言う。

開催中のSG競走オーシャンカップに出場している池田浩二と平本真之の師匠が引退した。

上島久男(63)だ。

通算1534勝。優勝20回。通算フライング数94本はスタートが早かった証明でもある。

上島久男は難しくは考えて戦い続けてはいなかっただろう。

自分が選んだ道をただひたすら前に向かって進んで行ったはず。

明日はオーシャンカップの優勝戦。

男の戦いの場である。

当日は現場であやまんJAPANのライブもある(下写真)。

彼女らもまた戦っているのだろうか。

優勝戦は1号艇の地元赤岩と2号艇瓜生のマッチレースの様相だが6号艇今垣(訂正 今垣は5号艇)も意地を見せる。

まもなく女子サッカーのワールドカップ決勝戦も始まる。


結局、世界の本当の姿や人間の本当の姿は誰も教えてくれない。

日曜日に行なわれた新潟競馬場のアイビスサマーダッシュも混戦と言われながら1番人気が勝利。

自分を信じた者勝ちである。

好きな事、好きなもの、やりたい事、行きたいところ、見たいもの、会いたい人が一つでもあり一人でもいる限り生きる価値はある。

誰も何も教えてはくれないが誰も何も邪魔はしない。

自分自身が歩む跡に道が出来るだけ(猪木も言ってる)。

理屈っぽい男は嫌いだと日曜の朝に人気女優と人気作家が言っていた。その通りなんだろう。

あやまんJAPAN











posted by tetsukazu at 00:19| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
お久しぶりです!

私はtetsukazuさんの文章好きですよ〜文章が長くなるのは、書きたいこと・言いたいことが多すぎるだと思います。筆力は及びませんが、私もそうですから(笑)

長すぎるメールはくどいと言われますけど、短すぎる手紙はあっけないと言われます。世の中そんなもんです。

何でも「簡潔・明瞭」にの世の中かも知れませんが、人間は考える葦ですから、屁理屈が無くなったら人間廃業ですよ!
私見ですが、「純文学」や「哲学」は究極の屁理屈だと思いますが、人間が人間たる事を証明できる真実だと思います。
私にとって「結果が大事」は身近な「哲学」のような気がしています。

公開なさっている以上、他の方の目を意識することも大事だとは思いますが、ブログはweb上の日記とも言えるわけですから、現在の自分の心境や考えを自分の形で残しておくこともアリだと思います。

過去の記事を読み返したとき、あんまり短文だとその当時の心境が伝わってこないような気もします。

でも、簡潔な文章の訓練をなさるのなら、文字数制限のある流行のツイッターなんかいいんじゃないでしょうか?

あ〜このコメントを読み返すと、やっぱり私も長文派でしたね(笑)

Posted by ヤエノオデキ at 2011年07月19日 23:54
>ヤエノオデキさん

コメントありがとうございます。

オデキさんにそう言って貰えるとホントに自信になります。
僕の個人的な考えなのですが、どの面から成長するかは人それぞれだと思います。
オデキさんのように映画や音楽を親しむ方は、若い頃から情緒面が育まれるように思います。
一方、私は幼少の頃から走ることなど運動の分野では常に人に勝ちたいと思っていました。
何となくですが、それらの要素が現在の嗜好や行動に繋がっているようにも感じます。

私は、以前に在籍した会社の社長からこう言われました。
「お前はさしずめ教祖タイプだな」
比較的説得力を持って人に語り掛けていた様子を見てのことだったように思います。
もうひと言は、「お前は色で言うと真っ白やな」
自分で言うのも照れますが、良い意味でも悪い意味でも白だと仰りたかったのではと思います。

そんな私が書き込む記事は、当然それらの要素が色濃く出ているのでしょうね。

オデキさんにこのように言われてしまうとやはり以前のスタンスで良いのかなと考え直してしまいますが、
そこは「練習・訓練」としているので、合わないなと感じたら自然にそのようになると思います。

私には、オデキさんの持つ他者への思いやりや共感力などには「凄いな」と思っています。
私とオデキさんの学びの順番は違えど最終的な到達点が一緒であれば嬉しく思います。
その「到達点」こそが正に「哲学」の領域なのでしょうが、自ら起こした判断・行動は極力肯定しながら前に進もうと思います。

あっ! 同じくやっぱり長文になったとのオチでしたね(笑)。

今後共ヨロシクお願いします。お会いしたい気持ちが益々高まりました。



Posted by tetsukazu(管理人) at 2011年07月20日 22:23
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