2011年06月14日

至上主義の危うさ。

毎回、思いつくまま記事にしているが毎日多くの方々にご訪問いただきありがたく思います。
そこで調子に乗り私には不似合いの恋愛至上主義との要素を手ががりに色々と考えてみたい。

日本の国においては、第二次世界大戦後にマスコミの果たした役割や影響は過大なものがある。
お見合い結婚から恋愛結婚への流れ。盆正月からクリスマス・バレンタインなどへの流れ。
戦意発揚の軍歌から愛だの恋だの中心の流行歌への流れ。お芝居から映画への流れ。
柔道や剣道などの武術から野球・サッカーなどへの流れ。大家族から核家族への流れ。

その中でも恋愛至上主義とも言える男女の恋愛賛美の風潮は少し行き過ぎた感がある。
お見合い結婚が普通だった頃、夫婦は結婚後に互いを理解し尊重して生活する必要があった。
勿論、男偏重の社会であったため女の地位が低かったことは私にも想像が出来る。
それでも、恋愛しない者はどこか欠陥があるのでは?レベルの世論形成はマスコミの加担なしには起こり得なかったように思う。
ストーカーやDVといったものが恋愛至上主義の末の現象だとすれば副作用が強かったとしか言えない。

現時点でも女性誌などで、『モテ顔・モテメイク・モテファッション・モテ仕草』 などの特集があると少し引いてしまう。
そんなにモテるとストーカー被害に遭ったり、勘違い男からDV被害やセクハラ被害を受ける可能性を高めるように思えるのだが…
クリスマスに彼氏彼女と過ごすのが当然との風潮もおかしいしバレンタインのプレゼントが当然との風潮も違和感がある。
どれもこれも大量消費社会を煽る大企業とそれをサポートする広告代理店やテレビなどのマスコミの影響が大だろう。
もうひとつおかしいのが、それだけ煽って消費に使われたお金がどこへ行っているかだ。
日本の国家は誰しもが知る赤字財政だ。家庭であればとっくに破綻している。
某自動車メーカーは戻し税との名目で実質の課税についての恩恵を受けているしメガバンクはどんなに損失を出しても税金でカバーされる。
かつてで言えば、某鉄道会社(土地売買等手広くやっていた)グループは借入金で土地を購入することを繰り返すことで税負担を免れていた。
マスコミに煽られて消費一辺倒の庶民の手元にはお金が残らずに一部の富裕層の手元に滞留してしまう。
国家に入る税金は主に無駄遣いをする国民がお得意様。 所得と、間接税を含めた税負担のバランスで言えば富裕層はもう少し資産を吐き出すべきだろう。
市中にお金はあるはずなのに景気がよくないのは消費を煽る側の一部の富裕層の元に資産滞留が起きていることがひとつの原因に思う。

民主党のこども手当が総スカンを喰らっているが、資産移動をもくろんでいるとの観点で言えば方向性自体はまんざら間違いではない。
しかしこの赤字財政国家において 『大きな政府』 を維持するのは時期が悪かった。

恋愛至上主義から話がずれそうだが、本来は仕事をする行為は本能を充足させるための行為であり遊びのために稼ぐわけではない。
孫正義が恋愛至上主義だったなら今の地位はないだろう。
恋愛市場がこれだけ拡大したのは、本能のひとつである性欲が資本主義を熟知した勢力に狙い撃ちされたとも言える(あくまで私見)。
かつての歌謡曲でもよいし現在のJポップでもよいが、歌詞にあるが如く本当に一般人が恋愛のことをそこまで中心に考えているのだろうか?
AKB48のオシメンために何千枚もCDを購入するのもある種恋愛至上主義のひとつの形に思える。
ドリカムのボーカルにせよ今井美樹にせよ米米CLUbのボーカルにせよ恋愛についてはドロドロしたものを感じるし恋愛が綺麗事でないことをある意味体現した。
恋愛至上の状態になってしまうと対象となる異性の関係者を巻き込むこともありがちだ。
恋愛は一見、自分が相手の幸せをも願ってするもののように見えるが私には個人のエゴが前面に出ることが多いように映る。
どちらかと言うと、相手が自分のことを理解していてくれることが前提になり、理解していてくれているはずとの幻想も生まれがちなのではないか。
好きな相手に本当に幸せになって欲しいのであれば最大限相手の気持ちを尊重するべきであり究極には相手が別の異性を好きになった時はそれをも尊重するべきだ。
わかり易く解説すると、私に同居する女性がいたとしてその女性に好きな男が出来たとする。
私が最大限相手を尊重するならば彼女の意向に沿って動くべきだ。
また、彼女が好きになった男の立場であればやはり彼女の意向を尊重することになるのだから結果的にひとりの男から女を奪うことになってしまう。
しかしここで問題になるのは女の気持ち。女(女と言ったり女性と言ったり統一しないが)がもし好きな男の気持ちを尊重するとの思いがあるなら、同居していない方の男から自分に対して俺は身を引くと言われた場合は同居の男との生活を続けることになる。しかし彼女には同居の男への愛情が一度は無くなったのだから元のようにはならない。
つまり三者が三者共に相手の立場を尊重した場合にはかえってぎくしゃくすることもある。
元のさやに納まった女の立場はやはり微妙となる。

さて、私の場合はやはりギャンブル至上主義がお似合い。
しかし当然ながら基本的にギャンブルは 『遊び』 である。
公営ギャンブルおいて、ひとレースに5万円突っ込む場合も遊びの金が基本。つまり戻って来なくても当然との意識が重要。
ところが私の場合、そこまでの割り切りはなく中途半端でしかない。仕事が別にある故の甘さが元にあるのは間違いない。
5万円という中途半端な金額ではなく給料全額突っ込むのなら本気度も違って来るだろう。

とにかく中途半端な至上主義はよくない。先に例に出した二股女(悪意はなく一般論として)にしても突き抜けていないし恋愛の本質を理解していない。

日本の国は経済先進国の中ではHIV感染者の増加数が極めて多いらしい(1日に4人が感染)。
公表されているのは累計で1万5千人前後のようだが、潜在的にはその5倍以上とも言われている。
若年層の性に関する知識が乏しいことも影響しているとは思うが、やはり一過性傾向にあるマスコミの力不足にも言及したい。
深田恭子と金城武が共演のドラマでエイズが話題になった頃が頂点で、その後は尻すぼみのように映る。
いつの間にか結婚前の性交渉は当然になりある程度の年齢まで異性との性交渉がないものはどこかおかしい奴扱いされてしまう。
『エッチ』 との言葉で肉体関係をライトに表すようになったのは私が記憶する限り吉本の大物芸人Sが使い出してからではないかと思うが、その彼がエイズの啓蒙活動を行なったとの話は聞かない。
私は別に聖人君子ではなくそれなりにアウトローな人生を送って来たが、性交渉についてだけは女性の体をいたわって来たとの自覚はある(その分ギャンブルでは自分の財布を全くいたわらなかったが…)。

話を原発にも及ばすと、ここにも原発至上主義の陰がちらつく。その背景には学歴至上主義も見え隠れする(東電を始めとする学歴エリート達の存在)。

当然経済至上主義の弊害もあるし戦前の天皇至上主義の危うさもある。

私にとっての現在の心配事はかつて一緒に暮らした女性の健康問題。
私がとってきた 『自分至上主義』 の結末でもあるのでこの件から逃げるつもりはない。
私が協力出来る範囲でのバックアップは惜しまない気持ちはある。
周囲からバカと言われても世話になった人間へのお返しをするのは損得でなく人間として当然だと思う。
年齢が増すから焦って事を成すのでなく日々が大切だからこそ後悔ないようじっくりと着実に歩みたい。
やがて意識が無意識の判断を上回れるまで…


それにしてもボートレーサーはみんな眉毛が細いわ。 細眉至上主義かよ!
それと毎週月曜日の深夜は読売テレビで、アニメのカイジが放映されるがまだもう少し起きとかなあかんな(眠)。

ボートレーサー












posted by tetsukazu at 01:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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