2011年06月01日

理屈抜きに…(2)

以前のエントリーで、海外有名サッカー選手の奥さんがあまりにスタイル・顔共に素晴らしいことに対して、理屈抜きにこれは文句の言いようがないと感想を述べた。

その後、男にとって理屈抜きに…とはどんなことに当てはまるのかを意識するわけでもなく過ごしてきたが、ふと思い立ったことがあった。

それは、「理屈抜きに戦略的であること」 との言葉。

映画監督界の巨匠であるゴダールは、他者に迎合しない・簡単には受け入れないという頑なさの上に、表現者の命である 『オリジナル』 を生み出した。
「なんだこいつ」と思いながらつい会いに行ってしまうような元祖 『ツンデレ』 の存在。

ゴルゴ13にしてもルパン3世にしてもカイジの登場人物にしても、流れるテーマは 『勝つこと』 であり 『サバイバル』 であり 『戦略性』 である。

理屈抜きとの表現と戦略的との表現は一見矛盾するが、そもそも人間の存在自体が矛盾する。
2次元の世界では主人公が歳をとらないので一定の戦略をとれば勝利を得られるが、3次元の世界では物事の流動性があるため常に戦略の見直しに迫られる。
しかし流動性と断裂は全く違う。過去を引きずりつつ変化して行くもの。
理屈抜きだけの要素で日々流されながら思うがまま生きる者もいるだろうし、確実なものだけを信じて慎重に生きる者もいるだろう。

道具の作り手が必ずしも道具の使い手になるわけではない。
我々に与えられたフリーハンドをどう使いきるかは各々の才覚である。
理屈抜きに人を好きになったり理屈抜きに何かに興味を持ったりするのは人間として自然なこと。
ただ、結果論としての戦略性は必要である。
無意識に戦略的に生きられればそれはそれでよいが、意識しないと戦略性を持てない者は、
正に 「理屈抜きに戦略的であること」 を常に念頭に置くべきだと考える。

ゴダールはきっと理屈でなく前に進んで行く過程において後から理屈がついたのだと思う。

ここから先は女性の方は見ないで下さい(出来ればご遠慮下さい)。












マルクスは、結婚というものを、男により女性を買収するものだと分析した。
戦略があるから買収するのであり、何百年前から男という生き物は 『天然』 だけでは生き残れないのである。

下の写真は 東日本大震災支援チャリティーの缶バッジで100円のガチャガチャで出したものです。


東日本震災支援 缶バッジ



posted by tetsukazu at 13:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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