2011年05月10日

可能性と不可能性の狭間。

下図は私がオリジナルで考案した図ではないが、以前からの研究テーマである
必然と偶然の関係について図を基に考えてみた(左右の必然性から偶然性の黒点に向かい線を引いたとする)。  
  
必然性----------------------------必然性
              
            
             
            
            可能性  
          
                          
   
不可能性----------●----------不可能性
           偶然性

私は長くギャンブルに親しんでは来たが、その世界とは必然と偶然が織り成す
混沌とした状態(カオス)であるのは間違いない。
だからこそのめり込めるのであり、ある意味では食欲や性欲を上回る魅力がある。
明日、美味しいものを食べるのと好きな異性に会うのとギャンブルの場へ行くのと
どれが一番の楽しみかと問われれば今迄は確実にギャンブルだったように思う。
勿論その代償は大きく、財産や家族まで失ったのかもしれない。
しかし幸い懲役を食らうまでには至らず、ワル中のワルと呼ばれるほどでもない。
一言で言えば中途半端な遊び好き程度なのかもしれない。

さて、上の図の説明になるが、三角の中がひとりの人間の持つ可能性を表す。
逆三角形になっている意味は、偶然性を現実・事実と捉えた場合、底にあるのは
三角形の頂点であり今を表す点が現在・過去・未来の可能性を支えているとも言える。
このあたりの説明からは我が道を行くため訪問者の方は脱落自由です(汗)。

ギャンブルに限らず日常のあらゆる現象・事象は必然と偶然が重なり成立している。
しかし個人に与えられた必然性を帯びた諸条件の持つ比率が圧倒的に高いため
通常、偶然性は [ラッキー]または [アンラッキー] 程度の要素にしかならない。
図は逆三角形ひとつで表しているが、実は偶然性を頂点とした正三角形が対称形で
接しているとの仮定で話を進めることとする。

もうひとつの三角形とは偶然性の部分で接点を持つため、両三角形の可能性を示す
三角形の中の部分の要素がある点で一致しないと偶然性を媒介としての接点は持たない。

例えば、日本人として生まれ、サラリーマンを目指すとする。
自分自身の資質を考慮した上で、最大限まで可能性を広げて求職をした場合も
最終的に選択するのは一社のみ。
その一社との接点は正に偶然なしでは語れない。
会社側もあらゆる人材に向け、ウイングを広(拡?)げる訳であり、一個人との
接点は、最終的には偶然性との要素が左右する。

図では必然性も表しているが、必然性の幅(長さ)は個々人または個別要素で異なって来る。
その幅(長さ)があればあるほど可能性の面積も大きくなるため必然性の中身は非常に重要。
就職戦線を渡るにあたり、どのような学校や機関で学んだかや従事したかが問われる。
俗な話だが、東大を出るのと無名の大学を出るのとでは、必然的に選択の幅の違いが出るだろう。
勿論、学力だけでなく人格や体力や人脈等の総合力も問われる。
これも一言で言えば 『実力』 と呼ぶのが適当か。
つまり 『実力・能力』 が高ければ高いほど大きな三角形となり偶然性を表す黒点も大きくなる。
他の三角形との関わりも可能性の大きさの分だけ関わる三角形の数が多くなるため
良い偶然と巡り合う確率が高まると言える。
偶然の確率を上げるとの抽象的表現は、ギャンブルを嗜まない人間にとっては理解しにくいだろうが
流れの良い時や流れの悪い時を再三に渡り経験するギャンブラーにとっては偶然とかたまたまとかの一言で片付けられるものではない。

図ではまた、不可能性も表したが、可能性を追求した末には知らぬ間に不可能性の領域に入る場合がある。
少ない可能性を追求すればするほど小さな領域での勝負になるため、可能性の追求は偶然性との出会いを避けられない。
知らぬ間に不可能性の直線上を行ったり来たりする状態に陥る場合もあるだろう。

利用(想定)可能な必然性を根拠に高い可能性の領域で勝負または存在する場合は、偶然性に頼ったり不可能性に足を踏み入れることは少ないだろうが、劇的な人生や刺激的な人生を送れるかとの観点からは平穏な人生に終始する可能性が高い。
偶然性は何も三角形の頂点にばかりある要素ではないし小さな三角形であればあるほど偶然性の黒点の領域が占める割合も大きくなるだろう。


話が長くなりかけてしまっているので一定の結論は出したいが、まとめられそうにはなく
今後に繋がるヒント程度らしきもの位は何とか導きたい。

ひとまず成功可能性を高める必然の要素を集めるだけ集めて偶然に立ち向かうことを手始めとしたい。



成功可能性を高めるための必然要素とは?


努力・人格・財力・人脈・健康 などだろうか。

偶然努力はしないし偶然人格者にはならないし偶然財力も持てないし偶然人脈も出来ないし
偶然健康も獲得出来ない。当然、偶然それらを培うための持ち時間も増えない。


昔の人は言った。

「人事を尽くして天命を待つ」

果たして人事は尽くせているのだろうか? 不可能性の直線上をウロウロしていないだろうか?

一度胸に手を当てて考えたい。







posted by tetsukazu at 01:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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