2016年08月27日

ベビメタ+レッチリ

BABYMETAL推しを続けて来た結果、息子達から「ええ歳していつまではまってるんや。若い奴の間でベビメタの知名度なんかたこやきレインボー以下やで」と言われながら連日連夜アルバムを聞き続けている私ですが、9月の東京ドーム2Daysで解散との噂のあったベビメタが、12月にあのレッド・ホット・チリ・ペッパーズの英国アリーナツアーに同行することが決定しました。

これで9月の解散は消えたので嬉しい限りですが、アンチ達は相変わらず「所詮前座」の連呼のようです。

詳しいことはまだ不明ですが、現時点ではスペシャルゲスト扱いとの国内報道を信じてベビメタチームのキャリアアップだと素直に喜びます。

ベビメタにとっての英国はある意味日本よりホームだし9月中旬のファーストアルバムとセカンドアルバムの再発売(CD+DVD)は来日記念版との煽り文句となっています(運営は半分真顔?)


今回の話はレッチリからのオファーだったようですが、私の推測ではその他にも世界の名だたるバンドからオファーがあったはずです。

人間はあまりに現実離れした話だと脳が真空状態になるのかもしれませんが、世界的バンドが現役女子高生(17才)と18才の高校出たてのメンバー達にオファーをかけること自体が「カオス」であり「シンデレラストーリー」であり「劇画的展開」です。

特にボーカルの中元すず香は見知らぬ国の数万人のオーディエンスが相手でも物怖じせず堂々と歌い上げます。

アンチの人達にはお願いなので彼女と同世代で彼女に匹敵するボーカルを挙げて欲しい。

現在も私はギャンブル依存症と戦っています。
勿論、勝ち続けていれば戦う必要もありませんが、持ち金が尽きるまで賭け続ける習慣はそう簡単には改善策出来ません。

先日、ニコニコ動画の創設者の川上氏がテレビに出ていましたが、「人生は一度しかないし自分の通った後に道が出来るような一生を送りたい」と語っていました。
「人間は理想通りに行かないから理想を掲げてそっちに寄って行きがちだが、実際の人間は大した存在ではなく僕は現実寄りで生きて行きたいしそんな人間をサポートしたい。そしてリアルとバーチャルのどちらも楽しめばいいんです」とも語っていました。

BABYMETALこそ道なき道を歩んでいるしだからこそ理想サイドに居たり人の通った道を歩む人間の共感を得られないのだろう。

ベビメタを応援し続けるためにも地獄には落ちたくない。


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2016年08月16日

適応力。

あらゆる種は地球上の環境に順応し適応力を発揮して脈々と種を絶やさずに来ました。

ただ人間の場合は、自然への適応だけでなく社会適応力が問われます。
そしてその中でも90%以上の割合で重要なのは『資本主義社会』への適応力です。

そしてそこには私が今まで喉がカラカラになる位強調したように『搾取する側とされる側』の絶対的構造があり、一般人が取るべき最大の防護策は搾取する側の会社に入社してそのおこぼれにあずかることか公務員として勤めあげることです。

勿論、大会社に入って経営陣の一翼を担うか霞ヶ関の官僚になれば搾取する側に回れます。

一国一城の主への道もありますが、脱サラしてのコンビニ店経営とて悲惨な話ばかりです(日々の売上を一旦本部に入れないとならないシステムのどこが経営者なのか)

何千回も繰り返しますが、ローンでマンションを買った時点でその翌日から資産価値は低下する一方だしローンを払い終わって初めて名実共に自分名義の資産になりますが、その頃には築30年の維持管理費が増す一方の中古マンションを子息に残すのがやっと。とは言え持ち家奨励策の弊害で月10万前後もの賃貸住宅に住む者の支払い家賃に対する税金面での控除も全くなし。
借金奨励国家の姿は異常だし政・官・民が悪の枢軸にしか映らない。

法律で賭博を禁止にしながら国家公認の競馬や競艇やパチンコや宝くじの売上が高いのも異常。
海外のカジノで日本のように胴元の取り分が25%や30%も取る例はほぼないだろうし英国のようなブックメーカーがあってテラ銭が15%程度なら業者の倒産リスクを承知の上で私はそちらを選択したい。

サラ金の利率規制にしても過払い金の返還を受ける前に借金苦を理由に命を落とした者もいるでしょう。

NHKの受信料についても関連の法律改正については野党に至るまでアンタッチャブル扱いです。

スマホブラックや奨学金ブラックや国民年金ブラックで信用失う若者のことを考えると日本の資本主義社会教育未整備さへの不作為または作為的なものを感じます。


さて、では私のように搾取側の思惑にまんまとはまってしまった者は(自営+雇われる立場稼ぎ続けてもそれ以上に出費)死ぬまでこのままなのだろうか?

答えはイエスでもありノーでもありの気がする。

稼ぎに応じて出費を考え出費欲以上に稼ぐ。それ以上でも以下でもなく、それこそが労働行為や消費行為への理解力で対応力だろう。続く…
posted by tetsukazu at 20:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月15日

悔いなく。

今日で私の夏休みは終わります。
運良く5日間休みましたが、休みに入る前の約3週間はほぼ一日13時間労働の昼ご飯抜き休憩抜きで休日も返上でした。
職場のコンクリートの上に座布団を2枚並べて仮眠をとる毎日で腰はボロボロで最後の数日は身体が悲鳴をあげていました。

何故そんな毎日になったのかと言うと、私が関わるその仕事の取引業者のスタッフも同様の状況だったことと(さすがに業者は会社の寮などで宿泊)私が長年お世話になっていた顧客への恩返しの気持ちがあったことが主な理由です。

ここ十数年は独身時代の一時期のようにギャンブルに溺れていたことや離婚後の自堕落な生活を考えると、久々に一つの物事に集中した期間になりました。

基本的に個々の人間は他者のことに対して心から親身になることはありません。
それは当然のことであり周囲に100人いても本当の味方は2人か3人程度でしょう。
自分自身が周囲の100人側になったと仮定したならその推測が間違いでないこと位理解出来ます。

夏休み前のこの3週間の私の振る舞いを見て「あの人ってこんなに集中して仕事するんや」と驚いた方もいるかもしれないし「今回は皆な君のことを誉めてるよ」と声をかけてくれた方もいました。

しかし誉めて欲しいからとのモチベーションでやるにはあまりにもキツい毎日だったので、気持ちとしては『自分の持つ能力や体力や精神力の出し惜しみはしない』でした。

幸いこの仕事をやり遂げる(約5千万が動く)ことが出来てホッとしましたが、最終日の夜に街中温泉に行き、今の今まで体力回復につとめていました。

明日からもまだ関連の仕事は残りますが私の身体と心が覚醒した今、私生活でも先延ばしにしていたことを順番に片付けようとの気持ちになり始めています。

前記事での「時間の存在は錯覚でしかなく人生は一枚一枚の断片的な写真の連続でしかない」との一物理学者の見解を尊重するならば、覚醒前のワンショットとその後のショットの中身が大きく異なっていて不思議でありません。

「あの人ってこんなに…」と思ったであろう人と同様に「俺ってこんなに…」となることが人生のプラスにそして転機になるならば自分自身の再構築には良いチャンスだしもしかしたら最後のチャンスかもしれません。

元妻が今気にいっている歌手の林部さんの新聞記事の切り抜きを彼女に送ろうと行動に起こせたのもギャンブル三昧の生活ではあり得なかったかもですね。
posted by tetsukazu at 21:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月14日

テレビ番組からの問いかけ。

先日、Eテレで時間に関する番組がやっていたので興味深く見ました。

ある物理学者の見解では、時間は錯覚に過ぎないとのことで具体例も上げていました。

一人の人格として子供時代と大人になってからの共通点はあまりに少なく、それよりも現在の自分と近くにいる大人の他者との方が共通点が多いと…

写真で瞬間瞬間を撮った一枚一枚の連続がこの世界の姿であり、あらゆる要素の集合がその瞬間の様相を表すのであって、自分自身もそんな外部要因に影響され瞬間の自分自身が存在すると…

例えは悪いかもしれませんが、原爆が落とされた当日とその前日とを時間の連鎖だけで語るのは難しく思います。

当時の米国の状況を精査した資料を参考にすると、軍部の思惑により米国の大統領さえ翻弄されていた様子が伺えます。
その事実だけでも個人や組織の運命の支配者が時間でないことがわかります。


そして今日、戦時中に日本から満州に開拓にかり出された農村部の人々の当時の現実を扱った特集番組を目にしました。

ソ連の参戦に備えて防衛ラインを南に下げていた事実を防衛ライン外に住む開拓民に伝えていなかった事実を知るにつけ、当時の国家と国民の関係に憤りを覚えます。

今も昔も国家は『国体』を死守することを第一と捉えています。
つまりそれは国土を守ることであり日本民族以外が司る国家による支配を阻止するためでしょう。

例えば急に隣のおっさんが自分の住む自宅に来て「今日からワシがこの家の主だ」との状況など考えたくもないでしょう。

小さな単位である家庭を守る手段は『経済的自立』であり、『基本的人権』であり、『職業選択の自由や転居の自由や財産形成の自由などのあらゆる自由を自分及び自分の家族のプラスになる方向に活用する』ことだろう。

明日は終戦記念日。

こうしてブログに書き込みしている目の前では五輪の女子マラソンが佳境に入っている。

彼女らは勝つためにどうしてそこまで頑張れるのか?

まとまりない今回の記事の視点については次の記事以降に落ち着いて語りたいと思います。
posted by tetsukazu at 23:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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