2016年06月28日

結論など出ないままに…

今朝、長男がいつもながらに「なんで世の中くずだらけなんやろ」と呟いた。


「憂いは戦いの中にこそある」とベビーメタル大好き人間が書くブログ記事の中に出て来たが、「なるほど」だ。


長男も社会で戦う(闘う)からこそ憤りを覚えるのだろう。

男女の中でも同性同士でも相性はある。
そして相性の合う人間と出会う確率は低いながら、多くの場で多くの人間と触れ合うことでその確率も高まる。


今朝の長男の発言に私は、「そんな葛藤と対峙するのは大事やけど、結局結論が出ないままあっと言う間に終わるのも人生やで」と言っておいた。

私は息子達に自慢出来る人生は歩んでいないが、彼らを見捨てることは死ぬまでないだろう。

高知東生が捕まったことで妻の高島礼子さんのCM打ち切りが早くも決まったとのニュースを目にした。

言うまでもなく時間は『不可逆』だ。
過ぎた時間も失った時間も戻らない。

イギリスは週給制で金曜日が給料日らしい(大きな選挙が木曜日なのは金曜日は酔っ払いだらけだからとの説もあり)

それを考えると人生のやり直しのサイクルも日本と欧米では違う気がする。

アメリカではビジネスマンへの評価が四半期毎だとの話をよく聞く。
そうなると三ヶ月勝負になるし日本より遥かに個人間の競争が激しいはずだ。

今朝の長男のような話をアメリカ(正式なはアメリカ合衆国)の親父が聞けば、「能書きはええからさっさと会社に行って結果を出してこい」と突き放すだろう→猛獣がそうであるように…


生き馬の目を抜く位の気持ちで生きて行くとの価値観を持つ日本人は織田信長の子孫か前田慶次の子孫位かもしれないが、「戦いなくして何も生み出せない」のもまた真実。

今日自宅に帰って来る長男に私は何と声をかけるべきなのだろう。
そしてそれは即私自身に言い聞かせる言葉になるだろう。


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2016年06月23日

影響力。

BABYMETALのボーカルのSU-METALは常日頃から「人に影響を及ぼせる人間でありたい」と言っていますが、「全力で過ごせた日がどの位あるか」が人間の値打ちと捉える考え方を持つ者は少なくないでしょう。

若い人間とそうでない人間とでは『全力の内容と質』も違うとは思いますし、真面目な人とそうでない人の『全力の種類』も違うでしょう。

五体不満足との著作をを世に送り出した彼も一時的には大きな『影響力』を行使しましたが、結果として『自らの性欲の影響下』に引っ張られての行動に走り、家族に対しては『悪影響』を及ぼすこととなりました。

私はこのブログを通して「今日の考え方や行動原理が明日からも続くとは限らない」と語って来ました。
勿論それは良い方にも変わるし悪い方にも変わります。

私は数万円から数十万円を一日で失うことも多いのですが、俗に言う「金をどぶに捨てる」行為そのものです。

稼いだ金が自分の分身であると仮定するなら私は日々自分をどぶに投げ捨てていることになります。

どちらにしても私自身の生育過程で何らかの『影響』を受けた結果、今の私があるのは事実です。

しかし、自分自身の生い立ちや心身の不具合を理由にやけくそになったところでその見返りが自分自身に降りかかるだけのことです。

『どぶ』の中が自分自身の居場所なのかそうでないのかを決めるのは他ならぬ自分自身です。

AKBグループの一員がたまに不始末を起こしますが、例えば自分自身を不倫関係の渦中に落とすのも、自分自身の価値とグループ全体の価値を下げることです。

自分の分身は金だけでなく、子供達もそうだし自分が気がつかない内に誰かに影響を与えていて、それらの人間は私に注目し続けているかもしれない。

SU‐METALが、影響力を持つ存在でありたいと思うことは自分自身のブレッシャーにもなるはずですが、彼女なりの『覚悟』においての発言だと察します。

年齢と体力と立場と経済力の追いかけっこに疲れかけていますが、こんな小さな存在の私でさえ必ずや誰かや何かに『影響』を及ぼしているはずです。

繰り返しますが、私の持論である「明日の自分は今日の自分と同じとは限らない」を実践するためにも日々自省と覚醒を繰り返したいと思います。

それにしてもベビメタが登場する夏フェスの「ロックインジャパン」のメインステージは6万人入れるようですね→凄過ぎるティーンエイジャーじゃw
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2016年06月16日

愛の神、欲の神。

前エントリーまでの内容で、終了したドラマ『僕のヤバイ妻』のことについて言及しましたが、このドラマの大きなテーマは「欲望を描くことで愛情の尊さを訴える」のはず。

しかし、子供が出てこないことで愛の感情が滲み出るシーンに至らなかったとの印象があります。

元々他人同士である夫婦間の愛情を「打算」抜きで語るのは無理があるし、愛情の本質が『自己犠牲』であるなら結婚式の誓いも「隣にいる伴侶の幸せのために私は自分自身の幸せを犠牲にしても尽くします」でないとおかしい。

つまり結婚はお互いが相手の幸せのために尽くしてこそ意義があるわけで、一方的な犠牲の下での結婚生活なら「主従関係」の間柄にしかならない。

私がBABYMETAL好きなのは理由があり、楽曲の多くは男女間での愛だの恋だのに終始していないからです。

私のダントツ一番推しの『紅月』の歌詞の抜粋


幾千もの夜を超えて
生き続ける愛があるから

この身体が滅びるまで

命が消えるまで守り続けてゆく

紅く染まれ 真っ赤に染まれ



果たして命をかけて守り続けたいものとは?

競馬の監督官庁は農林水産省。
競艇(ボートレース)の監督官庁は国土交通省。
競輪の監督官庁は経済産業省。

公営ギャンブルに溺れて離婚・破産・犯罪につながるケースは昔も今も変わらなくあります。

過度な飲酒習慣で体がズタズタになるケースも一緒です。

なのに政府は公営ギャンブルを廃止しないし酒類の販売もやめません。

何故か?


『愛の神』VS『欲の神』

前エントリーまでで、『ラスボス』について語り始めましたが、ラスボスは役人でも政治家でも経営者でもなく、心の中にある相反する『支配者』なのかもしれません。


今リアルタイムで自宅の中の備品がダイヤル式の黒電話ひとつだというような人間がいたら化石クラスですが、そんな人間の心の中には『欲の神』は降臨しないはず。
しかしそんな人間の下にも『愛の神』なら近づく気がします。

『愛情』が『欲望』に勝つとはつまり『自己愛』が外的刺激に勝つことでもあり、「自分を愛せない人間が他者を愛せるわけがない」にもつながる。

自己愛と自己愛性人格障害は紙一重でもあり、一歩間違うと良からぬ方向へ行くが、幾千もの時を超えて守り抜くものの最初に自分自身が入っていても何ら不思議はないと思いたい。


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2016年06月15日

ラスボス的…(2)

結局、追記ではなく次記事となりました。

いつも思いつきでタイトルをつけるのですが、昨日はたまたま見ていた関西テレビ制作のドラマの最終回を見たのでこんな記事タイトルになっています。

毎回の手前味噌ですが、「成長なくして分配なし」で検索しても私の記事が6年前からトップページに来ます。

それ以外でも資本主義社会をテーマにした記事は数知れず、それと共に民主主義についても同じ位言及しています。

日本人の内、上場企業の経営者一族だけとっても上位40人の金持ちが国民の下位50%と同額の資産があるようです。

ユニクロの会長の息子二人が年間16億ずつ株主として配当を受け取っているとか楽天の三木谷氏の奥さんの持ち株に対する配当が5億だとかと聞くと、「資本主義恐るべし」との印象です。

今度の都知事選の有力候補の桜井氏も総務省の事務方トップまで上り詰めたエリート中のエリート。

私などは毎日毎日、松井繁の舟券を買ったり武豊の馬券を買いますが、彼らもまた年間億単位で稼ぎます。

ギャンブル好きはお金が欲しいからやるのにお金を得ることと一番遠いのもギャンブルとの矛盾を抱えつつ今日も博打場に向かいます。

昨日が最終回のドラマは2億を巡っての夫婦間の駆け引きが表のテーマでしたが、どう考えても裏テーマがありそうです。

ドラマでは2億を手に入れた奴の上前をはねる奴、そして更にその上前をはねる奴と次々に出て来て誰が『ラスボス』なのかが見えにくくなっています。

このプロット(物語の構成)は半沢直樹(漢字が違っていたらすいません)でもあったもので、善人と悪人が表に裏に躍動もし転落もします。

今日は、数年振りに同級生の主婦の方とランチをしましたが、「お金は残さないで死ぬよ」と子供達に言っているそう。

その方の自宅はマンションなのでお子さん達が受け継げば住居は残りますが、どうするかはお子さん次第。

実際、同居中の娘さんご夫婦は小学生の子供がいる中1LDK程度の賃貸の家を探しているようです。

彼女は会社経営者の奥さんなので私などより生活に余裕がありそうですが、子供は子供で経済的に自立して欲しいと願っているのでしょうね。

自戒も込めての表現ですが、ピラミッドの裾野にいる私に出来ることは、月の収入に占める娯楽費を30で割り、その1日当たりの金額ではしゃぐことですが、ラスボスはそんなに甘くなく、容赦なく予定外の金額を吸い上げます。続く…
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2016年06月14日

ラスボス的…

image/2016-06-14T223A193A25-1.jpg写真は先日の記事の会食のコースの一部の温野菜です。

ホテルでの会食の機会はめったにないため息子に衣類を借りたりバタバタしながら現地に向かいました。

集合場所に行くと〇〇〇〇〇クラブ(倶楽部?)の重鎮の方などがおり私の場違い感は半端ないものでした。

ただ、私にスピーチの順番が回って来た時に「人格が滲み出ている方ばかりの会合にお招きいただき光栄です」と発言した後に、女性の方のスピーチで「〇〇さんが仰った通り…」と話を受け継いで下さったことに胸が熱くなりました。

場馴れしていない私だけが冒頭の自己紹介で自分の名前を言いそこねたこともあり前述のエピソードで胸を撫で下ろしました。

他の方々が参加者にお酒を注いで回る中で私は固まったままでしたが、もし会場を一周していたら今頃は胃にとんでもない後遺症が出ていたかもしれませんねww

そしてその会合の後、ダービーの発売締め切り時間に間に合うことを確認してWINSに向かったのは参加者には内緒です(マカヒキからリオンディーズとディーマジェスティへのワイド2点買いで何とかプラス収支)→(私→くずで何が悪い)→(会食参加者→いや普通に悪いやろ)


前置きが長くなりましたが、映画やドラマや小説、そしてリアルな世界でも「虚々実々、魑魅魍魎」の渦の中で人間は生きて行きます。

利口な者が生き抜くのか?金を儲けた者こそが利口で勝者なのか?
それとも「だまされてもだます人間にはならない」「自分自身の利益は二の次」との考えで生きて行く人間こそが尊いのか?

続きは時間を置いて追記とします。
posted by tetsukazu at 23:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月12日

快感と経済の不可分性、そしてリテラシー(4)

ゲーム『ロックマン』は確かコンピューター社会の発展の末に人間が次第にスポイルされて行く物語だったはずですが、科学の発展で社会は便利になったものの『人間』そのものの進化を約束したものではなく、得たものは人工的に寿命を延ばすことが可能となったこと位ですかね。

このブログでも再三繰り返して来ましたが、資本主義社会とは人と人の関係が金と金の関係に変わるということ。


破天荒に生きて来た私が結婚出来たのも20代で数百万の貯蓄をしたからです。

私は今でも無茶苦茶な金遣いですし昨日から今日にかけてだけでも16万ほど飲む打つにお金が出て行きました。

それでもそんなことは通常営業であり、資本主義社会ではその16万が1600万になっていたとしても何も不思議でないし自分自身以外の全世界数十億の人間にとってはどうでもよいことだし、100年前なら既に寿命が尽きた年齢の私に社会的スポットが当たるわけはない(世界の中でも日本の政治家と日本の企業経営者の高年齢は自然の摂理を逸脱していますね)

昨日行ったガールズバーでは4時間いましたが、女の子達は18杯のドリンクを飲んでいました。
1杯が800円でそれに税金サービス料が20%ww
ドリンクをこっちが提供してよくサービス料をとれますよね。
でも資本主義社会では私は財布にしか見えないはずで私も了解の上です。

彼女達もやがて結婚すると思いますが、今や日本の男女の結婚動機の数割は先に子供が出来たからだそうです。

正直なところ資本主義社会は飽和点を迎えています。
日本の主要駅のほとんどで駅前パチンコ店が存在する異様な景色。
実質違法営業(本来換金は出来ないはず)なのになぜか警察は無関心。そのくせ違法カジノ店は即アウトです。

まーまともな精神で資本主義社会を生きて行くのは困難ですね。
うつになる人の方が本来は正常なのかもしれません。

ベッキーに対して「あの相手との恋愛に2億の価値があるのかな?」とコメントした芸人がいましたが(自宅を担保に数千万借りたり総額で2億程度をベッキーが自己負担するとの報道を受け)今回の私が言いたいことを象徴する例です。
つまり恋愛さえもお金に換算されるとの繋がりです。

報道を信じるならばベッキーは2億のバクチに負けた女。
NHKの受信料未払い率が極端に低い東北で原発事故が起きたのは皮肉です。従順さが成功に繋がらないとなると…

次記事に続く。
posted by tetsukazu at 17:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月09日

快感と経済の不可分性、そしてリテラシー(3)

一連のエントリーではリテラシーについてまだ語り始めていませんが、話の流れで辿りつきたいと思っています。

手前味噌にはなりますが、『生きることの素晴らしさ』などでネット検索すると5年位前の私の記事がトップページに来ます。
ブログを続けている人にとっては同じような現象は珍しくありませんが、言葉が言葉だけに私自身が「生きることって辛いわ」と音を上げるのも考えものです。

ベビーメタルのセカンドMV曲である『KARATE』の歌詞内容に含まれるメッセージは「弱い自分の心と戦い克つ」です。

現在ベビーメタルは大手芸能事務所に所属しながらアーティスト活動を続けていますが、リアルタイムで行っている海外公演では広域移動を含めて一週間で4公演から5公演こなすほどの過酷なスケジュールです。

しかし仮にベビーメタルのフロントの3人が更に大きなスポンサーをバックに事務所を飛び出て「もっと楽なスケジュールで活動したい」と考えたとしても現事務所の現会長はあのキャンディーズの元マネージャーであり、「普通の女の子に戻りたい」発言の真意は誰よりもわかっているはず。

テニスで言えば、ジョコビッチ・フェデラー・ナダル・マレーなどのクラスになると十億円以上のスポンサー料が入って来ますが彼らのツアースケジュールやトレーニングは過酷であり常に故障と隣り合わせですし、ナダルなどは過去の対戦相手との対戦内容はほぼ全ての部分で脳内データに入力していると聞きます。

どんな分野であれトップを目指す者達に「ぬるい」環境などなく、そんな環境の中でそこそこ活躍する者に感動はしない。

少し記事のタイトルとは内容が離れていますが、「かけがえのない日々」を送る中で、自分自身のリソース(様々な資源)をどう生かしどこを目指すのかを考えることは重要です。

清原氏を例に出すのは違うかもしれませんが、彼などは完全に『フェイク脳』に支配されているように映ります。

私がベビーメタルにはまるのは彼女ら彼らが『偽物に見せかけた本物』だからです。
それは当然『本物に見せかけた偽物』の対極にあるし、私のようなサブカルチャー大好き人間にとってはベビーメタルの存在は「COOL」としか言いようがありません。

私自身が「考えながら前に進む」選択をして来た以上、このブログなどの場の力も借りつつまず「自分に克つ」習慣をつけたいですね。
そして経済的側面の重要性を更に自覚し脳を『リアル脳』に修正しなければ… 次に続く。
posted by tetsukazu at 12:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月08日

快感と経済の不可分性、そしてリテラシー(2)

先程ベビーメタルのドイツ公演初日が終了しました。

アメリカ東部公演を無事に終え、現在はヨーロッパツアーの真っ最中ですが私の睡眠時間は厳しい状況になっています。

自分の家族でもないのに世界で戦う彼女らや彼らの体調を心配する毎日で、気持ちだけは一緒に世界を転戦しています。

今回の一連のエントリーもベビーメタルを意識することで世界も意識し始めていることがきっかけとなっていると自覚します。

どうやらドイツ公演初日は機材トラブルにより予定された最後の楽曲が披露出来なかったようですが、前エントリーでランキングがオランダより下だったドイツでのトラブルなので妙に納得してしまいます(私も含め一般の日本人はドイツは豊かな国とのイメージがあるはず)

そのオランダでのフェス参加(2日前)は現地の音響や照明の秀逸さも合わせ大盛況だっただけに今回のトラブルは惜しまれます。

今回トラブルが発生したドイツの箱(会場)は冷房設備が完備していないため機材にも演者達にも悪条件だったようですね。

夏フェス参加と秋のドーム公演が予定されている日本なら、5万人前後の箱の東京ドームが落選祭りの末に追加公演が決定して結局東京ドーム2Daysになった位なのに、戦略的とは言え海外の1500人レベルの箱での過酷な勝負を挑む彼女らや彼らには頭が下がります。


さて、本題に戻ります。

前エントリーでは低収入の人間の都会での厳しい経済事情について触れましたが、収入の差によらず人間は何らかの『快』を求める生き物だと思います。
そして同時に経済的側面に翻弄されるのも人間です。

昔から「ダイヤモンドに目がくらみ」「地獄の沙汰も金次第」ですし、あの賢いはずのドイツ国民でさえ第一次世界大戦後の戦後補償金支払いで国家の財政が破綻してナチス政権を生んでしまったのですから、貧すれば鈍するであり恒産なくして恒心なしです。

また、元プロ野球選手の清原氏は覚醒剤の件で検挙されましたが、通常生活する中で脳から出る快感物質レベルを100とすると、美味しいものを食べた時は150程度らしいですね。
しかしそれが覚醒剤摂取時には約1000のレベルにまで達するとのこと。

私がスロット店でボーナスを得た瞬間も300程度は出ているのでしょうね。

稼ぐことで大きな快を得るのか?節約することで小さな快に満足するのか?
その選択次第で人生は大きく変貌しそうです。
次回エントリーへ続く…
posted by tetsukazu at 07:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

快感と経済の不可分性、そしてリテラシー。

まず、2015年の国民一人当たりの名目GDP世界ランキングから(単位はUSドル)


1位→ルクセンブルク⇒101,994
2位→スイス⇒80,675
3位→カタール⇒76,576
4位→ノルウェー⇒74,822
5位→マカオ⇒69,304
6位→アメリカ⇒55,805
7位→シンガポール⇒52,887
8位→デンマーク⇒52,114
9位→アイルランド⇒51,350
10位→オーストラリア⇒50,961
11位→アイスランド
12位→スウェーデン
13位→サンマリノ
14位→イギリス
15位→オーストリア
16位→オランダ
17位→カナダ
18位→香港⇒42,389
19位→フィンランド
20位→ドイツ
21位→ベルギー
22位→フランス
23位→ニュージーランド
24位→アラブ首長国連邦
25位→イスラエル
26位→日本⇒32,485
27位→イタリア


以上が上位の国々です。
国民一人当たりの収入に置き換えてもあまり意味はなく、どちらかと言うと購買力平価と関連させる要素として活用するべきかと。

アメリカで2ドルで買える商品が日本で200円で買えるとすると1ドル=100円が購買力平価。

マクドナルドの商品に例えると、アメリカでマックバーガー1個が1ドルとして日本で100円の場合、前記のランキングだとアメリカ人は一人平均年間55000個のハンバーガーが購入出来て、日本人は同じく32000個のハンバーガーが購入出来ることになります(GDPは国内総生産なので、個人年収とは完全一致しないため実際は同じ数字分の量を購入出来るわけではない)

もしこれが円高になると名目上の世界ランキングは上がるもののハンバーガーの値段まで上がれば家計に占めるハンバーガー購入額比率は変わらないので、一位のルクセンブルクの物価は気になるところですね。

因みにスイスでマクドナルドに入店すると日本円で言う千円程度にはあっと言う間に行くらしいですね。

とにかく何が言いたいかは、日本人で日本に住む限り自分の国の豊さを実感出来ないので客観的な数字を書き出して一度考えてみたかったのが動機です。

日本には最低賃金制度がありますが、フリーターが東京や大阪で一人暮らししたとして、家賃5万円・年金健康保険3万円・通信費(テレビ含む)1万円・生命保険料5千円・水光熱費1万円プラス雑費は必要です。
手取り収入が15万なら食費は月に2万円が精一杯で娯楽費は限りなく0円ですね。

これらの客観的事実とリテラシーを駆使して次のエントリーに繋げます。
posted by tetsukazu at 00:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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