2015年12月28日

◎目的◎

有馬記念は僅かな位置取りの違いが明暗を分けましたね。
そして勝てる位置を確保した騎手の巧みさも目立ちました。私が注目していたラブリーデイはもう一列前で競馬をしていたらもう少しは順位を上げたかもしれませんね。

中山の最終レースは今年を象徴するようにデムーロ騎手とルメール騎手の一騎打ちになりました。
彼らは後方に待機してもほぼ確実に直線で伸びるので馬券を買う人間にとっては頼もしい限りですね。
特にミルコ・デムーロ騎手の11月後半から12月に入っての重賞での信頼度は傑出していました。

競馬の大レースは大井での東京大賞典を残すのみですが、競輪・オートレース・ボートレースはまだ大きなレースを残しています。
買うのも公営ギャンブルの醍醐味ですが、年末の各レースは観戦するだけでも楽しめますね。


さて、博打は負けた分だけ哲学が生まれると語ってきたのは他でもないこの私ですが、今年一年の数百万分で得た思いは、「人生の目的とは目的を手に入れること」です。

何のこっちゃ!?と言われそうですが、その日の最初に賭ける瞬間と負けた直後に賭ける瞬間とを比較すると、負けた直後の方が100倍はモチベーションや集中力が違ってきます。

それはつまり、「何としても勝つ」との目的が明確になるからでしょうね。

古いタイプの経営者が過去の成功体験にすがることに批判的な人間もいると思いますが、それは成功体験と失敗体験のバランスが偏った場合であって、ギャンブラーもやはり数えきれない勝負の数をこなしているのだから、どんなモチベーション時に勝ってきたか位は記憶にとどめておくべきでしょうね。

冗談ではなく、女性が「私の夢はお嫁さんになることです」と言って結婚に至るケースは願望の具現化であり目的の達成です。

私達男共も「僕の夢は100万円貯金することです」位から始めてみたらどうですかね。

目的や目標は誰かが与えてくれるものではありません。

劇団[ポツドール]を主宰する三浦大輔氏は舞台化した『愛の渦』では、乱交パーティーに自ら参加して作品にリアリティーを持たせました。

私の好きな大根仁監督やAV業界の鬼才のカンパニー松尾氏なども生々しい人間を描くことに長けています。

やはり私の好きな役者の森山未來さんも海外に役者としての修行(国費で)を積んだりして自ら目的や目標を手に入れています。

そんなエンタメ界の人達に親和性を感じつつ私も来年を迎えたい。


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2015年12月25日

復活△

無事に退院して日常生活に戻りました。

お腹に三つの穴を開けての手術だったので昔と違い傷の痕跡も小さく医学の進歩を感じました。

痛みは残っていますが、日にち薬で徐々に緩和して行くと思います。

それはそうと全身麻酔の説明を聞いた時に副作用の説明を受けたのですが、術後にギャンブルが嫌いになったとの副作用は残念ながらありませんでした(笑)

ありがたいことに当ブログへの訪問者はまだいて下さるので、規模は縮小傾向ですが、破天荒エピソード記事もたまにアップしたいですね。

そしてこれは期待込みの予感ですが、人生山あり谷あり理論が真実ならば、しばらくは私の身の上に幸運が訪れるかもしれません(ホントに期待込み☆)


そんな傷も癒えない中気が付けば日刊スポーツを手にとっていました(訂正:スキップしながら買いに行きました)

そうすると有馬記念の記事の中に、記者が中山芝2500mの馬場を自分の足で走破したとありました。

外ラチ沿いを最後まで通った場合、260mも余分に走ることにらしいですね。
勿論、そんなアホな馬はいませんが、ラチから1m外を走るだけで9.42mのロスがあるとのこと。
その点で2300mあたりから伸びが止まると言われているラブリーデイの4番枠は、軸馬選定が困難だったレースの様相を変えるかもしれませんね。

私のスタンスからはそんなラブリーデイの複勝もしくは同馬からのワイド2点とかになりますが、その前に今日のナイターボートレース丸亀の第10レースの1号艇前田将太選手の頭からの舟券が堅すぎて仕事が手につきません(って、逆に余計に好きになる副作用出とるがな)

では、皆様も[ギャンブルのやりすぎは心身の健康に重大な影響を及ぼす可能性がありますのでお取り扱いには十分にご注意下さい]



最後に、私の生きる活力源であるBEBYMETALが今日夜のミュージックステーションに今年最初で最後のテレビ出演(音楽番組でのパフォーマンス)として登場します。

この日だけのために地デジの録画再生機(レコーダー)を買おうと家電量販店に行きましたが、どうやら国内大手家電メーカーの独占状態になっているようで4万以上の価格になっていました。

私に残された道はひとつだけ。
それはギャンブルレジスタンスの使者としてレコーダー代を稼ぐこと(やはり肉体の最上部に副作用はあるみたい)
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2015年12月13日

奥原選手頑張れ!

バドミントンスーパーシリーズ・ファイナルで日本女子の奥原希望選手が決勝進出を果たしました(男子の桃田選手も決勝進出)

いやーラグビーに注目している隙にやってくれましたね。

女子のバドミントンと言えばダブルスにスポットが当たり続けて来ましたが、若干20才の奥原選手がシングルスで快挙を果たし(日本女子選手初の決勝進出)現在決勝戦の最中です。

J-SPORTSで観戦中ですが第一セットを接戦でものにして第二セットに臨んでいます。


スポーツではありませんが、モンドTVで11月からテキサスホールデムポーカーを扱った番組が始まりました。

番組最初の企画では日本の中での選りすぐりのプレイヤーが戦いを繰り広げましたが、女性プレイヤーの栗田優布さんが優勝しました。

スポーツは勿論のことギャンブルや株式でも『冷静沈着』な振る舞いをした者しか勝ち残れないと言います。
そして栗田さんもまた勝負の押し引きに長けていました。

テキサスホールデムポーカーはプレイヤーに2枚すつカードが配られ場の5枚と合わせて手役を作るのですが、栗田さんは最初に配られたカードの数字が悪い(10以上のカードが少ない)と躊躇なく勝負から降ります。
そのあたりの見極めはさすがですね。

更に、彼女の良いところはゲーム中の仕草や振る舞いや佇(たたずま)いです。
とにかく格好が良いし美しいし自信に溢れています。
航空機なども美しいフォルムなほど性能が良いとされています。

ギャンブラーというと反社会的な意味合いで使われることも多いですが、出場者の皆さんは人間の中でもまれることが成長につながると思っているはずです。
彼ら彼女らは敗戦もまた糧として勝負の道を極めるのでしょうね。

奥原選手、栗田さん、今私が最も注目しているBABYMETALのボーカルの中元さん。彼女らは自分の選んだ道でそれぞれ輝きを放っています。

人生の本質が「理屈抜き」であるならば彼女達は理屈抜きに眩しく美しい存在です。

そんな彼女達を応援しながら私もまた格好良い存在を超えた『美しい』存在でいたいものです。。
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2015年12月10日

徒然に(14)

入院入院と言うわりにいつまで書き込んどるんや!
と指摘されそうですが、「安心して下さい。来週ですから!」

などと余裕をかます状況ではないのですが、書き込みたいことが多いのでご了承下さい(勝手にかけや! ですね。 はい、そうします)


例の大沢さんと喜多嶋さんとの間のDNA鑑定を巡る騒動ですが、ネットを見るとあの夜回り先生の水谷修さんも朝のテレビ番組でコメントしたらしいですね。

記事をそのまま信じる前提で書きますが、どうやら「育ての親と言ってるらしいけどふざけるなですよ。僕は夜回りを通じて抱きしめた子供達全員を自分の子供のように思っています」と語ったとのこと。

勿論、水谷氏は何らかの真意があり語っただろうし抱きしめた他人の子供ひとりひとりに財産分与しようと考えての上での発言ではないでしょう。

ただ、だからこそメディアリテラシーに基づき視聴者に誤解を招く発言は慎むべきだと思います。

大沢さんにしてみれば、自分の財産分与に関して血のつながりは無視出来ないし、過去の養育に関して法的に義務があったのかなどとの兼ね合いがあります。

水谷氏は芸能人でも連れ子がいる女性と結婚して我が子のように育て上げる男もいるとの思いがあるのでしょうが、予め覚悟して結婚するのと虚偽の申告により我が子と思い込んで育て上げるのと一緒にするのはどうかと思います(あくまでも先般のDNA鑑定の結果を尊重した場合)

水谷氏がマスコミに登場し始めた頃はまだこれほどインターネットなどのツールは発展していませんでした。
だからこそ彼の発言に賛同があったし講演会にも引っ張りだこでした(元妻も行った)

しかし、今はここで私が感じたようなことがリアルタイムでネット上に飛び交います。

そんな時代ですから『虚像』は虚像のまま伝播してしまいます。
そんな状況や背景の中では言説・行動に余程の説得力がないと老若男女全てに耐えうる存在にはなれません。

あの秋元康氏の作詞した楽曲の歴代総売り上げが1億枚突破らしいですが、「会いたかった、会いたかった、君にーー」の君ってどんな相手を指すのか秋元氏に聞いてみたいものです。

大沢さんと喜多嶋さんの息子さんは、父親はいなくなるし母親は別の家庭を持ち自分は母親の両親と養子縁組みをしてなぜだか法律上は母親と兄弟になってしまった事実を今頃どう受けとめていて
[走り出すバス追いかけて… ]誰に向かって大好きだと言うのだろう。
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2015年12月09日

徒然に(13)

私は、ギャンブルをしたり飲みに行ったりしないと「人生なんてつまらないな」とすぐに思ってしまいますが、「人生も捨てたものじゃないな」と思える時もあります。

私がこのブログを通じて語ってきたことのひとつは「現代人は所詮先人達が作り上げた枠組みにのっかっているだけであり、原始の時代と人間そのものは変わっていないのだから本質的には外敵に怯え熟睡も出来ない中で日々餌を捕る毎日だった時代と変わらない」的な考え方です。

今回、私は現代医学に身を委ねますが、原始の時代には勿論オペなどありません。

自分自身が努力しなくても見えるものが多すぎて本来見るべきもの、本来感じるべきことをないがしろにしていると、科学文明の発展とは裏腹に様々な弊害が出てもおかしくありませんが、その弊害を最小限にするために工夫も必要です。

最大の冷え対策は冷えに慣れることだそうなので、やや抽象的表現ですが、最大の生存対策も『生きることに慣れること』なのかもしれませんね。
そんなことを感じる最中、本質を見落とし易い現代の象徴のようにカンニングの疑いをかけられた高校生が学校の4階部分から飛び降りて亡くなりました。

原始の時代であれば、種としての同類から「お前俺の餌パクったやろ!」程度の言いがかりによるストレスで自殺する奴はいなかっただろうし、ひょっとしたら餌のパクり合いが日常だったかもしれません。
相手は相手の人生を生きているわけであり、辛くなるような言葉を投げかけられても常に現実は受けとめるしかありません。


そして入院前のこの機会にと長男に対して「人生は退屈なものか捨てたものではないかどっちや?」と聞くと、「人生を深く探求する気はないしどんなアプローチの探求も明快な結論は出んやろ。惰性とか暇潰しとか言われようが淡々と日々生きるしかないわ。ただ、だからこそ趣味を持つことは必要やと思う」と。

良くも悪くも我が息子のそんな達観発言に責任は感じますが、私もまた親の影響を受けているわけであり、考え過ぎたり責任を感じ過ぎたりしてもキリがありません。
『人生とは?』で頭を使うのを少し控えてマクロ視点で見れば『とてつもなくちっぽけな存在』の自分自身に極力自覚的でありたいですね。
ただし、人生を探求し過ぎない過程でのたったひとつの注意点を挙げる必要があります。
難しく考えないで生きるのは賛成ですが、犯罪者になると結局自分自身そして人生と嫌でも向き合うことに…
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2015年12月05日

徒然に(12)

マイナンバー制度の本格活用が来年から始まるようですが、建前とは別に政府の本音のひとつには『国民の大小の不正直による大小の虚偽申告を通じたお金の捕捉』にあるはず。

私は、このブログを通じて主張してきた通り、「どこまでが悪い人間でどこからが良い人間か」などの曖昧な人間観は無く、「人間を性悪説で捉えるべきであり、教育などを通じてかろうじて善の部分を身につけるのであって、良い男とか良い女とかの基準で無く、よりましな男とかよりましな女などの基準の方がしっくりくる」との考え方です。

更に言えば、『性バカ説』を主張したくなる瞬間があまりにも多いですね。
勿論、このような論理展開の時に「私も含めてですが」と付け加えると、「そんな付け加えは傲慢でしかない」と批判を受けるのがデフォです。

そうなると人間である私が人間を語るのは生涯タブーだしそれはそのような批判をする人間も同じです。

つまり一個人がする主張など無視に徹したら良いし違う言い方をするなら誰がどのようなコメントをしても良いと いうこと。

とここまで書いて言うのもなんですが、それでも自分の人生を楽しむ工夫をするのが人間です。

私事ですが、現在同居中の長男とは金曜日になると土日の競馬の話題でそれなりに盛り上がれるし、私が「この歳になるときゃっきゃして椅子から転げ落ちるような楽しい時間て無いのよな」と長男に語ると、「その点、子供時代は少しの刺激でも楽しめるよな。それに大人だとしても途上国で生活する人間や日本国内でも都会以外で住む人間は渋谷あたりを歩くだけで結構刺激はあるかもな」と返答が返って来ました。
どちらにしても都会暮らしの大人の男は楽しみがインフレーションを起こしていて刺激心がマヒしているのでしょうね。

数年前までは、飲み屋の姉さんと食事に行くことが楽しみ度80%程度はあったのに、ここ最近は週末の深夜一時頃までやり過ごしさえすれば女性との交流が楽しみの上位の鉄板でも無くなって来ました。

それよりも長男とのとりとめのない会話の方が精神衛生上も財政健全上も優れていますね。

ただ、このままだど色気の無いおじさん街道まっしぐらになるのでせめてギャンブルで勝ち越して女気を保たなければ(なんでやねん!どないやねん!)

入院前なので今年はもちつきで活躍は出来ないので『性バカ』の生き物なりに小さなウキウキ感を創出出来るよう工夫して過ごしたいですね。
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2015年12月01日

心境。

もう少しで入院日となりますが、全身麻酔の説明を聞いた後はさすがに人生観が少し変わりますね。

普段は能天気にギャンブルなどに関わり過ごす日々の私も、会社員の方(ほう)の立場での仕事引き継ぎのために連日に及び作業に追われています。

私のペースとは関係なく代行の人間が気合い十分に接してくるため、仕事は生活するためのものと常に割りきってやっている者にとっては少々面を喰らいます。

とは言え、私のようなアウトサイド寄りの人間より常識を持ちながら人生の王道を歩む人間の方が圧倒的に多いのだから、私の一見ソフトな人あたりは別として向こうは向こうで「えっ?この人この程度のエネルギーで仕事をこなしていたの?」となっていることでしょう。

前にも語った通りあのスティーブジョブズが生前に残した「朝起きて鏡に向かった時、今日が人生最後の日だとしたら今日の予定に後悔はないのか?と自問自答する」との名言ですが、今の私はかなりの部分で共感出来ます。

私のようなきっかけで心境に変化が生まれる場合もあれば、小さい頃に既に覚醒している場合もあるでしょう。

いずれにしても結果として実は人生には『意味』があるのかもしれませんが(命をつないで行くことなど)意味を求めると意味が逃げて行くとも言います(勝ちを求めて勝ちが逃げて行く私のギャンブルは?)

とにかく入院までの日々は何十年にも及ぶ横道街道から若干でも本道へ近づく良い機会なので、このまま仮会計の如く人生の仮精算の日々を過ごします(^_^)v

posted by tetsukazu at 14:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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