2015年04月17日

前記事訂正。

携帯から記事を訂正すると元記事の最後の方がカットされるためこうするかコメント欄に入れるしかありませんのでご了承下さい。


前記事訂正部分

井上やすしさんと書きましたが正確には井上ひさしさんです。
井上靖さんと井上ひさしさんが頭の中で混じってしまいました。

加藤あいさんと阿藤快さんの間違いほどではありませんが今後は気を付けます。

文字間違いの場合は取り返しもききますが、最近いつも利用する階段を走って上る際に段を踏み外し膝の一部を強打しました。
これは深刻な事態と捉えないとなりません。
つまり数ミリであれ足の上がり方に衰えが出て来たからです。
頭では今まで通りの力の入れ具合でこなせるはずなのに、実際には数ミリレベルで誤差が生じているのだから、対処方法としては足腰を強化して補うか衰えを意識して一歩一歩慎重になるかのニ択。

どちらにしても何事も『過信』は禁物。
可能な限り自分自身の現状を客観的に見る姿勢が大事なのでしょうね。

そしてこの記事自体に誤字がないことを祈ります(笑)


posted by tetsukazu at 09:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

必死。

=真剣に=とか =必死に= とか と言うのは簡単ですが、本当の意味で表現出来ている人は少ないと思います。

ブログでも書いた先日行った店の女性が、売り上げのためと言いながら浴びるほど酒を飲んでいましたが、それは「必死に生きる日々」なのではなく「必死に飲む日々」でしかないように思います。

私が前記事で語った「明日のことなど考えない」との思想も結局は本当の意味で「必死に生きてていない」からだと思います。

本当の意味で今日を必死に生きる人間は必然的に明日のことも必死に考えていることになるのでは?

必死に飲むとか必死に打つ(ギャンブル)とかについてもそれが明日からの自分自身にプラスになるのなら『必死』の行為と言えますが、金銭的にも肉体的にも『今日』の無茶が明日を無くすことにつながるならば「必死に無茶をしている」だけです。

バーチャルな世界ですが、ゴルゴ13やブラックジャックやトランスポーターの主人公は単独でも局面を打開するし必ず成功します。
それらの例は一見無茶に映っても勝算があるチャレンジであって、ただの無茶ではありません。



『日々を必死に生きる』


(故)井上やすしさんは生前、「難しいことを易しく、易しいことを深く、深いことを楽しく」をモットーに小説や演劇に取り組んでいたとのこと。


『必死に生きること』を「楽しい」と思える時が来て初めて自分自身の人生がエンターテイメント化するのだろう。


最後に

桜花賞のレッツゴードンキの臨戦過程での着順と本番での着順を見ると、日経賞4着のサウンズオブアースが天皇賞[春]の本番で怖いですね。
posted by tetsukazu at 01:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月15日

徒然に(3)

久々の更新です。

息子が私の家に合流することが決まり、その日に備えて生活習慣の調整に努めて来ました。

先日、今日が最後かもしれない?夜の店への来店と言ってからは飲み屋へも通っていません。
最後かも?と言った日の何軒目かの店で相手してくれた長谷部Tシャツ着用の女性は「UVER world のTAKUYA∞が大好き」と言っていたし、別の女性は「龍が如くの真島吾朗と結婚することは決まっています」とのこと。


龍が如く? は??


二次元???


それらのやりとりだけで私の卒業宣言(現実回避ややり過ごすことを目的とした飲み歩き)が妥当だと実感します。

TAKUYA∞って男版misonoと言われる構ってちゃんとの印象なのですが、20代の娘にとっては格好良い存在なのかもですね。

龍が如くの登場人物が好きに至っては三次元の若い男どもは何やっとるんやとツッコミたくなります。

真島吾朗好きの女性は私が滞在した3時間の間だけでアルコール度数25度はある焼酎のボトルを一本近く飲んでましたね。

その女性は売り上げのためと言いながら太客に次から次へとボトルを注文させていましたが、お腹や背中に落書きをするわスタッフの女性とキスをするわ壊れていました。

私が「そんなに飲むと体壊すよ」と言っても「明日のことなんて考えてないんです」と返事が返って来るだけ。

それって10代の頃から今に至るまで私がギャンブルにかかわる時の一貫した心境と同じ?

決してひと事とは言えず違う形で自分の姿を見ているようでした。

壊れないとやっていられない人間は老若男女問わず心に深い何かをかかえているのでしょうね。

昨夜大事な会議があったのですが、以前の私なら100%飲み歩いていたでしょうね。
妻が居る時はそんな必要もなかったのですが、自宅に戻っても誰もいなくなってからは気がつくと話し相手を求めて夜の街へ繰り出していました。

そして家族のひとりが戻って来るようになり、私の壊れた一部の修復に努める必要が出て来ました。

昨夜などは違う意味でやり過ごすために10時台のドラマを見ながら自宅でボトルワインを半分強飲んで12時前には寝床に入り、ラジオを聴きながら寝つきました。

おかげで5時半に目が覚めそのまま起きることになりましたが、起きて携帯を見ると飲み屋の女性からメールが入っていました。

さて、「明日のことなんて考えてない」からの卒業は可能か?
posted by tetsukazu at 07:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月05日

人の振り見て…

image/2015-04-05T223A583A03-1.jpg今日の昼は自宅にいました。
日曜日のその時間に自宅にいることはまずないのですが、競馬のメインレースを買いに行く予定もなく珍しく在宅でした。

すると、長男からメールがあり「阪神メインの大阪杯のラキシスの単勝を代わりに買っといて」との内容。

「わかった」と返事をして電話投票で買いましたが、ご存知の通りラキシスは快勝して単勝は1200円つきました。

レース後、長男からは「競馬なんてちょろいな(笑)」とメールが来ましたが私はあっけにとられたままでした。

何十年も競馬を続けている私でも1200円つく馬の単勝を一点で買いあっさり的中させた記憶がありません。

歌手でタレントのmisonoさんがネットなどで叩かれる時の毒舌素人の言葉は「才能がないのに努力もろくにしない。そのくせちやほやされたいし構って欲しい。そんな奴が愛されるかよ」です。
愛されるのところを成功するかよに置き換えてもよいと思いますが、他人(ひと)の振り見て我が振り直せですね。

misonoさんクラスでも努力が足りないと言われるんですから世間の目は厳しいですね。

マイナーなジャンルながら1200円の単勝を一点で仕留めるセンスも一種の才能ですね。
私がそんな才能もセンスも持ち合わせていないならば、せめて人一倍努力する他ありません。

たかが競馬の予想と言えど、考えさせられる一日でした。

写真は夕方にわざわざ貰いに行ったボートピア梅田のリニューアルオープンの粗品です。
posted by tetsukazu at 23:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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