2015年03月29日

消えない『光』

今日は日本映画専門チャンネルで『シュガー&スパイス』を見ました。以下ネタバレ含む。


2006年に沢尻エリカと柳楽優弥主演(以下敬称略)で公開の映画ですが、沢尻エリカの「別に…」発言が話題になった映画でもあります。

この映画の中ではグランマ役で出演していた夏木マリの台詞の「女の子に優しくするだけでは捨てられるのよ」が心にグサッと来ました。

題名の通り「女の子にはシュガー&スパイスなのよ」です。
ある意味捨てられた私が、優しさだけではだめの優しささえ持てなかったとすれば捨てられて当然ですね。

やはり恋愛であっても相手をしっかり見て戦う姿勢(ライバルや自分の煩悩に勝つ)は必要ですね。

アニメ映画のサマーウォーズにせよエヴァにせよカイジにせよ『戦う(闘う)』ことで自分自身と向き合い成長するとのテーマが共通します。

自分の人生を誤魔化して生きている者にとって再び戦うのは困難だけれど、優しさを都合よく自分への甘えに転化していることに早く気付いて、外に出て戦う準備をしないとタフさも優しさも枯れてしまいかねません。


この映画のすぐ後には映画版『ホタルノヒカリ』も見ました。
コメディーではあるものの綾瀬はるか演じる主人公の台詞の「一度心に灯った光は消えることがないしその光が明日からの生きる支えになるんですよ(私の脚色含む)」の『光』が何かを考えることで戦う気持ちが甦えるかもしれません。

松雪泰子が演じた女性の「訪れたところがいいところだと思うのは訪れたお前自身がいい男だからだよ」も人生を歩む上での知恵を示唆しています。

訪れるのは何も旅先だけではありません。
ある意味日々の生活シーンの全てが自分自身の訪れ先だし、シーン全てにドラマは生まれます。

前エントリーから今エントリーへの一連の流れにはきっかけがあり、やり過ごし目的としては最後の来店だったかもしれない中での最後のお相手とは2時間じっくり話をしました。
私の結婚から離婚への経緯を語った後、その女性が「結婚のことなど考えていませんでしたが、お話を聞いて結婚ていいものだなと思えたし、離婚も悪いものではないかなと思えました」と頑張りエクボ(私の命名)と共に微笑んでくれました。
そして作家の平野啓一郎の分人の話をしたら直ぐにスマホで検索をして、著書を買ってみますと言ってくれました。

将来、彼女との会話が『光』の灯った瞬間だったとなるかもしれませんね。



posted by tetsukazu at 23:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

徒然に(2)

昨日と今日と明日は違う日。

川栄李奈さんにとって襲撃事件以前と以後では外部も内部も全く違うものになったはず。

それは、第二次世界大戦以前と以後の日本もそうだろうし、大震災以前と以後も違うだろう。

震災後の補償で高級車を購入する人間がいるとの記事も目にしたが、それは物事の一面でしかなく、各々における心の闇のことは他者には計りしれない。

ここ数年飲み歩いて多くの人間の闇を見たし私自身に深い闇があることも自覚した。

平野啓一郎氏が小説『ドーン』を通じて語っていた『分人』との造語(概念)を深く理解するためには自分自身が一旦心闇の中心に行く必要がある。

そして闇と直面することで死ぬほどの心の傷を負うが、その傷を癒していく過程こそが『分人』のパワーバランスを見直す旅にもつながるように思える。

私は知らず知らず心の闇の中で巨大なモンスターを飼ってしまいそのモンスターに様々な『分人』部分を喰い尽くされて来た。

それでも、私なりの戦い方の結果、モンスターが『過食』となり自滅する日が近づいているようにも思う。

人生が三章に分かれているならば、モンスターとの決着が第二章の終わりになるだろう。

独身時代が第一章。結婚生活の始まりから離婚後に次男が大学卒業する今月までが第二章。

そして第三章は、再生。

これからの一日一日は、常に「今日が人生の最後の日だったら…」とのジョブズの至言のように、生きる必要がある。

そのように生きようではなく『必要がある』だ。

川栄さんほどではないが、私にも一日で人生・世界の風景が変わった時がある。

ただ、今度こそは自発的に風景を変える必要がある。

モンスターとの戦いに残された時間は2日半。

次男の卒業をもって私は私の人生を歩んで行く。

そしてこのブログも「今回が人生で最後の更新だったら…」との思いで書き込む必要があるだろう。

自分自身が変わらない限り見える世界は変わらない…
posted by tetsukazu at 14:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月24日

過去は変えられないけれど…

第一話から視聴してきたドラマ『流星ワゴン』が先日最終話を迎えました。

そしてバッドエンドは望まない私にとって想像以上のパッピーエンドだったので大きな『カタルシス』がありました。

余談ながらバーで働くドラマ友達(笑)の20才の娘から『問題のあるレストラン』最終話を見ました。とのメールがあったので、私も「ある手段(笑)」により彼女に対して流星ワゴンの感想を伝えました。


以下ネタばれ含む。




タイムワープ物が好きな私にとっては珍しくない結末でしたが、設定が親子の問題(子供と友人のトラブルを発端にした父子の葛藤)や夫婦の問題(ボタンのかけ違いと意思疎通が円滑に行かなくなったことによる離婚話)がテーマだっただけに、『最高の離婚』以来のはまり方をしました。


最終話の登場人物の台詞の「過去は変えられなかったけれど、お前は変わったじゃないか!」にはジーンときました。

タイムワープを終え、主人公が元の状態に戻った時が現在で、そこから先は未来。
タイムワープ前もタイムワープ後もそれまでの過去は変わらないけどタイムワープを通じて経験値を積んだので自分の力で未来を変えられるんだとのメッセージを強く受け取りました。

あの時これを言っておけば良かったとか、あの時これをやっていれば良かったとかもあるし、あの時これを言わなければ良かったとか、あの時これをやらなければ良かったとかもあるでしょう。

そしてそのどちらに転んだかは一瞬の判断でしかありません。
ただ、その一瞬の判断がその後の人生に大きく影響するのも現実です。

最終処分地の確かな展望もないまま突っ走ってしまった原発行政の当事者(有権者含む)は未来にどのような責任を感じていたのか?
そして震災後はどう未来に対峙しようとしているのだろうか?

前述の娘には、「この前の日曜日の午前中に大阪の中心地にいたけど、11時の開店前の店に女性客が40組ほど並んでたんや。ソフトドリンク飲み放題と手作りパンが食べ放題。そしてメイン料理とキッシュなどもついて一人1300円。
それ見て、女って食欲と性欲で頭の中のほとんどを占めてそうやな」と失礼なことを語ると、「睡眠欲旺盛な女性もいます」と返ってきました。
いやいや、結局本能だけやん!

そんな会話があるからこそ男女の違いを理解したり相手の本音っぽい意見も聞けます。

時空を超え年齢を超え性別を超え、未来の可能性に胸を踊らせたいですね。
posted by tetsukazu at 10:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月19日

私にとっての日常。

今日もいつもの議論相手と意見を交わしました。

今日のテーマは『必然』と『偶然』

議論相手は社会主義こそが資本主義の発展形態だと信じて、大学生に講義を続けていた過去を自戒しています。

マルクスにとっての未来は、資本主義が終焉を迎え必然的発展として社会主義に移行するものだったはずが、実は社会主義の発展形態が資本主義だったとのオチが待っていました。

そして議論相手に「世の中に必然てあるんかな?」と質問すると、「偶然の連続でしかないし、一年後の未来どころか明日のことさえ誰にもわからないんや」と。
「何となく明日病院に行く気になり診断を受けたらガン告知されることだってあるし、そんな場合の今日と明日には埋めようのない開きがある。
一寸先は闇やし逆に一寸先に光があるかもしれんしな」

私は「そしたら人間は闇の中を目をつぶって歩くようなもんやな」と感想を述べました。

考えてみれば人間はそんな闇の中を進むからこそ光を求めるし寄り添う人間を求めるのかもしれませんね。

メールのやりとりのちょっとした言葉使いで相手との関係も変わるかもしれないし、確かに未来のことなんで誰にもわからないのでしょうね。


自分自身にとっての光とは何なのか?
それは人でもあり希望でもあり好きなことでもあるでしょう。

明と暗、光と影、喜びと悲しみ、自信と不安、喝采と罵倒、栄光と挫折、抑制と破壊、そんな対極にある要素が表裏一体の中、因果や自由選択が絡み合い次の一歩が決定されるのでしょう。

私達は、時には能動的に時には運命の渦に巻き込まれながらあきらめることなく未来への可能性を追及するしかないのでしょうね。



「たとえ何かに裏切られても…」
posted by tetsukazu at 23:52| Comment(0) | TrackBack(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月17日

デジャヴ(既視感)

昨夜は結局一本目のワインを飲み干したところで記事を更新するどころかコタツのそばで寝てしまいました。

そして朝方にベッドに移り一時間ほどした後にメール着信のバイブ音がして起きました。

6時過ぎにメールが来る相手は限られているので大体想像はつきましたが、その内容が既視感そのものでした。

一年半前のKちゃん、半年前のMちゃん、そして今朝のYちゃん。

それぞれが昼に本業を持ち、夜にバイトをしていた女性です。

店に在籍中は、彼女達にすれば私の思わせ振りで距離を詰めない態度に疑問を感じていたでしょうが、辞めた後ではそんなドライな私の対応に納得してくれているように思います。

もし私が彼女達の出勤日の度に同伴するほど距離を詰めていたら、「私、お店辞めたんです」のような連絡に対して冷静には対応出来ないでしょう。

だからと言って私は直ぐに次のお気に入りに乗り換えるわけでもなく、誰に対しても同様のスタンスです。
それは、自分のペースで行きたい時にその時会いたい人に会いに行くということ。
そして、定期的に自分の自堕落な生活を振り返り遊びを自粛する。
そんな繰り返しでやって来ました、

偶然ながら昨日の夕方にそんなMちゃんからメールが来て今朝のYちゃんからのメール。

Yちゃんにも「さよならは言いません」と返信しましたが、どんなきっかけの出会いにせよ出会いは出会い。
またいつかどこかで再会するかもしれないし、爽やかに挨拶して一旦離れるというのが私の考え方です。

デジャヴとは言いましたが、今朝のメールも実に簡潔なものでした。
事務的とまでは言いませんが、在籍中の浮かれたやりとりとは全く違うものでしたね。

でも私はそれこそが人間らしいし誰しもが自分自身の生活が中心です。
「あのお客さんのことを思うと絶対に辞められない」とはなりません」
人間なんて時には実の子供と生活をしていても「ゴメンネ、出て行くね」と言いつつ自分で築き上げた家庭を去って行く生き物なのですから。

息子が戻って来ることが発端になった最近の心境が、今朝のメールにより更なるカオスとなる予感もしますが、それでも一日は始まるし日常は続きます。

日常と非日常を繰り返しながら日々は続き、喜怒哀楽の感情や自信と不安の葛藤が続く中生きて行くしかありません。

前エントリーで意味じくも「運命に身を委ねる」と語りましたが、一日も経たないうちのこの事態は何を示唆するのだろう?
posted by tetsukazu at 07:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月16日

飲むしかないのか?

かまっておじさんと言われようがこのブログではその時々の心境を語って来たし、ガチで離婚までしました。

離婚後は夜の街にも繰り出すことも多くなり、ギャンブルをとがめる人間がいないことでブログ上では書いていないものの桁違いの勝負もしました。

長男も父親がまさかここまで派手に毎日をやり過ごしていると知って驚いているだろうし、私自身が離婚前のギリギリの常識人に戻れるか不安を抱える日々です。

ギャンブルをしなくても飲み屋に行かなくても自宅でワインボトルを一本強空けるようになってしまいました。

今日、長男の職場に行き働く姿を見ました。

そして、間違っていてもいいから一度完全に運命に身を委ねて生きようとふと思いました。

そんな心境になったのは、夕方に去年親しくしていて今は他の店で夜働きながら昼も仕事を続けるMちゃんからメールがあったことも少しは影響しているのかもしれません。

元旦にメール交換をしたきりだったので、私にすれば突然のメールだしMちゃんにとっても今日明日利益になる客でもありません。

それでもメールをくれるのはありがたいし素直に返信しました。

詳しくは言えませんが元妻からもデリケートなメールがありました。

私の今の生活状況や精神的環境は最早コントロールが困難な状態になりつつあります。
そのことも含め記事をアップした後はワインを飲みつつ運命に問いかけてみます。

何が正しくて何が間違っているのか?
そもそもそんな基準はないのか?

人生が不思議で残酷で、そして面白いのはそんな疑問に誰も何ひとつ答えてくれないところです。

私の結婚生活も夜の街に繰り出すのも知っている女性からのメールに少しだけときめくのも全て自分中心にかかわり続けた世界であり、相手の幸せだけを望んでのことではありません。
ただ、それも全員が同じ思いで自分中心に生きているなら悲観することでもありません。

人生にもしがあるなら、もし今の私に息子がいないとするならこんな呑気にブログをやっている余裕もなく自暴自棄になり全てを他者や社会に責任転嫁していたかもしれません。

もし元気が残っていれば、ワインを飲み干した後にもう一度記事をアップしてみます。

私に残っているこだわりから解放された時、違う景色が見えれば良いのですが…
posted by tetsukazu at 23:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今更の感想ですが。

前エントリーで、思うことありと語りながら間を空けずにエントリーするのも気が引けますが、人と人との絆や愛情を語るには欠かせない映画がCSのムービープラスでやっていたので何度目かの視聴をしました。

その映画とは世界中の映画ファンの誰もが名作と呼ぶ『レオン』ですが、2010年にアカデミー賞の主演女優賞を獲ることになるナタリー・ポートマンが12才のマチルダ役を演じ彼女が13才になる年に公開されました。

ナタリーポートマンはその後ハーバード大学に進学することになるのですが、卓越した演技力と聡明さを兼ね備えた稀有な存在です。

私は、ブラックジャックとピノコの関係も素晴らしいと思いますが、レオンとマチルダの関係もまた切なさなしでは語れません。

こんな私でさえ長男が居た日曜日の夜は彼の夜勤仕事前に彼のために風呂をため毛布をかけ時間になったら起こしたりしました。

日曜日の夜のドラマの流星ワゴンも父親と息子の愛情が根底に流れるテーマです。

そして『レオン』の中でのマチルダは、演じたナタリーポートマン同様に聡明で孤高で、強くも優しくもある女性でした。

真の愛情とは単なる肉体関係で育まれるものではなく、心の底から沸き上がる感情があるからこそ生まれるものです。

漫画やドラマや映画の世界はフィクションかもしれませんが、リアルな人間社会を映し出す鏡でもあります。

明日また息子と合います。
完全な引っ越しはまだもう少し先になりますが、私にとっては家族の形態を取り戻す良いきっかけになるだろうし自己愛の割合も減るでしょう。

次男の方も彼女と円満に過ごしているようなのでいずれ結婚の話も出ると思います。


私は男としてレオンやブラックジャックや流星ワゴンの登場人物のように自分以外の人間に愛を注げるのだろうか?
試されるのはこれからです。


長男へ
昨日の優しい言葉ありがとう。
そして夜勤続きの仕事頑張ってて偉いね。

次男へ
卒業おめでとう。
アクシデントを乗り越えてよく頑張ったね。

息子達の母親へ
まだまだ音をあげるのは早いよ。
子供達の成長を見守るまでが親の仕事だしそんな子供達の成長を見て自分達も成長しないとね。


道でこけたって誰も助けてなんてくれないし助けてもらおうなんて甘えるのは間違い。
だけど、差しのべられる手を振り払う必要はない。

時には流され時には踏ん張りこれからもしっかりと生きて行くしかない。

posted by tetsukazu at 02:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月15日

家族の絆。

今日の競馬の予想は的外れでした。
正直ここまで大きく外すとすぐに自信は戻らないでしょうね。

私の買い方は外した途端に生活に支障を来すほどの金額になるので、毎度のことですがしばらく冷静になり過ごしたいと思います。

長男もあと少しで我が家での生活に戻るのである程度は父親らしい生活をしないと格好つきません。

夜の街に繰り出すのも話し相手が不足している要素が大きかったので、しばらくは話し相手に困ることもないでしょう。

長男を迎え入れるに際しては我が家の整理も必要なため今日も含め忙しくもなりそうです。

ブログの更新については何とも言えませんが、歌手でタレントのmisonoさんのように『構ってちゃん』がまたやめるやめる詐欺を繰り返してるだけと言われないように、断言はしないでおこうと思います。

ただ、戻って来るにあたっては長男と今日話し合いをした結果、色々な意味で家事らしいことが復活するはずなので遊んでばかりもいられないでしょうね。


人間なんて命が尽きる瞬間までのことが評価になるので、今からでも遅くないので、「最後の最後に親父もそこそこ頑張りよったな」程度の思いを持ってもらえる位の生活態度にはなりたいですね。

ギャンブルや飲み屋への欲望はコンビニのワインで代用するなどして工夫も必要になると思います。

なんだかんだと言っても私のピンチには息子達が手助けしてくれます。
幼い頃からの複雑な家庭環境は抜きにしても好き勝手する性質は持ち合わせていたとの自覚はある私だけに、そろそろ息子のアドバイスを真摯に聞く姿勢を持たないと息子達からも見放されるでしょう。

スナック通いのおかげでカラオケレベルがかなり上がったしギャンブルを通して嫌というほどお金の値打ちを知りました。

そして私に残された最後の課題は、家庭を持った本当の意味に気付くことだと思います。

この瞬間も夜勤に備えて仮眠する長男がそばにいます。

私にとってまずやるべきことはギャンブルの勝ちでもお夜の街の姉さんを口説くことでもないはず。

今日、長男が「女版石田純一って松田聖子かなぁ」と言っていました。

何気ない言葉でも子子供なりに親を見ているし常識的な親を求めているのだと思います。

もし私が期待されている立場ならばそれに応えることが使命なのでしょう。
『カイジ』の台詞「ここまで努力しても30代で1000万ほどの蓄えがやっと」的な至言が身にしみます。
posted by tetsukazu at 19:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

賭け続ける男(急)第25話

最近のテツは自分が自分自身をコントロール出来ているんだろうかと自問自答しているようだか、常にそう意識することが意識の高さを示すものだという事実に気が付いているのだろうか?



テツ‥人間には手に負えないもんがいくつかあって、自分の命や人の気持ちやサイコロの出目や自然界からの驚異や社会の中での周囲の都合やちょっとしたタイミングのずれ等々がそうやけど、一番手に負えんのが自分自身の心と思うわ。

マサ‥えっ?何かありました?

テツ‥とっさの時や緊急時にそいつの本性が出るというけど、緊急時に適切に対応出来る奴ほど余裕ある時に落とし穴がある気がするんや。
考えてみたら俺が博打で大負けするきっかけは2万とか3万勝った後に気が抜けて大した予想もせんと惨敗しその後のレースでも負け続け元も子も無くなるパターンや。

マサ‥なるほど。人間なんて本人あった条件下でしか成果を出せないのかもしれないですね。
イチローが大リーグでホームランを狙い続けていたり初動負荷理論に沿ったトレーニングを続けていなかったら今のイチローはなかったのでしょうね。

テツさんがいつも言う「博打で勝つにはコマの上げ下げと勝ち逃げしかない」からすると、テツさんが余裕を持ち過ぎて予想が曖昧なレースに手を出す時はそんな鉄則を忘れたり、押し引きの境目を見誤った場合なのでしょう。

テツ‥自画自賛するようなことやないけど、昨日の夜もバーの娘から誘いのメールが来たけど、流されんかった。
マサには理解出来んやろけど俺が夜の街に繰り出すのを止める時も店の寸前まで行ってから家に戻って来るんや。
競馬で言うたら発券機に金を突っ込む寸前に手を引っ込めるようなもん。
俺はそんな紙一重の選択を繰り返して来た気がする。

マサ‥了解。
そしたら今日の阪神メインのフィリーズレビューのレースで紙一重で馬券圏内に来る馬を教えて下さい。

テツ‥はいはい。お前と話してたらやっぱりそっちになるよな。

1400芝のレースが本番につながるかどうかは何とも言えんけど、権利取り請け負い人としての岩田の能力はかなりのもんやし3番枠もまずまずやろ。
1番枠のレオバルディナのスタートが遅いんで2番と4番の先行馬に挟まれかけても2番が内ラチ沿いに進むやろから前が詰まることはないやろ。1400に適性あって馬体重も回復してそうで坂路ラスト24.2のコートシャルマンの複勝で。


*前エントリーは第24話です。
posted by tetsukazu at 12:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月14日

賭け続ける男(急)第23話

夜の街から卒業と言いながら一向に卒論を書こうとしないテツの意思の弱さはいつものことだか、強制卒業処分になる前に改心した方が身のために思えるがさて…


テツ‥仁科ファミリーの妊娠騒動を見てると人間の理性や道徳観はどうなってるんやと心配になるわ。

マサ‥いやいや、どの口が言ってるんですか?
医者に行くと言って金をもらってその足でパチンコ屋に行くようなおっさんに言われたくないでしょ。

テツ‥まーそう熱くならんでもええがな。
俺が言いたいのは、結婚するまで貞操を守ってたらあんなことにはならんかったということや。

欲望任せの結果なんやからそれにより起きた結果に対しては相手がどうのこうの以前に自分の自由意思による影響が大きいやろ。

マサ‥無茶苦茶に生きてきたテツさんなのに男と女のことだけは人道主義に徹してますね。
確かにお腹の中の子供にとっては迷惑な話ですもんね。

妊娠した彼女の母親が、別れてやるから億単位の金をよこせと言っているとの話(真偽は不明)も「そんな問題かよ!」となるし、兄貴の言ってる「じゃあ妊娠させるなよ」も、妹の貞操観念の緩さを強調するだけですよね。

そんな人間の低俗さに比べれば、今日の中山メインのアネモネステークスに出走する娘達は健気ですよね。
というわけで、予想をお願いします。

テツ‥なるほど、♀つながりか。
『ドンキホーテ』に出てくる台詞に「自分のポケットの小銭は他人のポケットの大金に勝る」というのがある。
ポケットの小銭でも自分の金である限り幸せにつながるアイテムということや。
複勝派の俺は小銭狙いかもしれへんけど、それでも勝ち続けることでいつしか山になるかもしれへんしブレへんことも大事な要素と思うけどな。
仁科娘もブレずに体を張って恋愛に挑んだんやから泣き言を言うたらあかん。

で、ちょっと前置き長かったけど予想に入るわ。

今回と同じ舞台で行われたフェアリーSでは、テンダリーヴォイスが1番枠でメイショウメイゲツは14番枠。
それが今回は、テンダリー14番メイショウが2番や。スポーツ紙は枠順発表前に各記者印がつくと聞くし、発表後に印がついたならメイショウの印も変わったかもな。3番枠の馬が行き脚悪いんで2番枠から楽に好位をとれるはず。馬券はいつも通りメイショウの複勝で。



飲み屋のお姉さんからの来て来てメールには耐えてもメインレース前の平場レースを買いたくなる欲望には勝てるのか?
posted by tetsukazu at 12:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月10日

結婚とは?

私は、結婚式での神への誓いをその後に守らない人間に対しては一貫して批判的な立場です。

そして安くないお金をはたいて夜のお店でそのことについて質問をします。
と言うのも夜の街で働く女性の両親離婚率が結構高いため参考になるからです。

昼の世界で女性に対して「教会の結婚式で神父さんから死が二人を別つまで添い遂げますね。との問いかけに対して100%はいと答えるのにどうして死が訪れなくても別れるんやろ?」と聞くと、10人中9人から「その時はそんな気持ちだった」とか「若気の至り」とか「思っていた人ではなかったから」とかの答えが返ってきます。

もしそれが一般的な女性の意見であるなら結婚式前に新郎に対して(逆の場合も含む)「式はあくまでもセレモニーだから一応『はい』って言うけど、貴方が私に対して冷たい仕打ちをしたら別れるからね。」と言っておくべきでしょう。

しかしそうであるなら神は利用されているだけですよね。
確かにクリスチャンでもない人間がキリスト教上の神に対しての誓いを裏切っても罪の意識は薄いとは思いますが、人間は自分勝手な存在だからこそあえてそういったハードルを設ける知恵を産み出したとも言えます。

近代国家とは法治国家でもあるため神への誓いより民法上の約束事が優先されます。
それなら尚更神を悪用するべきではなく、結婚はあくまでも契約であり精神性と一体ではないと位置付けるべきです。

ただ、生まれて来る子供の権利等を考慮すると結婚という形態を避けて通るのは困難なのも事実。
『精神性が最も必要とされるはずの結婚なのに、離婚が可能であるとの法律が精神性を凌駕するジレンマが私の釈然としない気持ちにつながります。

この5年強の間、夜の世界で様々なタイプの女性と接点を持ち、知らず知らず10人中1人の方を求める自分がいます。

三年間付き合った彼との破局原因がセフレが6人いたからとの話や、20才になるまで自分から人を好きになったことがなく、付き合った期間で最大なのは中一の時の5ヶ月。それ以降は2ヶ月が最大だったとかの話を聞くと、自分自身の結婚や神父に誓いを立てたことが奇跡の出来事に思える。

先ほどの誓いの話での男女別バージョンで考えると、セフレ6人男がそのままの状態で結婚に至っていなかったことは彼女にとり不幸中の幸い。

人間は成長する部分と劣化する部分がある。トータルでプラスになる大きな要素が結婚であって欲しい。


posted by tetsukazu at 12:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月09日

徒然に…

image/2015-03-09T003A573A46-1.jpg長男が我が家に戻ることが決まりました。
期間の方は経済的に安定するまでと本人は言っています。
一人暮らしの気楽さと寂しさが同居した生活ともしばらくはおさらばですが、話し相手が出来たと思ってプラス要素に考えることにします。

さて、前回の更新後も私の生活にそれなりのメリハリはありました。
写真は、5円スロットで『リング』を打っているとAT中にまさかの+300Gが来てあわてて写メを撮ったものです。
最近のスロットは「事故る」こと以外になかなか勝てないので、+300Gは良い意味での事故です。

冒頭の話に戻りますが、帰って来るにあたり長男にある質問をしたのですが次のようなやりとりです。

「離婚してから俺が飲み屋通いをしてるのはお前も知ってると思うけど、ガールズバーなんかには20才の女の子もいるわけで、俺ってロリコンになるんかな?」
「いやいや俺が思うにはロリコンは10代の子供に興味を持つ奴のことを指すと思うで」

「それと、飲み屋のスタッフは簡単に今日来て欲しいなーと言ってくるけど、彼女らも出す方の身になると5千円とか1万円の値打ちをわかるはずやのにな」
「それは、どこかの社長とかにとっては若い女の子と1万円で会話出来ることが安いんや。親父がもしそんなところで相手してもらう対価として高いと感じるなら、適正と感じる環境で酒と接したらいいと思うで。金の力がないと女の子と相手してもらわれへん立場ならそれはそれで仕方ないけど親父は他にも趣味とかあるんやし社長遊びは一度考え直してもいいんと違うか?」

まーこんな会話が出来るのも息子が成長したお陰。
三回に一回位は息子と酒飲んで飲み代を浮かすか(笑い)
posted by tetsukazu at 01:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月02日

明日を信じて…

土曜日は私には珍しく年上の男性から食事に誘われ3時間ほどご一緒しました。

全体の印象ではやはり親子の愛情と男女の愛情は異質だなと思いましたね。

そして言い訳にはなりませんが、結果的には生ビールをかなり飲み、その後自粛していたはずの夜の街を梯子しました。

一軒目は行き付けのスナックでしたが、土曜日には必ずいるはずのコスプレっ娘がいなかったのはショックでした。
あくまで想像ですが、辞めたのかもしれませんね。
以前にも述べましたが彼女とは番号交換もしていなかったので奇跡が起きない限り会うことはないかもしれないですね。

とは言え、悲しいとか寂しいとか切ないとかの感情はほぼ100%自分発の感情であり相手の事情や感情への想像力が欠如しているんですよね。

ショックを引きずりながら行った次の店では、自称20才の可愛い女性と2時間びっしりと話をしたのですが、去年まで付き合っていた10才年上男性から「結婚して欲しい」と言われたけれど断ったそうです。

それを聞いた私は「心の中で、私の何をわかってるのよ」と思わなかった?と彼女に問いただすと、彼女は「そうですね、私がまだやりたいことがあるという気持ちも理解して欲しかったですね。彼の一方的なプロポーズに私の気持ちは一気に醒めました」と言いました。


私が一方的にコスプレっ娘がいなくなったことに落ち込んでいた後だけに彼女の話を聞いていて「ドキッと」しました。

先のエントリーで、過去と向き合ったり逃げたりの繰り返しでいいんだと語りましたが、土曜日の一連のエピソードも「バランス」が大事なのだなと改めて思いました。

自分自身の事情や感情上に発生する悲しさや切なさや寂しさと、他者の事情や感情に対する想像力や思いやりの気持ちを両立させることが本当の意味の大人なのだろうと感じました。

自称20才の彼女とは映画好きドラマ好きとの点で盛り上がりましたが、共通・共感の感情が芽生えると年齢や性別や立場を超えて濃密な時間を過ごせるのだなと実感しました。

会計としては2時間
完全に独占して9000千円ちょっとだったので、コスプレっ娘不在の行き付けの店の11000円より満足感は高かったですね。
番号交換もしたので「スタイリッシュな夜になり感謝です」とメールしました。
そして多くの人達から勇気や自信をもらい明日の自分が今日より成長していますように…

最後に、後藤騎手のご冥福をお祈り致します。
posted by tetsukazu at 00:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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