2013年12月21日

雑感-74

ボートレースの賞金女王決定戦でデビュー時から応援を続けている平山智加さんが優勝したことについて遅くなりましたが「おめでとうございます」と言わせてもらいます。
17才年上で同じボートレーサーの福田選手と結婚した後での快挙なので私生活も順調に行っているのでしょうね。
優勝のコメントでは「今まで大きなレースの優勝戦で期待に応えられなかった経験も無駄ではなかったと思います」と語っていたのが印象的でした。
私は昔も今もアスリートが大好きですし私自身もスポーツに関わり続けています。
喜びは一瞬だけかもしれませんがその一瞬の喜びを味わえるのは一握りの選ばれし者だけです。
どんな分野であれ人間同士がやることなんて紙一重の差でしかなく、その僅かの差をつけるには日夜努力を続けるしか方法はありません。
仮に恋愛であってもライバルとの差は100と95位の差でしかないだろうしその5の差をつけることが大変です。
やはり応援を続けている卓球の平野さんもメダルをとったし応援している選手が活躍するのは素直に嬉しく思いますし私自身も刺激を受けて何らかの結果を残したいと思います(今日のエントリーはですます調です)。

12月に入り何かとバタバタしていて20日の夜もこたつでついウトウトしてしまいました。
すると、元妻から電話があり正月に息子達と食事をしたいのでそっちに連絡があれば予定を聞いておいて下さいとのことでした。
どうやら元妻の母親が喜寿を迎えるとのことで息子達にも祝って欲しいとのことのようです。
電話があるのも珍しいので「体調はどうなん?」と聞いたら「心臓の精密検査を年明けにやる予定」と言われ少し複雑な気持ちのなりました。
「原因は?」と聞けば「ストレスと肥満」とのこと。とにかく私のところを出て行ってからは膝の靭帯の損傷等々心身共に病気のオンパレードになっています。
一緒に居た時には大病を患うこともなかったし心のバランスが極端に崩れることはなかったのに…
用件以外のことで会話が長引くことは避けたいとの気配を感じたので「父親が頼りないのだから母親だけでも元気でしっかりしてよ」とだけ告げて電話を切りました。
「幸せを願うなら同意して下さい」との経緯だっただけにこのような現状にはやはりやり切れないものがあります。
元々は私がしっかりしていれば良かったのですが今更言っても始まりません。
20日に昼にいつもの知人と話をしていて「お金に困っていると言って人に話しても人が代わりに支払いを済ませてくれるわけでもないし、病気になっても誰も変わってはくれない-と言うか代われないよな(たとえ肉親でも)」との結論となり、「結局自分自身が頑張る以外にないよな」で会話は終わりました。

小学校で子供達を殺害した宅間死刑囚は生前「身分や収入や肩書や容姿で差別される理不尽な世の中なんて無茶苦茶にしてやる」と言っていました。
彼を非難するのは簡単ですが、無茶苦茶にしてやる以外の言葉はそれほど的外れでもない気もします。
本当の勝負はそんな理不尽さに気付いた後から始まるのではないだろうか。
「俺は(私は)こんなに頑張ってるのに周囲や世間から評価されない」と言っている奴の声をそのまま受け取るほど世の中は甘くない。
書き始めに語ったように人間同士の差なんてほんの僅かなものでしかない。
全員が福山雅治や石原さとみのようになれない以上、自分なりに日々努力を続けるしかない。
私のことで言えばつい最近4年前からの知り合いのところに会いに行って「最近朝起きるたびに俺老けたよな〜と思うんや」と伝えたら「全然老けてないし逆にスケールアップしてるよ」と言われ少し自信になりました。
なんやかんやでチューブトレーニング+ランニング+腹筋+ストレッチのコンボも丸一年になりました。
今日はさぼっても良いかなと思ったことは度々ありましたが何とかさぼらずにやれました。
そろそろ更なる負荷をかけようと考えていた矢先に浴室であばら骨を痛打してしまい現在様子を見ている最中です。
このように災難はいつやってくるかわからないので元気に体が動く間はこれからも手抜きせずに続けようと思います。
ネット喫茶から更新していますが自宅に戻れば長男が帰って来ているはずです。
私自身、去年の今頃と今年の今を比べるとほんの少し成長出来たとの実感があります。長男にもその『ほんの少し』のマインドを伝えたいと思います。


posted by tetsukazu at 02:06| Comment(9) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月08日

偶然など無い。

記事としてはお久しぶりです。
パソコンを使用するのは個室しかないネットカフェのマッサージ機付の部屋から更新しています。

コメント欄に少し書いたことですが「この世に偶然など無い」と意識することで納得出来ることが多いように感じます。

一応、会社からも給料を貰っているので会議にも出ますが「えっ?そんなこと言うの」という場面に遭遇します。
ある女性社員が「身体的に困難な作業になる時、たまに顧客(男性)に手伝って貰うことにしています」と発言。その後上司にあたる者が「顧客との良好な関係を築けている証拠ですね」と話をかぶせたのですが、しばらくして別の社員が「いやいや、もし顧客に万一のことがあれば問題になりますよ」と指摘しました。
私は心の中で「女性もいらんこと言わんでもええし上司も上司で空気読めよ」とつぶやきました。
案の定、会議の場は微妙な空気となりました。

会議が終わってから別の人間にこのことを話すと「顧客とはいえ口頭での委任契約が成立しているので問題はないはず」との見解でした。
要は女性社員がそんな話題を出さなかったらよかっただけの話ですがどこかで「私は人間関係を円滑に行っている」との意識があったのかもしれません。

この話が今日の記事のタイトルどう関連するのかを少し説明しないとだめなのですが、会議の席に30人もいれば異なる意見を持つ者がいて当然との認識で場に臨むべきであり、このような展開になったのはやはり偶然では無いと考えるのが自然かと思います。
仮に2〜3人の気が合う同性同士の会話ならば「上手にやってるね」との流れになったかもしれません。

このエピソードについてはこれ位にして、私の大きなテーマである「結婚の必要性」についても語りたいと思います。
大人になれば半数以上は一度は結婚するという現実を見ると、結婚も偶然しているわけではないはずです。
子孫繁栄のためという要素は当然あるとして、経済面から見れば独身のままの方が豊かな暮らしが出来る場合も多いと思われるのにそれでも結婚するのはどうしてなのか。

これは私が離婚して気付いたことですが「互いが欠点を補い合うような関係性を持つこと」が結婚生活の中にあったように思います。
「あんたそれはやり過ぎよ」とか「お前それはアカンやろ」とかの何気ない会話が実は重要なことだったような気がします。

『偶然など無い』と私自身が言う以上、離婚も偶然では無いのですが結婚生活もまた偶然ではなかったように思います。
そしてこの場でこうして記事をアップするのも偶然ではありません。
今日は、長男から何度も電話があり「WINSで会おうや」とのことでした。
電話の段階で「ハープスターの単勝買おうと思うんやけど」と言うので「追い込み馬の単勝2倍は買いにくいな」と答えました。
昼過ぎに現場で待ち合わせをしましたが、長男が運試しに中京の追い込み馬の単勝2倍を買ったところ単勝万馬券の馬に僅かの差で負けて2着でした。
長男にしたら千円の負けでしたが、ハープスターの単勝が的中しても今日の勝ちは無くとんとんのなるだけ。
見ていると何とかしてあげたくなり「運試し代は俺が出したことにするわ」と言いながら千円を渡しました。
思えば、何年か前も似たようなことがあり記事にしたことを思い出します。
夜勤明けで目を真っ赤にしながら横で笑っている息子の姿はお金では買えないものです。
会っている場所は真面目な父親とは異なりますが、私にとっては偶然では無く過去の積み重ねの結果です。
まだまだ居たそうなところを「早く家に帰って寝てこい」と声を掛けると「ハープスターの単勝千円だけ買って帰るわ」と言いながら発券機で馬券を買って来た後、「元気でな」と見送りました。

独身である私、父親である私、社会人である私、欲望を持った動物でもある私。
そんな様々な顔を持つ私をこれからも私自身がコントロールするしかありません。
気になる女性との仲も大きな進展はありませんでしたが、何回かは食事をしたり出来ました。
「イイ男でありたい」と数年間言い続けて来たので、今までの送信メールの内容も見直して言行一致でなければいけないなと改めて思いました。

今年もあと少し。残りの日々も来年からも日々の積み重ねの結果が待っているのだろうから気を引き締めて過ごしたいと思います。
偶然不幸になるわけでもなければ偶然幸せになるわけでもありません。
私だけのストーリーはこれからも続きます。そして誰かのストーリーに少しだけでも登場出来れば幸せです。
訪問して下さる皆さんも誰が何と言おうと自分自身の生き方を持って下さい。そして信用に値する自分を創りあげて下さい。


posted by tetsukazu at 23:50| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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