2012年12月30日

単純に…

今年の世間体上の仕事も終わり、サウナで何となく手に取った漫画本の内容が、一週間以上セックスをしない期間が開くと身体に毒が回ってしまうので、とにかく相手を求めてバタバタするという設定の物語だったのだが、よくそんな内容で単行本にもなるし読者もいるものだ(と言う私も読んでしまったが)。
当ブログであーのこーのとのたまったところで、妄想漫画のパワーには到底勝てなさそうだ(笑)

この一年も私の頭で考えられる範囲で語って来たが、部分部分では整合性のないところもあっただろうし、話があっちに行ったりこっちに行ったりした時もあっただろう。
女性の気持を理解したいがためにあれこれと妄想に浸ってもみた。
でも、ついさっきに映画 『夜明けの街で』 を再び観たが、深田恭子演じる秋葉の最後の台詞に目から鱗が落ちた気分になった。


「一杯笑った。一杯泣いた。一杯ドキドキした。一杯切なかった。」


そもそも、人間には男と女しかいない(当たり前by伊勢丹?)。
そもそも、人間も動物なのだから本能が中心となり活動する。
そもそも、一匹のオスが一匹のメスに種付けすることは義務でもなんでもない。人間社会では権利としてあるが…
そもそも、動物の世界は弱肉強食であり平等・公平の概念はないはず。
そもそも、働くことは食べるためであり、その他のことに報酬を費やすのは本質から離れる。
そもそも、動物は、フォルムが重要であるべきであり格好良さの追求は本能と密接に関係するはず。
そもそも、恋なんて生きる中ではアダ花かもしれないが、だからこそ儚く美しいのだ。

一緒にいる時間の長さや社会的に表現される単なる関係性だけが重要なのではなく、中身を大切に思い瞬間に情熱を注げる心を持つことこそが尊い。


人生は明日からも続き明日からも人と関わる日々が続く…


今年訪問して下さった皆様、本当にありがとうございましたわーい(嬉しい顔)
まだ更新する可能性はありますが、皆さんのご健康とご活躍をお祈りしつつひとまずこの記事を私のご挨拶とさせていただきます。


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2012年12月27日

雑感−42

痴漢の容疑で拘留されていて釈放されたJR西日本の執行役員が自殺した。
関東所属の騎手である青木騎手や石田純一の娘さんの元カレの俳優も自殺したとの報道が出た。
先の尼崎の事件の容疑者も自殺したが、人間が死ぬと真相も闇の中だし世間の関心も薄らぐ。

中でも痴漢容疑の末自殺した男性の問題は闇が深い。
女性専用車両を利用していない被害者(暫定的)からの訴えなので被害者が完璧に防衛していたのかとの疑問は拭えない(男目線として)。
聞いた話だと、女性専用車両だけに料金を20円増しにするだけで女性はその車両を利用しないとの声が大半らしい。
つまり女性のおしりは20円以下との自己評価なのか?(また女性の訪問者を敵に回したかも?)
それなら男性専用車両を設けたら良い気もするが結局のところ企業は痴漢撲滅より利益優先なのだろう。

女性という生き物はそもそも周囲の人間に親和性を求める存在らしい。
彼氏がいようが旦那がいようが基本的に人間愛に溢れているので誤解を招く行動も起こしがち。
警戒心ばかり持つ女性だらけならそもそも恋愛も成立しないだろう。


一方、男としての防衛についてだが、これは 「勘違い」 がキーポイントになると思う。
欲望を果たす手段としては痴漢はあまりにもリスクが高すぎる。妄想が行き過ぎるのも考えものだ。
20才位までの女しか女と認めない考え方を持っている男性がいるならば混雑する電車に乗って若い女性の近くになりそうな時は、両手を上げるなり扉面に向かってピタリと張り付く位の抑制心が必要だろう。
私もこの歳のくせしてAKBがどうとかももクロがどうとか言っているが、58歳の集団が踊る姿を見ても男として何ら元気を貰えない。
やはり若い女性から元気を貰えるのは事実だろう。
ただし、若い女性が好きな男は自分が成熟していないことを公言しているようなもので決して自慢出来る話ではない。

また、知的レベルが高いとそれなりに整った顔になるはずとの俗説もある。
今回亡くなられた方の顔は知らないが、自分自身の顔に責任は持ちたい。
話はずれるが、TBSの夜のテレビ番組で爆笑問題の田中と出演している小島瑠璃子さんなどは有名進学高から知名度のある大学に進学したらしい。
私は何も肩書きを重視しているのではなく賢い生き方が出来ているかどうかが問題だと思うので、その賢さは必ずや顔そのものや表情や佇まいに出るはずと考える。
田中さんと結婚したいと語る彼女からはある種のクレバーさを感じる。

恐らくエリート街道を進んで来たであろう先の執行役員はどこかで勘違いをした可能性がある。
人間の持つ大きなウィークポイントは客観性を持ち難いこと。
もし痴漢をしそうになりかけた時、自分自身を俯瞰した目で見る事が出来るなら間違いは起こらない。
常に正しい判断が出来るかは難しいところ(確かな正解が無い場合もある)だが、犯罪性を帯びることに対しては強い意思が必要だ。

青木騎手の場合は今年国内での騎乗機会がほとんどなかったようなので経済的な問題などで心に闇をかかえたような気がする。

石田純一の娘さんの場合はこの秋に別れたばかりだそうだ。
彼の訃報を受けて駆けつけたらしいので決して悪い関係ではなかったことが推測される。
俗にイケメンと称される俳優は多く存在する(戦隊もののヒーロー役など)が、イケメンだけで生きて行けるほど芸能界は甘くない。
イケメン度だけが評価の大半ならば中村俊介などは今頃天下を獲っていただろう。

そんな私も煩雑さに紛れて忘れ去っていたが、『モテキ』 らしきものはあったような気がする。
私は小顔でも何でもないしビジュアルだけで勝負する気などなかったしそもそも恋愛市場で勝負する気そのものがなかった。
若い頃は連日の麻雀三昧(勿論仕事も人一倍したので睡眠時間をカット)で独立する直前には身体はボロボロだった。
医者からは結婚だけが治療薬と言われて本当に結婚して本当に治ったのはいまだに不思議なことだった。
当時若くして数百万の貯え(100%自分で稼いだ分)があったから結婚も独立も出来たが、私が何かたくらみを持つタイプだったなら結婚については二の足を踏んでいただろう。
ある意味、医者から結婚することでしか治らないと言われたのが運命でもあったのだろう。

エリートでも、なりたい職業についても、イケメンでも悲惨な結末となることがある。
結果が大事とのタイトルでブログを続ける私にとっての 『結果』 とは何なのだろう。


民主党政権から自民・公明連立政権に移行するが、民主党は左翼政権とも評されていた(旧社会党の政治家も数多くいたため)。

左翼は 『平等』 を絶対価値とし、上下関係を認めない。社民党の福島党首が夫婦別姓にこだわるのもその流れ。
そのため、上の者に従うとの発想はなく、意見が食い違えばあくまで戦い、悪いケースの場合は内ゲバが勃発する。
良いケースの場合でも分裂に繋がるケースが多い。
上下関係を認めて上の者に従うという統率のとれた行動がとれない俗に言う 『左翼』 に展望は開けるのだろうか?

杉山龍丸という人物はあまり知られていないが、インドの緑の父と呼ばれる人物。
彼はインド政府や個人の協力を得て、インド各地にあった砂漠地帯や土砂崩壊の地域を緑化した。
しかし日本の政府や企業からは理解や協力を得られてはいなかった。
現在、親日国のひとつであるインドではあるがこういった一個人の尽力のお陰でもある。
私も今年の総括をする上で、誰かのまたは何かのために未来への種を蒔けたのだろうかと考えてしまう。
息子達のためにも自分の楽しみだけに終始しない毎日を過ごすべきなのだろう。
納得の行く人生を歩めるかどうかは自分自身にかかっているし何らかの形で必ず 『結果』 が出るはずだ。


今回の政権では個人的には稲田朋美さんに期待します(ブレがない政治家)。












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2012年12月24日

誰のため何のため。

この三日間は仕事の残務整理に追われた。
それでも昨日は昨年も観た第九のコンサートに行ったし(多忙なため前半だけで退席)、
今日も仕事をしながらテレビ版モテキを全話観た(今から映画版)。
仕事は恐らく明日の朝近くまで続き、その後も29日までハードな日々が続きそうだ。
コンサートの中で、怪獣のバラードという歌も合唱していたが名曲だった。
現在30才前半位までの人は学校で合唱曲として親しんでいる曲らしいが私になじみはなかった。
バラードと名がつく割りにはアップテンポの曲だったが、良い曲だなと感じた。
もしカラオケに入っていそうなら一度歌ってみたい。

モテキの方は、やはり何回観ても第6話の 中柴いつかがカラオケを歌う直前から歌い終わるまでのシーンが大好きだ(床の上で引き摺られる満島ひかりの演技は神レベル)。
共演者のリリーフランキーがそのシーンで涙を流したとのエピソードもあるらしいが神回だ。

原作者が女性だけに物語で出てくる女性の台詞は信用出来ると感じているので、なるほどなとの台詞が多くある。
いつかがカラオケを歌いに行くことになったのは、幸世が強引に引っ張って行ったからなのだが、いつかは幸世に対して、「どうしてそんなに必死になるの。何が理由なの」 的な台詞を連発するが、女性はそうしてよく理由を聞きたがる。
ただ、そこで答えた内容がしっくりこない場合は、「それで?」 とか 「わからないんだけど」 とかに繋がることが多い。

幸世の場合も上手く答えることが出来なかったのだが、「いつかちゃんの気持にケリをつけて欲しいから」 との言葉のみ相手の心に響いた。
このドラマを通して幸世は、好きになった女性や好きになってくれた女性とエッチをすることばかり考えているのだが、この回のこの場面はそうでなかった。

幸世は自分の想いを遂げることが自分の幸せだと考えているのかもしれないが(設定上)、この場面はいつかの気持に寄り添うことだけを考えていた。
結局、誰かに何かをして貰ったり自分がしたいことをして満足したりすることよりも、目の前の相手のために何が出来るかを考え行動する方が幸せなのか?

映画版で幸世は長澤まさみ演じるみゆきとラストでハッピーエンドを迎えるが、大根監督は、「個人的にはあの後3日でふたりは別れると思う」 と述べている。
映画版でも幸世は、みゆきのことを考えて不倫相手と別れさせようとしたのだがそうした行為がみゆきの幸せに繋がるかどうかはわからない。

今日の賞金王決定戦で優勝した山崎智也選手は同じボートレーサーの横西奏恵選手と結婚して間もないのだが、彼女には前夫との間に生まれた女の子がいる。
横西選手はこの大会が始まる直前に電撃引退をした。来年のカレンダーにも登場するので本当に電撃なのだろう。
今後は夫を支えると述べているし出産のことも考えているのだろう。
山崎選手は若い頃からイケメンレーサーとして女性ファンを獲得して来た。
そんな彼がどうして彼女を選んだかは本人に聞くしかないが、横西選手は山崎選手から受けた愛情に対して自分もまた彼に尽くす決意をしたように見える。
優勝後のインタビューで、「妻と娘の応援に応えたかった」 と語ったが、極自然に娘と表現した彼に男気の一端を見た。

モテキに話を戻すと、いつかがカラオケを爆唱した後の回想シーンで幸世の言った台詞が好きだ。
「歌っているいつかちゃんはカッコ良かったな」

テレビ版モテキ第6話には、何が大事なのか何が大切なのか誰のための人生なのか何のための人生なのかを考える要素が詰まっている。


私が改めて身体を鍛え始めて2〜3年になり、ランニングも取り入れてからは約半年。
今日ふと胸筋を触ってみたところそのかたさにびびった。ついでに脚の筋肉も触ってみたら えっ?という位しっかりと筋肉がついていた。
鍛えてはいたが、自分の身体の一部分をいちいち触ったりしていなかったので衝撃的だった。
私は別にナルシストではないので肉体自慢をするつもりもないし他人と比較するつもりもない。
ブログにしても気がつけば多くの人に訪問してもらえているとの状況があるだけだ。
訪問者を気にするならもっと大規模なブログ運営サイトに移転するだろうしサイドバーなどにもこだわるだろう。
馬券や舟券の予想が当たろうが外れようが淡々と記事を更新するだけで何かを求めるという意識はない。

私は京都で産まれたのだが生家の直ぐそばには山があった。
私は3〜4才になるまでその山を走り回っていた。おかげで中学卒業までは走りを主とする陸上競技では誰にも負けたことがない。
男の子を大物に育てるには天井の高い家で育てるのがベストとの格言があるが私には理解出来る。
私がいまだに自由を尊重し細かいことにこだわらない性格なのは幼少期の環境がその要因に違いない。


恐らくだがこれからも私は、人生という野山を駆け巡るのだろうし損得や栄誉を意識しないで生きて行くのだろう。
それでも関わりのあった人間への思いやりだけは失いたくはないし最低限の社会常識(分相応な生活状態維持)はわきまえたい。


そうそう、今年のクリスマスイブはケーキも食べず誰ともプレゼント交換をしないまま過ぎようとしているのでさんまの番組でもみようかなわーい(嬉しい顔)
好きな人と会う回数分だけ会えない時のつらさも増すのでやせ我慢の日々が続く…


追記=ももクロの 『走れ!』 を名曲扱いしているのは俺だけだろうか?
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2012年12月23日

賭け続ける男(破)第61話

12月はやはりあっという間に通り過ぎる。テツの師走も慌ただしくなって来たようだ。

マサ‥あの〜 飲み会の連絡が一向にないんですが?

テツ‥心配するな、別のところで俺は名を残したから。

マサ‥はぁ? 

テツ‥だから、人の心の中に俺の足跡を残して来たんや。

マサ‥で?

テツ‥あのな、男と女は違うというこっちゃ。

マサ‥いやいや、俺との忘年会はどうなったんですかと問いかけてるんすけど禅問答的な?

テツ‥純愛的な?

マサ‥もういいです。好きなだけ喋って下さい。

テツ‥まぁ聞いてくれやマサ。
男と女って中には友人関係もあると思うけど、男の方は仲の良い異性の友人にも何%かは恋愛感情があると思うんや。
でも、趣味が共通してたりしてそこで盛り上がり続けると、適度な緊張感も無くなって恋愛感情を伝えるタイミングを失う気がするわ。
一方で、女の方は食事だけの付き合いや話し相手だけの付き合いや送り迎えだけの付き合いと割り切り異性と向き合える気がするわ。
そうなると、男は成就可能性ゼロの恋愛に時間を割いてしまう危惧があるよな。
具体的に言うと、女は本当に恋愛感情を持つ相手を前にすると瞳孔が開いて黒目が輝いて見えるらしいわ。
女同士の場合、例えば職場恋愛している同僚が居るとするとその同僚が恋愛相手の目を見つめる姿で一目瞭然にわかるらしいわ。
人間は基本的に動物なので肉体のどこかに感情が出てしまうそうや。
俺にそんな敏感な感性があれば今までに恋のチャンスを逃してはいないんやろな。

マサ‥もう満足しましたか?他に言いたいことは?

テツ‥来年は恋のギャンブラーにならせて貰います。

マサ‥はいはい、まだ今年は終わってないので今のうちにさっさと有馬の予想でもして下さいね。
テツさん理論を生かすならどのお馬さんを見て瞳孔が開くんですか?

テツ‥牝馬が出てないんで瞳孔は開かんと思うけど、勝つのはステイゴールド産駒やと思てるで。
ドリームジャーニーのような競馬をすれば4角を回る時の勢いでゴールまで突っ走れる気がする。
同産駒は、オーシャンブルー・ゴールドシップ・ナカヤマナイトの3頭。
恐らく、オーシャンブルーとナカヤマナイトは道中内ピタリを走り4角で進路を確保する戦法をとり、ゴールドシップは外目から3角過ぎに仕掛ける戦法をとるやろ。
ダービーの時に俺が言うてたみたいにゴールドシップのラスト1000mの脚は現役ではトップクラス。
ナカヤマナイトの天皇賞からのローテも良いしオーシャンブルーの末脚もかなりのもんや。
単勝を狙うとして、ゴールドシップ3単位・ナカヤマナイト1単位・オーシャンブルー1単位の割合で。

マサ‥自信度の方は?

テツ‥競馬が15%で恋の予感が20%かな。

マサ‥もう黙ってピンク帽の馬でも買っといて下さい!


テツは最近、自分の気持を素直に伝える大切さに気が付いたようで人と自然な笑顔で接することが出来るようになって来たようだ。
一緒に居たいと思える相手は見つかったのか見つかっていないのか。テツの動向から目が離せない。



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2012年12月22日

雑感−41

今年は恋愛スキルが激低の私にとって学ばされることが多い年だった。

結局、一緒に居たいと思うから男と女は一緒に居るわけであり、難しい理由などない。
一緒に居たいと思えるならば我慢もするし相手への思いやりも持てる。
ただ、大人の関係であればある程一緒に居たいと思う根拠はひとつでない。
好きだからとのエレメント(要素)は勿論だが、経済的にメリットがあるからとのリアルな内容も含まれるはずだ(あえてどちら側とは言わない)。

そのことに関連してもうひとつ言えることは、相手に惚れたり惚れられたりするということは、心が動くということ。
では、一度動いた心は永遠に元に戻らないかとなるとそうでもなく、「暫くの間は動かない」 との表現が正しそうだ。
3ヶ月かもしれないし30年かもしれない。
私の知識では、太古の昔からの遺伝情報の作用として、女性の体は3年間は目の前にいる男性を引きずるが、
女性の受胎後に相手の男性が戦いなどにより命を落すケースが多かったため次の生殖活動時には別の男性を受け入れる準備が必要なので、
前の男性を忘れることの出来るシステムが脳内(または子宮)に存在するらしい。
男としては少し悔しくもあるが、たとえ3ヶ月間でも相手の心を動かし続けることが出来たのならそれはそれで大満足するべきだろう。
我々は結局女性のお手伝いをそっとするしかない存在なのだ。

とは言え、結婚願望のない女性もいるとは思うがそんな女性でも好きな男性が現れたら女性として本能に目覚める場合があるだろう。
そんな時でも男は慌てることなく、男としての役割に徹して女性に尽くすのが本懐に相違ない。

ある知り合いの年上女性に、理想の男像は?と聞くと、「最初がレッドバトラーで、次にX Japan のyoshiki で、その次がブラックジャック」 だと。
理由は?と聞くと、「人間の器が大きく、経済力もあり、強い者に媚びることなく弱者には優しいからよ」 と。
そして、「全てを兼ね備えているのに謙虚だからよ」 と続け「全てを兼ね備えているけど謙虚でない男も山ほどいるし、謙虚だけの男も星の数ほどいるわよ」 と締めた。

私は思う。「意欲を持って生きるかどうか」

結婚ほど面倒なものはないだろう。しかし困難なことから逃げていても何も進化しない。
相手に惚れられたら自分も誠意を尽くす(逆でも良い)。そんな過程を経てまず一台目のハードルを越えることが出来る。
一台目を越えたからといってハードルがなくなるわけではなく、次から次へとハードルは続く。
しんどいことを一回でもやっている人間と全くやっていない人間とでは社会的評価が違ってくる。
何も結婚だけが困難なことではない。しんどいことから逃げれば逃げるほど身に付くことは少なくなるし人間としての幅や魅力は生まれない。

大多数の庶民が自民党に投票するということは、長いものに巻かれたい願望や権力者のおこぼれにあずかりたい願望がある表れに見えて仕方がない。

中央官僚や経団連の親玉達はきっとこう思っているだろう。

「君たち英語のひとつも話せるの?」 と。


人の世は経験しないとわからないことだらけである。 少しだけ勇気を持って一歩踏み出すしかない。


一緒に居たいと思ってくれる人がそばに居てくれているのならこれに優る幸せは思い付かない。



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2012年12月20日

雑感−40

2時間ほど前に更新しようとしていたら突然長男が立ち寄りに来て
仮眠させてくれと言いながら横でゴロンとなりだした(前置きなし)。
鍵を持たせているので突然来ても自分で入れるのだが、もし私が取り込み中(??)の時に帰って来たらどうしよう?とか考えてないんやろな。
今年も大晦日あたりに長男と次男と私とで桃鉄大会がほぼ決定的なのでいつまで経っても私の前では子供気分が抜けないのだろう。
ついさっきも有馬はルルーシュが来るで!と強調するので大人しくしようとしていた私の射幸心が刺激されるのが恐い(どの口が言う!)。
私はステイゴールド産駒とゼンノロブロイ産駒の争いと思っているのでトレイルブレイザーなんかも無視できないと考えている。

将棋界の重鎮の米長邦雄氏が亡くなられたが、羽生善治3冠は 「自分にとって無関係な一局こそ全力を尽くすべき」 との米長哲学こそ将棋界の要であり礎だと述べた。
故人のご冥福をお祈りいたします。

将棋界と言えば、関西ローカルの番組に林葉直子さんが出ていたがその姿は全盛時の面影もなく人相が全く変わっていた。
才能はあるのに、稼いだお金を親に吸い取られたり先輩棋士とのドロドロの恋愛に疲れ果てたりで私生活はボロボロだった。
頭が弱いと言ってしまえば彼女に失礼になるが、周囲に振り回されるのも本人が自分の頭で思考しないことによる結果かも知れず、結局自分の人生は人のせいに出来ない。
山口美江さんも晩年は顔の相が激変していたが、女性は顔と内面が直結してしまうのかと思うと少しやりきれない思いになる。

ノーベル平和賞の授賞式は終わったが、山中教授は決して自慢しないし謙虚だ。
天才とは努力の結晶により作られるとも言うが、久々に見たイイ男である。
研究所には女性も多く慕われているだろうが、彼は恐らく淡々と研究に没頭しているのだろう。
そこがまた魅力的でもある。 「俺は若い研究員からモテモテだよ」 などと言っている山中教授は見たくないしまずそんな気持で仕事に取り組みはしないだろう。

話を有馬記念に少し戻すと、ルルーシュに騎乗する横山騎手がなかなか良いことを言っている。
今年1年を振り返って下さいとの記者の質問に対し 「それはあまり意味のない質問だ」 と答えた。
その言葉を記者なりに解読すると 「1年区切りで競馬をしているわけではない」 となる。
また、「俺は、俺に任された仕事をする。それだけだ。」 とも語ったようだ。  一言で評価すると[クールな男]である。

相変わらず光テレビを観る毎日だが、『モテキ』 テレビ版を改めて最終話まで通して観た。
その中で菊地凛子演じる林田が幸世に 「女なんか土足で踏み込んじゃえばいいのよ!」 という台詞があるが、確かに女性は案外土足で踏み込む男に弱い気がする。
幸世が煮え切らない態度をとり続けるうちにトンビが油揚げ状態になるのも必然と言えば必然か。
だからと言って土足で踏み込む男が女性を幸せに出来るのかとなるとそれはまた話が別であり男と女の関係は複雑である。
12月24日は日本映画専門チャンネルで一日中モテキ祭り(テレビ版・映画版・秘蔵映像)だが賞金王決定戦のファイナルもあるので今から悩ましい。


ブログタイトルのこともありエレカシの明日に向かって走れを某所で唄ったが 「完成度ひくっ」 と言われてもおかしくない位のレベルなのでもう少し練習しなければ(汗)。
恋愛の方はもうドロドロしたものを避けたいとの思いでいるため純愛路線まっしぐらなのだが、段々幸世化してきている今日この頃だ。
1月末に観に行く予定のミュージカルの主役が森山未來なのもシュールすぎる。
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2012年12月18日

雑感−39

ブログタイトルを少し変更しました

それにしても日曜日の賞金女王決定戦を制した三浦永理選手(静岡)の割り差しは素晴らしかった。
2コースの日高選手とはスリット通過が同タイミングだったのに1マークで1コースの田口選手と2コースの日高選手の間に生じた僅かな隙間を縫うように割って入った。
テクニカルエリーとの呼び名で今シリーズは出場していたのだが最後の最後にその呼び名の通り素晴らしいテクニックを見せつけた。
モーターの力もあるにはあったが、あの展開で田口選手に逃げさせないためには唯一の手段だっただろう。
とにかく三浦選手、優勝おめでとうございます。師匠の服部選手も喜んでいるだろう。

競馬の方は注目していたクラウンレガーロがチグハグな競馬になってしまい不完全燃焼な結果となったが、外国人騎手恐るべし。


選挙の方は民主党の大惨敗になったが、日本未来の党の亀井静香議員が当選したので彼関連のことを少し書いてみる。

知っての通り亀井氏は死刑廃止議連の会長だ。
もし、自分が愛する家族や恋人が誰かにより殺害されたならその犯人を殺したいと思うのが人間の素直な感情。
しかし、その犯人を殺すことにより今度はその犯人の家族や恋人から憎まれることになるという 「憎しみの連鎖」 が生まれる。

死刑廃止議連は、報復の代行をする国家の殺人行為をも正しくはないとの立場。
恋人を作ったり成人して自分の家族を作るのは自分の意思で行うことになるので、愛する者をそばに置くことのリスクを負う覚悟が必要なのは理解出来るが、報復感情に優先する順法精神を常に意識しながら生きて行くのが人間らしい生き方と言えるのだろうか。
あまりにも奥深い問題だけに考えさせられる。
話がずれるかもしれないが、福岡県では暴力団入店お断りの表示が義務付けられてそれを守ったお店が暴力団による被害に遭っている。
この話などは順法精神があだになった例かも知れず、法を超えたところに正解がある可能性もある。

その他選挙関係では、私のボランティア仲間(年上)の娘婿さんが当選したので良かった。義理の父としては娘さん達の生活面でもホッとされたことだろう。

やはり日本人は原理原則論が嫌いなのだろう。自民党の持つグレーな部分も含めて国民性になじむのかもね。
とは言え、生活保護の現物支給などの自民党案を見るといずれまた揺り戻しがあるのでは。

TPP参加の問題だが、スポーツの世界では既に大相撲や競馬で黒船襲来は経験済みだ。
大相撲は番付上位のほとんどが外国人力士だし競馬のGTでも外国人騎手か地方競馬出身の騎手が活躍している。
農業分野で原則市場開放となるとぬるま湯に浸っていた組織や個人は大きな波に呑みこまれる可能性が高い。

個人的には親戚関係から何度も特定の候補者に投票して欲しいと電話があった。いつもならわかりましたと言って別の候補者に入れるのだが、よく考えてみると私が本当に誠実な人間なら、せっかくですけど別の候補者に入れると言えば良いはず。それを人間関係を損ねたくないものだから口では思わせぶりなことを言ってしまっていた。
要は頼む側の問題ではなく私自身の問題なのだ。
選挙のおかげで本当の誠実さとは何かを考えさせられることになってしまった。


選挙の話はこのへんにして、来年のカレンダーの発売数の1位がAKBで3位がももクロ。
そして2位は何とサッカー日本代表の内田選手(ウッチー)だそうだ。
私の知り合いにもウッチー大好き主婦(40〜45才位)がいるがウッチー恐るべし。
友人の吉田選手によると内田選手はあまり身の回りに構わない人間らしいのでそのあたりにも母性をくすぐられるオーラが出ているのかも。

好かれると言えば日曜日の賞金女王決定戦の地上波の番組のゲストの南明菜(アッキーナ)に違う意味で感心した。
相当長くボートレースのイメージキャラクターを続けているが、賞金女王決定戦競走の開催地の大村ボートレース場が競艇発祥の地だと知らなかったことがクイズを通じて明かされてしまった。
依頼する協会の方もアッキーナにそんな知識は要求するつもりもないだろうが、知らなかったアッキーナは悪びれる様子がまったくなかった。
引退した某大物お笑い芸人に誘われて毅然と断ったと言われる南明菜だけに根性が座って堂々としたもの。
周囲との受け答えもやはりゲストで出ていたシンクロの青木愛(顔面レベルは青木愛が上?)より洗練されていてプロ意識は感じた。
自分が何を要求されているかを理解しているのだろう。
テレビの企画でボートに乗ったりカートに乗ってもプロ顔負けの走りをするアッキーナはやはり何かを持っている女だ。

最後に、私の私見だが男は悪い意味で繊細で女はいい意味で鈍感に思う。
人間としてはいい意味で繊細かつ鈍感でありたい。


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2012年12月16日

賭け続ける男(破)第60話

テツはこの3年間、必要以上にこだわりがあったようだがようやく一歩前に進むかもしれない。


マサ‥テツさん、今年ももうすぐ終わりですね。
この前の約束は忘れてないですよね。

テツ‥えっ? 

マサ‥あのねぇ、飲み会の話をしてましたよね。それで儲けてる方がおごると…

テツ‥あーあーあー、カフェでの飲み会ね。

マサ‥言ってる内容もおかしいしカフェとの言い方がこれほど似合わない人もなかなかいませんよ。

テツ‥じゃあゴチになります。あざっす!

マサ‥もういいです。人間は成長しない生き物ということを改めて学びました。

テツ‥それにしても田中みな実は男を見る目がないよな。
井森美幸なんか「井森美幸16才。まだ誰のものでもありません」と言ってたのに、44才の今でも誰のものでもありません状態なんやで。
これぞ究極のアイドルやろ。
田中みな実も「みんなのみなみだよ」とか言ってたけど、結局「チャラ男のみな実だよ」のイメージがついて踏んだり蹴ったりやもんな。

マサ‥で、テツさんは今誰のもんなんですか?

テツ‥まだ誰のものでもありません。

マサ‥きしょ!!!

テツ‥冗談はさておき、独り身になってからは思うことがあり女体絶ち(未遂はあるかも?)を意識的にしてきたんや。
風俗もただの一回も利用してないからちょっとしたアイドル並みの3年間やったわ。

マサ‥それで何か得るものはあったんすか?

テツ‥純愛や。

マサ‥きも!

テツ‥なんか思うけど、肉体関係になる前の切望感や期待感は半端でないけどいざそうなってしまうと結構生々しくて綺麗な絵面ではないよな。

マサ‥確かに。デートして最後にホテルに行くのが予定調和(デフォ)状態になるのも何か新鮮さやドキドキ感に欠けますよね。

テツ‥仕事関係で挨拶程度しかしない元気一杯の娘がいるんやけど、最近2〜3分だけ話す機会があったんや。
その娘はベリーショートカットなので「髪の毛短いよね」と話掛けたら「ずっと運動をし続けているのでいまだに短いんです」と言葉が返ってきた。
正直、色気など感じないタイプなんやけど明るくて爽やかなんでその姿を見ると元気や笑顔を貰えるのよな。
これからも挨拶程度での関係が続くんやろうけど、目を輝かせて仕事をする女性は魅力的やな。
今日は、賞金女王決定戦のファイナルやけど残念ながら平山智加は初戦の妨害失格のマイナス10点でファイナル進出の夢は叶わんかった。
それでも昨日は1号艇で意地の1着をとったので感動したわ。
もうひとりの応援選手の平高奈菜もシリーズ戦の優勝戦に進出したので陰ながらエールを送ろと思う。
まー俺がホントに応援するのはもっともっと身近にいるあの娘に決まってるけどな!

マサ‥はいはい、日本純愛党党首の演説をありがたく拝聴しました。
でもね、人間の体は使わない部分が退化して行くことを知ってますよね? 腐らない内に1回位は使って下さいよ。
あっ?忘れてた。そんなことより飲み会の資金を稼ぐ気はあるのかよ!!

テツ‥やっぱり朝日杯FSの予想せなあかんか?
ま、そこまで言うなら披露してもええけどな。

マサ‥何にもお願いしてないですし俺も忙しいんで飲み会スルーで何にも問題ないっす。

テツ‥わかった。ほんじゃ気合い入れて予想するわ。

マサ‥???

テツ‥それにしても5番のコディーノの評価は高いよな。
内よりの枠を引き当てたことで死角は少なくなったな。横典も人気の先行馬では手抜きをせんから軸は堅いな。
相手も調教が良かった8番クラウンレガーロと9番エーシントップで決まりやろ。
馬券的にはコディーノからのワイド2点で、5−8を1単位、5−9を2単位の割合でええやろ。
外国人ジョッキーの馬も恐いけど手を広げるレースではないわ。

マサ‥そしたらテツさんのおごりでの飲み会決定ですね。予約入れときますねわーい(嬉しい顔)

テツ‥どうぞどうぞ。でもキャンセルオッケーのお店にしてね黒ハート3年前からエレカシの悲しみの果てを唄い続けて来たけどそろそろ封印しよかなとも思てるんや。
悲しみは結局自分の頭の中の妄想やった気がするわ。そもそも悲しみがないなら果ても関係ないわけやし…
実は自分自身が気がついてないだけで、自分が輝ける場所は既にあるように思うわ。
そこで元気に明るく振る舞い輝くことこそが素晴らしいように思う。
「幸福論」 の中で出てくる 「今ある状態は自分自身が望んで来た状態だ」 が正しければ
今までも今もこれからも幸せは続いていることになる。
一喜一憂するのは人間らしいけど、既に輝ける人生を送っていると思えれば日々に不足はないように思うわ。

マサ‥わかりました。テツさんはもう無理して再婚とか考える必要はないですよ。
あくまで自然体で過ごして行って男女を問わず人との距離を一歩ずつでも詰める意識を持てればもう寂しくなんて思うことも無くなりますよ。
何より俺が居るのに寂しいなんてふざけるなと思ってたんすから。

テツ‥(泣)


テツは幸せな男だ。きっと昔から愛されることに慣れてしまい自分からどう愛していいのかわからないのだろう。
学生時代もずっとテツの元には必ず誰かが朝迎えに来ていたらしい。
自分が誰かを迎えに行くことはなかっただけにやっと愛する側に回る切なさにも気がついたようだ。
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2012年12月15日

現象−2

前エントリーでは人間の存在を現象でしかないとしたが
現象と言っても 「自然現象」 と 「社会現象」 がある。

私達が生まれて死ぬのは自然現象。
私達が社会を形成した中での存在が社会現象。

その中で、私達は 「主体」 でもあり 「客体」 でもある。
もし私達が主体だけの存在ならば、私達の意思で人生を自由自在に切り開けるはずだし災難にも遭わない。

幸いにも前エントリーの内容を心に留めることで、脳内バグの寂しさの感情とはお別れ出来そうだが
何も言葉の世界から寂しさとの言葉を無くそうとしているわけではない。
寂しさや悲しさがあるからこそ喜びや幸せが引き立つのもまた事実。
私が表現したかったのは、必要も無く意味も無いネガティブな感情を排除したかっただけ。

先程、主体と客体と書いたが 「物質性」 と 「精神性(または神秘性)」 についても理解するべきに思う。
目に見えるものしか信じないのは物質性重視。
運気や流れや目に見えない思い(想い)などを重視するのはオカルトチックな立場(目に見えないものを重視)。
雀士なども大きくわけるとこの2タイプ。

選挙間近だが、宗教に関しても某宗教団体は現世利益を重視した上で布教活動をしているように映る。
もしそうでないなら非課税のお布施を年間2000億円〜3000億円も集める必要はない。

とは言え、勧誘される側の信者は精神性重視だろうし目に見えないものに祈ることで幸せになると信じているはず。
私は、勧誘する側は物質性を重視しているという認識である。


話を個人の幸せとの観点からしてみると、私は一人の人間の幸せは一人の人間によるものだけでは得ることは困難との認識を持つ。
物質性・精神性の両面において満たされる状況となるためには、妻や夫や彼や彼女の力だけでは目の前の個人を幸せに出来ない(はず)。
ただし、当然人生のパートナーが個人の幸せにかかわる割合は大きい。
それでも仕事帰りに立ち寄ったお店のママさんが妻子ある男を癒すことを否定する気にはなれない。

親交のある女性との会話でよく起きることだが 「いい男といい女には既に相手がいるよね」 とのやりとり。
私はその件(くだり)になるたびに 「3年チェリーの俺の立場は…???」 となり少しへこむ。

そこで何とか気持ちの挽回をはかりたく無理やり仮設を立ててみた。それは次のようなことだ。


男も女も橋のない川を渡る時が来る。
その川を渡らなくても別に生死には関係ないが、人類全員が渡らないと人類の歴史は途絶える。
つまり川を渡るというのは、使命なのだ。
異性と付き合うということは正に川を渡る行為に他ならない。
いい男やいい女が川を渡るのではなく、少しだけ勇気のある者が川を渡るのだ。
勿論、渡った後に戻って来る者もいるだろう。しかし一旦渡ることに意義があるのだ。

オカルトチックな考え方を否定しているようにも見えるエントリーでオカルトチックな仮説を立てるのも気が引けるが
自分を 「いい男グループ」 に入れたい一心であえて考えてみた。



結局何が語りたいのかわからなくなって来たが、ネガティブな感情から脱却したいのは間違いない。

それにしても人から褒められるという瞬間がどれだけ勇気付けられることかを思い知った週だった。


追記=明日は第一回賞金女王決定戦の優勝戦。
優勝戦の1号艇は田口節子選手(岡山)。
私は彼女の目が好きだ。シリーズ戦の方の優勝戦に乗ってきた来た平高奈菜の目もやはり好きだ。
このふたりの目は勝負師の目に他ならない。
彼女達が目的に照準を合わせた時、他の何も見ずその目標の一点のみを見据える。
果たして彼女達から見て私は日々そんな目をしているのだろうか…

カッコ良さは男だけの特権ではない。見ている者を感動させることが出来ている者はどこまでも気高く美しい。







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2012年12月14日

現象。

意味のあることを繰り返すことで無意味になる。つまり意味からの開放。

これは昨日やっていたテレビ番組で語られた言葉。

言葉は繕えるしある意味笑顔も作れる。
嘘を並べて生きることは可能なのかもしれない。

生きている状態を単に現象と捉えるなら人の行為は全て必然であるとも言える。

もし本当に全ての選択が必然なのであれば過去を恐れることなどない。
そして現在にも未来にも不安など持つ必要がない。

寂しさや空虚感の本質は恐らく脳によるミスリードだろう。
脳による妄想を現象と位置づけしてはならない。

現象とは肉体の動きであり息遣いであり叫びであり表現そのものである。

現象は現象でありそれ以上でも以下でもない。
圧倒的な現象は感動さえ生む。

肉体や精神が寂しいと語るわけがない。語るのは妄想脳。

本物は本物と出会うし真実もまた真実と共鳴する。

動物は求愛のために命をかけて肉体表現を行う。

私達は誰に向かい何に向かって表現するのだろうか。

魂の叫びでないならば誰の心にも届かないだろう。

もし今日、本物と出会えたならばそれは自分自身が本物である証拠。

一瞬一瞬という現象の連続に意味を持たせている暇はない。

意味よりも先に何かが動いて何かが表現されているだろう。

焦る必要はない。何かを表現することで現象となり影響を及ぼし繋がりが生まれる。

技術を磨きエネルギーを放出し表現者となる。

脳内に存在する無用の言葉から決別出来た時に何かが変わり何かが始まるだろう。


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2012年12月11日

雑感−38

怒涛の半日は終わったがハイテンション状態が続きすれ違う人全員に声を掛けそうな自分が恐い。

恒例の餅つきが日曜日に終わってからハイモードに突入したのだがそろそろ誰かに止めて欲しい。

今年もぜんざい担当は同じだったのだが、自分史上最高の出来栄えだった(10年以上続けている)。

正にたかがぜんざいされどぜんざいの境地。

まず、昨年までの出来を否定することから始めて、更なる美味しさを求めるためにどのような技術を駆使するか試行錯誤を繰り返す。

料理だけではなく創意工夫を続けるのは 「出来る人間」 の共通項。

昨日の自分に今日の自分が挑戦する気持ち。

自己肯定と自己否定を繰り返し高みを臨む。

今年は、まず小豆の水の含ませ方やアクを抜く過程から工夫を凝らした。

約12時間ほど水に漬けておきその水はまず捨て、小豆を数回流水で洗う。

その後、たっぷりの水で小豆を煮るのだが、70%程度軟らかくなった時点で一旦小豆を引き上げる。

そして煮出汁は捨てずにそのままとっておく。

ここからは例年通り、引き上げた小豆に砂糖を混ぜ込む(例年ならここで砂糖全体量の70%位混ぜ込むのだが今年は30%程度にとどめた)

数時間砂糖漬けにした小豆を先程の取り置き煮出し汁に戻し、弱火と中火の間位でじっくりと煮る(約1時間半〜2時間程度)

煮上がるまでに残り70%の砂糖を4回位に分けて入れる(一度に砂糖を混ぜると小豆が固くなる)

下茹での時と仕上げの時の火にかけている時間はアク取りのためほぼ付きっ切り(100回程度はアク取りを繰り返す)

今回は例年のような一度目の下茹で時の煮出し汁を捨てる過程を省いた(注:昨年までは下茹でを2回に分け1回目は沸騰した時点で煮出し汁を捨て、2回目に70%程度まで軟らかく煮ていた)ので、最後までエグミが抜けないかもしれないとの不安があったが、アク取りを念入りに繰り返すことで最後はエグミが消えた。

当日もいつもなら量を稼ぐため水と砂糖を足していたのだが今回は前日の深夜2時頃の完成品のまま当日に臨んだ。

勿論、煮物は冷やし方がキモなので必死になって鍋を冷水に漬けへらでかき混ぜながら急速冷却を目指した。

そして冷えたぜんざいを冷蔵庫で6時間寝かして提供寸前に温め直した。

結果の方は、私が言うまでも無く50人程度の人達により答えが返って来る。

今年は最高の味でしたとの言葉を聞けた時点で私の充実感は頂点に…


たかが、されどである。

何事も目の前の課題と真剣に向き合い常に自問自答しながら客観的視点を持つことが重要。

餅つきと前後して知り合いの70才前後の男性から 「健康のためにもマージャンのお相手をしていただけませんか?」 と声を掛けられた。
当然断る理由もないので快く引き受けたが、私のことだから全力で戦いに挑みそうだ(あっさり負けたりして)。

私は会社の会議でも人の話は真剣に聞く。昔から面接時や業務開始後によらず大切なことは必ずメモをとる(どの会社で周囲を見ていても私のメモ量は10倍程度)
新しい業務につく場合は担当者を深夜に及ぶまでつかまえて質問攻めにする。

そうして私は今までやってきたしこれからもやって行くと思う。

ブログ仲間とのオフ会においても、一日のレースが始まる前に既にスクラップブックにその日の全レースの準備資料や分析事項を貼り付けて臨んだ。

何故私がそこまでするかは、そこまでしたとしても抜けがあるはずなのだからやれることは全てやっておきたいし想定されるアクシデントにも落ち着いて対応したいからだ。

何だか自慢話になってしまったが、前エントリーの口直しの意味も込めて書き込みました。


「♪ ときめくだけの恋は何度もあるけれど こんなに切ないのはきっと初めてなのさ」

会えないと切ないのに会うと更に切なくなるよ。 

「♪ I Love you 届かないものならば見つめかえさないのに 瞳奪われて動けない」



ホンマ切ないよな。 アイドルのファンのように割り切れれば 楽なのに…
posted by tetsukazu at 13:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ポチョムキン。

何じゃこのタイトル!

一応顔出しオッケーの許可をもらったので写真をアップしました。

このエントリーはノリだけのものなのでいつも来ていただいている方は軽くスルーして下さい。

ポチョ

写真の彼がポチョです。

詳しい話はまた今度ということにしてとにかくポチョ君です。

昨夜は複数の知り合いから 「もう少し軽めのノリをお勧めします」 と指摘されたので軽めのエントリーになりました。

ポチョ君はギリアウトの話を噂のあの娘の前で始めるというデンジャラスボーイなので昨夜は一発しめときました。

それでも遅くまでオッサンの恋愛トークを聞いてくれたので本当は感謝感謝です。

ポチョ君の横にはポッキー君もいましたが(あれ?ちょっと違うか)私がもう帰ると言ってダウンを着るといつのまにか脱がされているの連続で結局望まれてるのかどうなのかわからないまま夜明け間近になってしまった。

仕事のために整形で笑いじわを作ったり連日のスパゲッティ地獄(妄想では肉じゃが的であったかコタツ的な…)に耐え抜いたポッキー君のプロ根性にも乾杯!





posted by tetsukazu at 07:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月06日

雑感−37

「全世界に同情されながら滅亡するよりも、全世界を敵に回して戦ってでも生き残る」

これはイスラエルという国が持つ基本理念である。

モサドと呼ばれる諜報組織は米CIAよりも有能な組織と言われる。
世界中に散らばる同胞によってもたらされる密度の高い情報を核に組織的なスパイ活動を行う。

日本の今度の選挙では外交部分についても争点になるが、平和状態が続く中でスパイ天国と言われる状況は改善されるのだろうか。
福島第一原発の警備システムの一部を1年前からイスラエルの企業が請け負っている事実に裏がないことを祈ろう。

私は男だ。当たり前である。
しかし最近の日本の初等教育から中等教育にかけては性別による分け隔てはしないことを方針としているように見受けられる。
男としてや女としてではなく人間としてどう生きて行くかに力点を置くことを教育者が意識しているのだろう。
その結果かどうか不明だが、男女交際は面倒だとの考えを持つ若者の数は増えている(ようだ)。
男女の差による機会の不平等を無くそうとしているのだから、男でしかなれない職業や女でしかなれない職業は少なくなって来ている。

五輪で金メダルを獲り続けている吉田沙保里選手に力で優る成人男性は1割もいないように思う。
女子サッカーも女子レスリングも女子柔道も女子ボクシングも女子野球も女性による投てき競技(砲丸投・ハンマー投・やり投・円盤投)も普通に行われている。
ギャンブルスポーツである公営競技でも女性ボートレーサー・女性騎手はもちろんのこと最近では女性オートレーサーの誕生ややガールズ競輪の開始まで時代は進んだ。

男だけでしかやれないイメージの競技は相撲くらいかな(これもやがては…)

仕事に関しても長距離トラックに乗る女性もいるし宅配便などは4人に1人位は女性では?という位増えて来ている。
介護用の浴槽を背中で担ぐ女性を見た後などは、 「彼女は男性に何を求めるのだろう?」 と心配になってしまう。


冒頭の言葉に戻るが、それにしても何と力強い言葉なんだろう。
もし現代においても男が力強く生きて行くには少なくともこれ位の決意が必要だろう。

昨日はボクシングで亀田選手が外国人選手に何とか勝利したが、中盤まではガードを固めるだけの試合だったように思う。
相手の方が10cm近く身長が高いので、ガードを固めて頭から前進してくる亀田選手とは戦い難かったと思う。
ガードを固めた相手にはボディ攻撃が有効なはずだが身長差があるが故に相手のボディが遠く感じたのではないか。
その二人の比較で他に気になったのは胸囲の差。ウーゴ・ルイス選手は176cmの身長で胸囲が84cm。バンタム級のリミットは53.5kg。
身長で9.5cm低い亀田選手の方が胸囲は10cm以上上回る。
どちらの体形が理想かとの比較ではなく、目に見えない部分(例えばインナーマッスルの鍛え方)の強靭さやスタミナが問題なのだ。

TBS系列でやるSASUKEに一時出場していた台湾のプロロッククライマーのリー・エンチもかなりスリムな体形だったが、難関を次々と突破していた。
男として理想の体形はそれぞれの男にとって違うだろうが、私は自分の体重は重すぎない方が良いと考えている。
映画や劇画では敵を倒すシーンの連続なので室伏選手のような体形だと相手を威圧出来そうだが、そんな室伏だって相手が数十人だとかなわないのは当然。
そんな時に役立つのが逃げ足の速さや身の軽さだ。
意外に見落しがちだが、リアルな戦いの場ではこの逃げ足の優劣が勝敗を分けることもあるだろう。
逃げ足に秀でていれば勝ちはしなくても負けない戦いは出来そうである。

話は脱線するが、室伏選手が介護を必要とする状態になった時はこれほど世話が大変な相手もいないだろう。
省エネの観点からもエネルギーを多く必要とする巨体は非効率だ。

どんな男でも男に生まれた限りは志を持ち、体形維持以外にも高いレベルを求めるべきだと思う。
全世界を敵に回して戦ってでも生き残るためには自分自身の価値感や生き方にブレがあってはだめだ。
孤独を恐れず孤高に生きるためにも強くそして賢くなければ…

もはや男だというだけで社会の中で大きな顔が出来る時代ではない。
男を磨いた分だけ女性の魅力にも気がつくような気がするし女性もまた同じではないだろうか。


追記⇒前記事で魅力ある女性作家がいると書いてしまったので改めて実名を挙げようと考えてみたが、文学の方ではしっくりくる作家がおらず、映画の方のタナダユキ監督(100万円と苦虫女などの作品)なんかが当てはまるかな。
西川美和監督なども推したいが、彼女は普通に美人監督と言われているので内面からの魅力との表現には当てはまらないかも。


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2012年12月03日

雑感−36

テレビを通じての映画の視聴が止まらない。
12月からは光による動画サービスは実費(チューナーは既に有料)になるのだがそのまま続けている。
キャッシュバックのサービスも近々あるので(5000円相当)12月末まではお得状態が続く。
以下ネタバレありなのでご了承下さい。


昨日は高橋克典主演の 『誘拐ラプソディー』 を観たがなかなかの良作だった。
押尾学が出演者だったためお蔵入りになるところを、監督自ら代役として撮り直したエピソードを持つ映画だ。
高橋克典は監督に対して自ら作品への出演を希望した映画でもあるようだ。
誘拐することになる子供とのロードムービーなのだが、損得抜きに行動する子供と打算的に割り切れない未完成な大人を演じる高橋克典が互いに影響し合う姿に胸を打たれた。

そして今日は 『SP 革命編』 を観た。
私は男として生まれたので子供の頃からヒーローが悪と戦う物語に数多く触れてきた。
しかし、大人になればなるほど善と悪の境界は曖昧になり何が善で何が悪かが見え難くなって行く。
善と悪より損得や好き嫌いの基準の方が選択の決め手になる場合も多くなる。

この 『SP 革命編』 もやはり 「信じられるものや守りたいもの」 とは何かについて深く考えさせられる映画だった。

映画の中で 「このタフな状況の中で…」 との台詞が出てきたが、その通り人生とはタフな状況の連続だ。
タフな状況の中でどう選択しどう決断するかは人それぞれだが、そもそもタフな状況にならないよう避けて通る生き方もあるだろう。

世の中全般そうだろうが、簡単に手に入れられるものほど簡単に失うように思うし甘い汁には毒があるという言葉も無視出来ない。
内柴被告などはある意味教え子の肉体を簡単に手に入れたのだが、その代償は計り知れない。
私はこの3年女性の肉体とはすっかり無縁になったが、もしそればかり考えていたら一度位は桃色の時間を持てたかもしれない。
でも幸運なことに我に返る機会を与えてくれた女性と出会い、その後私は男磨きに邁進することになる。

そして現在は、何が自分にとっての喜びなのかや毎日をどう過ごすことが賢明なのかを考える良い機会だと思っている。
恐らくだが自分にとって幸せな状態は、会った上で一定の時を過ごしたいと思える相手と会いたい時期に会える状態であることだ。
そのためには時間的・精神的・経済的に備えておかないとならないし一人遊びに徹していては実現はしない。

『SP』 で岡田准一演じる主人公の井上薫は、堤真一や真木よう子が演じる同僚と固い絆を結んで行くのだが映画の中ではその絆が何度も切れそうになる(ドラマ時代からも通じて)。
しかし少なくとも井上からは絆を断ち切ろうとはしない。
そうであり続ける限りいつか相手に伝わる時もあるだろう。
人間関係は素晴らしくもあるが脆くもある。

やはり映画の中の台詞で 「破壊することも楽しいが支配することは更に楽しい」 とあった。
この台詞も人間の欲望の一面をついているが、原作者が読者・視聴者・鑑賞者に伝えたかったのは、
あなたにとって価値のある生き方や価値のあるものは何? だったように思う。
主人公の井上はそれが 『誇り』 であり 『絆』 だった。
そして井上は最後まで 『魂』 を売らなかった。

私は常日頃から年齢・性別・職業・収入・容姿などで人間を差別するつもりもないしそれらを武器にする者を凄いとは思わない(今までの記事との矛盾もあるが基本的には変わらない)。
もし身体を売る仕事をしているとしてもその仕事にはプライドを持てば良いと思う。
もし派手に稼いでいる奴や豊かに暮らしている奴を見て引け目を感じている者がいるとすればそれは自分で自分の値打ちを下げているようなもの。

自分が今幸せかどうかを確認することは簡単だ。
損得抜きに一緒にお茶や食事に行こうと誘ったら付き合ってくれる人間が一人でもいたらそれだけでも幸せと言える。
きっと目の前の相手は自分と対等に時を過ごしてくれるはずだ。


最近、「色気」 ってかなり重要なポイントのように思えて仕方がない。
いますよね、芸能人でもスポーツ選手でも 「色気」 のないタイプ。
女性の作家などでも、俗に言う美人ではないのだがどこか魅力が溢れる人が存在する。
内面からにじみ出る知性や感性などによるものなのだろうが、出そうと思って出せるものではない。
麻雀の打てる女性などにも色気を感じる私は少し個性的かもしれないが言いたいことを理解してくれる人がいることを願おう。


それにしてもジャパンカップダートの結果には考えさせられた。
断然人気のローマンレジェンドの前走が京都1800m戦で、57kを背負い1着。
今回JCダートを制したニホンピロアワーズはそのローマンレジェンドと同じレースで58kを背負いタイム差なしの2着。
ニホンピロアワーズもローマンレジェンドも今回は同じ57kなのだから数字上からは人気が逆でもおかしくはなかった。
3着のホッコータルマエも前走は上記2頭と同じレースを走り0秒1差の3着だった。
冷静に見れば狙えた馬だったのにマスコミの扱いのあまりの違いに一般ファンは目が曇ったとしか言えない。
やはりしっかりと自分の目で分析して判断することが重要であるとの良い教訓になった(私はレースに参加していない)。


「♪自分だけの STORY 作りながら生きてくの だからずっと、ずっと あきらめないで…」






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