2012年10月31日

雑感−24

人類が獲得した最も素晴らしいものとは?

いきなり壮大な問い掛けから話始めているが、それは 『火』 でもないし 『二足歩行』 でもないし 『言葉』 でもないと私は思う。

では何か?

私の今までのエントリーの全てを並べてみても出る結論になるがそれはやはり 『自由』 だと思う。
世界中の人々に 『自由』 という価値が行き渡った今、後戻りは出来ない。
永続的に社会主義を実現させようと考えた国々の指導者でさえ 『自由を実現させた社会主義』 を理想としていたのではないだろうか。

小さな存在である我々が過ごす日々に起きる悲喜こもごもの出来事も 『自由』 をキーワードにしてみると説明がつく。

前エントリーで触れたARBのボーカルだった石橋凌にしても(以下人物への敬称略)、カッコの良い楽曲を作ったけれど原田美枝子と結婚して三人の子供を育てている最中にアメリカ人女性との間に5歳の隠し子が存在することが存在した。
発覚後の会見では石橋凌は全てを認めると発言したが、男を下げたことに変わりはない。
隠し子については戸籍関係にはならず経済的援助に徹することになるのだが、女性二人が男性を奪い合う関係にならなかったことでかえってアメリカ人女性にとって石橋凌が何が何でも必要な存在でなかったのか?とのあらぬ憶測を呼ぶこととなった。
別に私は彼の作った楽曲に文句があるわけでもなく、人間は正しい道を歩き続けるだけの存在ではないことを自戒も込めて改めて心に刻もうと思ったからだ。

他にも男を下げた例を挙げればきりがないが、あの石原慎太郎だって隠し子(最終的に認知)の存在を否定し続けていたが女性に認知を求められ本意ではない結末となった。
始めから堂々としていれば男を下げることもなかったのだがウルトラ右翼と呼ばれる彼でさえこの様である。

有名なところでは布袋寅泰が高岡早紀との関係について 「火遊びが過ぎました」 とコメントしたことに対して保坂尚輝が激怒して布袋寅泰に直接のケジメを迫ったが、布袋寅泰は逃げ回ることに…
体格では逆の展開になってもおかしくないのだがこの例もまた男を下げた例。

女性問題ではないが今また民主党の現役首相が男を下げようとしている。
「近いうちに」 とは言ってみたもののご自分でも近いうちの定義がわからなくなっているのでは?との状況。
私は個人的にこのような姿を子供達に見せることが教育上良くないと考えるが、甘い考えだろうか。
親が子供に 「早く真剣になって勉強しなさい」 と言っても 「近いうちに本気を出します」 と言っておけば良いわとなったりする危惧。

ただ、もっと大きな視点で見れば先の女性問題や今回の近いうち発言問題も、形而上学と弁証法の違いで考えると説明がつく。

繰り返し言ってきた通り、水と氷は別ものと考えるのが形而上学で水がやがて氷になるとの考え方が弁証法である。
例えば、野田首相の発言を政治家の発言と割り切り形而上学的視点で見ると、政治と道徳・道理は別ものと考えることが出来る。
芸能人の異性問題だって上半身と下半身は別ものと割り切ればおかしくはない。
形而上学の本場は恐らくイギリスだが、いまだに資本家と労働者は別ものと互いが割り切っている側面がある。
現在では二大政党とは必ずしも言えなくなっているが、『保守党』 に対して 『労働党』 との名前はイギリスらしいネーミング。
法律や各種ルールにしても極力明文化せず慣習や過去の事例を根拠に運用するのが一般的。
そうでないとひとつの空間を暗黙のうちに身分によるエリアわけするなど出来ないし、競馬場に入るのに正装が条件などとはならない。
イギリスの意外な点はブックメーカーを通じてギャンブルがほぼ合法的に無制限に開放されている点。
このあたりは身分に関係なく自己責任の論理が毅然と成立していることと大人を大人扱いするという意思表示だろう。

イタリアなども首相の下半身問題と政治的能力は別と割り切っていそう。
そこは国民のリテラシー(物事や情報を自己判断で正しく選別する力)が働いているのだろう。

日本の子供達にしても良い意味でリテラシーを向上させ政治家は仕事をしっかりやってくれれば少々の矛盾点には目をつぶろうとなることが民度向上になるかも(ならないかも)。

資本主義社会の中で、自由に金儲けが出来て、住居を自由に移せて、基本的に言論の自由もあり、結婚の選択や就職の選択も自由である。
民主主義でもあるので、建前上は性による差別や職業による差別や住む土地による差別もない。

我々は、朝起きてから夜寝るまで建前上は自由が約束されている。
この状態からはもう後戻りが出来ない。
どのような自由を行使してどのような自由は行使しないかも自由。
そしてどのようなことに歯止めをかけるかも自分自身に委ねられている。
こんな時代に生きるひとりの人生は、自由の扱い方で90%方向性が決定するだろう。
自戒を込めて改めて 『自由』 と向き合いたい。


*追記=新着記事にもカテゴリー(日記)記事にも反映されないので(昨日の記事もそうだったようだ)おかしいなと思いブログ設定を見たら 記事非公開 となっていた。 えっ? 光にしただけなのに昨日からトラブル続き。
記事公開と設定し直したので次のエントリーから改善されると思います。
ただ何故か昨日と今日の記事自体は閲覧可能だったよう。記事タイトルからの訪問者はほほゼロだったのに訪問者自体は存在したため気がつくのが遅くなりました。


*訂正
形而上学の本場は恐らくイギリスと表現しましたが、本場はヨーロッパとの表現に訂正します。
イギリスの場合は思想的には経験論がベースになっており、形而上学も含めた思想から発展した末に達した結論なので国ごとにひとつの表現で思想的背景をはっきりさせるのはやはり困難です。
しかし今までも私が形而上学との言葉を使ってきた責任もありもう少しわかり易く表現し直しておきます。

形而上学は言い換えると二元論という考え方になります。
二元論を説明する際にデカルトの形而上学を引用する場合が一般的なので形而上学との言葉を使いがちですが日本語として一般的でないため二元論との言葉の方が自分自身も含めてより理解が進むかもしれません。
例えば、精神と物質にそれぞれ絶対的独立を認めるとすると、その二者間は無媒介性の性質を持つものとなります。
つまりその二者間は交わることがない要素同士ということになり仲介・中継・橋渡しするものもないとの前提となります。
私がイギリスを強調したのはこの二元論的特徴を感じたためでした。

対して一元論については精神を柱とする唯心論と物質を柱とする唯物論がありますが、唯物論的一元論との立場をとることが自然科学者達の中でも一般的になってきました。
しかしこの場合、人間の特徴である精神部分と肉体部分の合一性を説明出来ないことになります。
二元論で語ると精神と肉体が別ものになるし一元論になると精神も含め人間の存在が単なる物質のかたまりになってしまう。
この点は現代科学を持ってしても解決しない課題となる。
比較的しっくりくるのは、脳を中心とした脳主体の一元論になるかもしれません。
依存症の問題やうつ病の問題なども脳の機能に何らかの原因があるとされるのが一般的になりつつある。

とにかく一元論・二元論の問題はあらゆることに繋がる話であって私が今後生活して行く上で意識・無意識にかかわらず関心を持つべきことに思います。
時間があればもう少し勉強した上でエントリーに繋げられたらと思います。





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2012年10月30日

接続が復活しました。

今日の午後3時位から当ブログへのアクセスが私本人も含め出来なかったようです。
現在の時間までにご訪問いただいてアクセス不能だった方にお詫びいたします。
原因は、昨日ネットの接続をau光に変更したのでログインの設定も変更が必要なことを知らなかったためです。

光にしたついでにTVサービスの契約もしたのだが(11月中無料)1500円ほどで37チャンネル視聴出来るのはお得感がある。
それで昨日の夜と今日の朝に音楽系のチャンネル中心に視聴してみたが、今まで過ごして来た時間は何だったんだろう?
どんだけ時代に乗り遅れているんだ俺は! との心境になり楽しみ続けて来たであろう世間の皆さんに追いつくため私も楽しませてもらう予定。
12月からは実費になるが今の気持ちのままならばそのまま契約を続けそう。
MOND TVで麻雀の番組も視聴したが、期待値ほどではなく飽きてしまいそうな気がする。

とにかく一番驚いたのは安定して映像配信がされている点。連続して視聴してもトラブルが全くない。
この点は嬉しい誤算。
11月3日だったと思うが、映像系のチャンネルでSKE48の特集もあるので恥ずかしながら視聴してしまいそうだ。
映画好きな人間なら廃人への道まっしぐらになってもおかしくないほどほぼ24時間何らかの映画を視聴出来る。
最近の小奇麗な若い子達の中に、休日は自宅でゲーム三昧という者が珍しくないらしいが安価でこれだけ楽しめるコンテンツがあちこちにあるなら競馬場や飲み屋も将来は閑散としたものになるかも。

しつこく音楽の話を続けると、昨日と今日視聴しているだけで 「闇切り裂いて」 との歌詞が含まれる曲を複数確認した。
切り裂いてとの表現ではないがかつてARB(現在は俳優の石橋凌がボーカル)が出した 『魂こがして』 の歌詞の最後は 「ボクサーのように 闇切り開け!魂こがして」 で締めくくる。
同曲の歌詞の最初の方に 「片道切符を 二枚手に入れ 喜びと悲しみの 停車場に立つ」 とあるが、昔から私はこのフレーズに共感を覚える。

『片道切符』 そう、人生って後戻りは出来ない道のりのような気がする。

誰かのため何かのために魂を焦がすような日々を送り、失った二枚目の片道切符を手に入れたい。

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2012年10月29日

雑感−23

なんだかんだとバタバタしていて天皇賞の最終判断の記事の更新が出来なかったが、
前記事で思わせぶりに書いていた通りフェノーメノが4番枠を引いた時点で軸馬は決まった。
ただ、まさかまさかの一番人気。複勝の直前オッズは1.3倍〜。
う〜ん?? これではリスクとリターンのバランスが悪過ぎる。
フェーノーメノ・ルーラーシップ・ダークシャドウ・カレンブラックヒルの4頭の内1〜2頭は展開ひとつで複勝圏から外れるわけであり、枠有利とのアナウンス効果の影響もあった上での押し出された一番人気馬のオッズとしては他の3頭と比較して売れ過ぎな印象。
ただ、言い方を変えるとこんな予想の難しいレースでこのはっきりとした支持率で結果も2着というのはファンの目が肥えてきている証拠でもある
そのような状況なので結局、天皇賞は見(ケン)するとの判断に至った。

それにしても勝ったエイシンフラッシュはスムーズに進路をとれた。勝つ時は全てが上手く行くのだろう。それは馬券を買う側も同じ。
デムーロは4角で内が開くと信じて騎乗したことで幸運が巡って来た。
勝負の世界は、実力がなければ運の要素に頼るしかない。実力があれば技術が9で運が1位の割合で勝負に臨めるのだ。
デムーロは9の実力があったからこそ1の運も味方したに違いない。


私の持論だが、人間はいくつになろうが自分自身で成長の歩みを止めなければ実力・能力(生きて行く力)はアップすると考えている。
私がよい歳をして女性を追いかけているのもただただイイ男になりたいからだ。
少し前の記事で、ミュージカルの 『百万回生きたねこ』 大阪公演を観たいと言ったが、何とかチケットを2枚とることが出来た。
あのドラマ版 『モテキ』 で息の合ったところを見せた森山未來と満島ひかりが主演だけに今から楽しみだ。
勿論、2枚とった以上誰かを誘わないとならないのだが今一番気になる女性に声をかけたら快諾してくれたので楽しみは一気に数十倍になった。


今日はハードなトレーニングで痛めた足をいたわるために新しいランニングシューズを購入した。
いつも私のことを嘘でも 「カッコいいですね」 と言ってくれる男にトレーニングの話をしたら 「俺も月間150km程度は走ってますよ」 とのこと。
[俺の半分か、まだまだやな」 と言葉を返したが自分自身でハードルを上げてしまったかも…

先に述べた舞台は来年1月末から2月始めにかけてのものなので、今度は一緒に行く女性から 「なかなか雰囲気ありますね」 位の言葉を貰えるよう進化を続けないとね。

良い人間関係とは、お互いが影響し合うことでお互いが成長し尊敬し合えることだと思う。

前にも少し語ったが長男の更なる引越しのとどめとして金曜日の深夜に50インチ近くのブラウン管テレビをマンションの階段で下まで下ろしたのだが半端でない重さだった。
足の小指の休養中だったのだが、父親としてはそんなことも言えず最後まで運び切った。
当然ながらダメージは体全体にきたが人間関係は持ちつ持たれつが基本。私が長男に救われることもあるのだから頼られるうちが華。
以前に書いた記事の内容で 「複数の人間が同じ場所に居合わせることで心が生まれるのであり、一人でいる時には心は発生しない」 との知人の発言を記したが、
周囲の人にまた会ってみたいなと思ってもらうためにも心と体の健康維持に努めたい。
そして人間は己の欲望を完全に制御するのは困難だが、越えてはいけない一線だけは越えないよう強く心掛けたい。


それにしても天皇賞のレース後にデムーロジョッキーが、天皇皇后 両陛下に対して敬意を表した瞬間は感動的やったな。


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2012年10月23日

雑感−22

スポーツの多くは予備動作を伴う。
走り高跳びなどはまずイメージの中でのジャンプを繰り返した末に助走に入る。
三段跳びに至っては踏み切り板を蹴ってからも一連の動作が必要とされる。
つまりホップしてステップして最後にジャンプだ。
今日はボートレースのダービー初日だったが瓜生選手はドリーム戦での乗艇直前に繰り返し祈るような動作をしていた。

人間誰しも何かを成し遂げるために行動を起こすのだが、本格始動までには時間がかかる。
特に学生時代に一夜漬けタイプだった者はエンジンのかかりが遅い。
そんなタイプの人間は 「もう少し早めに準備しておけば上手く事が運んだのに…」 と反省したことは一度や二度でないはず。
私もどちらかと言うと学生時代の後半は一夜漬けタイプだっただけに(小中高と上がるに連れて年々その傾向が強くなっていた)いまだにその行動傾向を引きずっている部分がある。
ただ、本質的にはコツコツやれる部分を持っているはずなので手遅れにならないうち(手遅れか?)に改善したい。

子供と大人の大きな違いは 『失敗の原因ときちんと向き合い同じ過ちを繰り返さないように対処が出来ること』
そのためには緊張感の持続時間を延ばしその質を高める必要がある。
諦めないことは成功するための大きな要素だが 「大人とは諦めることが出来る存在のこと」 と語る人間もいる。
諦めずに実現させたいことのために何かを諦めるとの考え方は哲学的な側面もあるため具現化するのは困難だが、結果を求められる人間社会の中では欲望を開放させ続けていては不適合と言える。

今度の日曜日は秋の天皇賞。もし馬券で勝ちたいのなら月曜日位から検討する必要がある。
馬券の達人ではない私だが、かかわりだけは人一倍あるので賭けることになることも想定して真面目に検討することにしよう。

東京コースでもあり同コース6戦6連対で昨年の天皇賞秋で1分56秒2のお化けタイムで2着になったダークシャドウに死角はなさそうだが、ひょつとするとこのレースの後の香港のレースを視野に入れている可能性もある(10月24日締め切りの予備登録はしないようだが追加登録は11月中旬迄)。
そうであれば天皇賞時点ではまだ余力を残した仕上げになっている可能性も…
ただ馬自体はどんなペースになっても対応可能(スローで流れても上がり33秒を切る位の差し脚がある)なので馬券対象には持ってこいのタイプ。

ダークシャドウが余力残しの仕上げの場合はここを狙って出走してきたフェノーメノが狙い目になる。
狙い目と言っても3番人気にまでは入るだろうから馬券的な旨味はあまりないかもしれないが、陣営の本気度は高い。
私が走る馬としてひとつの基準としている背中部分と腹部分の長さと線形のバランスで言うと、フェノーメノの首から背中そして尻部分にかけてのラインは平行になっている部分が短く(乗馬位置部分だけ平らなのが理想)スピードとパワーのバランスを感じる。

現時点では海外GTで好成績を残している蛯名騎手と古馬GTでは良い成績を残せていない福永騎手との比較も含めて55対45位の感じでフェノーメノに馬券的興味があるが、何せ東京2000m芝は内目の枠が圧倒的に有利なのでどちらが内目になるかで評価も変わる可能性がある。

勿論、あのオルフェーヴルと好勝負を演じて海外GTも制したルーラーシップも強いだろうが秋初戦との状況は割り引く必要があるし2000mの持ち時計が1分59秒1というのも物足りない(フェノーメノも持ち時計が2分00秒9だが古馬GTで2000mなら大きく更新可能)。

私が個人的に一番好きな馬はエイシンフラッシュなのだがシルポートとカレンブラックヒルが作り出すであろう澱みないペースに対応出来るかどうか不安が残る。

カレンブラックヒルに関しては、私はどうも秋山騎手を信用していないので(先行馬で先行出来ない時など露骨にレースをやめる)大金を賭ける気にはならない。
もし圧勝するようなことがあっても3着までに来る残りの2頭のうちどちらかの馬券を握りしめているだろう(馬券を買ったとしたら)。

トーセンジョーダンについては陣営が公言する通り臨戦過程が順調でなかったマイナス面を地力でどこまでカバー出来るかにかかっている。

ジャスタウェイも無視は出来ないが毎日王冠では56kのカレンブラックヒルに対して54kで負けているので馬券圏内までには一歩足りないかもしれない。


それにしても明日の夜9時からフジテレビでやるホンマでっかTVの番宣で流れる指原莉乃のコメントには感心するわ。
どんな男性がいいの(好きなの)?の質問に対して 「口の堅い男性(秘密を守る人)がいいです」 とのコメントは秀逸やわ。
スキャンダルを笑いに変えるしぶとさはそこらへんの大人の男でもなかなか持ち合わせてない。
彼女の人気がなかなか落ちないのも理解出来るなーと妙に納得した。


今日は足の小指に少し異変を感じたのでトレーニングは少し控えたが状況が良くなればシューズに工夫をこらして再始動する予定(さすがに月間300km走破したら少しは疲れも出るよな。あのマラソンの川内選手でも月間600km位の練習らしい)。


色気の方だが、気になる女性に会えば会うほど好きさが増しそうなので悩ましい。
まさかこの年齢で独り身になるとは思っていなかったので女性との付き合い方を忘れてしまったようだ(困)。




posted by tetsukazu at 23:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月19日

雑感−21

左翼政権と言われることも多い民主党政権だが次の総選挙での戦いはかなり厳しいとされる。
国民が選んだ政権に問題があるとすればそれは国民の責任でもある。

振り返ってみればあの太平洋戦争に至る戦いに踏み切ったのも民主的手続きを経た上での国会決議があったからだ。
現在、深刻な問題となっている原発にしても時の国会の決議により推進へのゴーサインが出たのだ。

小林よしのりの著書である 『戦争論』 が世に出た頃から若い世代を中心として国民の一部の右翼化が進行しているとも言われる。
今回の自民党復権の勢いと国民の保守回帰の流れがどう関係するのかは何とも言えないがこの状況を冷静に観察する必要はありそうだ。

主に右翼と言われる人達の主張の一つは 「当時の兵士は国や故郷や家族のために名誉の戦死を遂げた」 との点。

それに対して、戦後の左翼と言われる者の主張は 「誰一人として死にたくて死んだわけではない。彼ら彼女らは国家に殺された。そしてその責任を天皇を始めとして誰もとってはいない」 となる。

その後は三島由紀夫が右翼的な政治活動の象徴的な存在となり教育の世界を中心とした左翼的な流れに抵抗しようとした。
しかし三島は1970年に自衛隊の市ヶ谷駐屯地で割腹自殺をするという衝撃的事件を起こした。
そんなことがなければ 『金閣寺』 を始めとする一連の小説群に対する世界的評価を考えるとノーベル賞の受賞者になっていた可能性が高いと思う。
村上春樹の評価が高いと言われるが、彼の小説はエロ小説でしかないと言い切る文学関係者もいるので、村上春樹への評価は日本人的な感性を描き切った三島への評価とは全く違う観点でのものなのだろう。
そして世界ではソ連の崩壊と共に共産主義が風前の灯火となっていった。

その後の日本は左翼的でもなく右翼的でもなく、個人的というか利己的というか権利権利と声高に叫ぶことが日常風景となっていった。

では私はどのような感想を持つのかと聞かれれば 「やはり死にたくて死んだ人間はいなかったと思う」 と答えるだろう。
恐らくだが外部から見れば勇敢に死んでいった兵士も己の内面では恐怖心で一杯だっただろうし最終局面では脳から通常な状態では出ない何らかの物質が出ていたのかもしれない。
真偽のほどは不明だが実際に麻薬が投与され特攻に向かう航空機に乗り込んだとされる説もある。
当時は国民一人一人の命より国家全体の治安維持が優先されたのだろうが、結果としてはアメリカ合衆国による治安政策に頼る結果になり、それなら当時の判断としてアメリカの圧力に屈していた方が手っ取り早かったのでは?との後付けの意見が出たのは必然かもしれない。

とにかく歴史を見れば国会での民主的な決議がいかに重要であるかに尽きる。
我々がどんな政治家を国会に送り出すかで今後の我々の命運が決まることを胆に銘じたい。


話は変わるが、男に生まれるか女に生まれるかは染色体の組み合わせで決まるということは誰しも知るところ。
しかしそのことについてあれこれ考えを巡らせることはない。
ただ、一度位は考えてみてもよいだろうと思い少しだけ想像力を膨らませてみる(知識不足による誤認識の記述は大目に見て下さい)。

基本的に女性はXとXの染色体の組み合わせであり男性はXとYの染色体の組み合わせになる。
普通に考えて男性と女性の特性に違いが出るのは当然であり各種のジェンダー理論には恐らく矛盾が含まれているだろう。

一般的に言われるのは親から子に遺伝する場合、X染色体はふたつのX染色体の共通する特性が伝えられるが、Y染色体に関してはそのままの情報が伝わるということ。(下線部訂正⇒性染色体がXYの組み合わせの場合には、一部の情報についてひとつの染色体情報がそのまま伝わる)
男性に先天的血友病が多いのもこのメカニズムによるものらしいが、それなら男性に生まれる時点でネガティブな情報を受け継ぐ可能性が高いということになる。
ただし、考えようによってはとんでもない才能をそのまま受け継ぐ可能性もあるので、男性の方が女性に比べて同性間の能力差が大きいのではないだろうか?

一方、女性の方は異なるX染色体同士の組み合わせなためどちらのX染色体の影響で特性が生じているかの判断は難しいらしい。
よって女性の脳内の状況は斑(まだら)模様と表現される。
もし男性が物事をはっきりさせたい欲望が強いが故につまづいていて、女性が物事を曖昧にすることでやっかいなことをやり過ごせているのなら男性は見習う点がありそうだ。

先日、知り合いの男の乗っているベンツにあれ?というところを見つけたので真意を聞いてみた。
どう見ても350のはずの車に550のエンブレムがついていたことを問いただすと 「少しでも高級に見えるからエンブレムを取り替えた」 との返答だった。
同じ男としてはそんな小細工をしてどうするんや… とも思ったが、本人は真顔だった(45歳を超える男)。

先程述べたような、男の方がピンキリの差が激しいとの感覚は私も漠然と持っていたがベンツ男も一応経営者である。
その男の奥さんは私が見る限りモデルかよ!?という位の綺麗な女性。
私の中では妙に話が繋がってしまう。
その男は年賀の挨拶もかかさないし持ってくる手土産にもケチるということがまずない。
顔だって同世代を100人並べたら1〜2を争うだろう。
あれ?欠点ないやんか! 前にも言ったことだが天は二物を与えずとの言葉は死語なんやろな。
俺もまだまだ頑張りが足りんな。明日も走るぞ〜 (いやいやそうじゃなくて)


菊花賞はダービー馬の回避により一強状態だが、レーティングの高いマウントシャスタと、あとは上り馬でステイゴールド産駒のフェデラルホールに期待してみる。
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2012年10月15日

意味はあるのか?

生きてる価値が見出せないと唄いながら踊ったのは鈴木奈々の彼氏だが(生きてる価値をの方が文法的には正しい気もするが…)我々が日々生きていることに意味はあるのだろうか?

このブログも記事全削除前の分を含めて7年以上になるが能書きは山ほど言ってきた。
この世に生まれた意味や意義はあるのかないのかについても再三語ってきた。
その中でも比較的私がしっくりくるのは 「人は何事もなかったかのように生まれてきて何事もなかったかのように去って行く」 との感覚。

他者から見れば一人の人生などとるに足りないものだし気にしている暇もなく自分自身の生活に追われるのが普通である。
ただ、そうは言っても全く孤独に生きて行くのも寂しいので人は出会いを求めて彷徨う一面もある。
いつも例に出すが、平原綾香さんのJupiterという楽曲の詩は 「愛を学ぶために孤独があるなら、意味のないことなど起こりはしない…」 となっている。

これも私がよく例に出すが、シーナ・アイエンガー教授は 「人生は、運命・偶然・選択の3つの観点で語ることが出来る」 との前置きの後、『選択』 の重要性を語る。

将棋の羽生善治氏は 『直感』 の重要性を説きそれが単なる思いつきではなく経験に根ざすものだと語る。

麻雀の桜井章一氏は無敗を続けることで生ける伝説となった。

人間は結局遺伝子の乗り物では?との仮説を立て論理を展開したのはリチャード・ドーキンス氏。

キリスト教にしても仏教にしてもあらゆる宗教は人間の生を何らか意味のあるものだとしている。

運命論の捉え方は様々だが、選択の自由と結果の関係性をどう考えるかで運命の捉え方も違う。

幸せの捉え方も人それぞれだ。タモリさんやイチロー選手、古田敦也氏、武豊騎手などはお子さんに恵まれないが、だからと言って離婚するわけでもない。

恐らくだが地球上に存在する生物の中で 「生きる意味ってあるのか?」 などと考えているのは人間だけだろう。
そしてその人間の中でも私は深く物事を掘り下げる方だろう。

荘子の言葉をふくらませた 「井の中の蛙大海を知らず、されど空の広さを知る(または空の青さを知る)」 との言葉もある。 (蛙が井戸の深さを知っていることは前提とする)

蛙にせよ人間にせよ肉体的な制約の中で出来得ることに限りはある。
ハリウッド映画によく出てくる 『崖の上から片手で他者を持ち上げる』  とのような展開は現実では難しいだろう。
自分自身が両手で鉄棒に5分間ぶら下がるのもまず難しい。それどころか3分間両手を上に挙げ続けただけでも手を下ろしたくなるはず。


と、ここまで書き進めたがやはり結論は出そうにない。
ピンチをしのぎチャンスを生かせば成功は約束されるはずだが、ピンチに倒れチャンスを逃すことの方が多いのもまた現実。

AKB48が世に出てきたのは時代背景がそうさせたのかもしれない。
もはや単体で圧倒的な人気を得る時代ではないように思える。
となると、時代はマスメディアからパーソナルメディアへ、そしてマスコミュニケーションからミニマムコミュニケーションへと変貌して行くのか?

しかし、核兵器や原発が当たり前のように存在する時代の別の側面では分散化・細分化がトレンドになるならば人間社会そのものが分裂症状化してもおかしくない。
これは私の私見でしかないが、人間の本質の中に 『外部への探求と同じ量だけ内部への探求欲も生まれる』 との要素があるように思う。
つまり、生きていることの意味を考えずにひたすら好奇心をふくらませて行動につなげている時、ふと気がつけば内面に深い深い闇が広がっていてその闇と向き合うことになってしまったとの状況。

わかり易い例で言えば原発の発展と原発事故の悲惨さ、そして最終処分場所の目処も立っていないままというとんでもない状況がそうだ。

発展や成長は素晴らしいとの前提で進んできた結果がこれである。
人間はこのタイミングで(特に日本人)存在の意味を考える必要があるだろう。
とにかく、国も集団も個人も日々発生する出来事全てに 『意味』 を感じるべきに思う。
意味など考えなくても日々は過ぎて行くのだが 「意味のないことなど起こりはしない」 との姿勢でいたいもの。

私は今、これでもかと言うほど身体を鍛えているが 『意味』 を感じている。
気になる女性に会うとなれば、身にも構うし常にイイ男でありたいと思うのでこれにも 『意味』 を感じる。
そして相変わらず横道に逸れることが多いがそれも 「成長せんか!」 とどこかからメーセージをくれているのだろうからやはり 『意味』 がある。

日々の選択は確かに自由度の高い中で行うのだが、結果に対して意味を感じている限り 『次』 の選択に大きな影響をもたらすことに違いない。



☆プレゼントしたものをいつも身に付けてくれているって嬉しいもんやな〜わーい(嬉しい顔)








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2012年10月12日

賭け続ける男(破)恋愛編−2

中学生レベルの恋愛スキルのテツだが少しはレベルアップしたのだろうか?


マサ‥テツさん。完全ひとり暮らしの気分はどーですか?
何なら俺が泊まりにでも行きましょか。

テツ‥アホ、寂しくなんかないもん。

マサ‥あのね、ないもんて…。どう見ても人恋しそうに見えますけどね。

テツ‥こう見えても1年に1回位は女の子とご飯食べに行ってるもん。

マサ
‥だから、幼児語はもういいんで… 今度使ったら帰りますよ。

テツ‥悪い悪い、当たり馬券あげるから帰らんといてくれ。

マサ‥いやいや、テツさんを信じてこの前カレンチャンとパドトロワのワイド買ったら撃沈したんですけど…

テツ‥えっ?ホンマに買うたんか。パドトロワの馬体重には気をつけろと言うてたやろ。
結局絞りきれんかったみたいであの結果や。

マサ‥もういいです。今度は自分で考えますから。秋華賞は確変状態の池添が乗るアイムユアーズでも狙おかな。

テツ‥わかったわかった。もうアドバイスはせんから心配するな。
そんなことより恋愛のアドバイスを聞く気はないか?

マサ‥あのねぇ〜、それだけはテツさん以外の大人に聞きますわ。
テツさんなんてほとんど文通止まりの交際しか出来てないでしょ。
特に奥さんに出て行かれてからはほぼチェリーボーイて言うか完全チェリーボーイでしょ。
俺が気分転換にそれなりのとこに誘っても 「今更金で解決してられるかよ」 と強がり言ってるし…

テツ‥そう言うけどなマサ、やっぱり金で性欲を解消した後のやるせなさや切なさを今更味わいたくないしな。

マサ‥じゃあ、彼女のひとりも作りましょうよ。

テツ‥いやいやそんな簡単なもんとちゃうで。
俺は今やたら身体を鍛えてるけどそれもこれももし女と突然それらしき機会が来た時に恥をかかんようにするためでもあるんや。

マサ‥で、それらしき機会はこの3年の間にやって来たんですか?

テツ‥マサも言うよね〜

マサ‥鍛える意味ないやんけ!
何か方向性がおかしくないですか?まさか女子中学生並みにいつまでも声をかけられるのを待ってるんですか?
その前にテツさんは本気で女性と付き合う気はあるんですか?
そんなんでよく1回でも結婚出来ましたね。

テツ‥う〜ん。そういえば前の結婚も元嫁がある日結婚式場を予約して来て俺には事後報告やったわ。

マサ‥そんな始まりでよく20年以上やって来れましたね。
テツさんは自分が惚れた女をグイグイ引っ張って行って俺に付いて来い位のこと言えないんですか?

テツ‥言えないでしゅ。

マサ‥はい、帰ります。

テツ‥あっ? 言えないだす。 

マサ‥もう面倒くさいんでやっぱ今日は泊まっていって朝まで男らしさの特訓をします。

テツ‥ではお言葉に甘えてマサ師匠に聞きたいんやけど、やっぱり付き合う状態って肉体関係が伴ってこそやんな。

マサ‥もう師匠でも大将でもなんとでも呼んで下さい。
何か中学生に答えるみたいですけど、どう考えても大の大人がデートの度にお茶だけ飲んでたって付き合ってる状態とは言わないでしょ。

テツ‥やっぱりそうか。でもなぁ〜そんな関係にならん方がずっと仲良く付き合える場合もあるんとちゃうかな。
そんな関係になった途端に、後は下り坂みたいになるような気もするし…
開高健も言うとったやろ。3日幸せになりたかったら結婚すればよいと…

マサ‥相変わらずテツさんは恋愛に関しては勇気がないですよね。
博打で10代にして50万位の勝負をしてた人間と同じ人間には思えませんわ。
確かに男と女の関係は、追えば逃げるし逃げれば追われるみたいな側面がありますけど、どちらかが積極的にならなければずっと捕まることのない追いかけ合いで終わりますよ。
でもね、俺は恋愛する前にやるべきことがあると思うんです。
それはまず自分自身を大切にすることですよ。
テツさんは自分の好きなことだけをやってれば幸せだと考えているみたいですけど、それで幸せになってるようには見えないんですよね。
強がってはいてもどこか満たされいないように見えるんですよ。
まぁ長いことそばで見てる俺なんでそう感じるのかもですけど…

言い難いことを言うと、俺はテツさんにいつまでも元気でいて欲しいんです。
俺が全く女に相手されなくて素人童貞キモいと言われてた時期にテツさんが無理やり俺をミナミに連れ出して今から男になってこいと背中を押してくれたことは今でも感謝してますよ。
他人の給料が上がるように会社にかけ合ったりもするおせっかいなテツさんですけどそんな損得抜きに生きて来たテツさんだけにそろそろ自分の健康や幸せも考えて欲しいと思ってます。
やがて女性と本格的にお付き合いするためにも考えて下さいね。


テツ‥マサ、俺を泣かす気か?

マサ‥いやいや、これはただの前フリです。
噂ではKちゃんと食事に行ったらしいですね。
あんまり勝手な毎日を送っていたらKちゃんにも愛想を尽かされますよ。

テツ‥そうくるか。とり合えず月間300Km走破は達成したんでこのまま鍛え続けてそれらしき機会が来た時に備えるわ。

マサ‥そしたらまた3年後に結果を聞きますけどせめて女性を強くリード出来る位の男に仕上げといて下さいよ。

テツ‥あかん、マサがここまで成長するとは。こんなことならあの時マサの代わりに自分がいっとけばよかったかな〜


どうやらテツにはやり残したことが山積みなので本格的な恋の始まりはまだ先になりそうだ。
そんな中、テツの携帯にメールが入り 「日曜日に競技麻雀の全国大会の予選会があるのでどうですか?」 の内容だったよう。
回答は保留しているようだが、テツの判断次第ではまた恋の始まりが一歩遠のくかも…




posted by tetsukazu at 00:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月07日

我々はとんでもない存在なのかも。

今日2012年10月7日は日本人にとって誇れる日になりそうだ。
テニスでは錦織選手が優勝。F1では小林可夢偉が表彰台。そして数時間後に行われる凱旋門賞ではオルフェーヴルに期待が集まる。

思えば黒船来航以来、日本は外国との交流が待ったなしとなり島国気質との自己葛藤が続いて来た。
そんな状況の中、スポーツの世界では国境が無いと言える程、人種国籍を問わず活躍する選手が出て来た。
ゴルフの世界ではタイガーウッズや韓国人選手。テニスの世界ではウィリアムズ姉妹。陸上長距離ではアフリカ勢が群を抜いて活躍している。
元々人間同士の違いなんて僅かなものでしかない。体重差にしても身長差にしても脳の大きさにしても倍も違わない。
顔だって彫りが深いとか深くないとかの違いはあるが、顔以外の要素でカバーすることも可能。
ぐずぐず文句を言う前に前述のアスリート達のようにひたむきに努力を続けることが尊い。

最近私は思うが、ひょっとしたら人間はとんでもない位にレベルの高い立場に位置しているのではないかと。

私達は日本という国に生まれ何気なく日々を暮らすが、この事実は奇跡と呼べる位凄いことを成し遂げ続けている気がする。

まず他の動物とは異なり自然の脅威に対しての備えがほぼ万全な点。
当然のように雨風がしのげる家屋に住み、食料に関しても備蓄技術が進歩して少々の飢饉にも耐えられる。
伝染病等に対しても医学の進歩により一部の病を除き克服する技術を獲得した(特に先進国)。

食物連鎖に入らずにこれだけ安全に生き続けられる生物は地球の歴史上でも恐らく唯一と言ってよい存在。

人間が排出する雑排水や汚水に関しては自然に対して多大な迷惑になるのだが、それも高度浄水技術(バクテリアによる分解や塩素による大腸菌殺菌等)により浄化した後に海へ流している。
雨水が多量に発生して人間の排出する下水との合流量が限界を超えた場合はそのまま海に流す場合があるがそれも雨水の有効利用を考える研究により改善しようとしている。

そもそも人間も含めて生物は常に生存競争にさらされている。
現代に生きる人間も何らその状況は変わらない。
その証拠に高度資本主義社会に中でふるいにかけられ振り落とされた人間は、自ら命を絶ったり自暴自棄になりあらゆる意味で自爆している。

先進国と呼べる国のほぼ全てが民主主義であり資本主義である。
私はこのブログで繰り返し強調するが本来、民主主義と資本主義は共存し難いものである。
一人一人の権利が平等であるとの理念が基本である民主主義と、稼ぎに応じて行使する自由度や選択幅が違ってくる資本主義は矛盾する。

従って現代に生きる世界中の人間は、『本音と建前』 『理想と現実』 『理性と本能』 などについて熟知し使いこなし飼い慣らす必要に迫られる。

単にお金を貯めれば全て解決するわけでもない。
先日41才の若さでこの世を去った金子哲雄さんに悔いはなかったと言えるのだろうか。

これも私がこのブログで強調してきた 「今日で人生が終わっても悔いのないように過ごすことと同時に明日からの人生にも備える」 との心構えは正論が故に難しい。

人生は有限だ。叶えられない夢に向かって努力するには時間が短か過ぎる。
出来れば実感を得られる目標に向けて日々を費やしたいものだ。
私が肉体を鍛えるのも手間ひまかけた成果を実感出来るからである。

自信を持った人間と自信を失った人間。そのどちらが生き残るかは明白だ。
生物(動物)の世界でとんでもない地位に上り詰めた人間だけにその一員である我々全てがとんでもない能力を発揮し続けるのは当然のことだ。
そして一歩外に出た時に目にする何食わぬ顔をして歩いている人々だって日々とんでもない努力をしている可能性が高いことを自覚するべきだろう。





posted by tetsukazu at 20:15| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月04日

雑感−20

先週はとにかくばたばたした。
心の安定を取り戻すため、今週に入りパソコンとテレビと個人携帯の電源を切った状態で過ごしていたがそろそろ不都合が出て来た。
特に携帯に関しては結局就寝前に電源をオンにして確認していたのであまり意味を成さなくなっていた。
で、携帯の復活と共にパソコンの電源も入れてみた。

ブログ記事に関しては漠然と入れたい内容のものもあったのだが系統立ててまとめた記事にするほどにもなっていないので雑感という形で久々に書き連ねてみる。

最近の日本は、離婚率の上昇や自殺者増加状態での数値安定傾向や生活保護受給者の増加などについて取り立てて強調するのでなく極自然のこととして報道される。
私の知り合いに言わすと 「日本もやっと普通の国の仲間入りをしたんや」
「今までの日本人が必要以上に我慢強かっただけの話」 とのこと。

う〜ん。そうなんかな。 となるとこの傾向が止まることはないんやろか。


それはそうと私が本格的に身体を鍛え出してからかれこれ2年半位になるけれど、その間オーバーワークで何度か休養期間があったので安定して継続しているのはこの数ヶ月。

この数ヶ月はとにかく走り込みとウォーキング(速歩)中心。
時間にして毎日2〜3時間。距離にしたら恐らく10km位かな(1時間と1時間半位の2回にわけてそれぞれ連続して負荷をかける)。
とにかく高負荷をかけるタイミングを図って来た末にやっとゴーサインを出せた。

普通に通勤や通学を通じて日々過ごしていても7000歩〜8000歩はこなしているが、ゆっくりと歩いている一日通算の8000歩(例えば行きの通勤15分徒歩、仕事中や昼食時の移動30分、帰りの15分徒歩、買い物の行き帰り30分)と私がこなしている運動を目的とした8000歩は質が違う。
運動を目的とした場合、肉体の機能の60%〜70%はフルに運動する状態になるので歩いたり軽いジョギングをバカには出来ない。
現代人はどう考えても運動不足。先程例に出した通学・通勤などにしても自転車を活用した場合は負荷のかかりかたも軽いものとなる。

若い男性の精子の数が減って来ているとかの報道もあった気がするし若い男性の俗に言う草食化傾向も運動不足が一因ではないかとさえ思う。

私は、仕事に就き始めた時の先輩が元プロボクサーだったこともありボクサーの半端でないスタミナを目の当たりにしている。
その基本にあるのはやはり走り込み。
足腰を鍛えることイコールスタミナ強化に繋がるのは間違いない。

そこで高負荷をかけることによる変化だが、まず遠い距離が遠く感じなくなること。
これは心の部分にも影響して困難なことに対して粘り強くなれるし我慢もきくようになってくる。
何よりスタミナがつくことで物事と取り組むのに自信がついてくる。

このブログでは冗談みたいに 「同年齢間では日本最強を目指す」 と語ってきたが、行動に移さないことには本当に冗談で終わってしまう。
これ以上の負荷は仕事があるので時間的に難しいが、マラソンの野口選手のように疲労骨折等に気をつけながら 『最強戦士(笑)』 を目指したい。


毎日王冠はGUであればエイシンフラッシュが複勝圏を外さない気もするが1800mだけに鉄板とまではいかないかも…
posted by tetsukazu at 23:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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