2012年06月01日

システムこそが最強なのかA

前回のエントリーで書き残したことを書き足す予定で考えてはみたが、過去のエントリーでも大きなくくりの中で使う用語は違えどシステムについて断片的に語ってきているので、極力重複しないように書き連ねてみる。


システムのことを語る前に、まず大前提としてお金についての定義をしておきたい。
資本主義体制の国が大半を占める現代社会では、人も含め交換価値のあるものこそが有益なもの(こと)とされる。
その代表的なものが貨幣であり人そのものとなる。
中でも価値比べでの貨幣の占める地位は天井知らずであり、お金を上回る魅力を持つものは数少ないと言える。
あえて言うならば子供を育てる行為はお金を稼ぐ魅力を上回りそうだ。
ただそれもお金の裏付けがないと成立しないので価値の中にお金を含めると話が1秒で終わってしまう。

そこで貨幣さんについては『空気』と同列に扱うこととする。
つまり身の回りにあるのは自然であり当然であるから、何を語る場合も当然あるべきものとして話を進めたい。


さて、さすがにそろそろシステムについての個人的見解を展開しないと。

最先端の経済理論は新古典派を中心とするマクロ・ミクロ経済学だが、私が注目するのはレギュラシオン理論(フランスで誕生した経済学理論だが英語だとレギュレーションとなり規制となるのかな)。
レギュラシオンと表現する場合は『調整』を意味する。

ここからは極力私の言葉で話を進める。
社会の中での制度・構造の諸形態とそれらの相互間の結びつきなどを称して『調整様式』と呼ぶ場合、その様式は国家間でもそうだし一つの国の中での時代差の中でも異なるはず。

私がこの2回に渡ってタイトルとした、 「システムこそが最強なのか」 をもう少し細かく言うと、現存のシステムに対するシステム作りも含めた話となる。
システムが強固であればあるほど、生半可な知恵ならば玉砕するだけだ。

私が愛してやまないギャンブルにしても、例えば公営ギャンブルの場合だと約25%のテラ銭(売り上げから主催者が25%差し引いた上で顧客に還元する)。
そのシステムにただ乗っかるだけでは、大数の法則通り99.9%の人間が敗者となる。
システムに乗る奴が利口なのではなく、当然ながらシステムを作る側が利口なのだ。
とは言え、一部の公営レース場は撤退を余儀なくされており、共存共栄のシステムも重要となる。

冒頭で述べた通り、現代では交換価値のあるものこそが残って行くので魅力のある者・物・モノ・事・コトでないとやがては淘汰される。

では、優れたシステムとは何か?
今の世界を眺めてどこが豊かな国と呼べるだろう?
賛否は別として、一般論で言えば 『アメリカ合衆国』 になる。
根拠としては、国土の広さは当然だがもっと大きなのは大都市が分散している点。西海岸にも東海岸にも北部にも中部にも南部にもそれなりの規模の都市が存在する。
次に軍事力が強大である点。そして人材が集まる点など。
経済のことはこれも冒頭で述べたようにあえて語らないこととする(GDP第一位と言うより国民一人当たりの所得金額比較をしないと根拠とならないが各国における購買力平価の算出は困難)。

しかしそんなアメリカでさえ全てのシステムが優れているわけでない。
人種差別も脈々と続くし貧富の差もなくなる気配がない。
ただ、よりましな国としては世界の中ではトップクラスだろう(日本もよりましな国として考えられる)。

以前であれば南北問題があったが(主に北半球と南半球の経済格差)、最近に及んではアジア諸国のトータルのGDPがヨーロッパ全体のGDPを上回る規模になっている。
ほんのひと昔前まではヨーロッパの列強国の植民地だったのに時代も変わったものだ。

それらは国と国との競争でもあるが、システムとシステムの競争でもある。

公道を自動車が普通に走る。
それは普通でも何でもなくて、自動車内部の精密で複雑なシステムがあってこそ。
特に日本車の優秀さは現時点においても他国をリードしている。
コマツなどの企業も現在においても世界の中での勝負に勝ち続けている。
日本の新幹線システムも人間が死んでいない点など世界の最先端システムと言える。
会社が従業員に給与を支払いながらも利益を上げるのも優れた企業運営システムに裏付けられたもの。

チャップリンが映画モダンタイムスで人間が巨大歯車に巻き込まれる映像で示したかったひとつの要素がシステムと人間の関係なのは推察出来る。
かくして第一次産業革命後の世界は、システムと切り離しては語れないことになった。


システムの中における調整とは?

恐らくだが、資本主義は過去に何回か臨界点が来ており、ある時期における社会主義・共産主義の台頭もその象徴だろう。
しかし冷たく言い放てば、残念ながらそれらは資本主義に対するサブカルチャーにしかならず時代のあだ花でしかなかった。
今ある資本主義は資本主義CなのかDなのかはわからないがマイナーチェンジしただけの資本主義システムだろう。
そしてまたギリシャ危機を見てもわかるように臨界点が来ていて資本主義Eあたりにマイナーチェンジしそうだ。


少し話をずらして商品価値の問題を考えてみる。
資本主義体制では基本的には商売の自由が保障(保証?)されるため付加価値込みの商品価格となる。
同じ酒もディスカウントショップで1000円の物がホストクラブでは2万円だったりする。
需要と供給の関係が成立していればそれもありなのかもしれないが、支払う金額に見合った幸福度を得ているケースばかりではない。
何故そうなるのか? 答えは価値を正当評価することに無知でバカなことの表れだから。


様々なシステムに適応するためには、交換価値について正しい認識をすることがこそが最重要であり、バカはシステムの中に埋没しやがて呑み込まれることになる。
気が付けば巨大歯車に巻き込まれてしまっているとの自覚があるならチャップリンが映画ライムライトで語るもうひとつのメッセージを思い出してみるべき。


誤訳されているケースが多いのでしっくりくる訳を引用し私が加筆してみた。


「人生は素晴らしい。人生を恐れるな。そして人生で大切なものは勇気だ。夢(想像力)を持ちそれを形にしようとする勇気を持ち、それを実現する勇気を持ち、それに向かう勇気を持ち、どんな困難に遭っても前に向かう勇気を持ちなさい。 あっ?それとお金も必要といえば必要かもね。」


何だかシステムが良いと言いたいのか良くないと言いたいのか混乱してきたが、自分がまいた種は自分が刈り取ることになるのだから、現実をしっかり見つめて幸せを掴むべきと言いたいのだ。


2回目でも話が終わらないので再度エントリーします。










 


posted by tetsukazu at 02:51| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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