2011年11月25日

見える風景、見えない風景。

今日は特に書きたいことはないのだけれどたまには思いつくまま綴ってみる。

珍しいことではないが、マンションの13Fのベランダから3才の子供が転落して死んだとの記事を目にした。
母親の買い物中の出来事だったらしく子供が一人で留守番していたようだ(買い物に出る時は寝てたのかどうなのか?)。

このように昔から1億分の1、1千万分の1のような確率で災難に遭う人が存在する。
しかし今回のケースのような場合は未然に防げていたケースだろう。
先日運転免許の更新に行ってきたが、大阪府内だけでで毎日3桁(100件以上)の交通事故が発生しているそうだ。
先程の転落事故のような死亡に至らずケガにとどまるケースも入れれば交通事故以外での負傷事故も毎日相当な数になるだろう。

私達が日常生きている空間は、主に健常者が何事もないような顔をして行き交う空間だ。
表に出られないような状況の人を目にする機会は少ない(精神的な病を抱えていたり極度のアトピーなどで自宅から出ない人も多くいるだろう)。
私も含め、今時バツ一・バツ二など珍しくもないがそれでも表を歩く時は普通の顔でいる。

私はギャンブルを人より多くするが(そこがかなり問題だが…)、公営ギャンブルなどは見えている部分よりそうでない部分のほうが多いだろう。
先日のマイルCSにしてもゴール前の直線はかなりの向かい風だったようで、これでは追い込みは厳しい。
命より大事(ソースはカイジ)なお金を賭けるのだから本当は風の向きさえも予想のファクターに入れるべきなのだろう。
ボートレースなども追い風と向かい風では有利不利があるし横風の場合もある。基本的には向かい風の時はダッシュをきかせた外からの仕掛けが有利。
競馬にしても騎乗する騎手がその週に夫婦喧嘩をしているかも知れないし風邪気味の騎手もいるだろう。
馬にしてもレース前に周りの馬が暴れてたりする影響でストレスを抱えたままレースに臨むこともあるだろう。
牡馬の中に牝馬が1頭しかいない場合はその牝馬の後ろにつけたがるスケベな馬もいるらしい(笑)。

22日から始まっているボートレースのチャレンジカップも王者 松井繁の気合が入りまくっている。
賞金ランク10位前後だけに暮れの賞金王決定戦への出場を一日でも早く確定させたいのだろう。
今節は松井が4コースのカドから捲くったレースで5万舟券が出たが、少し前なら松井の頭で5万舟券など考えられなかった。
私達には見えないものが松井の胸の内にあるのだろう。またそれを読み取れた奴しかそんな舟券はとれない。

最近、一日一日がとても貴重に感じる。勿論年齢的なものもあるがそればかりではない。
少しでも人の生き様に想像を膨らませる者は、未来をどう生きて行けばよいのかを考えるのは必然ではないだろうか。

キリスト教のカトリックは離婚を禁じているし(無論法律上は可能)自然に反するような避妊行為(コンドーム・経口避妊薬など)も禁じている。
飲酒・喫煙については、カトリックは過度な飲酒・喫煙は禁じていて、プロテスタントは原則飲酒・喫煙は禁じている。

さて、日本のように一神教でない国の場合、何をして個々人の精神的抑制を保てるのだろう。
私個人の場合、父親が亡くなった時に父親の実家の宗派のお寺を通じて葬儀を執り行ったのだが、それまで日々祈念・礼拝などしてこなかった私にしてみればある種のセレモニーとして接した側面があったのは否めない。

私は、キリスト教の信者ではないが離婚・堕胎・自殺などについては否定的な考えを持つ(前にもブログで書いた)。
一方で、自分中心の生き方をすることには肯定的だ。仮に親に迷惑を掛けたとしても思い残すことがある人生は歩むべきでないとの勝手な考え方。
私は子供の時にすき焼きの肉を遠慮しながら食べていた記憶があるため、子供達には食べ物を遠慮さすようなことはしたくなかった。
恐らく我が家のエンゲル係数は日本でも指折りのレベルだったはず。
子供が食べたいもの飲みたい者物は基本的に与えてきた(炭酸飲料など健康のに影響の出るものは除く)。
二人とも赤ん坊の頃は六甲のおいしい水でミルクを作っていた(20年前では一般的ではなかった)のでいまだに頭蓋骨など骨はありえないくらいかたい。

私の父親が亡くなる直前に、「親父、迷惑掛けっ放しやったな」と話かけたら「親子の間に迷惑なんて言葉は存在せんのや」と返ってきた。
私が独立して事業を起こす際も薄々失敗すると思っていながらも私に対しては「俺には独立する勇気がなかった。その点お前は勇気がある」と。
事業の継続を断念する際は、父親の会社の社長から「やめることの方が勇気がいる」と含蓄のある評価を受けた。

人は見えるものに関しては敏感であり影響を受け易い。
しかし見えない景色に関しては、想像力・創造力・洞察力・経験・知識・人間力などに優っていないと感受性を持てない。

水曜日はターフの真ん中日曜日ブログのあらたさんからの情報で午後8時からクイズの番組を見た。
歴代のクイズ王達(様々なクイズ番組の優勝者)がほぼ一同に会してのものだった。
準優勝の石野まゆみさんは現役の銀行員のようだが、毎朝の出勤時に新聞4紙と雑誌を買うらしい。
クイズと結婚したとかどうとか言われていたが、一つのことに集中しきってしまうとそうなるのかな。
違う言い方をすると、何かを諦めないと何かを極めることが出来ないという一つのケースかもしれない。

石野さんには未来にどんな風景を見ているのだろうか。
私にはわからないがきっと今を生きて毎日が充実しているのは間違いないだろう。
彼女は現在のところ、我が子をベランダから転落させるようなこととは無縁だしもし仮に母親になったとしても子育てに情熱を燃やすはず。

クイズ王達は互いをリスペクトし合い、己に欠けているものは何かと常に自問自答しているように私の目には映った。
きっと彼ら彼女らにとっては 『一瞬が永遠』 なのだろう。
彼ら彼女らが回答ボタンを押すゼロコンマ何秒の世界は打ち寄せて返る度に形が変貌する知識の渚なのだろう。

私達そして私はどれだけ今日という一日、そして今という一瞬にあらゆる要素を凝縮出来るのだろう。
どう考えても人生は短い。しかし凝縮する分だけその中身は濃いものとなり意味もあり充実したものになるだろう。


日曜日のジャパンカップ。エイシンフラッシュの藤原調教師がデインドリームの能力が見えているような発言をしている。
日本の馬でデインドリームに対抗出来る馬は世界を知るトレーナーの管理する馬ではないだろうか(ほとんどのトレーナーかもしれないが…)


男の総合力のピークが何歳に来るのか、それともピークなどなく、学ぶ者や向上心・素直な心を持つ者は力尽きるまで能力が上がるのか。
その答えは自分自身で出すしかない。
宗教以外で自分自身を戒めるしかない人間は、躓く度に教訓を心に刻みつけその痛みをいつまでも忘れないことだ。
そして自分自身に不足しているものは何かを常に自問自答するしかない。










posted by tetsukazu at 00:17| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月22日

もうすぐ師走ですね。

ホントに早いものでもうすぐ12月がやって来る。

最近、右足親指の爪がはがれかけていて少々テンションも下がり気味だが大人しくせよとのサインかも?
アホみたいに鍛えているうちに足の爪のことなど気にしていなかったのだが気がつくのが遅すぎた。
まぁこんな調子で今まで突っ走って来たので今回も冷静に受け止めてはいる。
息子達にも「親父は地球がひっくりかえりでもしない限り驚くことはないやろな」と言われる。

そんなちょっとしたアクシデントはあったが大きな事故もなく無事に年末を迎えようとしている。
最近、NHKの朝の番組が盛り上がっているようだが(有働由美子キャスター)女性のパチンコ・パチスロ依存症の話があったようだ。

アメリカの精神医学界の判断基準によれば次の10項目のうち5項目で当てはまればギャンブル依存症になるそうだ。

  ↓

(1) 嫌なことがあるたびにギャンブルをする。
(2) ギャンブルのことが頭から離れない。
(3) ギャンブルをしていないとイライラする。
(4) 止めようとするが出来ない。
(5) 賭け金が増えて行く。
(6) 損をギャンブルで取り返そうとする。
(7) 仕事や人間関係に影響が出る。
(8) ギャンブルのために嘘をつく。
(9) 他人の金に手を出す。
(10)資金を得るために違法行為をする。


う〜ん?? いくつ当てはまるかなぁ〜  1と2と3と9と10は違うけれど残りは否定する自信がないなぁ。


それはそうとNHKもパチンコ・パチスロを完全にギャンブル扱いしているが、あれは俗に言う三点方式で実質上賭博行為となっているだけで建前はあくまで『遊技場』

このへんが日本の暗部(ダークサイド)なんよな。
今の民主党政権は死刑の執行も躊躇しているし、相変わらず宗教団体への課税も消極的だし、新聞の再販制度なども前進が無い。
それどころか民放ではパチンコ・パチスロ関係の広告が幅を利かせている。

自民党政権もそうだったが、建前は法を順守すると言いながらグレーゾーンの活用を積極的に行う。
また、職業に貴賎無しと言いつついまだに公務員は上から目線の気がする。これも建前は公僕ということになっている。
先日もチャリに乗っていて警官に呼び止められ、別れ際に「また今度呼び止めた時は協力してや」
と言われた(それとも大阪限定?)。
おいおい!明らかに年下やろしそれ以前に「協力して下さいね」やろ。
こんな状況なのに真面目な顔して先生が生徒に敬語やらなんやら教える現実に寒くなるばかり。


吉田拓郎の名曲『落陽』の歌詞に「この国ときたら賭けるものなどないさ。だからこうして漂うだけ」とあるが、この国(故筑紫哲也みたいな表現だが)に信用出来るものなどあるのだろうか。
今風に表現すると国自体が「オワコン」になってはいないか。


依存の話に戻るが、変な話が結婚なども依存体質がないとなかなか踏み切れないように思う。
自分自身の価値観が確固たるものであるならパートナーの生活リズムに合わせ続けるなど無理なのでは?

私の場合は2年前に依存する相手もいなくなったのだが、この2年果たして人間的に成長はしたのだろうか。
男の場合、離婚すると寿命が縮まるらしいが私は8k程度の体重減(いまだに戻らず)で済んでいる。
日曜日は長男からメールがあり「マイルCSはマルセリーナの複勝とリアルインパクト⇒マルセリーナの馬単を買ったわ(笑)」との内容だった。
なかなか楽しそうにやっているようなので、「丸瀬莉奈ちゃん応援しとくわ」と送り返しておいた。

いつも行くお店のママから「イイ男になってきたわね」と言われてから、どこがやろと考えてはみたがなかなか思いあたらない。
まぁ思いあたらない位なので大した変化ではないのだろうけど、このままお店に顔を見せなければ勘違いのまま良い気分で年を越せるはず(まず呼び出しがかかるので無理)。

年の初めに今年の目標としていた「今年中に誰かと温泉に行くぞ!」との意気込みはしぼむばかりだが最悪ひとり日帰りカニ食べ放題プラン位には参加したい(笑)。

明日からボートレース大村でSG第14回チャレンジカップが開催される。
エースモーターを引き当てたのは静岡の重成一人⇒訂正(重野哲之の間違いでした。お詫びします)。その他、須藤・平田・原田・山口・菊地なども好モーターを引いたよう。
暮れの賞金王決定戦に向けてのラストチャンス。
最終日の一般競走の5〜6着争いに至るまで賞金王決定戦に出場出来る12のイス争いは続くので今年も目が離せない戦いになりそうだ。
個人的には田中信一郎(大阪)を応援したい。


この前から語っていた、密かに心に期していたことの一つは年末までに実行出来そうだがそれ以上のことは来年に持ち越しになるかな。
どちらにしても「男は甲斐性」が私の今年後半から来年に向けてのキーワード。


現在公開中の園子温監督の『恋の罪』。
新聞の解説を読むと、水野美紀演じる主人公の和子(刑事役)は、刑事をやりながら家庭もあり不倫もしているとの設定。
水野美紀は、「女性は職場、夫、子供、恋人に、それぞれの顔を無意識に使い分けている。和子が特殊なのではないと思う」 との感想を述べたらしい。

あー恐ろしい。男にはそこまでの使い分けは難しいな。私なら博打場の自分とそれ以外位の分け方がせいぜいか。イイ女は既にすぐそばにいるのかどうなのか?

12月の目標はひとまず「食べたい物や飲みたい物があった時に実現出来る毎日でいたい」
ささやかだがこれがなかなか難しい。食欲が満たせなくて他の欲など満たせるわけがないとの意気込み(そんなたいそうな)で今年を駆け抜けたい。


追記⇒力道山と木村政彦の戦いを克明に描いた書物がちょっとした話題になっているようだが、
勝敗を分けたのは、力道山の方はプロレスと真剣に向き合い、木村政彦の方は前日に酒を飲むなどしてプロレスに対して遊び半分だったための結果だったのだろう。
真相は闇の中だが、どうやら引き分けにするというブック(事前に結果を打ち合わせ済み)が出来ていたのを木村の金的っぽい蹴りの後に力道山がガチンコになったらしい。
真剣に向き合うことの大切さを知らされるエピソードではある。





posted by tetsukazu at 02:25| Comment(8) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月18日

=Group selection=

生物の進化に関する概念及び理論の一つである群選択(Group selection)説についてのWikpediaの内容の結論部分のみを抜粋してみる。

   ↓

種の保存論法はしばしば至近要因と究極要因の混同を伴う。至近要因とは動物の行動の動機となる心理/生理的メカニズムであり、究極要因とはその心理/生理的メカニズムを形作った進化上の原因のことである。

混同の典型例は交尾(性交)である。性交は性欲や子供を持ちたいという至近要因によって引き起こされる。その結果、繁殖(個体の存続)が起きる。性欲を持たない個体は繁殖せず、そのような性質は広まらない。これがなぜ性欲が存在するのかという究極要因である。「種の保存のため」は至近要因(性欲)とも究極要因(繁殖)とも関係がない。表面的に「種の保存のために繁殖しているかのように見える」だけである。



以上になるが、結論部分だけの抜粋なので他の事柄とも関連させて考えてみたいと思う。

群選択説とは、人間社会が何らかの規模でグループを作り、結果としてそのグループにとって最適な状況になっているという仮説と言えるが、
そこに個人の判断・意思はどう関われているのだろうか。

リチャード・ドーキンスは「人間は遺伝子の乗り物」だと結論付けたが、小浜逸郎に言わせると恋愛については人間はかなり主体的に関われるものだそうだ。

「なぜ人は恋をするのか?」 に対して、
小浜氏の見解は⇒それは身体が孤立しているという誰もが抱える事実を何とか乗り越えたいとする希求の意識に基づいている。
恋愛は、この希求の意識を心身の結合を伴う『物語』によって満たそうとする試みである。
そしてこの個別性を解消しようとする「希求の意識」こそが人間の本性をを成すものであり、人生に『意味』をもたらすための基本条件を成しているのである。


ここからは私の超個人的見解になる。 
例えば人間が作り出したコンピュータについて言えば、操作する人間の指示により作動するのであり、その指示・命令が常に最優先する。
しかし生身の体である自分自身の判断・行動については自分自身が指示・命令の主体となる。
コンピュータの場合、内部のプログラミングを超えた機能は果たさないし基本的には有用な働きを目的としている。

ところが人間の場合、自分自身の内部のプログラミングについてさえ精通しているのかどうか疑問。
本来、指示や命令は有用なものであるべきなのに自分が自分に出す指示により起きた行動の結果、とても有用とは言えない結末を迎える時がある。

群選択説やドーキンス博士や小浜氏のこともふまえて考えた場合、以前にこのブログでも取り上げた『メリットの法則』が人間の行動原理をかなり的確に捉えているように思える。

前にも述べたが、メリットの法則とは短時間で具体的メリットが得られることが予見される場合に人間はそのメリットを得るための行動を起こすというもの。

先に例に挙げた群選択説を説明する中での「至近要因」と「メリットの法則」がリンクするし、小浜氏の言う『物語』は{単純な本能ではない、意志の力による前向きな良い習慣}を身に付けることで綴られるものだろう。

一人の人間の生命の物語は現代では70年前後続く。
メリットと交換に何らかの選択をするのだが、そのメリットが個体にとってのものなのかグループにとってのメリットなのか。
もし結果としてグループのためのメリットに終始しているのであればドーキンスが語るように、遺伝子の戦略に嵌っていることになる。

自分自身の肉体をパソコンのハード部分に置き換え、そのパソコンの存在意義・存在目的を考えることで自分自身の行動目的のヒントにはならないか。

どちらにしても人間一人の存在は誰かにとって、または何かにとって有用であることは間違いない。
第三者の利己心により行動させられるのか、自分自身の利己心のために主体的に行動するのか、結果としてそのどちらを選択しているかが大きな問題となる。
そしてその選択は自由に主体性を持ってすることが可能なのだろうか。

操り人形として操られたまま一生を終えるのか、それとも自分の意志で踊るのか。
かつてスイープトウショウという牝馬がいて鞍上の池添騎手を散々手こずらせた。
最近ではやはり牝馬のアパパネがゲート手前でごねた素振りを見せる。馬でも強くて可愛い奴の我侭は通るのかな。
彼女らを見ていると変な話主体性を感じるなぁ。
角居調教師は次のように語る。
   ↓
「牝馬は強い調教をしなくても気持ちで走るんですよ」

何か人間にも当てはまる気がするなぁ。 女性も気持ちがのると頑張るもんなぁ。

時間に振り回され、人に振り回され、お金に振り回され、仕事に振り回され、そして精神世界にも振り回される。
そうではなく、いい意味で俺様気質でちまちませず堂々と生きてみようじゃないか。
済んだことは済んだこととして次に繋げれば良い。

高校野球で、我々はスポーツマンシップに則り正々堂々と戦うことを誓います。と宣誓するが、
本当の意味は、スポーツマンシップについては⇒戦う相手や審判やルールを尊重し敬意を払うこととの意味で、
正々堂々とは⇒攻めにも守りにも強くある。との意味。

日曜日はマイルチャンピオンシップ。
堀厩舎と言えば、休み明けでもきっちりと仕上げて来る厩舎。鞍上は厩舎とベストマッチの福永騎手。
馬券を買うファンの気持ちも尊重している印象。3歳の春に攻めの姿勢で古馬相手に堂々と戦った。
この秋も休み明けの毎日王冠から手を抜くことなく戦った。

リアルインパクトが馬券圏内に来ることが主体性を持った上で個体・個人でも進化出来るのだとの一つの証明になるだろう。
















posted by tetsukazu at 03:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 私的本質論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月15日

戦いは続く。

人生はサバイバル(困難な状況を越えて生き残ること)だ…  などと私が今更語るのもどうかと思うが、『勝つこと』 について真面目に考えてみたい。


日米のヒーロー文化の違いは少し前まではこうだった。
米国⇒必殺技はなく、敵が強い場合にはその弱点と隙を探り協力者を募って的を撃破する戦い。
日本⇒とにかく必殺技で敵を撃破(戦略不要)

必然的にそれらの文化に触れて成人する男達は社会に出てもどこかでその影響が及んでしまう。
しかし最近では、純粋なヒーローものではないにせよ 『デスノート』 や 『カイジ』 のように勝つための戦略を突き詰めるような物語も出てきている。
『闇金ウシジマくん』 などは戦略のせの字も考えない破滅型の人間を浮き彫りにした上で読者に警鐘を鳴らしている。

ヘーゲルは、「人間とは他者に対する優越願望を求めるもの」 として、利己心こそが人間の行動の本質であり、競争こそが人間の本性であると論じた。

現代資本主義社会において、経済の市場は「微差の勝負」であり絶対的な勝者もどうしようもない弱者も存在しないのが現実だ。
昨日までの大企業が明日傾いても何らおかしくないのが過酷とも言える国際競争社会であり国内においても例外ではない。

1992年の高校野球全国大会である夏の甲子園。
第2回戦の組み合わせに、高知の明徳義塾対石川の星陵高校の対戦があった。
星陵にはあの松井秀喜が中心選手として存在しており、既に高校生のレベルを遥かに上回っていた。

松井封じのための戦略は3通りしかない。
真っ向勝負か、際どいところを攻め続けて凌ぐか、勝負を避けるかだ。

明徳の馬渕監督は結局勝負を避ける戦略を選択した。それも5打席連続の敬遠。
試合は3対2で明徳義塾が勝利した。
明徳は続く第3回戦では広島の広島工業に0対8で完敗した。星陵は第1回戦で新潟の長岡向陵に11対0で完勝していただけに痛恨の敗戦だった。

馬渕監督は全国各地から届く猛抗議の嵐の中次のように語った。
「どう言われても勝たんと見えてこんもんがあるんです。私はどうしても生徒にそれを見せてやりたかったんです」


古くは孫子の兵法、日本では宮本武蔵などでも知られる戦法として 「戦わずして勝つ」 がある。
とかく日本は敗者の美学に思い入れを持ちがちだが、相手の裏をかいて勝つのは多くのスポーツでは常識的なこと。
また、麻雀などでも弱い相手ばかりを選んで勝ち続ける奴もいるし最近の国内の競馬で言えばスマートファルコンは地方との交流GTばかり選んで勝ち続けている。
馬渕監督とスマートファルコンのオーナーや調教師を同質扱い出来ないが、片方に批判的な人達はもう片方にも批判的な目で見るような気もする。

スマートファルコンの場合は地方競馬所属であれば問題ではないのだが、中央所属馬として交流レースに参加しているのだから道義的問題は残る。
しかし、明徳の件にせよスマートファルコンの件にせよルールには従っているのである。


物事に対して、「価値」を基準に考えた場合、部分最適の価値と全体最適の価値では全体最適な価値の方が優位に立つだろう。
人によっては部分最適さえ得られれば全体最適などにこだわらないという場合もあるだろうが、長く生きれば生きるほど部分だけ満たせても不備が多くなる。


国家レベルではTPP等の問題で国家戦略が問われる。
真の意味でのグローバル化の前にまずブロック経済間の競争が激化するだろう。
そうした中で生き残るためには協定を結ぶ相手国を厳選して行かなければならない。
それは個人レベルとして生活を営む上での心構えにも通じる(恋愛だって八方美人では結局…)。

日本の国も今までのように必殺技頼みでは勝ち続けることは出来ない。
国も個人も知恵を絞り戦略性を持って戦って行き、勝たなければならない。それが例え漁夫の利であっても…



下の写真は22日から始まる第14回チャレンジカップ(SG)の2日目の第12Rで行なわれる
『イケメンレーサーですね!選抜』」のメンバー(右上は投票1位の群馬 山崎智也)
一番下の少し大きめの選手は今回不出場の福岡の篠崎元志選手(恐らく艇界では男前度ナンバー1か)。
ボートレース界も女性ファンの獲得に力を入れ出しているのだろうか?
彼らはある意味で戦う前から勝っている選手達だろう(理由はあえて言わないが…ぴかぴか(新しい))。

天は二物を…






posted by tetsukazu at 03:35| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月12日

向き合ってみた。

今日のエントリーはかなりどうしようか考えた。

ブログを公開するということは全世界の人の目に触れる可能性があるからだ。

でも、人生の中で真剣に自分自身と向き合うことが少なかった私にはどうしても必要なことだと判断した。

プライバシーに関わることなので抜粋でもよかったが、私が一方的に語ってきたこととの整合性の問題もあるのであえて踏み込んだ。

私はこの2年間、元妻からの手紙類には目を通せなかった。

メールや直接の電話はもちろん必要な要件が含まれるため詳細を知ることになるが、手紙類の内容は想像がつくため見ることが出来なかった。

彼女はこの2年間で多くのことを考えたと思う。

自分自身のこと。親のこと。子供のこと。友人・知人のこと。仕事のこと。生活のこと。そして私のことも。

手紙の内容もそろそろ整理された感情で綴られているはずだと考え今回は開いてみた。

書いてあるように、私が自分の好きなことばかりしていたことや元妻のことを大事にしていなかったことが原因なのだが反論する気はない。

そんな出来た夫ならば今でもそばにいただろう。

ただ、私も含めて人間は矛盾だらけで不完全な存在ではないだろうか。

人のことも考えると言いながら結局自分のことが最優先してしまうことが多いのが生の人間の姿な気もする。

私だって落ち込んでないわけではない。正式に離婚が成立したその夜、ブログで知り合った方のところに飛んで行き、涙ながらに朝までご夫婦に話を聞いてもらった(けん♂さんけい♀さん感謝します)。

そして2年。

相変わらず私はギャンブルもするし飲みにも行くし毎日鼻歌も唄いながら明るく過ごしている。

子供達はそんな一見能天気な親父を見てホッとする瞬間もあるだろう。

このような手紙が来たその日の深夜も顧客から呼び出しの連絡があり駆けつけた。

私は2年前も今も日常を過ごしているのだ。

生きて行くとはそんなものなのではないだろうか。

それこそ悩む暇もない位生活に追われることもあるだろう。

30代〜40代の独身女性などは買い物に行くたびに「奥さん安い品物入ってますよ…(今時あまりないかも)」などと言われて傷ついているかもしれない。

外では明るく振舞えても家に帰れば涙している者も少なくはないはず。

人間にはこけて起き上がれる者と起き上がれない者がいるのだろう。自力で起き上がれない者に対しては誰かが手を貸してあげないとならない。

この2年間彼女には300通以上はメールを送ったと思う。

私に対して 「別れた嫁にいつまで関わってるの?あほちゃう」 と声を掛ける者もいる。

私は後悔だけはしたくない。

明るく元気でいることこそ子供達のためになるんだよと言い続けたい。


無題

無題2









posted by tetsukazu at 23:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月11日

いい女って??

たまには 「いい女」 について語ってみるか。


ネット上には面白い記事がたくさん見られるが、なかなか興味深い内容のものがあったので抜粋してみる(金額含め日本語に訳している)。
  ↓
宛先  JPモルガン社長
送信者 一人の若い女性
件名  どうしたら金持ちの男と結婚出来るのか?

内容 
正直に聞きます。私は年収4千万以上の男と結婚したいと思ってるんです。
私は今25才で見た目は結構可愛いと思っていてスタイルもいいと思うんです。
確かに欲張りだと思うんですけどニューヨークでは8千万位の年収の人は普通にいるし4千万は大した金額ではないと思うんです。
それでこのフォーラムに来ている人で年収4千万以上の人っていますか?
それともみんな結婚しているんですか。
大きな質問は一つだけ… どうしたら金持ちの男と結婚出来るのか。
実際に年収2千万位の人とは付き合ったことはあるんですけどそれ以上の年収の人とは付き合ったことはなくて…
もしニューヨーク近郊の高級住宅地に引っ越すと考えたら2千万の収入じゃ少ないと思うんです。
だから聞きにくいんですけどいくつか質問があります。

(1)金持ちはどこで遊んだりしてるんですか(出来ればレストランの名前とか具体的なバーの場所とかジムの住所とか)
(2)どれ位の年齢層を狙えばよいのか
(3)なんで金持ちのほとんどの妻の見た目が普通なのか
(4)金持ちはどうやって結婚相手を選ぶのか。どういうタイプが彼女向きなのか。



返信 可愛い女性へ
興味深いメールを読みました。
実際、あなたのように考える人は少なくないと思います。
なので、一人の投資家として答えさせて下さい。
僕の年収は8千万以上なのであなたの言う条件は満たしていると思うから僕が答えても問題は無いよね。
まず、ビジネスマンの視点としてはあなたと結婚するのは悪い選択だと言えるだろう。
答えはシンプルだから説明させてね。
少し詳細を加えながら説明すると、あなたは「美しさ」と「お金」の交換をしようとしているよね。
Aさんが「美」を提供する代わりにBさんはそれに「お金」を支払うということ。
するとそこにはやっかいな問題が生じるんだよね。
僕のお金は簡単に無くならないけど君の美しさはいずれ消える。しかも僕の年収は恐らく年々増えるけど君は毎年綺麗になり続けることはない。
ビジネス的な説明を付け加えるとすると、僕は魅力的な「資産」だけど資産としての君の価値は「低い」と言える。
実は君の場合は普通の資産ですら無くて、急速に変化する「消費する資産」ということ。
君の価値は10年後に更に悪くなるからね。

ウォールストリートにはトレード(交換)の時に「短期交換」というのがあるんだ。
「君とのデート」のはその「短期売買」が当てはまるね。
もし交換するモノの価値が将来的に下がると考えるとその交換するモノは長期的に持っているモノではない。
君が本当に「結婚」を考えるなら買い手があるなら君に価値を感じたその買い手に「資産」として買い取ってもらうか誰かに「レンタル」してもらう方が賢い選択だね。
年収4千万以上なら誰でもいいという考え方は悪くはないけど、僕たちは君とは結婚は考えないで「デート」の対象だね。
アドバイスするとしたら、金持ちと結婚する方法を模索するのは忘れて自分自身で4千万以上稼いだ方が金持ちのおバカさんを探すよりいいと思うよ。
こんな返事になったけど少しでも君の助けになれば…

あっ!もし「レンタル」に興味があるんだったら連絡してね!




ま、こんな感じのやりとりだ。

私が説明する必要もないが、この社長だって稼ぎが永遠に保証されているわけではない。
しかしこの質問女性は先を占い過ぎのように思う(古武術を世に広めた甲野善紀氏もさっき語っていた)。
もっと目の前のことや自分自身を見つめることが重要なのは間違いない。
そういった目で男を見ているとすれば必ず相手に伝わってしまうだろう。

ついでなので、私の女性観を少し…
ケンドーコバヤシは女性が好きなのではなく「女体」が好きなんだと公言している。
また、面白くて楽しい女性が好きだと言っている男もいる。
まさに好みは人それぞれなのだが、私の場合はまず 「話をよく聞いてくれる人」「情に厚い人」 になるかなぁ。
容姿についてはあまり大柄な(背が高い女性は苦手)人はだめかな。
あとは 「幸薄そう」 な人も苦手かな。ちょっと抽象的ではあるが伝わる人には 「わかるわかる」 話だと思う。


いい女ついでに、エリザベス女王杯の話も少しだけ。
なんやかんや言っても54kでアヴェンチュラが出て来るなら3着までには来るかな?
アパパネも馬体が絞れていれば怖いけど、馬券的狙い目はアニメイトバイオかな(3〜5着位との予感)。
外国馬については正直わからない。前に行くダンシングレインの展開になるのか差してくるスノーフェアリーの展開になるのか。
言えるのはさすがに昨年のようには最内がぽっかり開いて1頭だけでスノーフェアリーが突っ込んで来る展開はないだろうとのこと(日本の騎手の学習効果)。
いつもの言い草だがどうしても買う場合はアヴェンチュラの複勝になるが、アニメイトバイオも最後まで気になるやろな。


やっぱ黒のアッキーナっしょ!わーい(嬉しい顔)

いい女?








posted by tetsukazu at 02:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月08日

包括的満足。

『カイジ語録2012年版三日めくりカレンダー』 にようやく目を通せた。

私の年齢でこのカレンダーを嬉しそうに購入するのは全国でも数少ないだろうが別に気にはしていない。
そんなこと気にするようなタマならこんな破天荒な生き方はしていないだろう(自分で言うのもおかしいが)。

そこで1年分125枚に目を通して特に心に残ったところをピックアップしてみる。


2月7日〜9日分
  ↓
人は人を救わない…
なぜなら人は人を救わなくても…
その心は痛まない…
痛まないからっ…!

2月28日〜3月1日分
  ↓
おまえらは負けてばかりいるから
勝つことの本当の意味がわかっていない…!
だから今、クズとしてここにいる…!
「勝ったらいいな」じゃない…!
勝たなきゃダメなんだっ…!


4月4日〜6日分
  ↓
何も築いてこなかったおまえらに
どこまで想像が届くかわからぬが想像してみろ…
おまえらのようにボーッとしちゃいないぞ…
小学中学と塾通いをし、常に成績はトップクラス、
有名中学有名進学校と受験戦争のコマを進め、一流大学に入る…
入って3年もすれば今度は就職戦争、頭を下げ会社から会社を歩き回り、
足を棒にしてやっと取る内定、やっと入る一流企業…
これが一つのゴールだが、ホッとするのも束の間、すぐ気が付く…
レースがまだ終わっていないことを…
今度は出世戦争、まだまだ自制していかねばならぬ…
ギャンブルにも酒にも女にも溺れず、仕事を第一に考え、
ゲスな上司にへつらい、取引先にはおべっか…
遅れずサボらずミスをせず、毎日律儀に定時に会社に通い、
残業をし、ひどいスケジュールの出張もこなし、
時機が来れば単身赴任、夏休みは数日…
そんな生活を10年余続けて、気が付けばもう若くない、
三十代半ば、四十、そういう年になってやっと蓄えられる預金高が
1千万、2千万という金なんだ…


4月28日〜30日分
  ↓
いいんだよ…
他人がどう苦しもうと
全く問題ない…
唯一問題なのは
自分の幸せだけ!


6月6日〜8日分
勝ちもせず
生きようとすることが
そもそも論外なのだっ…!


9月4日〜6日分
これが「勝つ」ということか…
勝つ人間は、これほど…
用意周到に
考え尽くしているのか…!


9月10日〜12日分
  ↓
十人・百人の呻(うめ)きが、
一人の豊かな生活を支え
一人の豊かさが、
その十人・百人の希望だ…
それがこの世の仕組みっ…!



他にも心に響く言葉が多くあるが、特に私の心の琴線に触れた言葉を並べてみた。
4月4日〜6日分についてはかなり前(復活前の記事全削除分の中かも)にも例に出したはずだがお金の本質をあぶり出している。
前回の記事で、本質は具体的に現れるものと書いたが、貯蓄額なども金に対する考え方の本質を表す一部だろう。

前回・前々回の記事を通して考えたのは 『満足』 について。
私が以前から遠目に憧れている女性がいつもこう語る ⇒ 「自分自身を大事にしない人間が他者を大事に出来るわけがない」

考えてみれば私は、局所的・集中的には満足感を覚えるが、全体的・包括的には自分自身の満足感を満たしていないように思う。
趣味も楽しみ、食事も楽しみ、人との交流も楽しみ、オシャレも楽しみ、知的好奇心も満たし、行きたいところへ行けるだけの時間的・経済的余裕も持つ。
そうしたことが本当の意味でのバランスの取れた満足感と言えるのは間違いない。

いつもお世話になっている オデキの競馬日記のヤエノオデキさんは結婚記念日や誕生日などのご夫婦の間での記念日に必ずイベントを設けられている。
私はいつもその記事を見て 「微笑ましいなぁ、素敵だなぁ」 との感慨にふける。
オデキさんはきっと全体的・包括的満足感を奥様と常に共有されているのだと思う。

私にはまだまだ遠い生活リズムなので、少しでもバランス良く過ごして行けたらと思う。

諦めたら終わり。
posted by tetsukazu at 21:42| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月07日

片思い。

前回の記事で柄にもなく恋愛感情について語ってしまったが、恋愛以外にも強い思い(想い)を持って接しているものがあるのでは?と考えてしまった。
どちらにしても今回の記事は下半身事情を語るものなのでスルーして下さって結構です。
ホンマにしょーむない中のしょーむないエントリーですわ。





過去、日本の男達が何故女性に教育を与えなかったかについては大体の予測がつく。
恐らくだが、女性に高い教育を与えると男の言うことを聞かなくなるはずとの危惧があったのではないか。
男に限定するならば、物事が自分の思い通りになることが望みなのは昔も今も変わりないのだろう。
そうであれば、男女間の教育差別等がない時代では男の言うことをだまって聞く女を見つけるのは至難の技か。

だからではないが、私自身も女性以外に結構入れあげて来た。
語るまでもなくギャンブルが典型例。
前回の記事の理屈で言えば、私とギャンブルは両想いとは言い難い。
例えば、私がパチンコ店に行くとして(今は実際はしないが)、当然私は行きたいから行くのであり一定の満足感は生まれる。
そして店側にとっても利益になるのだから、私は相手の満足感も一定量満たしていることになる。

では、店側から見た私への好意(愛情)はいかがなものか?
これは説明するまでもなく、利益に貢献する存在としてのみ好意を持ってくれるわけだ。
店側のとっては私の幸せや懐具合などどうでもよいことであり、行きずりの存在となる。
飲み屋さんについては微妙。時には一線を越えて本当の両想いになる場合もあるが稀には違いない。

一部の地方競馬場や一部の競輪場の廃止が後を絶たないが、客側と施行者側との両想いの関係が成立していない証明でもある。

テニスでは、日本のトッププレイヤーの錦織選手が世界ランク1位のジョコビッチを破ってスイス・インドア大会の決勝に進んだ。
漫画の世界では10年以上前からテニスやゴルフの世界で日本の選手が世界で活躍する姿を描いていたが、とうとうバーチャルからリアルになって来たなとの感慨。

少し前の女子サッカーの沢選手などもそうだが、諦めずに努力する者に対しては相思相愛との結末を用意しているのかもね。

2年前に一人身になった時、「おいおいあと10年早ければ次の恋も出来たのに…」 と一瞬思った。

息子達が小学校に上がる頃までに仕事の都合で何度も転居を繰り返した(関西関東往復など)ことが私の頭にあり、11年前にやっと腰を落ち着ける決心をした。
それは同時に、会社員としての私自身の出世を諦めることでもあった。
副業に近いものは続けて来たが、とにかく定住(学区内)を目的にやって来た。
お陰で何とかふたりの息子を大学に送り出せるまで踏ん張れたのだが、気が付けば私の仕事の選択幅が小さくなりオマケにしてはメガトン級の離婚が降りかかった。

「ウーン… 次の恋愛など全く考えてなかった」

ある意味子供達への贖罪の意味で定住(学区内)を続けて来た想いは私自身がかみ締めて来たものであり、出て行った元妻も完全には理解していないだろう。

趣味への片思い、家族への片思い(出て行かれたのでリアル)は卒業するべきなのかな?

失われた11年とは言いたくないが、自分だけのことなど全く考えてこなかったことで気が付けばリスタートするのはぎりぎりの年齢。

幸い前向きな性格で、この2年間はアホみたいに体を鍛えたので2時間位歩き続ける程度なら全く苦にならない。
だが、恋愛をするためには体力だけではどうしようもない。
財力も必要だし自分の年齢を対象としてお付き合いをしてくれる相手を探すとなるとかなり厳しい状況ではある。

恥ずかしい話だが、この2年間はお金での解決を含めて清い体(キモい)だ。 ヒャッホンマ恥ずい。

元からお金で性欲を解消することは好きでないので、当たり前と言えばそうなのだがやはり我ながらキモい。

俺ってこんなモテんかったっけ?

しかしこんなに女体へのハードルが高いとは甘く見てたわ。

俺はこのまま 『モテキ』 の主人公のようにセカンド童貞で終わるんだろうか? やっぱキモい。

今年もクリスマスがやって来る。 今年は無理でも一年計画でキモさを卒業したい。

マルクスは言った。「本質は常に現象として具体的に現れる」

ということは、彼女のいない俺の本質はやっぱ 「モテナイ」  ガーーンむかっ(怒り)

やっぱり少し真剣に考えよ。まずはお友達から電話…  って中学生かよ!

年末は人を焦らせるあせあせ(飛び散る汗)

負けるな!!和歌山











posted by tetsukazu at 01:52| Comment(0) | TrackBack(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月04日

自身の幸福・他者の幸福。

「♪愛を学ぶために孤独があるなら 意味のないことなど起こりはしない」

以前から当ブログでの記事を構成するにあたりよく例に出す言葉だが[平原綾香 ジュピターより]
自分自身の幸福追求と他者に対する幸福への想いや願いはどう兼ね合いどうバランスを取り合うのだろう?

仮に私が今、恋愛をしているとして(例に出すにはオッサン過ぎるが)それは自分自身の幸福追求や成長願望が主目的なのか相手の将来の幸福を願い・祈ることが主目的なのかそのどちらなのだろう。

恐らく多くの女性に聞くならば「そんなこと頭で考えるより、感じることが大事なのよ」となるだろう。
個人的な意見になるが、男も女も脳を使い理性的に考えるのは同じだが女の場合はそれプラス子宮感覚というものがあり、情という要素がプラスされるはず。
つまり男という生き物は平面的であり女は立体的なのだ。
私が当ブログでマッチョ的に語るのは女が優秀な生き物であるとの前提で、それに対応するためには頭脳を徹底的に鍛えないとだめだと考えるからだ。

これも以前ブログに書いた話だが、親しくさせてもらっているカラオケ仲間の親子(母と娘)と同席した時にこんな質問をした。

「僕の持っている愛情の総量が100だとすれば妻に30、子供Aに20、子供Bに20.両親に20、兄弟に5、その他の人間に5位の割合になるのかな?」

すると間髪入れずにふたりが口を揃えて、「あんたアホちゃうの。そんなもん誰に対しても接しているその瞬間は100%に決まってるやん」

私の脳内は、「???… 結局、それぞれの数値を足したら1000%を超えるような話やから質問の答えになってない。抽象論・精神論・根性論」


私は、人間が内面を磨くと必然的に外見にも影響すると考えている。
私が女性に対して「素敵な方ですね。輝いてますね」と声を掛けた場合は同時に内面も褒めていることになる。

もちろん、基本的な容姿についてはどうしよもない部分はあるが、目の輝きや『他者から見ての感じの良さ』を醸し出せる人間はやはり内面を磨いているはずだ。
そして内面を引き立たせるためにも最低限は外見にも気を遣う必要がある。


さて、本題でもある 『恋愛の目的』 だが、直感としては「自分自身の満足のため」とは思うが、それだけでは独りよがりなので「相手の満足感も満たす」ことにも考えを及ばすべきだろう。
そしてそのふたつの要素が満たされたと一方的に自覚してこちら側の恋愛感情が形成される。

しかし恋愛は一方的なものでは成立しないため、相手側の内面にも同様の感情のプロセスがあり初めて双方向の恋愛が成立する…   と仮定してみる。

恋にもチャレンジ?

可愛い女性からのお土産

posted by tetsukazu at 14:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 私的本質論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月01日

賭け続ける男(破)第46話

テツは果たして日曜日の天皇賞で勝負はしたのだろうか。
テツの脳内を覗いてみたとしたら…


テツ‥日曜日の天皇賞は予想通り難解なレースになったな。
の本命がトーセンジョーダンで、他にも印をつけた馬が全部5着までに入ったんで5連複があったら見事的中やったな。
俺のスタンスからするともう一回レース前に戻れてもまずトーセンジョーダンを中心にする考えにはならんかったな。
拳もようやく今までの考察の蓄積が生きてきてるのかもな。

こっちはエイシンフラッシュの複勝オッズが1.7倍〜まで下がったこともあるし、このレースに関してはそれに見合うだけの信頼感が持てなかつたんで購入せんで正解やったな。
ブエナビスタがマイナス体重で出てきたり、ダークシャドウの単勝人気が最後までエイシンを上回っての2番人気だったことでエイシンとダークの力関係に確信が持てへんかったしな。
その代わりというのもおかしいけど、新潟のメインの複勝を狙ったんでプラスを出す目的だけは果たせてほっとした。
その新潟メインの単勝1番人気のアドマイヤセプター(2.4倍)の複勝が150円(2着)で、俺の狙った単勝2番人気のクラックシード(3.9倍)の複勝が140円(3着)とは。
天皇賞も2番人気のダークより3番人気のエイシンの方が複勝オッズの人気は高かった。
勝つ可能性と3着までに来る可能性に対する購入者の判断になるけど玄人色が強くてちょっと怖い傾向やな。

日曜の利益が予定より少なかったんで月曜も勝負(ボート)したけど拳のように自信を持って買い切ることは出来んな。
予想としてはSGクラスの4号艇平本が2番手のレーサーより2枚位力が抜けてて、その2番手が5号艇の赤羽。そこからまた2枚位力が落ちて1号艇の寶田(たからだ)。そしてまた1枚力が落ちて2号艇の能見。後の3号艇塚本と6号艇東は展開に恵まれた際の3着候補と判断した。
当然4−5からの舟券中心でもし逆転があるなら5−4の折り返ししかないとなるはずだが、ボートレースは枠が重要。力の劣るレーサーでも1号艇でインを取れば逃げ切ることもある。
このレースも格下のはずの寶田から結構売れていた。

俺が最終的に買った舟券の事前オッズやけど
   ↓
4−5−1 7.2 
4−5−2 16.3
4−5−3 29.7
4−5−6 14.3
5−4−1 51.8
5−4−2 104.2
5−4−3 166.5
5−4−6 100.8
1−4−2 21.3
1−4−5 11.1
4−1−2 16.7
4−1−5 6.9

結果は3連単 5−4−6 となり 9690円で確定(直前に場内売りでオッズが下がる)。

やっぱりまだまだ俺はチキンなんかな。結局は買い目のどれがきても投入金額の1.4〜1.5倍程度になるようにしか買ってへんもんな。
まーただこのレースは正直95%以上と断言出来るくらい勝つ確信があったレース。
進入固定はインの進入も楽なんで助走をたっぷりとる。1号艇を買い目で重視したのはその点があるんで後悔自体はないけど勝負師の資質としてはどうなんやろ。
プロギャンブラーほどギャンブルをしないとの説がある位に奥が深いのがギャンブルなんで俺のスタンスは間違いとは言えないけど大きく勝つためには何かが欠けてるとの自覚が常にある。

11月3日には大井でJBCクラシックがあり、トランセンドとスマートファルコンの一騎打ちとの下馬評。
その2頭で勝負するのが本当のプロギャンブラーなんかなぁ〜 それとも…


テツは9月の誕生日に何かの誓いを立てたようだが、具体的には周囲には漏らしてないようだ。
天皇賞をスルーするあたりどうやらかなり本気で金を貯めようとしてるよう(表も裏も)だが女気の方は遠ざかる一方になりそう。

2011 10/30 馬券

2011 10/31 蒲郡

2011 10/31 蒲郡A
posted by tetsukazu at 03:01| Comment(0) | TrackBack(1) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。